悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ

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第8章

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 わたしは王都から届いた書類を机に並べながら、深い呼吸をする。
 ここにはクレスター商会の株式取得を示す正式な証文や、商会役員会からの呼び出し通知などが含まれている。まさか学園での経済バトルが、こんな形で大商会そのものの支配権にまでつながるとは思わなかったけれど、現実はわたしの想像を軽く越えていく。

「リリアーナ、すごいことになったね」
 クラリスが隣で興奮しながら書類を眺めている。
「ついにクレスター商会の大株主として、正式に経営へ口出しできるんだよ。商会のトップたちも動揺してるみたい」
「実際、わたしが過半数近い株式を押さえたことで、彼らは取締役会の構成を変えざるを得ない状況にあるはず。王太子への融資なんて悠長なことを言っている場合じゃなくなるわね」
 そう呟くと、クラリスは「王太子派閥の人たちがどう動くか不安?」と尋ねてくる。わたしは首を振って軽く笑う。
「王太子はもう抵抗できない。婚約破棄したわたしがただの公爵令嬢で終わると思っていたんでしょうけど、資本を手に入れた今、むしろ彼のほうが立場がない。いずれ、エドワルドが何か言ってくるかもしれないけど、ここで折れるつもりはないわ」

 実際、学園ではすでに「リリアーナ・アルセイドがクレスター商会を買収したも同然」と騒がれている。多少の誤解はあるにせよ、株式の大半を保有している以上、もう商会はわたしの意向を無視できないという事実は変わらない。わたしが赤字部門や不合理な契約を排除すれば、これまで王太子派閥と癒着していた部分を一挙に洗い直せる見込みだ。

「まずは商会の役員会に出席して、学園への不当な支配を撤回させるわ。そもそも王太子と組んで独占を狙ったから、株価が崩壊したんでしょうから」
 わたしは書類をまとめながらそう語る。
 クラリスが「王都まで行くの?」と確認する。
「ええ。近々向かうつもり。わたしが行かないと、向こうは何かと誤魔化そうとするはず。学園の学生を苦しめた流れをここで断たないと、わたしたちの苦労が無駄になるし」


 その日のうちに、わたしは執事とメイドを通じて出発準備を整える。すると夕方、学園の廊下でわたしを待つ王太子エドワルドの姿が目に入る。顔には焦りの色が残り、いつもの傲慢さは感じられない。
「リリアーナ、話がある」
「また? 前に『商会を潰すな』って懇願されたけど、今度は何?」
 わたしが静かに尋ねると、エドワルドは小さく息を吐いてから言葉を継ぐ。

「商会の経営にお前が介入するなら、俺も同行させてほしい。学園での失敗を挽回するために、何が起きているのかを直接把握したい。父王にも状況を報告しなければならないし、下手に何もしないままだと王家にまで禍が及ぶ」
 わたしは少し考える。
「同行? でも、わたしはあなたの婚約者でもなければ、味方でもない。わたしと行動を共にすれば、むしろ恥をかくだけじゃないかしら」
 エドワルドは苦い顔で首を振る。
「そんなプライドはもう捨てる。俺は国を守りたいし、商会との融資関係を破綻させたくない。お前が実権を握ったなら、むしろお前に頼むしかない。そうでもしなければ、王家が更に窮地に陥るかもしれないんだ」

 わたしはエドワルドの一段低い声に、内心驚いている。あれほどのプライドを持っていた王太子が、ここまで頭を下げるとは。それだけ追い詰められている証拠かもしれない。
「同行は自由だけど、わたしのやることに口出しはしないで。もし王家を救いたいのなら、あなたなりにわたしをサポートしてよ。クレスター商会を正常化することが学園だけでなく王室にも利があるなら、反対する理由はないはず」
 エドワルドは少し眉をひそめた。
「わかった。だが、ミレイユのことも考慮してほしい。彼女はクレスター商会の当主代理として、全体を把握している。お前が商会を手に入れたからといって、彼女を排除するのは得策じゃないと思う」
「排除するかどうかは、あちらの態度次第。聖女の名で学園を支配しようとしたのは彼女も同罪だと思うけど、経営能力を認めるなら使い道はあるかもしれないし。とにかく、わたしは学園を苦しめる体制をやめさせたいだけよ」
 エドワルドは顔をしかめたまま、言葉を絞り出す。
「なら、俺は王家の人間として見届ける。学園や商会をどう変えるのか、お前の手腕を……認めるわけじゃないが、確かに見ておきたい」
 わたしは肩をすくめ、「好きにすれば」と返す。


 こうして、わたしはクラリスとスタッフ数名、そして何と王太子エドワルドを伴い、王都へ向かう。馬車の中は妙な空気が漂っている。クラリスは王太子を警戒し、エドワルドは沈黙し、わたしは前世の企業再建の知識を頭の中でリストアップしている。
 馬車が王都の大通りを進み、やがてクレスター商会の本社ビルが見えてくる。豪奢な石造りの建物は立派だが、最近の株価暴落を映すように人の出入りが少ない。

「ここが……わたしが大株主になった場所、ね」
 わたしは馬車を降りながら心の奥に感慨を覚える。わずか数週間前には“悪役令嬢”として婚約破棄されたわたしが、いまやこの大商会を支配する立場にある。経済がもたらす変化の大きさを改めて痛感する。
 エドワルドが横に立ち、「うちの王室も昔はこの商会に多大な恩を感じていたが、今では逆に足かせになっている。お前がどう再建するつもりか、見届けさせてもらう」と言う。
「見ていればわかるわ。商売の基本は需要と供給、そして信用。そこを把握すれば、学園も王室も損をしない形に落ち着くはず」

 ビルの中に入ると、受付が慌てて奥へ駆け込み、しばらくすると重役らしき人物が顔を出してくる。「リ、リリアーナ・アルセイド様、ようこそ。お待ちしておりました」
 その声にはあからさまな緊張が滲んでいる。わたしが返事をする前に、エドワルドの姿に気づいたのか、その人はさらに慌てた表情を浮かべ、「殿下までいらっしゃるとは聞いておりませんでした。すぐに会議室を用意しますので……」と慌てて案内してくれる。

 会議室に通されると、すでに何人かの役員が着席している。皆、株主名簿を手にしていて、わたしたちに対して会釈を繰り返す。リリアーナ・ファンドが大株主になったことが確実視され、彼らは否応なくわたしに従わざるを得ないのだろう。
 奥の席にはミレイユが座っている。聖女の衣装ではなく、商会の当主代理を示すシックなドレスを身にまとい、やや疲れた表情でわたしを見つめる。

「リリアーナ、いよいよ来たのね」
「ええ。大株主として、商会の今後について意見させてもらう」
 ミレイユは小さくうなずいた。
「歓迎するわ。でも、わたしも聖女としてだけじゃなく、クレスター商会の一員としてあなたと話したい。学園での独占失敗は、確かにこちらの落ち度も大きいわ。でも、もし可能なら商会を生かす形で収めたいと思う」
 わたしは正面の席に腰を下ろし、周囲を見渡す。
「わたしも商会を潰す気はない。ビジネスとして再建したいだけ。もちろん、学園の学生を苦しめるような独占行為はもうやめて。必要なら、わたしが改革案を出すつもり」
 ミレイユは息をつく。
「わかった。今後は独占路線じゃなく、むしろ多角的に学園や王都へ商品を流す形で取り組みたい。あなたのファンドと手を組んで、新しい流通モデルを構築してもいいかもしれない。わたしも経営者として、自分が不備だった点を認めるわ」

 周囲の役員がざわめきつつ、わたしの顔色を窺っている。エドワルドは黙って座り込み、両手を組んで考え込んでいるようだ。
 わたしは書類を一枚取り出し、テーブルに広げる。
「これがわたしの提案よ。学園ではすでに“リリアーナ・ポイント”と連動した販売システムを広めている。クレスター商会にもこのシステムに参加してほしいの。価格を不当に上げるのではなく、ポイント付与や長期的なサービスで顧客を囲い込む方向に変えてくれたら、わたしとしても追加で資金援助を検討できる」
 役員の一人が驚いた顔で尋ねる。
「ポイント……というのは学園で話題になっている独自の仕組みですよね? 商会がそこに協力するメリットは?」
「メリットは、学園の学生や市民層と良好な関係を築けること。王太子派閥のように上から押し付ける販売じゃなく、消費者が喜ぶ付加価値を提供する。長期的に安定した売り上げにつながるはず」

 ミレイユが資料を覗き込んで、「確かに、値下げ競争は失敗したし、独占も裏ルートに食い止められた。じゃあ、次はポイントシステムで顧客を囲い込む……わたしは一度、聖女としてのチャリティ事業を絡めてもいいかもしれないと思う。善意と利益を両立できると言ってきたから」と考え込む。
「いいわね。聖女のイメージを有効に使うなら、慈善や地域貢献とセットにして商会のブランドを回復できるかもしれない」
 そう言うと、ミレイユは苦笑する。
「リリアーナ、あなたがここまで聞く耳を持つと思わなかった。学園では激しくやり合ったけど、こうして話せば目的が似ている面もあるのかも」
「わたしが嫌だったのは、学園の学生を踏みにじるやり方。ビジネスとして正当な競争をするなら構わないわ。だからこそ、この商会を再建しながら学園にも還元したい。わたしは“支配者”を自称してるけど、すべてを破壊する気はないの」
 役員たちは大きく頷いている。王太子は沈黙を保ったまま、二人の会話を聞き続けている。その表情にはもはや憎しみではなく、どこか諦め混じりの尊敬すら感じられる。

 しばらくしてわたしが「それでは正式に、このプランで進めたい」とまとめに入ろうとした瞬間、エドワルドが低い声で囁くように言葉を発する。

「リリアーナ……お前は、本当にすごいな。俺は、婚約破棄を後悔してる」

 会議室が静まり返る。役員たちが王太子を見つめ、ミレイユもわずかに目を伏せている。わたしはエドワルドを見つめ返す。
「そうなの? でも、今さら言われても仕方ないわよね」
 エドワルドはうなだれるように首を垂れ、「わかってる。お前がもう王太子妃になる意思がないのは承知してる。だけど、せめて俺はお前に……いや、いい」と言葉を飲み込む。
 わたしは腕を組んでゆっくり息をつく。
「当時は王太子の婚約者だったけど、いまはただの投資家。あなたが後悔しようと、わたしに関係はない。すべては資本で決まる世界。愛とか血統じゃどうにもならない現実を、あなたが痛感しただけのこと」

 エドワルドは顔を上げ、苦しげな眼差しで言う。
「そうだな。俺はようやく理解した。資産を甘く見すぎていた。お前が本気で動けば、王太子の地位なんて大した力じゃない……痛感したよ」
 わたしは視線をそらし、前を向いて口を開く。
「学園のためにも、この商会をうまく回復させるつもり。あなたが婚約破棄を後悔するのは勝手だけど、わたしはわたしの道を進む。もう“王太子の花嫁”を目指す時期は過ぎたの。いまのわたしは“支配者”で、あなたの婚約者じゃない」
 エドワルドの肩がわずかに震える。周囲の役員やミレイユは何も言わず、張り詰めた空気が流れる。やがてエドワルドは「わかった。お前が望むようにやれ」と呟き、席を立つ。
 ミレイユも複雑な表情を浮かべながら、静かに王太子を見送っている。


 会議後、商会の役員がわたしを囲む。
「リリアーナ様がここまで話をまとめてくださるなら、我々も改革に協力します。具体的な経営方針は追って決めるとして、まずは学園への不当な独占や値上げをやめる、と確約いたします」
 わたしは微笑んで応じる。
「ありがとう。学園の学生が安定して商品を買える仕組みを整えたいの。ポイント制度や投資による新ビジネスの立ち上げも考えてるから、一緒にやりましょう」
 ミレイユが隣で神妙な面持ちで言う。
「リリアーナ、商会を救ってくれてありがとう。わたしは聖女としての立場もあるから、今後は慈善事業と絡めた展開を考えたい。あなたに協力を申し出てもいい?」
「当然。わたしはあなたの経営手腕を買っているし、能力を否定するつもりはない。学園での強引な独占はもう繰り返さないでくれれば、わたしもパートナーとして迎え入れるわ」
 ミレイユはほっと息を吐き、「ありがとう。そうする」と笑う。その微笑みは、かつて“聖女”を振るってわたしを貶めた頃よりも、はるかに自然体に思える。



 数日後、学園に戻ったわたしは、再びファンドの事務所で学生たちに向けて新しい仕組みを発表する。
「クレスター商会がわたしたちのポイント制に参加する。学園生の生活必需品を更に充実させる計画で、商会の商品をポイントで割引や特典に回す予定よ」
 学生たちが一斉に歓声を上げる。
「すごい! あの大商会がリリアーナと手を組むなんて」「王太子派閥の独占はもう終わったんだね」と盛り上がる。
 クラリスが新聞部の特設ステージで声を張る。
「学園新聞も特集記事を組むつもり。『悪役令嬢、商会と電撃提携! 学園に富を還元へ』みたいな見出しを考えてる。みんな、期待してね!」
 わたしは胸を張りながら学生を見回す。
「ファンドに出資している人はもちろん、そうでない人も恩恵を受けられるようにしたい。これからは商会が主導する形じゃなく、わたしたちが話し合って価格を決める。理不尽な値上げや独占はもうない。だからこそ、より良い形で学園生活をサポートできるはず」
 学生たちの表情は明るく、悪役令嬢と呼ばれていた頃の嫌悪感は消えている。むしろ、わたしを“学園を救う投資家”として歓迎してくれている雰囲気が伝わってくる。


 そんな熱気の中、王太子エドワルドが人混みをかき分けて出てくる。わたしと視線が合うが、彼はもう怒りを露わにすることはない。ただ静かに近づいてきて力無く笑ってみせた。
「リリアーナ……いや、リリアーナ・アルセイド。俺はお前を婚約破棄したけれど、それをこうして見事に覆された気分だよ」
 わたしは首を横に振る。
「覆したんじゃないわ。あなたが捨てたものを、わたしが自分の手で拾い上げたの。そういう解釈をしてほしい」
 エドワルドは苦笑いを浮かべる。
「まったく、その通りだ。だが、これで学園の経済は安定し、商会も再建されるなら、俺も反対する理由はない。王家としてお前に礼を言うべきなのかもしれない。……ありがとう」

「ありがとうと言われても複雑だけど、少なくとも学園は平和に近づくでしょうね。あなたもいずれ王として、もっと学ぶことがあると思う」
 わたしは微妙な感情を抱きつつ、そう返すした。
「……そうだな。王になりたいと思うなら、資本や経済の本質を知っておかないといけない……俺はそれを甘く見た」
 彼の横にはミレイユが控えており、王太子と目を合わせる。
「殿下、わたしも商会の再建に力を注ぐわ。聖女の立場でできることは多いし、リリアーナと協力すれば学園にもメリットがあると思うの」
 エドワルドはミレイユに軽く頷く。
「頼む。俺はもう婚約破棄した手前、お前に頭を下げるしかないが、国が危うい事態だけは避けたい」
 ミレイユも落ち着いた様子で頷いた。
「そろそろ、王太子派閥や学園の貴族たちに対しても、わたしが改めてメッセージを出す。クレスター商会は“みんなの商会”として生まれ変わるつもりだと。リリアーナを中心に進める計画もあるし、安心してほしいって」

 その会話を遠目に見ていた学生たちが小さく囁く。
「悪役令嬢が王太子を救ったみたい」「いや、もう婚約破棄したわけだから復縁とかはないよね」「何にせよ学園が平和になればそれでいい」といった声が聞こえてくる。
 わたしは胸の奥で、ほんの少しの寂しさと勝利感を同時に感じる。愛情とか王太子妃の座を望んでいたころの自分はもういない。今のわたしは「支配者」として学園を動かし、大商会の一部を握り、王太子をも屈服させた立場だ。もう戻れない道があるとわかっている。


 数日後、学園内で正式に「クレスター商会とリリアーナ・ファンドの協同プロジェクト」が発表される。購買部や食堂、文房具店だけでなく、寮の設備費や講義教材なども割安かつ多様な選択肢が増える見込みだ。わたしはポイント制度を拡充し、学生が利用すればするほどファンドに還元され、それがまた学園に投資されるという循環を作り上げる。

「これで、学生たちがあの半額セールで焦る必要もなくなるし、商会が無理な独占で儲ける必要もない。長期的に安定した利潤を得られる仕組みができるはず」

 わたしはクラリスと一緒に購買部の特設ブースで新制度の説明を行う。集まった学生たちが「まるで学園全体が一つの経済圏になるみたいだ」と感嘆している。
 クラリスがにこやかにマイクを握り、「このポイント制度を使えば、将来的に王都の店舗とも連動できる可能性があるわ。リリアーナ・ファンドが運用益を再投資し、学生をサポートする仕組みだから、皆さんにとって損はない。遠慮なく活用してね」と案内する。
 会場が大きな拍手に包まれ、わたしはその中心で淡々と学生の質問に答える。
「悪役令嬢じゃなく、ただの支配者よ。気軽に利用してちょうだい。資産は嘘をつかないから、わたしは結果を出すだけ」


 イベント終了後、ホールの隅でエドワルドとミレイユが話し込んでいる姿が目に入る。二人はわたしを見ると少し緊張した表情をするが、エドワルドが先に口を開く。
「リリアーナ、これが学園の新しい形なのか……王太子である俺が何もできなかったのに、お前が経済を使って実現した。皮肉なものだよ」
 わたしは肩をすくめる。
「王子と婚約者って関係がなければ、むしろ自由に動けたのは確かね。だから、婚約破棄はある意味好都合だった。あなたも学園や国の未来を真剣に考えるなら、資本を学ぶといいんじゃない?」
 ミレイユがそれに苦笑いする。
「そうね、わたしも今回のことで資本主義の怖さと可能性を思い知った。リリアーナ、あなたがこうして商会を支えてくれるなら、王室も変わるかもしれない。わたしはそれを最後まで見届けたい」
「ご自由に。わたしはあくまで学園の経済改革が中心で、国政まで口出しする気はない。でも、商会が王室を支える形なら、わたしが大株主として協力する余地はあるかもね。もちろん、学園や市民を犠牲にしない前提で」
 エドワルドはわずかに目を伏せる。
「わかった。お前にはもう頭を上げられない。婚約破棄したことを後悔してるけど、今さら取り戻せない関係だろう。だからこそ、俺はお前の行動を見守りたい。王太子としてじゃなく、一人の人間としても」
 わたしは冷淡に微笑む。
「見守りたいなら、邪魔はしないでね。わたしはわたしのやり方で、学園と商会と、そしてこの国に必要なものを作ろうとしてる。あなたの婚約者には戻らないし、申し訳ないけど二度とあの頃のわたしじゃないわ」
 エドワルドは「わかってる」と呟き、踵を返す。ミレイユも「リリアーナ、ありがとう。それと、これからもよろしく」とだけ言い残してエドワルドに続く。わたしは彼らの背中を見送ることもせず、クラリスと顔を見合わせる。

 クラリスが少しだけ涙ぐみながら、「なんだか切ないね。かつては婚約者同士だったのに」と囁く。
「仕方ないわ。あの時、王太子はわたしを切り捨てた。今のわたしは“悪役令嬢”であり、経済を支配する投資家。もう後戻りはできないし、するつもりもない」



 夜の学園中庭で、わたしはクラリスと並んで風に吹かれている。空には月が浮かび、星が小さく瞬いている。かつて婚約者だった王太子が、わたしに後悔を告げた事実は揺るがない。
 でも、わたしの気持ちは変わらない。愛や血統じゃなく、資本の力でこの世界を変える道を選んだのだから。

「リリアーナ、これからどうする? 商会を本格的に掌握して、さらに事業を拡大する?」
 クラリスが尋ねる。わたしは微笑んだ。
「まずは学園を完璧にサポートできる仕組みを完成させたい。ポイント制度や投資システムを安定稼働させて、学生が経済に強くなる環境を作る。そのあと、王都や周辺地域に広げられるなら広げたいわ。王太子が望むなら、王室支援の形で協力してもいいけど、わたしが支配権を握ることが条件ね」
 クラリスは苦笑いだ。
「ほんとに支配者になっちゃったんだね。すごいよ。最初は婚約破棄されたお嬢様だったのに」
 わたしは夜空を見上げる。
「そうね……でも、王太子妃になるより、わたしにはこっちのほうが合ってる気がする。悪役令嬢と呼ばれようと、結果を出して学園を潤すなら、それでいい。婚約破棄なんてもう、遠い過去の話って感じ」
 クラリスが小声で言う。
「王太子があんなに後悔してるのに、わたしはちょっと気の毒になっちゃう。でも、リリアーナが幸せならそれでいいや」
 わたしは深く息を吸った。
「幸せかはわからないけど、充実してる。学園の学生が笑顔になって、商会も再建できるなら、わたしの資産運用は成功だもの」


 翌日、学園の正門前で再び学生たちに新システムの使い方を説明していると、大きな歓声が上がる。「リリアーナ様、ありがとう!」「悪役令嬢じゃなくて、学園の女神じゃない?」などと冗談混じりに呼ばれる。
 わたしは笑いながら「女神にはなれないわ。悪役令嬢で十分。でも、支配者としてみんなに協力はする。今後もファンドを信じて投資してほしいし、商会の商品をポイントで使い倒してちょうだい」と応じる。
 周囲には快活な笑い声が広がり、かつてわたしを忌避していた空気は完全に消えている。王太子派閥は力を失い、商会はわたしに従う形で学園へ供給を行い、学生たちは経済の恩恵を受け始めている。
 クラリスが嬉しそうに呼びかける。
「リリアーナ、みんなが待ってるよ。早く会場に行こ!」
 わたしは大きくうなずき、胸を張って歩き始める。ホールでは“新しい学園経済”を祝う式典が予定されていて、わたしが代表として挨拶する運びになっている。聖女ミレイユも来賓として出席し、王太子エドワルドも面目を保つために顔を出すそうだ。

「わたしはもう王太子の婚約者じゃない。ただの支配者よ」
 そうつぶやくと、クラリスが優しい笑みを浮かべて頷く。
「うん。リリアーナは学園の支配者。でも、みんなのことを大切に思ってるのは知ってるから、悪役令嬢だって怖がる人はいないね」
 わたしはふっと微笑む。
「そうね。悪役令嬢でありながら、学園を救う存在。誰もが一度は“悪役”になってしまうかもしれないけれど、資産が嘘をつかない限り、わたしは進むだけ」

 式典のステージで、学園長が「リリアーナ・アルセイドによる新制度のおかげで、学園の経済が活性化し……」などと長い挨拶をしている。最後にわたしが招かれ、拍手が起こる。
 壇上に立ち、わたしは静かに周囲を見回す。かつてわたしを悪役と呼んで嘲笑っていた人たちも、今は期待混じりのまなざしを向けている。王太子エドワルドは一番後ろに控えていて、こちらを見下ろしてはいない。むしろ申し訳なさそうに視線を伏せている。聖女ミレイユは隣で感心したようにうなずいている。
 わたしはマイクを持ち、口を開く。
「わたしはリリアーナ・アルセイド。かつて王太子に“悪役令嬢”と断じられ、婚約破棄された。ただ、それを理由に嘆き続けるつもりはなかった。むしろ、資本を使えば学園を救えると確信したから、行動を起こしたの。結果、商会を巻き込む大騒動になったけれど、最終的に学園は豊かになりつつある」

 拍手が起こる。わたしは続ける。
「これからも、わたしは投資家として学園の経済システムを改革し続けるつもり。王太子の威光や聖女の権威じゃなく、誰にでも公平なチャンスを与える社会を作りたい。学園はそのモデルケースになると思うし、商会も協力してくれるようになった。だから、みんなにもぜひ利用してほしいわ。資産は嘘をつかない。リスクを怖がらずに一歩を踏み出してみて」

 大きな拍手と歓声が湧き起こる。クラリスがステージ脇で笑顔を送ってくれている。わたしは最後に一言、「わたしはもう王太子の婚約者ではない。ただの支配者よ。学園の、新しい世界の。そして、みんなが望む明日をつくる存在として——これからもよろしくね」と締めくくる。
 その言葉に、会場から更なる拍手と歓声が響き渡る。王太子が複雑な表情でこちらを見ているのを横目で捉えながら、わたしはステージを降りる。

 式典後、学生たちがわたしを取り囲んで口々に感謝の言葉を述べる。
「学園生活がこんなに楽しくなるなんて」「リリアーナのファンドに出資してよかった」と笑顔を向けてくる。
 わたしは一人ひとりと会話を交わし、投資やポイント制度の使い方を簡単に説明する。婚約破棄された直後とは、まるで正反対の光景だと感じる。あの時わたしを嘲笑った人々も、今や好意的に接してくれる。
 クラリスが少し後ろに立ち、じっとわたしを見つめる。
「リリアーナ、本当にすごいね。誰もがあなたの手中にあるって感じ。でも、あなたは彼らを縛るんじゃなくて、むしろ解放してるように見える」
 わたしは微笑んでみせる。
「悪役令嬢らしく独裁するつもりはない。資本でみんなを縛るより、自由に競争してもらったほうが全体が豊かになるのを知ってるから。そこだけわたしが方向付けする形よ。理不尽なルールで縛りつける王太子派閥とは違うスタンスを貫きたいの」
「なるほどね。確かに、“独裁”じゃなく“新しい秩序”を作る感じ。だから、学園の人たちも抵抗なく受け入れるんだね」
 クラリスは納得の表情だ。
 わたしは天井を見上げて、「婚約破棄で始まったわたしの行動が、こんな形で結実するなんて思わなかった。でも、資産は嘘をつかない。苦しんだ分だけ大きく返ってきた気がする」と呟く。


 こうして、学園に新時代が訪れる。王太子派閥の名は消え、わたしのファンドとクレスター商会の共同体制が学内の経済を回していく形に収まる。学生たちは優待やポイントを存分に活用し、購買部や食堂も楽しげに賑わっている。
 王太子エドワルドはそっとわたしに近づき、最後に一言だけ零す。
「お前のやり方を見ていて、俺は学んだよ。資本を侮ってはいけない、そして人々の自由を無理に奪ってはいけないって。……もしあの時、婚約破棄なんてしなければ、俺はもう少しまともに学園や国を支えられたかもしれないのにな」
 わたしは小さく首を振る。
「わたしはもう変わってしまったから、婚約者として過ごしてたら、この力は発揮できなかった。あなたが捨てたものだけど、それでわたしは新しい道を手に入れた。だから後悔はしていないわ」
 エドワルドは穏やかな笑みを浮かべた。
「そうか。俺だけが後悔してるのかもな。でも、もうそれでいい」
 わたしは背を向けながら、小さく声を落とす。
「後悔しても前には進める。王太子としてやるべきことがあるなら、あなたも資本を学んで行動すればいい。学園を甘く見た過去を認めて、国をちゃんと治めてよ」
 エドワルドはわずかに笑みを浮かべ、「わかった。ありがとう」とだけ言い残して去っていく。
 その背中は、以前のような傲慢さが消え、どこか頼りなくも人間味が感じられる。


 夜、学園の中庭でクラリスと二人きりになったとき、わたしは星空を見上げて深く呼吸をする。
「結局、こういう結末に落ち着いたわね。王太子を見返して、聖女を巻き込み、大商会を手に入れて……」
 クラリスがくすっと笑う。
「でも、すべてがうまくいったわけじゃない。苦しいときもいっぱいあった。それでも諦めずに行動したからこそ、今のリリアーナがあるんだよね」
「そう。資産は嘘をつかない。努力も裏切らない。王太子の地位や貴族の血統にこだわらなくても、生きる道はいくらでもあったってこと」

 クラリスはわたしの手をそっと握り、「リリアーナ、あなたの“支配”はまだ続くんでしょ? 学園を改革して、商会を再建して、もしかしたら国全体を揺るがすかもしれない。それでもあなたはこの道を進むの?」と尋ねる。

 わたしは小さく笑う。
「進むわ。悪役令嬢が引き返す場所なんてないでしょう? 資本の力で、学園にも王都にも、新しい可能性を与えたい。そうすることで、わたし自身も自由になれるから」

 クラリスが納得するように微笑む。
「わたしもずっとサポートする。リリアーナが支配する世界は、悪役という言葉に縛られない優しさをもってると思うから」
 夜風が心地よく髪を揺らす。わたしは宵闇の月を見上げ、口の端にほのかな笑みを浮かべる。王太子を見返して、聖女を降し、大商会を支配し、学園を変革する。婚約破棄から始まったわたしの物語は、今まさに完成しようとしている。だけど、これがゴールというわけではない。

「わたしはもう王太子の婚約者じゃない。ただの支配者よ」

 そう呟いた声は、夜の闇に静かに溶けていく。資本で勝ち取った地位と自由を使って、これからどんな世界を作れるかはまだ未知数だ。けれど、悪役令嬢と呼ばれながらも、こんなにも多くの人々の笑顔を生み出せるなら、わたしは自分を肯定できる。
 足元を見てみると、先ほどまでの歩き疲れが嘘のように軽い。前世で“資本の原理”を学び、この異世界で“悪役”とされたからこそわたしは羽ばたくことができた。誰にも邪魔されない場所から、誰もが喜ぶ未来を指し示す。そんな“支配”こそ、わたしが望んだもの。



 ――次の日、わたしは朝早く購買部に顔を出し、いつも通りポイント制度の状況を確認する。店長がニコニコしながら「リリアーナ様、クレスター商会との提携がスムーズに進んでいます。ポイントカードの利用者がますます増えました」と報告してくれる。
「いい感じね。学園の他店とも連動できるように準備してるから、そちらも楽しみにして」

 食堂に移動すると、厨房のスタッフが「新しい食材ルートが確保されて、メニューが充実しましたよ。学生の評判も上々です」と声を弾ませる。
 クラリスが「すごいね、リリアーナ。学園全体があなたを当たり前のように頼っている」と感慨深そうに述べる。
 わたしは肩をすくめた。
「わたしがいなくても、いつか自立して運営してほしいと思ってるけど、今は牽引役が必要だからね。悪役令嬢であり支配者であるわたしが、それを引き受けてるだけ」

 そして、学園全体が活気に満ちた空気を漂わせる中、王太子エドワルドは静かにわたしと距離を取り始める。彼はまだ王としての役割をまっとうしようと、財政難の王宮を支える方策を探っているらしい。ただ、わたしの前に姿を現すときは、もはや対立や後悔を口にしない。

 ある日の放課後、彼が廊下でわたしの姿を見つけて声をかける。
「リリアーナ、ありがとう。お前が商会を潰さずに再建へ導くことで、王宮への影響も最小限に収まった。俺は……もっと早くお前を信じていればよかったと思っている」
 わたしは微笑んでみせた。
「あなたが早く気づいてくれても、わたしは婚約者には戻らなかったでしょうね。でも、結果的に今の状況を受け入れてくれるなら、それでいいわ」

 エドワルドは少し寂しそうな笑みを浮かべる。
「お前を見てると、本当に自由だなって思うよ。俺が手放したものの大きさを痛感する。後悔するしかない」
 わたしは客観的な口調で答える。
「後悔してもわたしは戻れない。あなたは王太子としての道を極めてよ。わたしは経済でこの国を支える方法を探すだけ」
 エドワルドは短く息を吐いて「そうだな。ありがとう。……もう一度だけ言わせてくれ。本当にすまなかった。そして、ありがとう」とだけ言って去っていった。


 夜、クラリスと二人きりで歩きながら、わたしは夜空を見上げる。「婚約破棄されたからこそ、わたしはここまで自由になれた。悪役令嬢って呼ばれても、誰もわたしを止められなかった。資本こそが最大の力だったのね」
 クラリスが微笑み、肩を寄せる。
「うん。もし婚約者のままだったら、リリアーナは公爵令嬢の立場に甘んじていただろうし、王太子にあれこれ言われて終わってたかも。でも、いまは支配者としてみんなを幸せにしてる」

 わたしは中庭のベンチに腰を下ろし、軽く息をつく。
「最初は復讐心で動いていた面もあった。でもいつの間にか、学園の笑顔を見るのが楽しくなった。悪役令嬢とか支配者とかいう呼び名は、別にどうでもいい。わたしは資本を使って理不尽を壊し、みんなが笑える舞台を作りたいだけだったんだと思う」
 クラリスが優しく頷く。
「そうだね。リリアーナの支配は独裁じゃない。みんなを守る形になってる。学園も商会も、今までよりずっと健全になってきた」
 わたしはささやくように言う。
「婚約破棄がわたしの人生を変えた。王太子がわたしを捨てたからこそ、わたしは自由になれた。悪役令嬢として、誰にも気兼ねなく経済で無双できた。ある意味、あの婚約破棄には感謝してるかもしれない」
 クラリスがくすっと笑う。
「皮肉だけど、そうかもね。王太子にとっては最大のミスだったろうけど、結果的に学園が平和になったし、わたしもリリアーナに会えてすごく幸せ」

 夜風がやわらかく髪を揺らし、わたしは最後に決意を込めて言葉を刻む。
「わたしはもう王太子の婚約者じゃない。ただの支配者よ。これからも資産でみんなを支える。王太子や聖女、貴族たちがどう言おうと、わたしのやり方は変わらない。資産は嘘をつかない。それを証明してみせる」

 そう呟いた瞬間、クラリスは大きく笑い、「うん、わたしもついていく。悪役令嬢リリアーナが築く新世界を一緒に見てみたいから」と言葉を重ねる。

 そして、数日後の朝。学園の正門前には大量の学生が集まり、活気に満ちた声が響いている。購買部や食堂が連動した新ポイントキャンペーンの開始日であり、クレスター商会の支援も正式に入ったことで品揃えが一気に拡大したのだ。メディア役を担う新聞部が「悪役令嬢の経済改革、加速!」と煽り立て、学園は祭りのような熱気に包まれている。
 わたしはクラリスと一緒に広場へ降りていく。生徒たちが口々に「リリアーナ様、これからもよろしくお願いします!」と声をかけてくる。わたしは笑顔で応じ、「楽しんでね。学園こそわたしの投資先だし、わたしたちは一緒に成長できるはずよ」と返す。

 エドワルドも遠巻きにこの光景を見ているが、もはやわたしに口出しする権利を持たない。わたしは彼に視線を送らず、あえて目の前の学生たちの笑顔を受け止める。これがわたしの居場所であり、王太子妃の席ではない。
 クラリスが小さく囁く。
「本当に終わったんだね、王太子との関係は。でも、いまのリリアーナを見たら、誰も悲しいなんて思わないと思う」
「そうね。わたしは自由を手にしたから。婚約者って肩書きより、支配者のほうが性に合ってるし、誰かに縛られない分、わたしはやりたいことをやれる」



 夜空が暗くなる頃、わたしは高台にある学園の展望テラスに一人で立っている。
 街の灯火が星々のように瞬き、遠くに王城の尖塔がうっすらと見える。そこにはいずれ王太子が座るかもしれない王座が待っている。でも、わたしはそこに向かわない。婚約者の座を手放したからこそ、わたしはここで大きな力を得たのだ。

 背後からクラリスがゆっくりと歩み寄ってきて、視線を同じ景色に向ける。
「きれい。学園も王都も、リリアーナが動かし始めてるように感じる。ここからどうなるのか、わたしは少しワクワクしてるんだけど……変?」
 わたしは首を振る。
「変じゃない。わたしもワクワクしてる。婚約破棄されたときは、先の未来なんて何も見えなかったけど、いまは無限の可能性を感じてる。いずれ、この国自体を改革することもできるかもしれない」

 クラリスが手を伸ばし、夜風を感じるように指先を動かす。
「悪役令嬢が国を動かすなんて、最高にドラマチックかも。リリアーナ、わたしはずっとついていくね」
「ありがとう。あなたがいてくれたから、ここまでやれた部分も大きい。引き続き頼りにしてるわ、クラリス」

 微かに吹く夜風が髪を揺らし、わたしの決意をさらに固めていく。
 クラリスと一緒に、どこまでも歩き続けよう。背後には、婚約破棄という苦いスタートを塗り替えた勝利の余韻が静かに漂っている。誰が悪役と言おうと、わたしのやるべきことはひとつ。

 支配者として、経済の力で世界を動かす。それこそが、わたしが新たに得た道なのだから。

—了—
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