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ガランドゥ 10話 『砂糖21g』
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【9】
『フレアさんってハイスクール出たらどうします?』
『……何も考えてない』
白い空の下、鉄棒に脚をかけてぶら下がるラジオとベンチに寝そべるプラネ。二人の近くに人気はなく、校庭の遠くで生徒が何人か居る程度だった。閑散とした雪景色の中で高校生になった二人が会話をしている。今にも再び雪が降りそうな中、寒さを気にすることもなく。
ラジオが鉄棒で回転する。
『私は父の店で働くつもりです。まだまだ腕を磨かないと』
『……まだ腕を磨けるの?』
『フレアさんが満点出してくれないからじゃないですか!』
『秀才だと思うけど……』
小ぶりなトロフィーを抱えるプラネは不満そうな顔をする。『第七回ジュニアケーキコンクール』と刻まれた銀色のトロフィーは胸の中でギラギラと輝き、一度も満点を出さないラジオに対して不満の視線を送っていた。
ラジオが回転を止め鉄棒から離れる。
『私、コンクールで銀賞取ったんですよ。金賞取れないと駄目ですか?』
『賞なんて関係ない……プラネのケーキは美味しい』
『もう何年も作ってるのに……満点くださいよー』
『満点出せたらお店出せる』
『……だから今は修行を選んだんですよ』
プラネのケーキ作りに協力しているラジオはまだ満点を出していない。何度も何度も試作品を食べているラジオだが、軒並み高得点なものの彼女に百パーセント完璧と言わせた物はない。ラジオを喜ばせようと苦労しながらも試行錯誤を重ねている。
ラジオがベンチに近寄るとプラネは起き上がり、空いた場所に彼女が座った。
『妥協してくれません?』
『職人魂がそれを許すの?』
『許せないでーす。満点までやりまーす』
ラジオに完璧な出来栄えと言わせるまではプラネは止まれない。互いに唯一のかけがえのない親友である二人の結びつきは強かった。普通の人からすればこの凸凹な二人が付き合っている理由は分からないだろう。しかし、ラジオも心地いいからという理由しか思いつかなかった。
『プラネは……凄いよね』
『褒めても何も出ませんよ?』
『あなたはパティシエールになる。私は何もなれない』
というよりも、ラジオは何者かになる気がない。やろうと思えば何だってそれなりにできる人間ではあるが、動機がないという要素はあまりにも大きいのだ。熱量が不足している現状、ラジオは踏み出すべきラインの前で足を止めてしまっている。
ただ、ある一つのこと以外に彼女の熱は向かない。
『私はあなたと一緒に居ること以外、興味がないから』
『……熱烈な宣言どうも。もしかして惚れてたり?』
『死ねよ』
『流石に傷付くんですけどお!』
その時、遠くから二人の生徒が走ってやってくる。血相を変えたただ事ではない様子の二人を不審に思うラジオだったが、その理由は開口一番で分かる。
『バッフェルト姉妹がトウガラシ爆弾作ってるんだけどお!』
『何とかしてアウラ!』
『何やってんのあのアホ姉たち……』
猛烈な吹雪の中、コーヒーショップのカウンター席から外を眺めるラジオ。暖房をガンガン効かせている為に風は暖かいものの、大きなガラス窓が熱を外に逃がしてしまっている。中途半端なぬるい店内でコーヒーを飲むラジオは、外を楽し気に駆けて行く卒業生を見つめる。
『……卒業か』
ラジオもとうとう卒業を迎える。卒業後の準備も完了し、することもない為にコーヒーショップにフラフラとやって来たラジオとプラネだったが、何とも言えない消化不良感が拭えなかった。
その時、コーヒーを持った不機嫌そうなプラネがラジオの隣に座る。
『みーんなプロム行くんでしょうね』
『何で行かなかったの、プロム』
プロムは男女のペアで参加する学年最後の行事、ダンスや食事を楽しむフォーマルなイベント。男性はタキシード、女性はドレスで着飾って参加するのが基本だが、ここに居る二人は厚い上着を着てその下にも防寒着しかなかった。
『彼氏できなかったんですよ!プロムまでに作るつもりだったのに!』
『望みが高過ぎるんじゃないの……』
『そんなことないですー普通で十分ですー』
華々しいイベントだというのに一緒に行く相手が居ないというのは悲惨なことだ。特に、二人でつるんでばかりで居た彼らはプロムに誘えるような相手が居なかった。プラネは男友達に総当たりしてどうにかしようとしたが、ラジオの場合男友達がそもそも居なかった。女友達もプラネ以外に居ないのだが。
『一瞬、お金で一緒に行ってもらおうか考えたんですが、惨めなので辞めました』
『……プラネが行くなら私も行ったけど』
『フレアさんの誘う相手って誰ですか……』
『……弟を飛行機で来させる』
『それプロムの歴史に名を残せますよ』
ラジオの弟は姉たちとは別の学校に通っている。ラジオが寮生活の為に顔を合わせることは少ないが、当然その関係はかなり薄い。気性が双子の姉以上に合わないという問題点は深刻で、そもそも実家でもそこまで会話しない関係だった。
姉弟のことを考えていた時、ラジオはあることを思い付く。
『姉に男友達を貸してもらう?』
『正攻法以外を思い付くのが本当に上手いですね……フレアさん』
『卒業してこっちには居ないけど、男友達はこっちに居る筈』
『……でも、惨めなだけじゃないですかあ……』
結局のところ、天から誰かが降りてきてプロムに誘ってくれない限りはどうにもならない。プラネが誰にも選ばれず選べなかったという事実は変わりはしないのだ。奇跡でも起きない限りは。
カウンターにうつ伏せになったプラネがラジオの方を見る。
『……そろそろフレアさん実家に帰っちゃうのに、パッとしない終わりですね』
『パーティーでも開く?』
『うーん……あっ!今夜家族が卒業祝いしてくれるので来ます?』
予想外のイベントへの誘いに目を丸くするラジオだったが、すぐにうっすらと笑みを浮かべる。拭い切れなかった消化不良の感覚はなくなり、最後の悔いは消えていく。
二人が離れ離れになるまであと少しだった。
『私が行っていいの?』
『いいに決まってるじゃないですか。親友なんですから』
『……取り敢えずで地元の大学に行く薄情な女だよ』
『……まあ、無理してアンカレッジに残るのも良くないですよ』
ラジオは帰る、故郷に。これから先の人生の目的がない彼女は進学を選び、きっと興味の欠片もない会社に就職することだろう。両親や姉たちが帰ってきて欲しいと望む以上、こんな辺鄙な土地に居る必要はない。雪くらいしかない街なのだから。
しかし、ここにはプラネが居る。
『何もない所ですから、都会の方がずっといいです』
『……プラネと離れてるのにいいも悪いもないでしょ』
『それはそうかも。ははは!』
プラネが席から立ち上がった。
『じゃあ、両親にフレアさんが来るって伝えてきます!』
『……うん』
伏し目がちに答えるラジオ。ここに残るか帰郷するか、まだ彼女の中に答えはなかった。
『ほら、もっと早く歩いてアウラ』
『ちんたらしてたら置いてくよアウラ』
『お姉ちゃんたちが荷物の宛先書き間違えたのが悪い……』
空港で駆け足になりながらキャリーケースを引っ張るラジオと、その先を歩く全く同じ顔の双子の姉妹。妹の荷造りを手伝う為にわざわざ故郷からやってきた双子だったが、荷物の入ったダンボール箱の宛先を間違えるとんでもないミスをやらかした。飛行機の時間まで残り多くはない。
『天才だって間違える時がある。ねっ?』
『でもその後のリカバリーは天才的』
『よく言う……』
こんな頼りない姉たちではあるがどちらとも最強の頭脳を持った天才だ。投資で莫大な資産を築き、今回の引っ越し費用も飛行機のチケット代も彼女らがポンと出している。故にラジオは迷惑をかけられてもなんやかんやで黙っていた。
チケットを見て乗り場と時間を確認するラジオ。その表情は不安気だが、それは決して間に合わないかもしれないと考えているからではない。
『ささっ、ファーストクラスが待ってるよ』
『卒業祝いだね』
『はいはい……』
ラジオが辺りを見渡して探していると、遂にポツンと一人でいる待ち人を発見する。熊と鹿の模型の前で佇むプラネは彼女に気が付き、手を振りながら駆け寄っていく。とは言え片手で持った箱が揺れないように気を使っていた。
それに気が付いた双子は顔を見合わせて足を止める。こんなんでも空気は読めた。
『フレアさん!遅れてたから心配しましたよ!』
『ごめん遅れた』
『暫く会えないわけなので、気合入れて焼いてきましたよ』
そう言ってプラネがケーキの入った箱を手渡す。これが満点を出せる出来なのかは誰にも分からないが、ラジオからすればこのケーキもまた傑作なのである。今まで作ったどれもが、彼女にとって忘れられないものだった。
箱を受け取り、伏し目がちだった彼女が顔を上げる。
『……多分、今までのケーキは全部満点だったと思う』
『ん?』
『満点を出した後、プラネが私から離れるのが怖かったから……そうしたのかな』
もしかすると、ラジオはそのことに内心気が付いていたのかもしれない。自分が満点を出してしまえば彼女が自分から遠ざかり、繋がりが切れてしまうのではないのかと。社交性に欠ける自分が誰かを繋ぎとめられるなんて、少しも思っていなかったのだから。
『そんなんで離れる関係なもんですか。それに、まだ私の全力を見せてませんよ』
『……これ以上腕が上がると雲の上の人になっちゃう』
『まあ、飛行機の中で食べてください。感想は電話してくださいね』
プラネはいつだってプラネのままで、それは二人の関係同様に未来永劫変わることはない。満点を出そうが何だろうが、二人はいつだって親友だ。そのことはプラネが一番理解していた。
『……ここに居たい。でも、ここに居たら私は駄目になる』
『……本音を言うと、ここに居て欲しいです。家に部屋が余ってるんですよ』
『もう行かなきゃ』
それでも、ラジオは行かなければならなかった。ここに残るか旅立つか、彼女は最後まで迷っていたのだ。しかし、プラネの優しさに触れて旅立つことを選んだ。このまま一緒に居ると駄目になってしまうことを彼女は知っていたのだから。
ラジオが彼女に背を向ける。
『……電話があれば遠くても話せるよ』
『電話じゃ風情がないじゃないですか』
『プラネの声はいつだって頭に響くから』
迷いはあれど、別れは笑顔だった。
ラジオが深い眠りから目を覚ます。現在時刻は早朝だったもののアンカレッジにまだ朝は来ていない。ホテルのベッドに横たわるラジオは懐かしい感覚にボーっとしていたが、壁の時計を見て仕事をしようと起き上がった。
彼女が腕を伸ばし伸びをする。その時、彼女は自分の腰に刀が差されていないことに気が付く。
「……祭具しまったんだった」
ラジオの権能は祭具を出している間、自動的に権能を発動し続ける。サンダー兄妹やグラスなどの祭具はその体力の消費量から短時間しか展開できないタイプ。しかし、ラジオの祭具は体力の消費量が少ない為に常時展開し続けることができるタイプだ。藍川の『搦目心中』も厳密にはラジオと同じ常時展開タイプの祭具だが、彼は決して長時間それを使おうとしない。
飲み物でも飲もうと彼女が冷蔵庫に向かうと、枕元の携帯電話が鳴り始める。咄嗟に電話に出たラジオ。
「進展ありましたか?」
『はい、容疑者を二十二人まで絞りました』
「了解です。すぐにそっちに行きます」
そう言って電話を切り椅子に掛けた上着を着た。何人も職員を動員して集中的に捜査している甲斐もあり、今まで動かなかった事件が少しずつ動き始めている。絞られた二十二人の容疑者の中にプラネを誘拐した犯人が居るかどうかは分からないが、今は少しずつ可能性を潰すしかない。
ラジオが携帯電話をポケットに突っ込む。
「もうすぐ会えるね」
『フレアさんってハイスクール出たらどうします?』
『……何も考えてない』
白い空の下、鉄棒に脚をかけてぶら下がるラジオとベンチに寝そべるプラネ。二人の近くに人気はなく、校庭の遠くで生徒が何人か居る程度だった。閑散とした雪景色の中で高校生になった二人が会話をしている。今にも再び雪が降りそうな中、寒さを気にすることもなく。
ラジオが鉄棒で回転する。
『私は父の店で働くつもりです。まだまだ腕を磨かないと』
『……まだ腕を磨けるの?』
『フレアさんが満点出してくれないからじゃないですか!』
『秀才だと思うけど……』
小ぶりなトロフィーを抱えるプラネは不満そうな顔をする。『第七回ジュニアケーキコンクール』と刻まれた銀色のトロフィーは胸の中でギラギラと輝き、一度も満点を出さないラジオに対して不満の視線を送っていた。
ラジオが回転を止め鉄棒から離れる。
『私、コンクールで銀賞取ったんですよ。金賞取れないと駄目ですか?』
『賞なんて関係ない……プラネのケーキは美味しい』
『もう何年も作ってるのに……満点くださいよー』
『満点出せたらお店出せる』
『……だから今は修行を選んだんですよ』
プラネのケーキ作りに協力しているラジオはまだ満点を出していない。何度も何度も試作品を食べているラジオだが、軒並み高得点なものの彼女に百パーセント完璧と言わせた物はない。ラジオを喜ばせようと苦労しながらも試行錯誤を重ねている。
ラジオがベンチに近寄るとプラネは起き上がり、空いた場所に彼女が座った。
『妥協してくれません?』
『職人魂がそれを許すの?』
『許せないでーす。満点までやりまーす』
ラジオに完璧な出来栄えと言わせるまではプラネは止まれない。互いに唯一のかけがえのない親友である二人の結びつきは強かった。普通の人からすればこの凸凹な二人が付き合っている理由は分からないだろう。しかし、ラジオも心地いいからという理由しか思いつかなかった。
『プラネは……凄いよね』
『褒めても何も出ませんよ?』
『あなたはパティシエールになる。私は何もなれない』
というよりも、ラジオは何者かになる気がない。やろうと思えば何だってそれなりにできる人間ではあるが、動機がないという要素はあまりにも大きいのだ。熱量が不足している現状、ラジオは踏み出すべきラインの前で足を止めてしまっている。
ただ、ある一つのこと以外に彼女の熱は向かない。
『私はあなたと一緒に居ること以外、興味がないから』
『……熱烈な宣言どうも。もしかして惚れてたり?』
『死ねよ』
『流石に傷付くんですけどお!』
その時、遠くから二人の生徒が走ってやってくる。血相を変えたただ事ではない様子の二人を不審に思うラジオだったが、その理由は開口一番で分かる。
『バッフェルト姉妹がトウガラシ爆弾作ってるんだけどお!』
『何とかしてアウラ!』
『何やってんのあのアホ姉たち……』
猛烈な吹雪の中、コーヒーショップのカウンター席から外を眺めるラジオ。暖房をガンガン効かせている為に風は暖かいものの、大きなガラス窓が熱を外に逃がしてしまっている。中途半端なぬるい店内でコーヒーを飲むラジオは、外を楽し気に駆けて行く卒業生を見つめる。
『……卒業か』
ラジオもとうとう卒業を迎える。卒業後の準備も完了し、することもない為にコーヒーショップにフラフラとやって来たラジオとプラネだったが、何とも言えない消化不良感が拭えなかった。
その時、コーヒーを持った不機嫌そうなプラネがラジオの隣に座る。
『みーんなプロム行くんでしょうね』
『何で行かなかったの、プロム』
プロムは男女のペアで参加する学年最後の行事、ダンスや食事を楽しむフォーマルなイベント。男性はタキシード、女性はドレスで着飾って参加するのが基本だが、ここに居る二人は厚い上着を着てその下にも防寒着しかなかった。
『彼氏できなかったんですよ!プロムまでに作るつもりだったのに!』
『望みが高過ぎるんじゃないの……』
『そんなことないですー普通で十分ですー』
華々しいイベントだというのに一緒に行く相手が居ないというのは悲惨なことだ。特に、二人でつるんでばかりで居た彼らはプロムに誘えるような相手が居なかった。プラネは男友達に総当たりしてどうにかしようとしたが、ラジオの場合男友達がそもそも居なかった。女友達もプラネ以外に居ないのだが。
『一瞬、お金で一緒に行ってもらおうか考えたんですが、惨めなので辞めました』
『……プラネが行くなら私も行ったけど』
『フレアさんの誘う相手って誰ですか……』
『……弟を飛行機で来させる』
『それプロムの歴史に名を残せますよ』
ラジオの弟は姉たちとは別の学校に通っている。ラジオが寮生活の為に顔を合わせることは少ないが、当然その関係はかなり薄い。気性が双子の姉以上に合わないという問題点は深刻で、そもそも実家でもそこまで会話しない関係だった。
姉弟のことを考えていた時、ラジオはあることを思い付く。
『姉に男友達を貸してもらう?』
『正攻法以外を思い付くのが本当に上手いですね……フレアさん』
『卒業してこっちには居ないけど、男友達はこっちに居る筈』
『……でも、惨めなだけじゃないですかあ……』
結局のところ、天から誰かが降りてきてプロムに誘ってくれない限りはどうにもならない。プラネが誰にも選ばれず選べなかったという事実は変わりはしないのだ。奇跡でも起きない限りは。
カウンターにうつ伏せになったプラネがラジオの方を見る。
『……そろそろフレアさん実家に帰っちゃうのに、パッとしない終わりですね』
『パーティーでも開く?』
『うーん……あっ!今夜家族が卒業祝いしてくれるので来ます?』
予想外のイベントへの誘いに目を丸くするラジオだったが、すぐにうっすらと笑みを浮かべる。拭い切れなかった消化不良の感覚はなくなり、最後の悔いは消えていく。
二人が離れ離れになるまであと少しだった。
『私が行っていいの?』
『いいに決まってるじゃないですか。親友なんですから』
『……取り敢えずで地元の大学に行く薄情な女だよ』
『……まあ、無理してアンカレッジに残るのも良くないですよ』
ラジオは帰る、故郷に。これから先の人生の目的がない彼女は進学を選び、きっと興味の欠片もない会社に就職することだろう。両親や姉たちが帰ってきて欲しいと望む以上、こんな辺鄙な土地に居る必要はない。雪くらいしかない街なのだから。
しかし、ここにはプラネが居る。
『何もない所ですから、都会の方がずっといいです』
『……プラネと離れてるのにいいも悪いもないでしょ』
『それはそうかも。ははは!』
プラネが席から立ち上がった。
『じゃあ、両親にフレアさんが来るって伝えてきます!』
『……うん』
伏し目がちに答えるラジオ。ここに残るか帰郷するか、まだ彼女の中に答えはなかった。
『ほら、もっと早く歩いてアウラ』
『ちんたらしてたら置いてくよアウラ』
『お姉ちゃんたちが荷物の宛先書き間違えたのが悪い……』
空港で駆け足になりながらキャリーケースを引っ張るラジオと、その先を歩く全く同じ顔の双子の姉妹。妹の荷造りを手伝う為にわざわざ故郷からやってきた双子だったが、荷物の入ったダンボール箱の宛先を間違えるとんでもないミスをやらかした。飛行機の時間まで残り多くはない。
『天才だって間違える時がある。ねっ?』
『でもその後のリカバリーは天才的』
『よく言う……』
こんな頼りない姉たちではあるがどちらとも最強の頭脳を持った天才だ。投資で莫大な資産を築き、今回の引っ越し費用も飛行機のチケット代も彼女らがポンと出している。故にラジオは迷惑をかけられてもなんやかんやで黙っていた。
チケットを見て乗り場と時間を確認するラジオ。その表情は不安気だが、それは決して間に合わないかもしれないと考えているからではない。
『ささっ、ファーストクラスが待ってるよ』
『卒業祝いだね』
『はいはい……』
ラジオが辺りを見渡して探していると、遂にポツンと一人でいる待ち人を発見する。熊と鹿の模型の前で佇むプラネは彼女に気が付き、手を振りながら駆け寄っていく。とは言え片手で持った箱が揺れないように気を使っていた。
それに気が付いた双子は顔を見合わせて足を止める。こんなんでも空気は読めた。
『フレアさん!遅れてたから心配しましたよ!』
『ごめん遅れた』
『暫く会えないわけなので、気合入れて焼いてきましたよ』
そう言ってプラネがケーキの入った箱を手渡す。これが満点を出せる出来なのかは誰にも分からないが、ラジオからすればこのケーキもまた傑作なのである。今まで作ったどれもが、彼女にとって忘れられないものだった。
箱を受け取り、伏し目がちだった彼女が顔を上げる。
『……多分、今までのケーキは全部満点だったと思う』
『ん?』
『満点を出した後、プラネが私から離れるのが怖かったから……そうしたのかな』
もしかすると、ラジオはそのことに内心気が付いていたのかもしれない。自分が満点を出してしまえば彼女が自分から遠ざかり、繋がりが切れてしまうのではないのかと。社交性に欠ける自分が誰かを繋ぎとめられるなんて、少しも思っていなかったのだから。
『そんなんで離れる関係なもんですか。それに、まだ私の全力を見せてませんよ』
『……これ以上腕が上がると雲の上の人になっちゃう』
『まあ、飛行機の中で食べてください。感想は電話してくださいね』
プラネはいつだってプラネのままで、それは二人の関係同様に未来永劫変わることはない。満点を出そうが何だろうが、二人はいつだって親友だ。そのことはプラネが一番理解していた。
『……ここに居たい。でも、ここに居たら私は駄目になる』
『……本音を言うと、ここに居て欲しいです。家に部屋が余ってるんですよ』
『もう行かなきゃ』
それでも、ラジオは行かなければならなかった。ここに残るか旅立つか、彼女は最後まで迷っていたのだ。しかし、プラネの優しさに触れて旅立つことを選んだ。このまま一緒に居ると駄目になってしまうことを彼女は知っていたのだから。
ラジオが彼女に背を向ける。
『……電話があれば遠くても話せるよ』
『電話じゃ風情がないじゃないですか』
『プラネの声はいつだって頭に響くから』
迷いはあれど、別れは笑顔だった。
ラジオが深い眠りから目を覚ます。現在時刻は早朝だったもののアンカレッジにまだ朝は来ていない。ホテルのベッドに横たわるラジオは懐かしい感覚にボーっとしていたが、壁の時計を見て仕事をしようと起き上がった。
彼女が腕を伸ばし伸びをする。その時、彼女は自分の腰に刀が差されていないことに気が付く。
「……祭具しまったんだった」
ラジオの権能は祭具を出している間、自動的に権能を発動し続ける。サンダー兄妹やグラスなどの祭具はその体力の消費量から短時間しか展開できないタイプ。しかし、ラジオの祭具は体力の消費量が少ない為に常時展開し続けることができるタイプだ。藍川の『搦目心中』も厳密にはラジオと同じ常時展開タイプの祭具だが、彼は決して長時間それを使おうとしない。
飲み物でも飲もうと彼女が冷蔵庫に向かうと、枕元の携帯電話が鳴り始める。咄嗟に電話に出たラジオ。
「進展ありましたか?」
『はい、容疑者を二十二人まで絞りました』
「了解です。すぐにそっちに行きます」
そう言って電話を切り椅子に掛けた上着を着た。何人も職員を動員して集中的に捜査している甲斐もあり、今まで動かなかった事件が少しずつ動き始めている。絞られた二十二人の容疑者の中にプラネを誘拐した犯人が居るかどうかは分からないが、今は少しずつ可能性を潰すしかない。
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