ガランドゥ『仮想現代戦記』

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ガランドゥ 17話 『摩天楼の殺人鬼』

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【10】

 粳部がインターホンを押す。強い日差しが降り注ぐ猛暑日の中、汗を掻かない藍川と映画監督がその後ろに佇んでいた。一軒家の表札には加藤と書かれており、小綺麗で大きい家は彼の社会での立場を表していた。これだけの家に住める人物は相当の地位であることに間違いはない。 
 家主の加藤がインターホンに応答する。 
『はい』 
「あ、あの……法務省の者です。加藤典也様はいらっしゃいますか」 
『ん?はい、少々お待ちください』 
 そう言うとインターホンの通話が切れ、周囲は蝉の鳴き声のみが鳴り響く。いきなり来訪者が法務省と名乗ればどんな相手でも困惑するだろう。相手は詐欺師かと思うかもしれない。しかし、蓮向かいの職員としては法務省と名乗るのが最適だった。 
 暫くして玄関の扉が開くと加藤が顔を出す。 
「どうも」 
「加藤典也さん、あなた司祭ですね?死期を読む司祭」 
 加藤が現れると藍川の顔は青ざめ、対照的に映画監督は嬉々として話を始める。粳部は加藤が本当に司祭なのかが分からず心配だった。彼の発言はある意味賭けだったのだ。しかし、加藤は彼の言葉に反応するとその意味を理解する。 
「……どこでそれを知った?」 
「地道な努力と勘で。中に入っても?炎天下で長話はね」 
「……分かりました」 
 自分が司祭であることがバレた彼は遂に観念し、三人を自宅に招き入れて室内に入っていく。粳部が冷房の効いた室内に入り振り向くと、最後尾に居た藍川が酷く青い顔をしていることに気が付いた。それは良くない兆候だ。 
「鈴先輩?どうしたんですか?」 
「……い、いや……気にするな」 
 気にするなと言われて本当に気にしない者は居ない。しかし、ここは口を閉ざした藍川に喋らせる為の場ではないのだ。彼女は彼のことを心配していたものの今は放っておくしかなかった。 


 そして、四人が冷房の効いたリビングに向かった後、蓮向かいについての説明が始まった。司祭を保護してその権能を完全に管理し、職員として勧誘するか監視下に置き続けるかの二択を迫る。いつだって蓮向かいは人手不足だった。 
 映画監督と粳部はソファに座り、加藤はその向かいのソファに座っている。落ち着かない様子の藍川は粳部の後ろをうろうろと歩いており、依然として顔色は悪いままだった。それでも話は続いていく。 
「説明はいっ、以上です。何か……ご質問は?」 
「いえ、ないです」 
「奥さんはパート勤務かな?でも、今はまだ寝ていたり」 
「ええそうです。色々あって体調を崩していて」 
「台所と写真を見れば何となく分かる。で、娘さんの死因は?」 
 突然、何の脈絡もなく映画監督は娘の死について話し始める。そんなことを知らなかった粳部は余りにも急な話に困惑し、藍川は反応を示さずに貧乏ゆすりをしていた。加藤も同様に反応を示さずポーカーフェイスを貫いている。何の興味も示していない。 
「もう知ってるんですか?昨夜、転落事故で亡くなって。妻と目撃したんです」 
「えっ?事故って……」 
「今は寝室で休ませてます。もうてんやわんやです」 
「権能で死ぬと分かってたんだろう?保険金はいくらかな」 
 全てを見通す彼の言葉を聞いた後、加藤はどう返答したものかと回答を考えていた。そして、この状況における最適解を導き出すとわざとらしい表情で返答をする。一般人であれば見抜けないような巧妙な表情で。 
「えっと……千二百万です。でも今は娘のことしか考えられない」 
「よくもまあそんな白々しく言えるよ。人生で一度も考えたことないだろ」 
「す、鈴先輩!ちょっと落ち着いてくださ……」 
「社会に溶け込むのが上手いが、お前は完全なサイコパスだよ」 
 徐々に言葉が怒気を孕んでいく藍川と、それを止めようとおどおどする粳部の二人。映画監督はにやけつつソファに横たわり、ヒートアップしていく会話を止めようとしなかった。真相を知る映画監督からすれば、止める必要がなかったのだ。 
「俺は心の司祭だ。お前の心を読んで分かった」 
「……遂に、バレたか」 
「お前は恥をかかない為だけに、好きでもない相手と結婚し子供を作った」 
「それは……何か法を犯しているのかね?」 
 嘘の表情を辞めた加藤は酷く冷酷な無表情で話を始める。開き直る彼の態度は亡くなった娘からすれば酷く残酷なものだった。しかし、当人が死んでいる以上は何の意味も持たない。その場の全員を腹立たせるだけで。 
「結婚し子供を作るだけで地位が貰える。その為に仕方なくやった」 
「開き直り始めたな」 
「邪魔だったガキがやっと死んだ。それで手間も減って千二百万だぞ?」 
「あなた……ち、父親でしょう?」 
「演技をずっとしてただけだ。一度も関心を持ってない」 
 それは、父親の鏡のような人物の口からは一番聞きたくない言葉だった。彼ほどの人物が家族のことを何とも思っていないのであれば、一体誰が家族を想っていると言えるのだろうか。冷酷な口調は普段の彼の印象とは乖離していた。 
「ふふふ、面白いね。恥をかかない為にそこまでするとは」 
「死の運命は変わらない。私の権能は死期を読むだけで変えられはしない」 
 死期を読む前からその死は確定した事象であり、どうあっても何をしようと運命を変えることはできない。加藤は人の死期を知っていたもののどうすることもできなかったのだ。だが、彼はそこに感情を抱かない。 
 藍川が握った拳を震わせる。 
「どうにもならないなら、金稼ぎに使ったって良いだろ?」 
「罪悪感とか……悲しいとか……ないんですか?」 
「何故?老後の資金を貯まったとしか思わない」 
「……粳部、こいつは世間体以外を気にしない。感情がないんだ」 
 心を持たない怪物というのは往々にして存在する。そういう輩は目立たないように我を殺して溶け込もうとしているのだ。知能の低い者は犯罪に手を出して世間の目に晒されるものの、知能の高い者は完全に溶け込み一生を終える。露見することは殆どない。 
「読んで分かった。脳の仕組みで……恥以外を感じないんだよ」 
「私は何の法も犯していない。保険金を請求しただけだ」 
「まあ、罪ではないね。彼の権能は事態を変更しないから」 
「そうだ。娘の保険金は請求されるな?金が一番重要だ」 
 その言葉を聞いた時、遂に耐えられなくなった藍川が小走りで加藤の下へ向かう。そして、彼が反応するよりも前に拳を前に突き出して殴った。人の心が分からない藍川でも、彼の態度を見てそうせざるを得なかった。殴り飛ばされた加藤はソファから床に落ちていく。 
 粳部が咄嗟に起き上がった。 
「何してるんですか!?」 
「これで謹慎と減給と賠償金だ!いくらでも払ってやるよ!」 
「あれま。まあ気持ちは分かるがね」 
「……ああそれと、組織に入るつもりはない。生きてさえいられればいい」 
「願い下げだ!」 
 怒りをあらわにする彼を粳部が腕を掴んで引き下がらせる。彼女からすれば、こんな生々しく恐ろしい彼を見たのは初めてだっただろう。今まで彼は何人もの残酷な者や恐ろしい悪人を相手にしてきた。だが、こんな生々しい相手と出会ったことは一度もなかったのだ。 
 その時、階段の上から加藤の妻が駆け降りてきた。 
「ちょっと!何してんですか!」 
「鈴先輩……もう帰りましょうよ。答えは聞きました」 
「……ああ」 
 映画監督がソファから飛び起きると三人は玄関へと向かっていく。妻が倒れている加藤の下に駆け寄ると、彼はゆっくりと起き上がって口元の血を拭った。それは普通の人間であれば簡単に死ぬ一撃だった。 
 藍川が足を止め、振り返らずに喋る。 
「あんた騙されてるぞ。そいつに、尽くす価値はない」 
 自分が愛されていると信じて疑わない妻は、きっと死ぬまでその幻想の中で生きていくのだろう。誰も、その男に人の心がないことを明かさない。全ての人が加藤に騙され、皆が自分の信じる加藤の『幻想』を見ているのだ。 
 三人は足早に加藤の家を出ると炎天下に晒された。気味の悪いくらいに冷房の効いていた部屋から解放され、粳部は今が夏だったことを思い出す。あの家は余りにも生気に欠ける場所だった。 
「はあ……最悪の任務でしたね」 
「そう気を落と……あっ、藍川君どこに行くんだね」 
 不機嫌な藍川は駆け足で歩道を歩いて行くと、ブロック塀を踏み台にして遠くへ飛んでいく。過去最悪と呼べるほどに残酷で無情な人間の心を見て耐えられなくなったのだ。粳部と映画監督は遠くに消える彼の背中を見つめている。 
 これで任務は終わったものの、残った物は後味の悪さだけだった。 
「……ああいう手合いが相手じゃ……法は無意味ですね」 
「人の心がないことは罪ではないよ」 
「でも、人の死を権能で知ってお金にするなんて……」 
「いつだって、人は法の抜け穴を見つけようとするものさ」 
 人の知恵は善にも悪にも使われる。人に知恵がある限り。 
「彼を罰することはできない。今の法では、あの権能の使い方を裁けない」 
「……でも、それっていたちごっこじゃないですか」 
「ああそうさ。それでも、我々は法を変え続けなければならない」 
 現状を変えることを諦めてはいけない。人は生きている限りシステムを変え最善を尽くし、完璧を求め続けなければならないのだ。この世に完璧など存在しない。しかし、それでもそれを目指すことは映画監督にとって意味のあることだった。 
「変え続ける限り、法は完璧に近付いていくものさ」 
「気の……長い話ですね」 
「ああ、それでも変え続けるんだ。きっと、二百年後には防ぐ法が生まれる」 
 諦めてはいけない。諦めてしまっては何も変わらないのだから。彼らは最善を尽くし、辿り着けない遠い星を追って駆けていく。絶対に辿り着けない場所だとしても、進んでいるのだから近付いているのだ。 
 粳部は遠くを見つめる彼と同じ方を眺める。 
「進んでいるのだから、昨日よりはマシさ」 
「……そう信じたいですね」 
「君も実行するんだよ。思っているだけじゃ何も変わらないものさ」 
「……はい」 
 眩し過ぎる夏空に、入道雲は高くそびえ立っていた。
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