軽四駆 × 異世界疾風録   season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜

タキ マサト

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第一章 家族で異世界へ

5話 暗雲

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 ケイの手当てが終わり、ようやく落ち着きを取り戻した小屋の中。
 チョーローが語る状況を聞き、田崎は額に手を当てた。

 頭が痛い。
 いや、頭痛などという生易しいものではない。
 これから起こることを想像すると、気が遠くなりそうだった。

——リューシャが捕まっているかもしれない。
 十一歳の息子が猿に襲われて怪我をしている。
 未来も碧も一緒に異世界転移してしまった……

 そして、帰る方法は不明。

 最悪だ、としか言いようがない。

「タサキ、話を聞いておるか?」
 チョーローの声にはっと顔を上げる。
「あ……ああ、聞いてる」
「聞いとらんじゃろ」
 図星だった。

 ケイの傷は、思いのほか深くはなかった。出血こそ多かったが、小人の薬湯を飲むと顔色は良くなっていた。痛む右肩には大きな葉っぱが貼り付けてある。
「湿潤療法ね」
 外科病棟で勤務した経験のある未来がささやいた。
 ケイは体を起こし、チョーローの話を聞きながら、時折、田崎一家を観察するように視線を向けている。

 もう一つの寝台には、田崎と未来、碧が座り、その足元ではリーが丸くなっていた。
 目の前のテーブルに、チョーローが杖をついて立っている。
 先ほどわらわらと来た小人たちは、田崎たちが小屋に戻ってきた時には姿を消していた。

「そうそう、どこまで話したかな?」
「帰る手段がない……?」
「そう、タサキ、残念じゃが、今のところ帰る算段がない……」
 田崎は天井を仰いだ。
「影はもう集められないのか?」
 田崎は十二年前、巌窟寺院の祭壇で作られた黒い霧を思い出していた。
「また、あのドームで影を作れば……」
「十二年前、祭壇が竜猿に破壊された。その時、紋様のカケラがお主と一緒にそちらの世界へ飛んだんじゃ」
 チョーローは深くため息をついた。
「紋様がなければ祭壇は復旧できん。祭壇がなければ影は作れん。そのカケラを取り戻すため、ケイとわしが向かったのじゃが……」
 チョーローは田崎一家に頭を下げた。
「結果的に巻き込んでしまった。すまん……」
「……」
「そして、肝心のカケラは失われてしまった……」
 チョーローが現地語でケイに話しかけると、ケイが左手の甲を上げて見せた。
「見よ、ケイの左手を」
 そこには黒い紋様が刻まれていた。
「……それは?」
「ケイに乗り移った紋様じゃ……」
 チョーローの顔に深い陰が浮かぶ。
「祭壇を復旧しようにも……」
 チョーローは言い淀んだ。
「ケイ自身の体が必要になるということじゃ……」
「つまり……?」
 嫌な予感が、田崎の心臓を鷲掴みにする。
「いや、まだ分からん。他のカケラを集めれば、ケイを傷つけずに済む方法があるかもしれん」
「他の……カケラ?」
 
 その時、扉が勢いよく開いた。
 小柄な若い女性が立っている。
 息を切らし、明るい栗色の髪を揺らしていた。

『ケイ! *******!』
 ケイはその女性を見て年頃の幼さを感じさせるような、ほっとした顔をした。
 女性はケイに駆け寄ろうとして、その足が止まる。
 床に丸くなっていたゴールデンレトリバーを見つめている。

 数秒の沈黙。

『ルー……?』

 かすれた声。
 その声に、リーが顔を上げた。
「わん!」
 リーが尻尾を振る。
 女性の目が、大きく見開かれた。
 そして、ゆっくりと視線が動く。
 その目が田崎を捉えた。

「ルー……って、もしかして……あのイリナか……?」
 田崎も目を見開いた。
「あのときの少女が……?」
 あの痩せ細った少女の面影を残しながら、目の前のイリナは凛とした強さを纏っていた。
『……タサキ……******!』
 イリナの両手が、口元を覆う。
 目には涙が溢れ出た。

「そう。イリナじゃ……光の術でこの里を守ってくれておる」

 はっとしたようにイリナがチョーローとケイに、短く叫ぶように何かを伝えた。
 その言葉を聞いて、チョーローの顔が強ばる。
「結界が揺らいでおる……」
 思わず日本語で声が漏れていた。
 
 その時ケイの左手の紋様が光り出した。
 ケイは顔をしかめてうずくまる。右手で必死に隠そうとするが、漏れ出す光は止められない。
 チョーローがイリナに何かを囁いた。
 イリナは心配そうにケイを見て、小さく頷く。
 それからイリナは、小走りに小屋を出ていった。

「イリナには結界の強化をしてくるように申しつけた」
 チョーローがそう言ったのと入れ違いに、小人がぞろぞろと入ってきた。

 それぞれ頭に食器や色とりどりの鍋を乗せている。

「まあ、腹が減ってはなんとやら、食事にしようかの」
 碧は眠たげな様子だったが、小人の頭に乗る数々の料理を見て目を輝かせた。

「リーのドッグフードも取ってくるか」
 田崎が立ち上がる。そこに未来もついて来た。

「わたしたち、どうなるの? あの小人の言ってたこと、さっぱりなんだけど……」
 小屋を出ると未来はひそひそと話しかけてきた。
「多分……いや。きっと帰れる……何とかする!」
 未来は疑わしい目で田崎を見た。
「帰る。何度でも言う。必ず、家に帰る」
 未来は、その目を見つめ直す。
 やがて、小さく息を吐いた。
「圭一はサバイバーだったね……分かった。信じる」
 未来はほんの一瞬、震える手を隠すようにポケットに差し込んだ。
 未来は何か覚悟を決めたようだった。
「今度は、私たちも一緒。なんとかなるわよ、きっと」
「未来……」
「でも」
 未来の顔が、真剣になる。
「碧だけは、絶対に守って。約束して」
「……当然だ」
 田崎は頷いた。
「碧も未来も、リーも。全員で帰る」

 小屋に戻ると、碧は小人に囲まれていた。
「これ、美味しいよ! パパ! ママ!」
 小人が次々とお椀に盛ってくる料理を、碧は夢中になって食べている。
「この、もちもちしたの! お団子みたい!」
「これは甘酸っぱくて、梅干しみたい」
 小人たちも嬉しそうに笑っている。
 その光景に、田崎の胸が暖かくなった。

——この子だけは、絶対に傷つけさせない。
 改めて、心に誓う。

 ふと見ると、ケイも碧の様子を見ていた。
 初めて見る妹。
 その表情に、わずかな柔らかさが浮かんでいる。
 チョーローも、朗らかな顔をして碧を見守っていた。

 ケイの左手の光は消えていた。
 しかしよく見ると、紋様はかすかに脈動している。
 田崎は、かつて祭壇に刻まれていた紋様を思い出した。

 田崎の視線に気づくと、ケイは思索に沈んだようにうつむいた。

——結界は、なんとかなったのか……
 
 田崎はほっとした表情を見せた。
 しかし別の心配ごとが頭をもたげてくる。

——じいちゃん、心配してるだろうな……
 いや、二度目だから……父のことも入れれば三度目か。
 十二年ごとだから案外、呑気にしてるかもな……

 未来と顔を見合わせる。心配しても仕方がない。

「さあ、食べようか。これは久しぶりだなあ」
 不安な気持ちを振り払うように目の前の食事に手を伸ばす。
「食べながら聞いてくれ」
 チョーローが話し始める。

「帰る算段じゃが……ないこともない」
 その言葉に、田崎と未来がチョーローの方を向く。
「カケラを集めて、祭壇を復旧するんじゃ……」
「カケラは全部でいくつある?」
「八つ……じゃ。巌窟寺院から奪われたカケラは、隣国に六つ……」
「残りの一つは?」
「行方知れずじゃ」
「……もしその一つを見つければ、影は作れるんじゃないか?」
 田崎が期待を込めて尋ねたが、チョーローが首を振った。
「タサキの世界にあったカケラには影が残っておったが、他のカケラはわからん」
 チョーローが目を閉じた。
「リューシャとオムカが、隣国にカケラを探しに行って一月……オムカからの影伝えの連絡が途絶えた……」
 田崎の眉に皺が寄る。
「影伝えが途絶えるのは、オムカが捕らえられたか、あるいは強大な影の力が働いている証拠じゃ、もし死んでいたら、こっちのオムカの影も消える……」

——逃げ足だけは速い、あのオムカまで行方不明……?

「おそらく、リューシャも同じような状況にあると思われる……」
 その時、ケイが口を開いた。
『****! **! ****! トオサン ***!』
「なんと言ってる?」
「かあさんを助けに行きたい。父さんの鉄の車があれば……」
「……」
 スプーンが止まる。
「じゃあ、助けに行こうよ!」
 碧が顔を上げた。
「ケイ兄ちゃんのお母さんだよ! 早く探しに行こうよ!」
「……そうだな」
 田崎は目を閉じた。
「あなたって、昔から困った人を見ると放って置けなかったものね。本当にお人よし」
 未来が口を開いた。
「だって、助けに行くでしょ? わたしもリューシャさんに会ってみたいしね」
 その声には、諦めとわずかな嫉妬が混じっていた。
 未来も一緒に来るつもりだ。
 田崎には分かった。
——リューシャに会って、何かを確かめたいんだ。
 田崎は、何も言えなかった。

——さっきの羽猿の襲撃、小人の里のゆらいだ結界……
 小人の里も安全ではないのだろう……

 明らかに十二年前より、危険は増している。
 未来と碧を、ここに置いていけるのか……

——帰還のためには、リューシャを探してカケラを探さなければならないのだろう……

 リューシャ……会いたい……
 だけど俺には、妻と子どももいる……

 ケイに刻まれた紋様……
 祭壇の復旧のためにケイ自身の体が必要?

——それは……ケイの命ということか……?

 なんてこった……

——どうしたらいい?

 田崎は、再び頭を抱えた。

 しかしその「最悪」は、まだまだ序の口であったことを、田崎はまだ知らなかった。

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