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勝者の褒賞。

せいこうのロンドを2人で。

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「ふぅ、良かったわ。きれいに消えて」

安堵の息をはき出し、ローラに後ろのホックを上げてもらう、ヴィエッタ。

彼女は今、純白のドレスに身を包んでいる。

ドレスは恐ろしい量のフリル。

胸元にも耳にも、ハイセンスなジュエリー。

そして中央には、誰もがうらやむ美貌とそして、儚さを備えた美少女が立つ。

所詮どこまで行っても服は、彼女の奴隷でしかないのである。


「ええ……。お美しいです。お嬢様」

ローラが黒い髪を揺らし、ヴィエッタの美しい姿に心酔した様子で、深く会釈した。

美しいバイオリンの音が、ここまで響いて届く。

舞踏会の饗宴が聞こえてくる、その部屋。

「あらっ……。うふふ。あなたもじゃない」

笑いながらヴィエッタが、ゆっくりとローラの股間に手を忍ばせていく。


ローラはあの――。

地味というよりは、奴隷に近いような、ツナギの恰好ではない。

いっぱしのドレス。

美しい緑のドレスに、身をゆだねていた。

ヴィエッタには遥か及びはしないが、庶民とはいえそれは相応なりに、見栄えがする黒の女。

「んふっ……。よく頑張ったわね。炎の中」

唇を合わせる2人。

ぴちゅっぴちゅっと、舌を絡ませあう音が響く。

ゆっくりと、2人が体を揺さぶっていく。


「あなたこそ。私はあなたの為なら……。炎の中でも怖くない」

あの時、本当に燃えていたのは彼女、ローラだけだった。

「あの女が用意をした、あなたの身代わり、ね。うまく使えたわ」

曲に合わせて、2人は踊り始めた。

勝利の踊りを……。

黒と白が交わり、そして、愛し合う。

「ええ……。レナは、あなたとシャルドネを殺したその後、大勢の前で私を討ち取って見せる。そうやってただ1人、生き残る予定でしたから」

ローラはレナの台本通りならば。

討ち取られるその時、事前にレナが用意した死体と、入れ替わる予定だったわけだ。

その、レナが用意した死体を利用して、ヴィエッタが時間を稼いでいた。

「まぁ、私が部屋から抜け出す為には、炎に巻かれる必要があったけれど、ね。あなたの能力は本物ですもの、心配はなかったわ」

ローラは、ある程度燃えたら炎の中で瞬間移動し、ヴィエッタを逃す。

そして自分は、瞬間移動ですぐに戻る。

それと同時にローラは、ヴィエッタのフリをしながら、自分の代役は死体とすり替えていた。


「ふふっ。私の呪いは間違いありません。何せ、私が勝ち取った〝希望″ですから」

優雅な晩餐会には似つかわしくない、ボロボロの、自分のサンダルのような靴を見て、笑うローラ。

「後は、私がお父様とあの女を殺すだけ……。ふふ。私に呼ばれた時の、お父様の顔ったら……。イヒヒっ」

笑うヴィエッタ。

それは見てはいけない。

男が決して、絶対に。

死ぬまで知ってはならない、女の顔だ。

「ああっ、お美しい。マイマスター」

ローラは、自分の下半身の下着が湿っぽく、そしてやがて、ぐっしょりと液に濡れるのを感じた。

「しかしお父様ったら……。あの裏道の入り口付近から動けず、予想よりだいぶ前に居たせいで、逆に手間になりましたわ。まぁレナは、ね。どうなったかすぐに、気づいたみたいだけども。ふふっ」

ヴィエッタはみだらに腰を振り、ワルツをローラと踊る。

炎で焼かれたブラウンの髪はもう、風と共に舞いはしない。


「でも、少しだけ惜しかったわ、あの女を殺すのは。レナったら、最後にとどめを刺すのが惜しくなる程に、あぁ……。面白い顔をしていたのよ? ふふっ」

「それならこちらも、なかなかですよお嬢様。私はあなたが『事』を終えるまで、死んだふり。あとは、見ないでとか、触るなだとか。大暴れっ。クククッ、そう言われた時の騎士団どもの、間抜けな顔もなかなか、趣深かったのですよ。えぇ」

罪悪感。

全身ヤケドの少女を目の前に、騎士団の男たちは、自分の無能さを噛み締めただろう事は、想像に難くない。

「ふふっ。まぁ、お互い楽しめたなら、良いじゃない?」

「えぇ。ふふっ」

2人は笑う。

すると……。


「ところでマイマスター。お聞きしたいのですが」

「何かしら?」

上を見上げるヴィエッタ。

背丈はかなり、ローラの方が大きい。

はた目から見ると、『マイマスター』と言う言葉は少しだけ、奇異に見えるだろう。

「なぜあの傭兵を、ジーガで殺さなかったので? 決闘試合の前。わざわざあの男に、ジーガの弱点を教えず、ジーガに殺させればよかったのでは?」

「その話は簡単よ。どうせ〝あの男″に通じているなら、ジーガの弱点位は知っているでしょうからね。わたしくしが知らない、勝手な方法でジーガが壊されると、後の処理が面倒になるもの」

「なるほど。実際あの男は、強化型のジーガですら、追い込んで見せました。お嬢様の目算は当たっていたようです。さすがは我が主」

「まぁ、あの傭兵は、〝あの男″の影がなくとも要注意ですけれども、ね」

「えぇ。結局は、奴の出自は解決しませんでした」

彼女らはあの夜、傭兵から真実――。

異世界から来たという事実は、聞き出す事はできないでいた。

あの傭兵は何をもたらすのか。

彼女らは分かってはいない。

「まぁ今は、考えても仕方ないわね。それで、入れ替わった時の事も、聞こうかしら? 問題ないわね? 頃合いになったらわたくしが、メイドのフリをして救護しつつ、入れ替わる。その時に気づいた者は?」

「居ないかと。それとなく、使用人共の様子を伺いました。ですが誰しもパニックで、顔も定かではなかったようです」

事実、ローラは本当に、きつい火傷を負ったのだ。

苦しみの声はリアルで、悲惨だった。

「黒焦げの女をマジマジと見る人間は、居ないですよ」

例え〝ブルーブラッド(蒼白い生き血)″があると分かっていても、業火を耐える覚悟。

それに至るまでには相応の、呪い染みた物。

深く心に穿たれた、支え。それが必要だろう。

「そうね。ただ、解決していない大きな問題が、まだあるわ。ほら……」

ヴィエッタがやおら、ローラの首筋に強く吸い付いたっ!

そして、なまめかしく指を這わせ、ローラの下半身の下着の中へと、手を差し入れるヴィエッタ。

目的地につくやいなや、激しく指を暴れさせるっ!

「んあぁっ!?」

「ふふっ。大丈夫かしら、あなたの傷は。わたくしが操る、あなたの体は」

「大丈夫……ですっ。んっ……んぅっ。私は任務を続けていけます。あなたは今も、私の中で……あぁっ」

自分の首元に触る、滑らかでそして、淫らな動きをする舌。

最愛のマスターの愛撫に心奪われながら、ローラがつぶやく。

まだローラのほうは、ヤケドが残っていた。

だが、後悔はない顔だ。


トントンッ。


「はい」

「舞踏会の準備が整いました。いつでも好きな時に、お越しくださいませ。もし、エスコートがお入り用でしたら……」

「ええっ、分かりましたわっ! すぐに行きます」

「大変失礼いたしました。では、お待ちしております、レディ・ヴィエッタ」

なにがしかが、舞踏会に呼びに来たようだった。

「この続きは、ロベルト・ヘングマンとの〝会談″が終わったら、ね。どうせ、たいした男じゃないでしょうから……。ふふっ」

彼女は、ローラに微笑みを与えると一人、舞踏会へと足を踏み絵入れる。

ニヴラドの、名実ともに〝王″として。

「お待ちしております。マイマスター」

ローラは深く、彼女の最も敬愛する王へ、頭を下げた。
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