上 下
60 / 145
2章 神を祀る神殿。

衝撃。

しおりを挟む
「うらぁぁっ!」

その瞬間、モンスターではなく、ノーティスめがけて蹴りを放つジキムートっ!

「くっ!」

ちょうど、ノーティスの足の裏に当たったジキムートの蹴りっ!

それを足場にして、なんとかノーティスが逃げ切れたっ!

すると……。


「ブヒーっヒッ!」

「くっ!?」

裏拳がジキムートに飛んでくるっ!

その圧力の高い、ブンブンと振り回される腕。

それをなんとかジキムートがかわしつつ、必死に相手の後ろに回り込み続けるっ!

「ブフーッ……」

苛立ちの目で、自分の背後に必ず入って、逃げ回り続ける傭兵を追うモンスターっ!

見た目より遥かに早い人間に、タイミングが取れていないのだっ!


「やっぱ視覚は人間と同じか。しかも、頭はモンスター程度。動きは良いが、拳闘士程じゃねえよっ!」

さっと、サルの様に地面に這いつくばり、馬モンスターに比べ、半分程度の小さな体を生かして、素早く逃げ回るジキムートっ!

重量がない鎧のフェイクも、効果的に馬モンスターに利いている事を実感する。

だが、背後に回れて、せっかくの好機にも関わらず、彼にはフィニッシュに至れる武器が今、無い。

泣く泣くスルーし続けている。

そして、頼るべき相方に向かって……。

「おいっ、俺が引きつけるっ! お前の氷で……」

「こっち見るなっ!」

叫び声と同時。

氷の柱が、ジキムートめがけて飛んでくるっ!


「うひっ!? でけぇ」

ザスっと壁に、太い氷が刺さったっ!

その大きさはまるで、ノーティスの胸にへばりついた、大きく柔らかそうな肉の塊。

それに匹敵する程に大きな氷っ!

「ぐぬぬっ」

「おぉう……。そんなでけぇのか」

「るっさいっ!」

ヒューと口笛を吹くケダモノに、氷柱を投げ続けるノーティス。

必死に隠すその胸の大きさ、それはかなり特筆すべきものだったっ!


恐らくは、90を超えている。

美しい肌色気味の突起が、白肌によく映える。

そして何より、垂れていないその美曲線っ!

しかも全く、だ。

筋力で抑えたその美フォルムは、男ならば目を背ける事はできないほどの美しさっ!


「全く。男はイヤラシイっ! 私を見る時は胸しか見ないからっ!」

「そんな事は無いっ! ぺちゃパイでもお前の顔は、全然いけるぞっ!」

キリリっと胸に全焦点を合わせながら、ジキムートが言い放つっ!

「顔は……、その。除外だ。除外なんだっ!」

拗ねたように叫びながら、鼻を伸ばすジキムートと、ついでに、獣めがけて氷柱を投げつけていくっ!

「それで……。はぁはぁっ。どうするよっ!? そろそろ結論ついたかっ?」


ジキムートの額の汗が、すごい。

ずっと彼は、獣の攻撃を逃げ続けている。

名案が浮かぶまではお互い、『実験』を重ねるしかない。

その時間を彼が稼いでいたが、体力がつきそうだった。

「気づいてますね?」

「あぁ」

2人は笑う。


それは――。

獣の手のひらだ。

湧き出る体液の液中に、少量の〝黒″が混じっているのが見えた。

「さっきお前の呪文でコイツ、ケガしたな……なっ」

モンスターの太ももを蹴り、近寄りすぎた距離を放すジキムート。

「ええ。と言う事はですよ。皮膚には普通のダメージが通る、と。そして先ほどから投げ続けた氷の大きさと、効果の変化。それを観察した結果ですが、やはりでした。先ほどと同じ、私の最大魔力でなくては刺さらない。そうと、結論付けました」

「なら手筈は……はっ!?」

モンスターの腕を避けようとしたジキムートに……っ!

バシン!

「がはっ!?」

瞬間、ジキムートの視界が白に包まれたっ!



(尻尾だとっ!? 後ろを狙い続けたのがアダだったかっ。読まれて誘い込まれちまったっ! 見た目も細いし、馬だからって油断したぜっ!)

獣は、思ったよりも頑強な尻尾で、ジキムートをしばき倒すっ!

「ぐっ……」

よろめくジキムート。

なんとか倒れずに済んだ――がっ!

「ヒヒッ、ビヒヒーーンっ!」

馬は派手な動きはせず、よろめく人間を引きずり倒して、一目散っ!

犬のような戦い方で、ジキムートにむしゃぶりついていくっ!


「うひいっ!?」

上がる悲鳴っ!

ジキムートには、身を守る物は無いっ!

剣は引きずり倒された時に、馬に弾かれ落としてしまっていた。

今は左腕のナイフのウロコと、右のナイフだけが頼りっ!

恐ろしく長い牙を、小さな生命線でガードし続けるジキムートっ!

「ブルルっ、ビヒーッ! ブヒっ」

「クソがっ! てめえの牙、隙間入っていってえんだよ、ボケっ」

叫んでツバを吐きつけるジキムートっ!

「グヒーッ! ブルルっ。ビヒッヒッ!」

そのお返しなのか、多量に上から降ってくるヨダレっ!

ほぼ永続的に獣は、くわえようとしたり、いったん引いたり……舌でなめたりっ!

獣はジキムートをほだし続けるっ!


「ぐぇえっ。くっせぇっ! 息がゲロの臭いしやがるぜ、ウマヅラァっ。てめえの恋人は災難だなっ、歯も磨いてねえのかっ! この畜生がっ」

ガスガスッ!

べったりと、生臭い唾液にまみれながらジキムートは、必死に全力で相手の腹を蹴るっ!

が、ベッタベタのその、油をタイルに垂らした時よりすべる腹は、全く動かないのだっ!

その時……っ!


「うぅ……らぁっ!」

ガスッ!

気合を入れ、勢いつけてノーティスは、ジキムートに覆いかぶさる馬の、その横っ腹を蹴っ飛ばすっ!

が、いかんせん、女の蹴り。

びくともしていない。

「あたた……。くっ」

3メートルもある馬の、分厚く硬い筋肉の重み。

想像以上の、ハガネの肉体を蹴ってしまった。

足を押えて悶絶するノーティスっ!


「ウォオウ!」

だが、目障りなのだろうか?

唸り声をあげて、ノーティスの方へと目をやる馬。

馬の目線が来ると瞬間、ノーティスは笑うっ!

「そう……、それですよっ! 良い目線ですよっ」

即座に馬の目の前に、魔法を炸裂させたっ!

キィン、パキィイィーー、キイィーーーっ!

氷の微細で、多量の破片が破裂したっ!

馬とジキムートが目をつむるっ!

「グッルルゥっ!?」

「ぃぎぎっっ!?」

その呪文が放つ威力は、目つぶしだけではない。

その大きく甲高い音は、五臓六腑に染み渡るほどに、気持ちが悪かったのだっ!


「ガァっ!?」

「うぃいいっ!?」

ジキムートと馬は、必死に耳を押えながら転がったっ!

至近距離。

耳元2センチの距離で大音量の、黒板に爪を立てる音を聞かされた。と言えば、分かるだろうか?

とんでもない苦痛に、1人と1匹はのたうち回るっ!

「さっ、今ですっ!」

〝寒気″に震えるジキムートの肩を掴み、耳を塞いだノーティスが引き上げる。

「お前……っ!? もうちょっとないのかよっ!?」

耳を押さえ、ヨダレを垂らしながら、ジキムートが不平をもらす。

大した肉体のダメージはないが、心的ストレスは計り知れない物があった。

臭い液体と耳鳴りに苦しみながら、ペッペと唾を吐くジキムート。

「文句言わないっ!」


「いや、マントとかじゃなくよぉ、色っぽいサラシとかさっ!」

「ふざけんなっ!」

ゲスっと膝でノーティスは、ジキムートの脇腹を狙うっ!

だが、ジキムートの言葉も一理ある。

いかんせん今、ノーティスの胸はマントを前にして、でかいヨダレ掛けのようにしている。

チラリズムの欠片も無い。

いかん。これは、いかん。


「あぁクソ、助かったよ。耳がおかしい……が」

「まぁ、あなたを助けたそのおかげで私が、狙われそうなんですけどね。責任は取ってもらいますよ」

ノーティスが目線を移すと、馬ヅラと目があった。

ときめくほどにヨダレを垂らしながら、ジッと殺意の眼で、ノーティスを見据える青い馬。

明らかに欲していた――。

ノーティスの血肉を。


「なら、俺がお前を守ってやるよ。絶対にな――」

「へぇ……」

キリリっと、ジキムートがノーティスを見つめ、獣とノーティスの間に割って入る。

その顔には、本気の真摯さが感じられた。

「見直しました」

少しはにかみ、銀色の髪を触るノーティス。

女の子っぽい顔になっている。

「そのデカチチだけは死守するっ!」

「……ふんっ! ムードって物がないのかっ」

ガスッ!

鋼を突き通す蹴りの衝撃っ!

「がはっ!? 俺は……。ぐふっ。〝自己中(ムードブレイカー)″なんでね」

嗚咽を漏らしながら笑うジキムート。

この一撃ならばジキムートから馬を、物理だけで引き剝がせたかもしれない。



とにかくジキムートが、間に割って入る。

これも前衛の役割だ。

「だがノーティス。俺が前に出たって変わらねえぞ。分かってると思うが、お前のでっかいのが、この勝負の鍵だ。デカいのかましてくれよ。何事も、な。おい、剣を貸せ」

笑いながら、ノーティスの胸元を見やるジキムート。

彼女の呪文なしには恐らくは、あのモンスターは倒せないだろう。

「ふぅ。残念ながら私は、普通で良いんですよ。胸に関しても、ね」

自分の意にそわない、あまりに大きな自らの胸を見ながらノーティスが、眉根を寄せる。

そしてノーティスが後ろから、刃渡り60センチ程度の、取り回ししやすい小刀を渡す。

「なんでぇ、色気ねえな。俺のデカいのも見せてやるぜ? 見せ合いっことしゃれこもうじゃねえか」

そう言って、前を見るジキムート。


「結構ですっ!」

「どうせすぐ、見せることになる」

「夜襲ってきたら、殺しますよ」

「夜? ふん、すぐに見たくなるぜ、お前も」

そう言って、ノーティスに借りた剣を振りかざすジキムート。

「ふぅ……小せえな。やっぱデカい方が良いぜ。確実に刺さらねえよ――。普通なら、な」

モンスター馬に、睨みを効かせるジキムート。

敵は頭を低くし、今にも突っ込んできそうだ。

「走りこんで来たら、脳天ブッ刺す。何事も利用すりゃ良いんだよ。特にアホの勢いなんてえのは。なぁ、馬ヅラ?」

ジキムートが馬の頭頂部に、ショートソードをまっすぐ、標準をつけるように突き立てた。

前掛かりの姿勢で、動線を示唆する傭兵。
しおりを挟む

処理中です...