ステルスセンス 

竜の字

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ファーストステージ

最後のステルスセンス

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 パタンッ。

 読み終え本を閉じる。

 祝賀パーティーは始まったばかりでまだ盛り上がっているようだ。

 映画に関わる色々な会社の人間が代わる代わる挨拶をのべ時々大きな拍手がわき起こってこの控え室にまで聞こえて来る。

 この時代に二百万部を突破した小説の映画化で皆の期待も大きいのだろう。

「編集長、そろそろ会場に行った方がいいですよ」

「あぁわかった今行く」

 僕は本を鞄に仕舞い込み会場へと歩き始めた。


 会場のざわめきが近づくにつれ、この信じられないような成功の中に居る自分が不思議に思え、周りがまるでスローモーションにでもなったかのような感覚に襲われた。

 そして僕は何故か今読み終えたステルスセンスの続きを自分が書くとしたらこんな感じだろうと想像を始めた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 もう会えない、そんな予感は何だったのだろうと思う程その後も、相変わらずモモさんはいつものテントに居ていつもヒマそうにしていた。

 企画の成功の後それに関わった人間はそれぞれ評価をされ充実した毎日を送っていた。

 今年卒業だった神崎も今回の事で社長直々に声がかかりグローバル出版に入社し、インターネット部門でいきなりチームリーダーのポジションを任せられ、その傍ら執筆活動をすると言った特別な存在になっている。

 羽津宮は編集長に就任し、しばらくは椎名部長に支えられながら必死で過ごしていたが元々要領も良いのですぐに仕事にも慣れ編集長らしくなって行った。

 そのスピード出世が業界でも少しウワサになり、経済雑誌やビジネスマンをターゲットにしたような雑誌で羽津宮は取り上げられる事が多くインタビューが掲載される等していた。

 それでもモモさんの元へはちょくちょく顔を出しては何かお礼が出来ないかと話を持ちかけるがモモさんはどれも受け入れはしなかった。

 そんなある日、羽津宮は良いアイデアを思いつき「今度こそ」と意気込んでモモさんの元へ来ていた。

「モモさん。良い事を思いついたんだ。ステルスセンスを出版しようよ。それだとさこれを読んだ皆が出世して行くかもしれないし、モモさんの気持ちを叶えられると思うんだ。それにそれが売れればそれは僕のお金じゃなくモモさんのものなんだから、それなら問題無いでしょ」

「まぁな」

「ねっね。良いでしょ」

「まぁこんなものでいいならオレぁ構わねえが」

「よしそうしようよ、ねっね。さっそく見せてもらって良いかな、ステルスセンスのノート」

「あぁちょっと待ってろ持って来るから・・・」

いつものようにモモさんはテントからステルスセンスのノートを持って来てポンと羽津宮に手渡した。

 初めて手にするそのノートに羽津宮はドキドキした。

「開けて良い」

「良いに決まってるだろ」

 羽津宮はゆっくりとそれを開き読み始めた。そしてすぐに驚きの声を上げた、それはその内容が想像とまったく違ったからだ。

「モモさん、これ・・・小説じゃないか。僕はてっきり箇条書きのような感じで書かれているものだとばかり思っていたよ」

「誰がそんな事言ったよ」

「そっそうだけど」

 その内容はまるで羽津宮とモモさんのここまでの二年間を描いたような新入社員にホームレスがアドバイスをし出世していく姿が描かれた物だった。

「すごいやモモさん。これをさ、少し順番を入れ替えたり名前を変えたりすればほぼ僕達の二年間を描いたノンフィクションとして出せるんじゃないかな」

「そうか。まぁ好きにやってくれや」

 その言葉をもらうと羽津宮はさっそく編集に取りかかり、ほどなくステルスセンスは羽津宮自信の姿を描いたノンフィクションとして発売された。

 その異例のスピード出世が話題になっていた事と、それがホームレスのアドバイスによる物だった事が話題になり、ビジネス誌等の取材は更に盛り上がりステルスセンスの初版の1万部は即完売となった。

 また羽津宮が企画したネットの効果も手伝って噂は広がり、「手に入らない」事が更に拍車をかけ予約が殺到し、あっという間に発行部数が二百万部を超えてしまった。

 そしてその注目はモモさん自身にもそそがれ、マスコミはこぞってモモさんを取材したがった。

 モモさんの特集を最初に掲載するのは当然グローバル出版で、この日はモモさんの写真を撮る撮影の日だった。

「モモさんさぁここで身なりを整えなきゃね」

「おらぁこのままで良いんだがな」

「そんな訳にはいかないよ、さあシャワーを浴びてひげを剃って奇麗にしないと」

 羽津宮は恩返しが出来た喜びでいっぱいだった。

 しばらくしてヘアーメイクを終えスタイリストに用意させたスーツ姿で現れたモモさんを見て羽津宮は驚いた。顔を覆っていたヒゲと髪が奇麗に整えられ現れたその顔は想像していたよりずっと若かったのだ。

 これまで大きなジャンバーでくるまって厚着を重ねていたせいで背中も丸く見えていたがそうではなかった。

 背も高く顔立ちも良くこの姿を見て誰もホームレスとは思わないだろう、むしろやり手の実業家にでも見える程だ。

「驚いたよ・・男前だねモモさん・・何だか奇麗になっちゃうと『モモさん』ってイメージじゃないや。そう言えば僕、モモさんの事何も知らないや・・・モモさんって歳いくつなの」

「おれか、オレぁ今三十二歳だ」

「えぇぇぇぇ。本当にぃぃいい。絶対五十前位だと思っていたよ」

「失礼なやつだな」

「じゃあ出会った時はまだ三十歳だったの・・・信じられない。じゃあどこかの大会社の役員だったとかそんなんじゃないんだ」

「誰がそんな事言ったよ」

「いわないけどさ、じゃぁ僕と七歳しか違わないの。そんなのないよ。信じられない」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「羽津宮編集長、急いでください城戸先生の挨拶が始まりますよ」

「あぁごめん、タケル君」

「何をボーッとしてんすか危ないっすよ。それにハックは上司なんだからタケル君はまずいっすよ。っていうかオレもとっさにハックって呼んじゃうのなんとかしなきゃまずいっすけどね、へっへっへ」

 僕は考えるのを止めた。そう、この本は僕の事を書いた本なのだ。

 赤い絨毯が引きつめられた会場の奥の壇上で女性の司会者によばれモモさんが、いや城戸先生がおどけていた。

「では改めましてご紹介します。二百万部突破、関連本も次々とヒットしテレビドラマも高視聴率。そして今回映画化が決まりました。Stealth Sense-ステルスセンス-の著者。城戸桃次郎先生です」

「やぁ恥ずかしい先生は止めてくれよ。オレぁ『モモさん』って呼ばれるのが一番しっくりくるんでな」

 会場がどっと笑いに包まれあちらこちらから歓声が上がった「よっモモさん」「モモさん最高」僕も手を高く挙げて拍手を送った。

 モモさんの挨拶は続いた。

「オラぁこんな華やかな場所は場違いなんだがな」

「いえいえお似合いですよ」

「バカ言え、オレには公園が一番似合ってんのよ」

 また会場が笑いで包まれる。司会の女性は返す言葉に困っているようだ。

「こんな事になっちまったのももとはと言えば羽津宮の、おっといけねぇ・・羽津宮編集長のせいでな・・・羽津宮。どこにいるんだ。ちょっと来い」

 僕を見つけた周りの人がはやし立て壇上へと促した。

 一番後ろに居た僕は沢山の人の拍手に包まれながら壇上を目指し歩き始めた。

「おっ来た来た、なんとかしてくれよ羽津宮、オレぁこういうの苦手でよ。オメエがオレのノートを出版なんかしやがるからこんな事になっちまってよ、オメェからなんか言ってやってくれよ、なんたってオメェの話なんだからよ」

 モモさんが何か言うたびに会場は笑いに包まれた。

「すみません・・あっ羽津宮と申します・・えぇわたしはなにも・・城戸先生の素晴らしい才能のおかげです」

「なぁにが城戸先生だよおメェまで。裏じゃモモさんって呼んでるくせに」

「では、このステルスセンスの主人公である羽津宮さんから一言挨拶を頂きましょう」

 女性司会者にそうふられ、一歩マイクに近づき話し始めた。

「やぁ・・でも本当に私自身、この出来事を、この出会いをとても不思議に感じています。信じてもらえないかもしれませんが、城戸先生が書いていたステルスセンスは登場人物の名前や、出来事の前後は多少違いましたが大まかな所ではほとんど私と城戸先生の過ごした二年間のそのままのストーリーだったのです。

 なので私はこれをノンフィクションの私の自伝的に紹介して来ましたが、これは私と出会う前に城戸先生が書いた小説なのです。

 そしてその小説と同じように私たちは出会い、私も小説のとおり編集長を務めさせて頂いている事に言葉では表しきれない不思議な気持ちでいっぱいです。

 この映画でその不思議な気持ちを皆様にも味わって頂ければきっと楽しんで頂けると思います。どうぞ宜しくお願いいたします。では城戸先生後宜しくお願いします」

 そう言うとモモさんにウインクを送り羽津宮は壇を降りた。

「ばっバッカやろう置いて行くなって」

「では城戸先生にはまだ壇上に残って頂いてもう少しお話を聞きたいと思います。城戸先生この成功は予想されていましたか」

「バカ言え、ここまでになっちまうとは想定外だぜ、まったくまいっちまうよ。おい、羽津宮戻って代わりに話せって」

 大きな拍手の中、羽津宮は一歩ずつ階段を下り、元居た一番後ろを目指し歩き始めた。二人から直接聞こえる声が遠のき、スピーカーからの声に変わる辺まで来て羽津宮の頭の中でモモさんの一言が消えずに残っていた。

「ここまでになるとは想定外」

 羽津宮は何かにつまづくような気がした。


「『ここまでになるとは想定外』って言う事は逆に言えばある程度は想定していたって事になる、どう言う事だ・・・」

 また周りがスローモーションに感じる。

 実のところ僕が挨拶で話した不思議な気持ちは僕自身「不思議だね」でやり過ごす事が出来なくなっていた。

 それはモモさんが初めて僕の前でヒゲを剃った撮影の日からどんどん大きくなって行き、真実は何なのかと常に考えてしまい、寝られなくなる日だってあるくらいだった。

 それから僕はいくつもの仮説を立ててはそれを打ち消して来た。

 始めに考えたのは、実は出会った頃ノートには何も書かれて無かったのではないか、と言う物だ。実は僕と過ごしながら書いて行ったのではないか。と言う考えだったが、それはノートを見れば違う事はすぐわかった。

 ノートの傷み方、そこに書かれた文字がどう見ても後から書かれた物では無く、書かれた後に汚れたり破れたりしたとしか考えられなかったからだ。
 
 
 本当に出会ったあの時点でステルスセンスは書かれていた。

 何のために。

 僕は城戸桃次郎が話したキーワードを思い返した。

「人は自分の息子以外を自分以上に育てる事はまず無い」

「バカを演じよ」

 思い返しているうちに今まで忘れていた言葉を思い出して来た。

 城戸桃次郎が初めて僕にステルスセンスを語った時、ノートを手に確かにこう言った。


「計画書だよ。このノートがオレの出世の計画書だ」


 その言葉を思い出した時、まるでバラバラだったパズルのピースがしっかりとはまって行くように一つの仮説が僕の中で出来上がって行った。
 
 彼が語った法則に嘘はないだろう、彼が心から信じる法則なのだ。

 「人は自分の息子以外を自分以上に育てる事はまず無い」そう語った彼がなぜ僕を育てようとしたのか。そう不思議に思っていた。

 それが間違いなのだ。彼は始めから僕を自分以上に育てるつもりなど無かったのだ。

 今のこの状況を見据えた上で、そこに辿り着く手段として僕を育てたのではないだろうか。

 自分の小説をフィクションからノンフィクションにするために。

 そしてステルスセンスを出版する力を持たせるために。


 「計画書だよ。このノートがオレの出世の計画書だ」

 あの時僕はその言葉の意味を取り違えた。

 勝手に彼の過去の経験だと思い込んでいたのだ。過去に彼がこの法則で出世をしたのだと。

 あの言葉の本当の意味は、これから自分が出世して行く計画書と言う意味だったのだ。

 彼は総て計算ずくで花見の時期にあの場所に居たのだ。

 花見の公園では新入社員が会社名の立て札で場所取りをしている。出版社の人間を捜す事は難しくない。

 そして酔いつぶれるような社員を待っていたのではないだろうか。

 そしてたまたま僕が計画書通りに酔いつぶれその場からはぐれたのだ。そして彼の小説の主人公になったのだろう。

 そう考えると「バカを演じよ」「出世には興味がないと思わせる」そんな彼の法則を表現するのにホームレスはうってつけかもしれない。

 この東京で職も家も持たない人間を頭のいい人間と見抜ける人間がどれほど居るだろう。

 ましてその心の底で熱い出世への気持ちを持っている等と誰が思うだろう。彼はそのためにあえてホームレスを演じたのではないだろうか。

 そして総ては彼の頭の中にある計画通りになった。

 彼が頭の中の計画書には描き、そしてステルスセンスに書かなかった事。

 彼のステルスセンス(人から見えなくする感覚)で隠した物はきっと、この結末なのだ。
 
 この小説のヒットで関連する企画を総て合わせるとおそらく、城戸桃次郎には何十億もの金が入る。大手出版社とは言えいち編集長の僕なんか足下にも及ばない。

 振り返ると壇上では法則通りに城戸桃次郎がこの成功の功績を僕に押し付けてバカを演じていた。

 僕はこの事を、これが真実だろうと気が付いていると言う事を、城戸桃次郎には気付かれない方が良いような気がした。

 気付かれた瞬間、今まで僕が積み重ねて来た物が、編集長のポジションも何もかも崩れ去って、彼と出会った時の何もない僕に戻ってしまう気がする。
 

 そして思った。

 城戸桃次郎の前ではバカで居続けよう。真実に気が付いていないフリをし続けよう。
 
 僕は会場の一番後ろに着くと振り返り、モモさんに向けてこれまでと変わらない態度で拍手を贈った。

 それはこれから僕が一生背負わなければいけない、最後のステルスセンスなのだ。

end
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