ガランドゥ『仮想現代戦記』

扇屋

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ガランドゥ 14話 『復讐に意味はなく……』

14-1

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【1】

 路地裏、陽の差さない暗がりに肉が叩かれる音が響く。頭部がなく代わりに十字架が刺さっている人型の概怪は胴を蹴られて後ずさり、追い打ちをかける粳部の回し蹴りで更に後ずさる。しかし、概怪は空中で姿勢を変えると粳部に向けて胴から光線を放つ。彼女は両腕でそれを防ごうとするが庇った腕が骨が抜けたように柔らかくなってしまう。
「やばっ!?」
 だが、彼女の横を一瞬で駆け抜けた谷口が概怪を地面に叩き付けると、伸びた概怪を両手で持ち上げてその胴を引き裂く。Ωの等級であればこの程度の相手を瞬殺することは容易だ。特に司祭の中でトップの身体能力を持つ谷口であれば。
 引き裂かれた概怪が地面に落ちる。
「状況終了。ラジオ、回収部隊を」
『了解で-す』
「な、なんつー筋力……」
 谷口の要請に無線を聞いているラジオが応える。全ての能力がランダムな粳部からすれば、こんなにあっさりと敵を倒すことができる彼の実力は羨ましいことだろう。時間があれば彼女にも倒せるとは言え、手間は掛からない方が良い。
 粳部が骨の抜けた腕を揺らしながら谷口に駆け寄る。
「今回はスムーズだったな」
「まあ……今度は追い込む側ですからね」
 倒れる概怪を結鎖で縛り上げる谷口。そして、少し離れた場所で権能を使って苦しんでいる藍川。仕事終わりは酷い有様だ。こんなボロボロになっても生きている概怪に彼女は同情しつつ、悶える藍川の方に駆け寄り背中をさする。
「……うう、気分が悪い」
「鈴先輩って、権能使う度に倒れるんすね……」
 反動が返ってくるというデメリット故に多用できない権能だが、一番近くで見ている粳部はその過酷さを一番理解していた。権能を行使した後の苦悶に耐える彼の表情は、酷く苦痛に歪んでいる。
 倒れている彼に彼女が手を差し伸べ、彼を引っ張り上げた。
「洗脳とかしたら、先輩反動で死んじゃいそうっすね……」
「あり得なくはねーな……この概怪を引き渡して帰るぞ」
「ほお、ならば受け取りましょう」
 粳部は背後からの突然な声に驚き、反射的にそこを振り向く。するとそこに居たのは初老の男と防護服を着た回収部隊。いつから彼らのことを見ていたのかは定かではないが、全員が整列して待機の姿勢を取っていた。その奥にはトラックが止まっている。
 谷口が彼らに話しかける。
「今回は骨が抜ける光線を放つ個体だ。最低限の生命維持を頼む」
「分かりました。ここから先は我々が引き継ぎましょう」
 その男が鎖が巻き付いた概怪を掴んで起こし手を離すと、どういうわけか概怪が消え棺桶が現れる。驚く粳部をよそに男はいくつかの法術を使って棺桶を縛り上げると、防護服を着た職員がその周囲に群がって作業を始める。
「へーこうやって拘束するんですね」
「法術使いや司祭が不足してた頃は、護送中によく事故が起きてたらしいぞ」
「えっ?」
 もし逃げられればただちに悲劇の繰り返しだ。高い給料に伴って背負う責任はかなり重い。概怪が暴れれば死者が増え、司祭が暴れれば組織の機密が損なわれる。今日も彼らは血で書かれたマニュアルを絶対遵守していた。
「よし、仕事終わりだ。帰るぞ粳部」
「あっ、ちょっと寄りたい所が」
「俺もまだ帰れないな」
「谷口にしては珍しいな」
 表情の見えない仮面の男が、突然意思表示を始める。
「少し、寄りたい店があるんだ」



【2】

「何でだよ」
「どうした急に」
 賑わう道路の脇、小洒落たケーキ屋のテラス席にて。日光降り注ぐ席に座る藍川と粳部と谷口。粳部は店の雰囲気に少し萎縮し、藍川は和の服装が店と似合わず、谷口に至っては仮面と雰囲気が絶望的に合っていない。
 ケーキを待つ時間が拷問のようだった。
「まさか、こんな店に行きたいと言い出すとは……」
「俺がケーキ屋に来たら駄目か?」
「いや、絵面がですね……」
「今から店を爆破します、って面してるぞ」
 町の人混みの中で仮面をしているのであればまだファッションとして溶け込めるかもしれない。しかし、閑静な住宅街にあるケーキ屋でその恰好は物凄く目立つ。今まで、誰も指摘しなかったのだが。
「俺は時間にも時代にも遅れたくない男だ」
「上手いこと言ってんじゃねーよ」
 そのシュールな様でそんな言葉が出るとは、粳部は微塵も考えていなかった。全てにおいて効率を優先しそうな人間が、わざわざお店に寄って優雅にティータイムというのは笑えるものがある。
 藍川が緑茶を飲む。
「鈴先輩は時代に逆行してるっすね……」
「おう、お茶と煎餅が友達だ」
「にしても、そんなに気になります?ティラミス」
「巷で話題だからな」
 こんな面で流行に乗ろうと考えているのか。藍川が思考の斜め上の理由に唖然としていると、店員が注文の品を運んでくる。盆の上で目立つティラミスとその他のケーキ達。それらがテーブルに置かれた。
「……なるほど、面白いデザインだ」
「美味いのかが問題だろ」
「最近の若者の好みは分かりませんね」
「お前まだ二十一歳だろうが」
 すると突然、谷口がその仮面を外した。ティラミスを食べる為だけに、一度も外さなかった仮面を外したのだ。藍川は偶然そっぽを向いていたものの、粳部はその顔をしっかり目撃する。彼が口の部分が開いている半面マスクに付け替えるまで、彼女は唖然として見つめていた。
「ええっ!?」
「人の顔を見て叫ぶな。失礼な奴だな」
「ん?ああ、仮面を変えたのか」
 平然とティラミスを口に運ぶ谷口。その顔は一度見ただけで忘れられない程の衝撃があった。それは顔の内容について言っているのではない。ずっと顔を隠し続けていた彼が、一瞬だけではあるが素顔を晒したことが衝撃的だったのだ。
 大きなバッテン傷の付いた顔。しかし、粳部はその顔に何故か既視感があった。どこかで見かけたような。
「……案外イケる味だ。意外と甘くないとは」
「……ああえっと、そうですね。イケメンですね」
「驚き過ぎて会話成立してねーぞ」
 遅れて冷静さを取り戻した粳部は、その既視感の正体について考える。彼女の記憶力は良い方だが、どう分析してもどこで出会ったのかは思い出せない。谷口ほどの濃い性格の人物であればすぐに思い出せそうなものだが、どういうわけか霧がかかって曖昧になるのだ。
「顔が見える範囲にお前以外居なかった。なら、見せても問題ない」
「そ、そもそも何で隠してるんですか?」
「何かと便利だからだ」
 回答したようで真面目に回答していない。素顔を見せたのはある種の信頼だが、一番重要な部分は仲間にも見せられないのが谷口だ。
 納得のいかない彼女だったが、これも一歩前進だと考えてこれ以上の言及はしないことにした。あまりしつこくしても嫌われるだけだろう。
 粳部がフォークを持って目の前のチーズケーキを切る。
「さてさて、私のチーズケーキはっと」
「それ、好きなのか?」
「やっぱりチーズケーキはレアですよ」
 不意に、藍川が嫌な記憶を思い出す。彼はその言葉を確かに聞いている。何年経っても忘れていない、忘れられない。ここではないどこか別の店で、彼はその言葉を確かに聞いているのだ。彼女の姉、来春から。
 時間を少し遡って。

『おお、チーズケーキはこうでないと』
『それ、好きなのか?』
『やっぱりチーズケーキはベイクだね』

 嬉しそうにチーズケーキを食べる彼女の姿が藍川の脳裏に浮かび、同時に目を逸らしていた記憶も視界に流れ込む。まともな精神状態ではない彼にフラッシュバックが襲い掛かり、脳内は一瞬で地獄に変わり果てた。
 苦痛に耐えられなくなった彼が血相を変え、立ち上がった。
「もうお開きだ。俺は帰る」
「えっ……ど、どうかしたんですか?」
「何でもないさ、気にするな」
 立ち去る彼の背を誰かが見つめている。粳部か谷口か、それとも来春か。
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