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1章 飛ばされた未知の世界で。

傭兵と金。

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「――ふぅ。ところで貴様、持ち物を調べた。釈明を聞こうか」



宣言をさっさと終わらせ、笑うシャルドネ。



まだ尋問は続くようだ。







「ちっ……」



「道具を持て」



シャルドネの言葉に、そばにいた騎士団員が汚い袋――。



そこそこパンパンだ。それを開け始めた。



そして我が物顔でその、ジキムートの袋をあさりだすっ!







「中には小袋があって。塩の中に、鳥の足? それとあと、うぇ……っ!? くっせぇっ!  毛が生えた何か」



ゲホッゲボッと、騎士がせき込む。



袋からは、あまり嗅いだことがないスパイスのような、独特の臭いが漂っていた。



「俺の非常食だ。それに塩は、枯渇した地方に行きゃあ金になる。食いたきゃ食え」





「いるかよっ、こんなくっせえ、ゲロの臭いがするモンっ! あとは……。見たことない銀貨、銅貨。それに札。この札は、魔法士に依頼をしてみた所、強い魔力があるらしいとの事っ! ですが、分析してもなんの文字だか、さっぱり分からないらしいです」





トンっと、地面に札束を投げ捨てる騎士団員。





「その怪しい紙きれは、靴の中にも入っていたらしいな」



いぶかしそうにシャルドネが、その札。タトゥーに見入る。



横で豪勢な鎧をまとった兵が、シャルドネをその札から守るように、歩を進めた。





「はいっ。靴の中にはナイフと金貨。それと共に、数枚のこれ……。明らかに隠していましたっ!」



「ナイフと紙、か。ナイフは分かるが、紙は何に使う? いや、紙――。そうかそうか。密書、密書だっ! 他国、とりわけクラインへの密書じゃないのか、貴様ーっ!?」



シャルドネが激昂するように咆哮っ!



同時にジキムートは、騎士団員から喉を上から絞められ、地面ですり潰されそうなほどに、圧力をかけられたっ!





「字だ――。文字の勉強だよっ。聖書を写してんだよ。大体魔力なんぞ字に乗せたら、密書にならねえじゃねえかっ。よく考えてくれっ! バレちまう。」





(チッ。)





今からつづる言葉に、心の中で毒づく傭兵。



だが、表情は微塵も崩さない。



「高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。それを一日一回書くっ! 俺からのささやかな、偉大なる神様への信心だよっっ!」



聖書があるかどうかも、分からない。



だが、地面に向かって彼は、用意していた回答を叫ぶっ! 



なんとかココで、けむに巻かないと。



最悪、決闘に勝っても無実の罪で、処刑されかねない。





「へへっ、なんでぇきったねえの。こんな字で神様にささげたら、神様もきっとごめいわ……く」







その瞬間だった。



今まさに、ジキムートを馬鹿にしていた騎士団員が急ぎ、周りを見渡すっ!





「……」



「……」







(なん……だ? この異様な雰囲気は。)



異変はジキムートにも、すぐにわかった。



ジリジリと刺さる視線。



まるで、悪魔を見るかのごとし、断罪の目。







そして……怒号っ!





「――馬鹿もんがっ!」





ガギっ!





重い一撃でぶん殴られる、騎士団員っ!





ビスっ!





血が飛んだっ!



その瞬間女たちが、目を怪訝に細め、後ろに下がる。





「ぐっ……。もぅしわけ……ありません、副団長」



殴ったのは、副団長の男。



だが、1撃では怒りは収まりそうもない。



続けざまにパンチを繰り出すっ!





バキッ





「うぅ」



骨の音が室内にこだましたっ!



フルプレートとまでは行かないが、鋼のガントレットをした腕で殴るのだ。



数発どころか一撃で、血が飛び肉が裂けるっ!



しかし、それでも収まらない――。





「はぁ……はぁっ! そんな事だから我らは、田舎者だと馬鹿にされるのだっ! まして聖典の守護者にまで……。クソっ。神への敬意を忘れた、〝頭を鋼に食われた獣″と吐かれるのだぞっ!」



「ぐぅ。すっ、すいませんっ、副長っ!」



襟を締め上げられながら、必死に謝る部下っ!



その締め上げられ方は、尋常ではない。



先ほどのジキムートへの暴行とは、比較にならないと言えた。





「神威カムイの乱用――。これだから、教育を疑われるのですよ。やれやれ」



ヴィエッタがつぶやく。



その言葉にレナ。



義母のほうが、眉間にしわを寄せた。





「そいつを連れ出せっ。しっかりと教育しておくんだっ! では傭兵、これが信心であり〝尊神リービア″だと言う事かっ! 結構だっ。だが、燃やす事とする。きちんと礼拝堂で燃やしてもらって来る。良いな、ジキムートとやら?」





シャルドネがまるで、粗相を隠すように、言葉を連ねて聞いてくる。



その後ろで、人が引きずられて行く音がした。





「へへっ、願ったりかなったりだぜ。きちんと神様に、お礼しておいてくれよっ! なぁっ!?」



叫び、強がって笑うジキムート。



実際はその紙の束で、銀貨20枚――。



6万円もする、高価なタトゥーだったりする。







(だがそのおかげで、妙に勘繰られずに済んだ、か。でもよぉ、銀貨20っつったら、隣村への護衛、2・3回分じゃねえか。くそぉ。)



一回の護衛が大体距離にして、12キロ位だろうか?



それを3回だから、36キロ位。



大阪ならば、なかもずから難波ぐらいだ。



それをモンスターに野盗等を、方々警戒しながら歩くのだろう。



重労働の対価が、塵と化す事に、諦めきれない傭兵。



それを必死に、心に隠すジキムート。







「そんでもって、あとはガラクタですかね」



適当に袋を振られ、吐き出されていく、ジキムートの所有物。



当然だが、取り出した物全部、無頓着に地面に転がっていく。





「金属の棒が数本。なんか、十字の物。……色々あんな」



ほう……と、騎士団員は興味深そうに、続ける。





「えーっと。におい袋? それと、ネックレスに本に、なんかギザギザした……。太陽か?なんかのレリーフ。湿布の束と、粘液の小瓶。多分はちみつでしょうね。羊皮紙にナイフ数本。それに、湯飲み。なんだコレ? 重たいな。それから……」





ピクッ。





「……湯飲みをよこせ」



シャルドネが、その湯飲みを欲する。



ジキムートはその時、唇をかみしめた。









「どら……」



湯飲みをしげしげと見る、シャルドネ。



彼はその湯飲みをやおら足元へ、勢い良く放り出したっ!





バリンっ。





「くそっ……!」



ジキムートは、後悔の声を上げる。



そして、歓声が……っ!







「黄金……。か」



笑うシャルドネ。



そこには『金』があった。





ちょうど、とっくり状の湯飲み、その底にへばりつくような形だ。





「おぉ……。すげぇ。こんなところにっ!? 結構な……。本当に結構しますよ、この量っ!」

騎士団が好奇の目でその、今なら500万程はするだろう、金の塊を見るっ!



「――なぜ、こんな所に隠す」



「そりゃあ……まぁ。手癖が悪いお友達と、過ごすんでね」



自嘲するように笑うジキムート。







傭兵世界では仲間同士の内ゲバ。



というよりそもそも、仲間という言葉を使う事自体に、語弊がある。



そのような世界だ。



それなのに、自分の財産を銀行に預けておくのも、難しい職業でもあった。



鎧や武器の調達。



傷の手当。



傭兵は、急な出費が多い。









「俺ら旅師が信頼できるもんは、金きんだけだ。溜まった金目は、どっかに隠さねえと」

現代の私たちと違い、この世界のお金は『金代替制度』である。



国家は、その国で流通させる、紙幣でも硬貨でも。



お金と認めた物を持ってくれば、それに見合う程度と認めた、『金』と取り換える。



その約束を背景に、お金を発行していた。



昔の戦乱期でも、お金が信用された理由は、そこにあったのだ。



なので私達とは、黄金に対する考え方が全然、違う。









もし、悪いお友達と付き合うならば、黄金は決して持ち歩いてはならない物にもなる。



ジキムートは苦心の結果、いつも使う湯飲みの底に、へばりつかせていた。



「くくっ、なるほどな。お前のような無法者が、考えそうな事だ。無法者は無法者を知る……。道理道理っ!」



室内に笑いが漏れる。



呆れたように、ジキムートを見下す人々。







(ふん、笑えゴミども。てめえらこそ、税の徴収に躍起になって、家まで焼きだす業突く張りじゃねえか。)





聞きなれた言葉に、心で言い返す傭兵。



どこの国に行っても、どこの世界でも――。



徴税におびえる者たちを彼は、よく見てきた。



子供から、その日1つだけのパンを取り上げるなんて、屁でもない。



そんな人間たちが、自分をあざ笑っているのである。





「ふふっ、これだから傭兵は信用ならないの。 お金の為には、主君を裏切る事をいとわない、下賤のモノ。断じて傭兵は、我らの騎士団の代わりにはならないわねっ!」





大きな胸を揺らし、黒の女帝が高笑いする。



「おっしゃる通りです、レナ様」



それに兵隊たちが、レナに媚びいるように、同意する。



実際、騎士団達の本心に近いのだろう。



確かに、王侯貴族と騎士団が頂点にいる時代だ、



それも仕方ないと言える。だが……。







「そうでしょうか?」
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