ガランドゥ『仮想現代戦記』

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ガランドゥ 12話 『対の教皇』

12-6

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【10】

 利用者の居ない地下駐車場、無機質で無音の空間で双子が身をかがめて隠れている。ギョロ目の手先が待ち合わせの時刻に現れることは最早確定事項だった。手先を追う二人を始末すれば機密を守ることができる。ならば、二人が取引をしているタイミングで襲撃するのが一番だ。
 そう考える手先をここに招きさえすれば、簡単に返り討ちにできる。
「……クーヤー、音がするよ」
「釣られたね……粳部、こっちに来たよ」
『そっちですか。了解っす、隙を見て加勢します』
 別の入り口を見張っていた粳部が無線越しに答える。二つの出入り口を張ることでどちらから男が侵入しても対応できるようにしていたが、掛かったのは双子の方の網だった。クーヤーが手持ち鏡で侵入者を確認すると、それは確かに東南アジア系の顔立ちの男。
 車の影に隠れていた二人が覚悟を決める。
『祭具奉納、分け与え満ち満ちて』
 クーヤーが祝詞を唄うとほのかに光を放ち、その手の中に祭具のガラスコップが握られる。
単身退路たんしんたいろ
 司祭としての本領を発揮したクーヤーが姉に手をかざすと、彼女の体がほんのり光り概念防御を付与される。クーヤーの権能は他人に概念防御を付与すること。これで姉を疑似的な司祭にし、実質的に司祭を二人にしていたのだ。これで戦力は整った。
 二人が男の前に飛び出す。
「おい何だ」
「ギョロ目の手先でしょ?じゃあもう分かるよね」
「おしまいだよ」
「……俺も焼きが回ったもんだな。残り一か月だし行けると思ったんだが」
 双子が自分の追手で、目的だった二人の始末は囮だったことを察する男。狩る側の筈が狩られる側に回る皮肉な展開に彼は思わず笑ってしまう。諦めたような顔をしつつ拍手をする。乾いた音が地下駐車場に響き続けていた。
 しかし、そう易々と終わる男が何人も殺してきた筈がない。
『祭具奉納、瞬くは蝶と光』
 彼の体がほのかに光るとその手に祭具のバールが握られた。祝詞が紡がれる中、予備動作なく加速したクーヤーとカーラーが司祭に接近する。だが、殺しに手慣れた男は簡単に止められないものだ。
月下水光げっかすいこう
 その時、二人は野生の勘で足を止めると接近する代わりに祭具のコップを投擲する。するとどういうわけか視界が歪んでコップがあらぬ方向に飛んで行き、二人は状況を理解できずに混乱した。しかし、暇を与えるわけもなく司祭はカーラーにバールで殴りかかり、冷静になった彼女が片腕で受け止める。
「こいつ……」
「カーラー!」
 クーヤーも気を取り直して司祭を横から殴ろうとするが、視界に変な感覚を覚えた時には遅かった。彼女が殴った瞬間にはその司祭はカーラーに変わっていたのだ。誤って姉を殴っていたことに困惑する彼女を、大きく振りかぶったバールが襲う。
「そ、そんな筈は」
「クーヤー!」
 咄嗟に腕でバールを弾くクーヤー。再び振り下ろされたバールを弾こうとするも、彼女がそれを弾いた直後に体へバールが命中する。骨と筋肉に伝わる衝撃は馬鹿にならず彼女の動きが少し鈍る。しかし、全速力のカーラーがすれ違いざまにラリアットをぶつけると彼を弾き飛ばし、姿勢を崩した彼の脚を掴んで車に放り投げた。
 息を整える双子。
「こいつ、思ったよりも面倒だねカーラー」
「多分、幻覚を見せる権能だよ。さっきから色々と変」
「……じゃあ、とっとと片付けようか」
「そうだねクーヤー」
 どこからが現実で幻覚なのかが分からなくなる前に、短時間で手っ取り早く勝負を終わらせる。二人はかなり知恵が働くタイプではあるが、幻覚の権能を攻略する方法については考えられない。と言うよりも、それについて考えるよりも手早く倒した方がいいと即決したのだ。
 二人に緑糸の結晶が生える。それと同時に起き上がって歩き出した幻覚の司祭の姿が消えた。
「司祭第三形態」
 司祭の限界を超え、膨張し増殖した概念防御が結晶化して体を突き破る。それに伴い司祭の域を超えた身体能力が爆発し、最高速度の二人が誰にも捉えられない速度で駆け抜ける。周囲を駆けまわるクーヤーが拳を振り回すとそれが何かに当たり、消えていた幻覚の司祭が姿を現す。幻覚を見せて自らの姿を隠していたがこれで見つかった。
 圧倒的な威力の打撃が幻覚の司祭の顎を砕き、よろめく彼にカーラーの肘打ちが入る。
「があっ!?何故分かる!?」
「幻覚を見る前の位置に最速で叩き込めばいい」
「簡単な話」
 幻覚の司祭の強さは等級にしてγ-程度。しかし、双子はそれぞれがγ並みの実力を持ち乱れぬコンビネーションを持つ。更には強まった概念防御によって幻覚の司祭の権能は中和され、幻覚を見せたとしても幻覚が来ると分かっていれば対処は可能だ。
 追い詰められた幻覚の司祭の体から赤い光を放つ結晶が生える。
「司祭第二形態ッ!」
「あっそう」
「じゃあ上げてあげる。速度」
 司祭第二形態に到達した司祭は幻覚を見せ、双子を取り囲むようにして体が増殖していく。しかし、二人はそれを気にせずに最速で動くとクーヤーが足を払い、転倒した幻覚の司祭をカーラーが蹴り飛ばした。二人が飛んでいく司祭を追いかけて駆ける中、空中で姿勢を戻した幻覚の司祭が権能を使おうとする。
「生きてるって思うんだ!こういう時にぃ!」
「ああ、そう。一人で勝手に生きてて」
「こっちは二人で生きてるから」
 クーヤーに突っ込んでバールを振り下ろそうとする幻覚の司祭。彼女は即座に反応してそれを弾こうとするが、それは幻覚で繰り出されたのは足払いだった。彼女はそれを理解すると姿勢が崩れた状態からバク転し、司祭に蹴りを浴びせようとした。しかしそれが当たることはなく、着地したての彼女に司祭が襲い掛かる。
「いけるッ!」
「そうかな?」
 突然、幻覚の司祭の首に抱き着いたカーラーが首の骨を折りにかかる。慌てて振り払おうとする彼が暴れるが、時間を得たクーヤーが立ち上がると最速で腹に頭突きを叩き込み、怯んだ隙にカーラーが彼の頭を蹴って着地した。
 全身にダメージを負った司祭が肩で息をしながら笑う。
「ゴホッ……ははっ……だから何故分かるんだ」
「お前の速度が上がったから、血の匂いを追うことにした」
「音と視界は変えられても、匂いまでは変えられないんだね」
「……全く、見事なもんだよ」
 視覚と聴覚はあまり頼りにならない。しかし、あくまで幻覚の司祭は幻覚と幻聴しか見せることができないのだ。匂いだけはどうあっても隠せない。ならば、双子の野生の感覚で負傷による出血を嗅ぎ取れない筈はないのだ。
 しかし男はバールを捨てて自分の腕を引き千切ると、血を撒き散らして周囲を赤く染める。
「だがこうすれば分かるまい!」
 周囲が血で満たされることにより匂いによる追尾が不可能になる。更に、幻覚の司祭は複数人に分裂する幻覚を見せると二人に近付き殴りかかった。匂いで追えなくなった二人はさっきまで居た場所に全速力で向かうが、クーヤーが予想外のタイミングで殴られ吹き飛ばされる。そして、カーラーも同様に何かに殴られ吹き飛ばされた。
「ぐっ……!?」
 立て直したカーラーが向かってくる彼を迎え撃とうとするも、自分の拳が当たる前に相手の攻撃が当たる。それはまるで相手の間合いが伸びたかのような感覚。拳か、捨てた筈の短いバールが突然伸びたのだろうか。しかし、そんなことが突然起きる可能性は低い。
 幻覚が解けた二人が見たのは、千切った自分の腕を武器にして振るう幻覚の司祭だった。今まで以上の間合いと攻撃の度に血を振り撒けるという利点。しかし、意表を突く攻撃は彼が完全に余裕を失っている証拠。
「腕を武器に……!」
「だが死にに来たわけではないぞ……!女ァ!」
 再び襲い掛かる幻覚の司祭。姉を助ける為にクーヤーが駆け出したその時、音を置き去りにした一本の矢が司祭の脇腹を貫通する。突然の攻撃に動揺した幻覚の司祭はその場を離れようとするが、再び放たれた矢は弧を描いて彼へと進み、咄嗟に矢を掴んだもののその手すらも貫いて腹を抉った。
 放ったのは遠くで弓を構える粳部だ。
「遅くなりました!ちょっと海坊主に殺されてて」
「粳部!こいつは幻覚を見せる司祭!」
「承知!」
「何だあの女!?」
 弓を捨てて直進する粳部。そして、脇腹と腹に穴を開けられたことで弱り続ける幻覚の司祭。彼女は鎖を作り出すと遠距離から司祭を縛り上げ、カーラーとクーヤーは接近して殴りかかる。しかし、幻覚によって拳は当たらず互いの顔を殴り合ってしまう。
「ぐっ!」
「三対一だろうと!」
「お二人下がって!」
 粳部の意図を咄嗟に理解した二人は幻覚の司祭から離れていく。彼は粳部を脅威と認識して権能を使用し、横から彼が殴りかかってくる幻覚を見せる。しかし、粳部はそんな幻覚を少しも気にせず突っ込むと司祭を思い切り殴った。
 理解できずに困惑する司祭。
「くそ!何で幻覚が効かない!?」
「しっかり効いてるじゃないですか!」
 粳部が司祭の首元を掴んだ瞬間、その腕が大量のダイナマイトに変形する。自分が見た物を信じられない幻覚の司祭は困惑し、思わず本音が出てしまった。
「こりゃ幻覚か!?」
「残念現実!」
 着火したダイナマイトが起爆し、地下駐車場の一部が崩落する爆発を引き起こす。変幻自在の粳部は司祭から見ても現実離れしているということだ。周囲を煙が包む中、瓦礫の中から足が飛び出したかと思うと意識を失った司祭を掴んだ粳部が姿を現した。
 これが戦いの終わり。
「ふぅ……海坊主の視界を借りたのは正解でした」
「粳部……来るの遅い」
「幻覚効いてなかったように見えたけど」
「あそこに海坊主を立たせておいたんです。私が幻覚を食らっても、視界を確保できるように」
 車と車の間に立っている海坊主が役目を終えて崩れて消えていく。幻覚の司祭に近付いて幻覚を食らっても、海坊主の視界を使うことができれば権能のない司祭と戦うようなものだ。対処は実に簡単である。
 瓦礫の山を降りていく粳部。
「よし、急いで鈴先輩に連絡を……」
 その時、ピシっとガラスにヒビが入るような音が鳴り響く。突然の音に三人が反応してその方を向くとそこには空間に大きなヒビが入っていた。そのヒビの向こう側には真っ暗闇が広がっており、覗き込むと本能的な恐怖を覚えてしまう。そして、それは明らかな異常現象だった。
「あれ、何です?」
「……この前の」
 クーヤーがそう言いかけた時、中から飛び出した蛇のような概怪が粳部と司祭を押し流していく。駐車場を埋め尽くすような大量の概怪の勢いに粳部も敵わず、藻掻いて抵抗するもそのまま押し流されていったのだ。一瞬の出来事に呆気に取られるカーラーとクーヤー。
「これ……な、何?」
「クーヤー、状況が変……今すぐここを……」
 その時、二人の背後に誰かが現れる。異常な寒気を身に纏って。
「やあ、話をするのは初めてだね」
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