ステルスセンス 

竜の字

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ファーストステージ

周到

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 翌朝、羽津宮は一時間程早く会社に着いた。

 少ししか寝られなかったが、朝いつもの時間になると自然に目が覚め、家にいても落ち着かないので何となく出社したのだ。

 編集部のフロアに着くと椎名編集長が自動販売機でカップのホットコーヒーを買っていた。

「あっ編集長。おはようございます」

「おはよう。私も少し緊張しているらしい。早く目が覚めてね。君も早く来ているんじゃないかと思って」

「あっすみません、遅くなりました」

「いや、良いんだ私も今着いた所だよ。でどうだ。資料は。出来たかね」

「はい」

 羽津宮は慌ててその場でカバンを開けて書類を出そうとする。

「あっいやいや大丈夫だ。荷物を置いたら書類を持ってミーティングルームで話そうか」

「はいわかりました」

 羽津宮は更衣室でコートをロッカーにかけ、カバンをデスクに置くと書類を持ってミーティングルームに向かった。

 椎名編集長は既にミーティングルームでエアコンを入れ寒い部屋を暖めていた。

「おっ来たか。ではさっそく見せてもらおう」

「これです」

 椎名編集長は書類を手にするとページをめくり読みながら椅子に座った。羽津宮もその対面の椅子に座り椎名編集長が読み終わるのを緊張しながら黙って待っている。

「なるほど・・・」

「あの、どうですか。ダメですか」

「いや、予想以上の出来だ。これなら私の手直しも必要無い。このまま使えそうだ。本当に予想以上だよ」

「そっそうですか。ありがとうございます」
「大変だっただろう」

 ここで羽津宮は【上司に自分は頑張っていますと絶対に言わない、言っていいのは頑張りましただけ】の法則を思い出した。

 言うならここしか無いと自信満々で言った。

「はい。がんばりました」

「あぁ、よくやった。頑張ったな。私や花谷部長の考える方向性ともしっかり合っている、あれだけの説明で良くここまで汲み取ってくれたよ」

「ありがとうございます。あの、ところで今朝時間をあけるって言うのは何かあるんですか」

「あぁ十時から花谷部長を中心に同じ方向性の者が集まってミーティングがあるんだが、それまでの時間、君と意見交換がしたくてね。これだけの資料をまとめあげたんだ。君にも何か良い企画のアイデアがあるんじゃないかと思ってね。恥ずかしい話だが我々もそこで行き詰まっているんだよ」

「あのう・・・出しゃばるつもりは無いのですが何となく自分なりに感じた事を企画書にしてみたのですが・・・」

「なんだ、かまわんよ。どんどん参加してくれと言ってたはずだ。遠慮する事は無い見せてみろ」

「はい、これです」

 羽津宮が提案した企画はこうだった。

 現在グローバル出版が発行している女性ファッション雑誌のネット版を立ち上げ、まずは雑誌では掲載しきれない情報などをメインにサイトを作る。

 そこで雑誌とネット連動で「彼氏の家に行った時、読んでいるとカッコいいなと思うモテ本ランキング」と言う企画を開催する。

 投票物の企画ならネットの力が最大限に発揮出来るからだ。その企画をネット上のサイトで行う利点はもう一つあった。

 女性誌だけではまず男性は読めないがネットなら検索ワードに引っかかれば普段読めない女性誌に掲載されているような情報でも興味のある情報なら見る事が出来るからだ。

 それが「カッコいいと思う男性」のような情報で、女性誌だけに掲載されている女性目線の情報ならなおさら読まない男性は居ないだろう。

 そしてこの企画には携帯小説などでは絶対に実現しない要素が含まれていた、それはさりげなく部屋に置いておけて、他人が「この人こういう本を読んでいるんだ」とアピール出来ると言う事。

 つまり個性の主張やアイデンティティを主張する良い小道具として本は利用出来ると言う事である。

 それと同時に人からプレゼントされた、本にまつわる感動する話を毎号掲載して行くと言う小さな企画を付け加えた。

 そこには著名人の話や、読者の投稿を掲載すると言う物で、最初の掲載分は羽津宮が考えていた。

「ある日彼が恋愛小説をくれました、最初は何の事かわからなかったのですが読んで行くと主人公がプロポーズするシーンにオレンジの線が引いてありました。何かなと思いながらも気にする事無く、読んでいくと主人公が年老いるまで二人で幸せに過ごしたと言うハッピーエンドの後に、彼の字で『僕たちもこんな風に一生を過ごそう。結婚してください』と書かれていました。それを見てすぐに彼に電話してプロポーズを受けました。彼のプロポーズから二ヶ月が過ぎていました。この本は最高のラブレターで私の一生の宝物です」

 と言う物だ。ここにも本で無ければ出来ない要素をさりげなくアピールしている。

 それは『書き込める』と言う事と『形がずっと残る』と言う事だ、そして何より『人に贈る事が出来る』と言う事だ。

 企画書にはそう言った狙いがある事を解りやすく説明してみせていた。

 椎名編集長が企画書を読み始めて沈黙が続く。少しの時間が羽津宮にとってとても長く感じた。

「羽津宮」

「はい」

 緊張で「はい」としか言えない。思わず唾を飲み込んだ。

「これで行こう。ベストだよ」

「ほっ・・・・ほんとうですか」

「あぁ。私も花谷部長も企画として形に出来ずに居た。私たちがネット配信では出来ない本の強みとして考えていた事を総て一つの企画の中に詰め込んでくれたな。それも自然な形でだ。これ以上無いよ、きっと花谷部長も納得するだろう」

「ありがとうございます」

「この企画は君の名前で部長に提出しよう、これと同じ物を後二十部作れるか」

「はい、データは持って来ていますから」

「よし、ではすぐに用意してくれ」

「はい、わかりました」

「それから今君が抱えている仕事で神崎君以外の物は総て他の社員に引き継いでくれ。これからしばらく君はこの企画中心に動いてもらう。この後の会議にも出席してもらう。しっかりプレゼン頼むよ」

「ぼっぼ僕がですか、そっそんないきなり」

「何言ってる。これだけの資料が頭に入ってるんだ出来るだろ。期待してるぞ」

「はい」

 ミーティングルームを出ると既に編集部は活気着いていた。椎名チームの皆も編集長と   
羽津宮が居ない事を少し不思議に思っていたようだが、二人の顔を見て会議の事かと納得したような表情を見せた。

 羽津宮の仕事は取りあえず総て金子チーフに引き継ぎをしたが、金子はあからさまに『面白くない』と言った表情をしている。

 羽津宮は金子チーフの事が気になったが時間も迫っているので急いで自分のパソコンを起動し書類が入ったメモリーカードを差し込んだ。

 立ち上がるとすぐに二十部づつプリントを始めプリントが終わるとすぐにホッチキスで留める。そしてもう一度並びなどに間違いが無いか確認して準備を終えた。

 一息つく間もなく椎名編集長がやってくる。

「よし時間だ行くぞ。企画書出来たか」

「はい、今出来ました」

「よし付いてこい」
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