ガランドゥ『仮想現代戦記』

扇屋

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ガランドゥ 18話 『舌を冠する者』

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【3】

「ああっ……疲れた」 
「お前はすぐ体を治せるだろう」 
「気分の問題なんすよ。五日間連続で特訓なんて」 
 扇風機の回る駄菓子屋の店内、粳部はあずきバーを噛み砕きながら丸椅子に座っている。夏本番で正午なだけあって過酷な猛暑だったが、その場に居る司祭三人は特に暑さを気にしてはいない。修行が終わって疲れているのはラジオと粳部の二人だけだ。 
 ラジオが練り飴の箱を開く。 
「えっ……何これ」 
「それ来月に販売終わるんだとさ」 
「今時駄菓子を買う奴なんて居ないしな」 
「……お前ら何で俺の店に来てるんだよ」 
 藍川が駄菓子屋をちゃんと営業していることは少ない。殆どが店を閉めているか、または誰かに代わりに営業させている。それでも仕入れは毎月欠かさずやっているのだから、代わりに営業している人からすれば迷惑な話でしかない。 
 いい加減、閉店して欲しいものである。 
「優先する任務もないし……あっ、当たりだ」 
「そもそも俺達はこの地区の管轄だ。ここに居ても問題はない」 
「俺の店に居ることについてだよ」 
「外、暑いからじゃないっすかね……」 
 実際はそんなことはない。業務時間中に暇を潰しているというよりも、チーム四人でミーティングをしているのが正しい解釈だろう。進展しない状況を打開する策を考える情報共有でもある。とは言え、それでも手はないのだが。 
「ギョロ目のことだが……そろそろお前らにも話す」
「……ギョロ目のこと?」
「えっ?何の話ですか?」
「Ω-昇格おめでとう……でも、状況は芳しくない」
 加入当初はαでしかなかった粳部も今ではΩ-と、遂にクラスΩの仲間入りだ。これでチーム内では序列三位の等級になり組織の上位数パーセントの存在となった。それでも変わったことと言えば閲覧できる情報が増えたこととくらいで、今でも隊長であるラジオの下である。等級は彼女よりも上だが。
 藍川はレジを前に深々と椅子に座っていた。
「ギョロ目が計画している儀式は、今年中に実行される」
「あいつの目的って何なんです?」
「内容については話せない。でも、その為に死体を必要としてる」
「……待ってください。まさか、前から知ってたんですか?」
 等級がΩ-になった途端に新情報が入ってきたというのは、いささか都合の良い考えだろう。真実は大抵の場合簡単に説明できることで、藍川は最初からヴィスナがやろうとしていることについて知っていたのだ。
 藍川がバツの悪い顔をする。
「少しは。でも、あいつを捕まえられる情報はないぞ」
「……仲間に隠し事、多くないですか?」
 彼はずっとそうだ。仲間であろうとも秘密は洩らさない。組織の構成員としてその在り方は正しいと言えるが、まだ組織に馴染んでいない彼女からすれば疎外感を受けることだろう。彼女は特に、何も知らないのだから。
「私も……殆ど知らない」
「俺も奴の計画までは知らない」
「……すいません」 
「死体が目的ならば……既に奴は十分集めてる筈では?」 
「だが、それでも奴絡みの犯罪は続いてる。まだ欲しがっているんだ」 
 ヴィスナは十分過ぎる量の死体を収集しておきながら、自分の計画の為に死体を集め続けていた。もうこれ以上罪を犯す必要はない筈だというのに、それでも行動に出ている。そこには必ずヒントがある筈だ。 
 蝉の鳴き声が酷くうるさい。 
「なら、必ず奴はそこに姿を現すだろう。それが弱点だ」 
「一度引き籠られたら終わりですからね」 
「人口が一定以上ありつつ往来の少ない地域……そこを監視しよう」 
「運が絡むが、これ以外に手はない……」 
 その時、あれ程けたたましく鳴いていた蝉の声が止む。強い日差しが降り注ぐ真夏日だというのに周囲は完全に静まり返り、何とも違和感の漂う現実が出来上がった。粳部は食べ終わったあずきバーの棒をゴミ箱に捨てる。 
 その刹那、下を見ていた彼女は店内の影の変化が目に留まる。影と周囲の濃さが変わらないくらいに暗くなっていき、彼女は外の様子が気になって顔を上げた。すると、店の外では真昼だというのに夜になっていた。 
「えっ?」 
 一早く気が付いた粳部が早歩きで外に出ると、どういうわけか世界は既に夜だったのだ。普通の夜空と異なり純粋な黒色で塗り潰され、月も星の輝きなども一切なかった。それは到底自然な環境などではなく、彼女の目の前に広がっているのは現実ではない。 
 日常から異常に引き戻された粳部の背筋が凍り付いた時、夏の暑さすらも消えていることに気が付いた。 
「鈴先輩!何か変ですよ!?」 
「はっ……ふたっ!谷口!?」 
 ラジオも外の異常に気が付いて店内の二人に呼びかけるが、藍川は既に消えており谷口は床に沈んで消えていく所だった。まるで悪夢の中のように、彼の足下の床は泥のような状態で彼を飲み込んでいく。谷口の頭が一瞬で飲み込まれた。 
「二人は!?先輩は!?」 
「私の権能が探知してない……というか、周辺からほぼ人の声がしない!」 
「これ……まさか司祭じゃ」 
 地面を跳ねた粳部とラジオが瓦の上に跳び映る。宇宙空間のような不気味な空は、底の見えない大穴のようでもあった。自分達の立つ足場が下なのか、それとも黒い夜空が下なのか。見つめているとラジオは次第に分からなくなっていく。 
 そんな空の中心に、何か大きな物が浮いている。 
「あれは!?」 
 粳部が指差した先には大きなクジラが浮いていた。黒い夜空の中で潰れそうな程に黒い色をしたクジラ。粳部は足元に海坊主を呼び出すと、その体を双眼鏡にしてその巨大な存在を確認しようとする。光のない世界は余りにも暗かったが、それでも完全な闇というわけではなかった。 
 双眼鏡のレンズが鎧の怪物を捉え、粳部の目が見開かれる。 
「ギョロ目が居ます!あのクジラの上に乗って!」 
「あれって……まさか」 
「えっ、知ってるんですか?」 
 刀の柄を握ったままクジラを見上げているラジオは、普段は見せないような動揺と怯えを彼女に見せていた。そのクジラは完全に人知を超えた存在であり、最早概怪のスケールをも超えている。二人が今までに出会った中で、最も強力な存在だった。 
「概怪には……始まりの六体が居る」 
 概念を保有した破壊しか知らない生命体。司祭と法術使いにしか倒せないその存在の、全てを知る者は未だ居ない。 
 周囲は冷え切っているというのにラジオの頬を汗が伝う。 
「名前は『六舌ろくぜつ』……舌を冠する六体の内、二体は行方不明だった」 
「じゃあ……まさかこいつが!?」 
「その……一体」 
 頂点の一体、クジラが口を開いたかと思うとけたたましいラッパの音が鳴り響く。どういう理屈なのかは誰にも分からなかったが、その不協和音を聞いた瞬間に二人は猛烈な嫌悪感に襲われた。視界が歪み光がズレる奇妙な感覚に彼女らが苦しんでいると、気が付いた時にはもう町ではない場所に立っていたのだ。 
 酷く歪んだ作りの地下街に彼らは取り残される。 
「あれっ!?また場所が!」 
「粳部、気を付けて……」 
 ラジオは刀を抜くと高速で駆け出し、暗闇を歩く概怪をすれ違い様に切り裂く。しかし、ゴムのような材質の概怪は体が伸びるだけで切断できず、察した彼女は至近距離から夢鬼火ゆめおにびを放ち大爆発を起こした。 
「司祭第二形態」 
 そして彼女はリスクのある形態になると赤い輝きを放ち煙に突っ込み、爆発を受けてよろけた概怪の腹に跳び蹴りを叩き付ける。吹き飛ぶ概怪は地下街の壁を何枚も突き破って飛んでいった。 
「ラジ……あっ!?」 
 それと同時、粳部は右腕に何か管のような物が侵入して来ていることに気が付く。咄嗟に彼女はそれを自切し、小銃を作ると片手で何もない空を撃ち抜く。とは言えそこには何もなく、彼女は距離を取る為に後ろに跳んで下がった。 
 切った腕が自動で再生する。 
「何か居る!海坊主!」 
 そう叫ぶと海坊主が彼女に並走するように地面から姿を現す。そして弓を作ると三発を同時に放ちさっきまで居た場所に打ち込んだ。それでも視界に変化はなく、粳部は咄嗟に海坊主にペイントボールを作らせる。そして、それを大量に投げつけると塗料が付着したことで透明だった線虫のような概怪が姿を現した。 
「あれだ!」 
 粳部が指揮を下すと海坊主は再び弓を射る。今度こそ、その一撃は線虫の概怪を貫いて弾け飛ばした。奇襲されている状況で害獣を半殺しに留める余裕はない。粳部と海坊主が停止する。 
「くそっ……早く先輩と合流しないと」 



【4】 

「なーんか、さっきの放送の後からバタバタしてんね」 
「……設楽さあ、状況分かってないの?」 
 蓮向かいの基地にある食堂にて、忙しなく移動する職員を目で追う卜部と設楽砂与したらさよ。まだ小学五年生のコンビは戦場と無縁の場所で吞気に休憩をしているが、周囲の大人たちはそれどころではなかった。今年の採用であり同年代同性、二人が会えば仲良くなるのはある意味必然だった。 
 卜部が怪訝そうな顔で設楽を見る。その手には駄菓子が握られていた。 
「状況って……新入りで子供の私が分かるわけないじゃん」 
「……まあ、司祭で採用されたなら分かんないのも当然かな」 
「あっ馬鹿にしたな!じゃあ力尽きるまでタイマンしよ」 
「勘弁してよ……あの鞄はズルだって」 
 無機質で外の様子が分からないこの基地はまるで宇宙船。唯一状況を教えてくれるのは壁に埋め込まれたモニターの表示だけ。とは言え、α非常事態宣言とだけ書かれても小学生の設楽には何も分からない。 
「あのα非常事態宣言って何?」 
「非常事態宣言の中で、一番レベルが低いってこと」 
「……じゃあ何でこんなに忙しそうなの?」 
「それは……あっ!染野そめのじゃん」 
 忙しく歩く大人達の中に紛れていた染野が、声に反応し立ち止まる。年齢は二人よりも二歳は上であるが身長の差はそれ程変わりなかった。それでも常に表情を変えることがない彼はとても子供には見えないだろう。 
「……お前達、α非常事態宣言中だ。ここから動くな」 
「自分だけ好き勝手なんてズルいぞ」 
「染野君、今何が起きてるの?」 
「現在、イラン、アメリカ、日本を大量の概怪が襲撃している」 
 三つの国に概怪が押し寄せる。言葉としては単純だが、実際に起きていることは余りにも恐ろしいことだ。本来、昼ではなく夜に行動し人混みに顔を出さない概怪が姿を現す。今までのルールを完全に破るなど悪夢でしかない。 
「このままでは約九十万人が死亡する。阻止に向かう」 
「概怪……って何だっけ」 
「設楽ってホント何も知らないよね。私は何回か倒したよ」 
「それとは格が違う」 
 自分の実績を否定されたようでムッとする卜部。彼女は殺傷こそしないものの法術の腕前は粳部と並ぶ天才である。その実力に嘘はなく、等級の低い概怪を倒すことは十分に可能であった。 
 しかし、今はそんな生易しい状況ではない。 
「俺より少し弱いくらいの奴が波のように溢れてる。状況は最悪だ」 
 γ+、それは普通の司祭の最終到達点。殆どの者がそこで打ち止めとなってしまう一種の壁。それらよりも少し弱い程度の概怪が敵として溢れているというのは、並みの司祭であれば絶望する展開だ。 
 この戦い、普通であれば勝ち目はない。普通であればの話だが。
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