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第二章 虜囚
11話 鉄騎軍
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ジムニーは聖都へと続く石畳の街道を走っていた。激しい振動が車内を揺さぶる。午後の日差しが枯れた草原に降り注いでいた。
代わり映えのしない草原が続いている。羽猿の襲撃からは逃げ切ったようだった。
――碧……ケイ……無事でいてくれ……
田崎が組んだ祈るような手は焦りを隠せない。硬い表情の未来の運転も荒い。
「……ケイがついてる。きっと碧も大丈夫だ……」
思わず口に出た。
「そうね……」
未来も自分の焦りに気づいたようだ。ジムニーのスピードを落とした。
「イリナ?……車酔いしてない?」
未来が後部座席に声をかける。田崎が振り返ると青白い顔をしたイリナが口を押さえていた。隣でリーがイリナを見上げて寄り添っている。
「モーイ? 通訳して?」
座布団の上で胡座をかいていたモーイが顔を上げる。居眠りしていたようだ。
「おなか空いた。聖都にうまい食い物屋があるよ」
バックミラーを覗いた未来がため息をついた。
「少し休もう。車のチェックもしないと」
田崎が提案し、未来がうなずいた。
「猿はいないか分かる? モーイ」
「影の気配はないね」
街道は闇の森からは離れ、肉眼では確認できない。
「頭の痛みはどう?」
「小人の薬湯のおかげかな、だいぶ楽になってきた」
田崎は水筒の薬湯に口をつけた。独特な苦味が口の中に広がる。
ジムニーは街道から少し外れた大木の下で停車した。
「ちょっと見てくる」
田崎は助手席をずらすとイリナとリーを下ろし、車体の下を覗き込む。
「サスの音が気になるな」
未来も同じく覗く。
「ブーツの破れなし……ダストカバーも無事。アームのボルトも緩んでない」
未来が慣れた様子で四輪をチェックしていく。
「タイヤの空気圧も問題なし。でも、この石畳は足にくるわね」
「ここオイル漏れてるな。にじむ程度だけど。このペースで王都まで持つかな」
「工具箱にシールあったから貼っておきましょ」
「助かる」
田崎は工具箱を引っ張り出した。修理は自分たちだけでしなければいけない。
十二年前の経験から言えば、早め早めのメンテナンスで致命的な故障を防がないといけない。峠で鍛えられた未来がいることは心強かった。
イリナは大木の下で膝を抱えて座り込んでいた。リーが心配そうに寄り添っている。リーの背中にはモーイが寝転んでいた。
「イリナ、大丈夫? お茶、飲む?」
未来が水筒を差し出すと、イリナは小さくうなずいた。
水筒の蓋に注がれた湯気が立つお茶を不思議そうな顔で見る。少しずつ口をつけるとほっとした顔をした。そのあとで背嚢から折り畳まれた羊皮紙の地図を取り出した。
「たぶん今、このあたり」
モーイが杖で差す。小人の里を出てから二時間ほど経っている。聖都まではあと半分の距離だった。
「ウマでも小人の里から聖都まで二日はかかる。鉄の車は早いねえ」
そのときイリナが口を開いた。未来がモーイに顎をしゃくって通訳を促す。
「羽猿でもここまで早くは移動できない。ケイとアオをどこかで待ち伏せできるかも……と言ってる」
思わず未来と顔を見合わせた。
「碧とケイは、王都に連れて行かれるんだな? 進路が予想できるのか?」
モーイの通訳を聞いたイリナが首を振った。
「父が聖都の近くにいるはずです。父と合流して情報を得ましょう」
「父って、ホーガイか?」
通訳なしでも通じたようだ。イリナは微笑んだ。
「今は私財でカケラの調査団を組織して働いています」
「ホーガイのところの小人から、さっき影伝えで連絡があったんだよ」
モーイが説明を始める。ホーガイはある情報を聖都に伝えてから、小人の里に向けて出発したところらしい。鉄騎国に関すること、リューシャとオムカの消息について。
「小人の影伝えはそれ以上、詳しいことは伝えられないんだ」
「つまり、ホーガイと会って今後の作戦を立てるってことでいいんだな?」
「アオもケイもそんなに早く移動できない。王都に行っても待ちぼうけかもしれないよ」
未来は難しい顔をしてモーイを見ていた。
「確かに闇雲にジムニーを走らせても、ガソリンを無駄にするだけか」
「じゃあ、そのホーガイって人に会えたら、碧たちがどこに連れて行かれるか、わかるかも知れないってことね?」
「おなか、すいた」
モーイがうなずいたあと突き出したお腹を抱えた。田崎と未来は苦笑して昼食を取ることにした。未来はロールパンとソーセージで簡単なサンドイッチを作った。
ジムニーはモーイの杖が指す方向に街道上を走る。日が傾き出した頃、聖都を迂回して東南に回った街道沿いに集落が目に入ってきた。
「聖都は今は物騒なんだってさ。あーあ、羊のシチューパイ食べたかったなあ」
残念そうにモーイは言った。
「あなた、日本でどうやってハンバーガーとか手に入れてたの?」
未来が不思議そうに聞いた。
「どうって? 普通にお店で買ってるに決まってるじゃないか。まさか盗んだとか思ってないよね? 心外だなあ」
当然のようにモーイは答えた。田崎が「お金は? そのちっこい体でどうやって買うんだ?」と問い詰めようとしたとき、イリナが口を開いた。
「あの旗、ホーガイのチームのだってさ」
モーイがすかさず通訳する。聖戒の印がついた赤い旗が草原に見え始めた。
そこにはいくつかのテントが建てられていた。馬車が何台か見える。その中に一際大きい荷台のついた六頭立ての馬車があった。
ジムニーがエンジン音を響かせてテントの前で止まると、そのうちの一つのテントから一人の太った小男が転がるように飛び出してきた。
『タサキ! タサキ!』
両手を振り回しながら名前を連呼し駆け寄ってくる。
「ホーガイ!」
窓を開けて叫び返す。十二年ぶりの再会だった。少し老けたが、あの頃と変わらぬ体格で、変わらぬ笑顔で涙を流しながら、車から降りた田崎の太ももにしがみついてきた。
『おお、タサキ……イリナ……』
そしてジムニーを見上げる。次いでモーイを見つけると小声で何かを話した。それを聞いたモーイの目が一瞬輝く。
ホーガイは大仰なアクションで叫ぶように声を上げた。
『おお……形も色も違うが、あの時の鉄の車と同じ匂いがする……タサキ! 帰ってきてくれたんだな! わしは嬉しい』と、モーイはすぐに通訳した。
「なんか知り合いが、いっぱいいるのね……圭一、あなた、この世界で何してたの?」
未来が半眼で腕組みをしながら田崎とモーイを見た。
「そりゃあ、この国で『巨人族の鉄の車使い』といったら伝説だからね」
「巨人族? わたしも?」
ホーガイの後から出てきた調査団の面々はみな子どもくらいの背丈だった。
「そうだよ、異界の伝説の巨人族さ」
「もしかして……リューシャさんも……まさか……小さいんじゃ……?」
「それはね……」
「モーイ!」
モーイが答えようとしたとき、田崎が天幕の前から呼んだ。モーイはリーに乗って田崎のほうに向かう。
「もう……!」
未来はむっとした顔をして田崎とモーイを見ていた。
「鉄騎軍は、聖都に侵攻しつつある」
ホーガイのテントで田崎一行を前にして地図を指差す。一番大きいテントだが、全員が入ると狭苦しかった。胡座をかき地図を覗く。
「聖戒騎士団はデルグラ総団長のもと集結しているが、なにぶん新体制じゃ。しかも戦力差はいかんともしがたい」
ホーガイがため息をつく。モーイは珍しく声音も真似て真剣に通訳している。
「鉄騎軍は聖都を襲撃し、聖戒の封印の奪取を企んでいるとわしらは見ている」
田崎は十二年前にこの世界に飛ばされた原因となった巻物を思い出した。
「やつらは巌窟寺院で竜猿の解放を目論んでおる。祭壇を復活させても、影を取り払われては竜猿の復活はできんからな」
ホーガイの指が地図の上を指した。そのとき、ホーガイの肩の上に乗っていたメガネをかけた真面目そうな小人が口を開いた。モーイが通訳する。
「本隊はこっち。闇の森に向かっている部隊に”使い手”とカケラの気配がする」
「じゃあ、この本隊にリューシャと碧とケイが捕まっている可能性がある?」
田崎がリューシャの名前を出すと未来が怖い目で睨みつけた。
「こっちの道は山岳地帯から闇の森にいたる道。タサキの鉄の車なら間に合うかもしれん」
「そこに碧とケイは連れられてくるわけね」
未来は腕をまくった。
「待ってなさい! 碧、必ず助けるからね!」
その後は夕食を取りながら作戦会議となった。スープにパンが添えられた質素な食事をとる。ジムニーは東南の王都には行かず、鉄騎軍の本隊の進軍方向に向けて東に進路を取ることになった。
「騎士団のグラン別働隊が、そっち方面の対応にあたっているはずだ」
ホーガイが鳩を飛ばしておくと言ってニヤリと笑った。
ホーガイのテントを出るとすっかり日が暮れていた。
田崎と未来のために一つのテントを用意された。
「圭一? ……リューシャさんて、どんな女?」
ためらいがちに未来は口を開いた。毛皮の絨毯の上に毛布にくるまって横になると疲れが一気に出てきた。二人が足を伸ばすとぎりぎりの広さだった。
「……強い人だった。剣も弓も、何度も助けられた……」
田崎は鬼猿と最初に戦った断崖絶壁の逃げ場のない夜のことを思い出していた。
「小柄な体で、あの恐ろしい鬼猿と戦ったんだ。あのときは、正直死ぬかと思った……」
「もういい」
未来が遮った。
「……」
未来の手が田崎の手を握った。未来が田崎の目を見つめる。
「抱いて……」
*
一方その頃、山岳地帯を抜ける騎馬の軍団があった。隊列の真ん中に四頭立ての馬車が黒い大きな台車を引いていた。それを守るように黒づくめの別部隊が周囲を固めて進軍している。
揺れる闇の中でリューシャは目を覚ました。香の匂いが立ち込めている。反射的に腰に手を伸ばそうとして、冷たい鉄が手首に食い込んだ。衣服も、武器も、全て奪われていた。猿轡をかまされて驚きの声は呻き声になった。暗闇に目が慣れてくると小さな体が倒れているのが見えた。
――オムカ……
声に出そうとするが、言葉にならない。
そのとき、壁際に座った人影が目を開けた。赤い目が一つ光る。
――使い手……
「気づいたか……」
――ここは……? 移動している……
車輪が石を踏む音が響く。リューシャは耳をすませた。風の音、馬のいななき。しかし木々を揺らす音は聞こえない。
――山岳地帯?
やがて音が止み、暗闇の空間に夜の冷気が入ってきた。
「耳長の異界の血を引く女よ……紋様は全て揃った……」
冷たい声が響いた。
「満月の夜、血によって祭壇は再び形作られる……喜べ、おまえらは祭壇と一体化し永遠の闇に抱かれることになる……」
――タサキ……ケイ……
リューシャの目に涙が浮かんだ。
満月まであと六日――
代わり映えのしない草原が続いている。羽猿の襲撃からは逃げ切ったようだった。
――碧……ケイ……無事でいてくれ……
田崎が組んだ祈るような手は焦りを隠せない。硬い表情の未来の運転も荒い。
「……ケイがついてる。きっと碧も大丈夫だ……」
思わず口に出た。
「そうね……」
未来も自分の焦りに気づいたようだ。ジムニーのスピードを落とした。
「イリナ?……車酔いしてない?」
未来が後部座席に声をかける。田崎が振り返ると青白い顔をしたイリナが口を押さえていた。隣でリーがイリナを見上げて寄り添っている。
「モーイ? 通訳して?」
座布団の上で胡座をかいていたモーイが顔を上げる。居眠りしていたようだ。
「おなか空いた。聖都にうまい食い物屋があるよ」
バックミラーを覗いた未来がため息をついた。
「少し休もう。車のチェックもしないと」
田崎が提案し、未来がうなずいた。
「猿はいないか分かる? モーイ」
「影の気配はないね」
街道は闇の森からは離れ、肉眼では確認できない。
「頭の痛みはどう?」
「小人の薬湯のおかげかな、だいぶ楽になってきた」
田崎は水筒の薬湯に口をつけた。独特な苦味が口の中に広がる。
ジムニーは街道から少し外れた大木の下で停車した。
「ちょっと見てくる」
田崎は助手席をずらすとイリナとリーを下ろし、車体の下を覗き込む。
「サスの音が気になるな」
未来も同じく覗く。
「ブーツの破れなし……ダストカバーも無事。アームのボルトも緩んでない」
未来が慣れた様子で四輪をチェックしていく。
「タイヤの空気圧も問題なし。でも、この石畳は足にくるわね」
「ここオイル漏れてるな。にじむ程度だけど。このペースで王都まで持つかな」
「工具箱にシールあったから貼っておきましょ」
「助かる」
田崎は工具箱を引っ張り出した。修理は自分たちだけでしなければいけない。
十二年前の経験から言えば、早め早めのメンテナンスで致命的な故障を防がないといけない。峠で鍛えられた未来がいることは心強かった。
イリナは大木の下で膝を抱えて座り込んでいた。リーが心配そうに寄り添っている。リーの背中にはモーイが寝転んでいた。
「イリナ、大丈夫? お茶、飲む?」
未来が水筒を差し出すと、イリナは小さくうなずいた。
水筒の蓋に注がれた湯気が立つお茶を不思議そうな顔で見る。少しずつ口をつけるとほっとした顔をした。そのあとで背嚢から折り畳まれた羊皮紙の地図を取り出した。
「たぶん今、このあたり」
モーイが杖で差す。小人の里を出てから二時間ほど経っている。聖都まではあと半分の距離だった。
「ウマでも小人の里から聖都まで二日はかかる。鉄の車は早いねえ」
そのときイリナが口を開いた。未来がモーイに顎をしゃくって通訳を促す。
「羽猿でもここまで早くは移動できない。ケイとアオをどこかで待ち伏せできるかも……と言ってる」
思わず未来と顔を見合わせた。
「碧とケイは、王都に連れて行かれるんだな? 進路が予想できるのか?」
モーイの通訳を聞いたイリナが首を振った。
「父が聖都の近くにいるはずです。父と合流して情報を得ましょう」
「父って、ホーガイか?」
通訳なしでも通じたようだ。イリナは微笑んだ。
「今は私財でカケラの調査団を組織して働いています」
「ホーガイのところの小人から、さっき影伝えで連絡があったんだよ」
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「小人の影伝えはそれ以上、詳しいことは伝えられないんだ」
「つまり、ホーガイと会って今後の作戦を立てるってことでいいんだな?」
「アオもケイもそんなに早く移動できない。王都に行っても待ちぼうけかもしれないよ」
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「確かに闇雲にジムニーを走らせても、ガソリンを無駄にするだけか」
「じゃあ、そのホーガイって人に会えたら、碧たちがどこに連れて行かれるか、わかるかも知れないってことね?」
「おなか、すいた」
モーイがうなずいたあと突き出したお腹を抱えた。田崎と未来は苦笑して昼食を取ることにした。未来はロールパンとソーセージで簡単なサンドイッチを作った。
ジムニーはモーイの杖が指す方向に街道上を走る。日が傾き出した頃、聖都を迂回して東南に回った街道沿いに集落が目に入ってきた。
「聖都は今は物騒なんだってさ。あーあ、羊のシチューパイ食べたかったなあ」
残念そうにモーイは言った。
「あなた、日本でどうやってハンバーガーとか手に入れてたの?」
未来が不思議そうに聞いた。
「どうって? 普通にお店で買ってるに決まってるじゃないか。まさか盗んだとか思ってないよね? 心外だなあ」
当然のようにモーイは答えた。田崎が「お金は? そのちっこい体でどうやって買うんだ?」と問い詰めようとしたとき、イリナが口を開いた。
「あの旗、ホーガイのチームのだってさ」
モーイがすかさず通訳する。聖戒の印がついた赤い旗が草原に見え始めた。
そこにはいくつかのテントが建てられていた。馬車が何台か見える。その中に一際大きい荷台のついた六頭立ての馬車があった。
ジムニーがエンジン音を響かせてテントの前で止まると、そのうちの一つのテントから一人の太った小男が転がるように飛び出してきた。
『タサキ! タサキ!』
両手を振り回しながら名前を連呼し駆け寄ってくる。
「ホーガイ!」
窓を開けて叫び返す。十二年ぶりの再会だった。少し老けたが、あの頃と変わらぬ体格で、変わらぬ笑顔で涙を流しながら、車から降りた田崎の太ももにしがみついてきた。
『おお、タサキ……イリナ……』
そしてジムニーを見上げる。次いでモーイを見つけると小声で何かを話した。それを聞いたモーイの目が一瞬輝く。
ホーガイは大仰なアクションで叫ぶように声を上げた。
『おお……形も色も違うが、あの時の鉄の車と同じ匂いがする……タサキ! 帰ってきてくれたんだな! わしは嬉しい』と、モーイはすぐに通訳した。
「なんか知り合いが、いっぱいいるのね……圭一、あなた、この世界で何してたの?」
未来が半眼で腕組みをしながら田崎とモーイを見た。
「そりゃあ、この国で『巨人族の鉄の車使い』といったら伝説だからね」
「巨人族? わたしも?」
ホーガイの後から出てきた調査団の面々はみな子どもくらいの背丈だった。
「そうだよ、異界の伝説の巨人族さ」
「もしかして……リューシャさんも……まさか……小さいんじゃ……?」
「それはね……」
「モーイ!」
モーイが答えようとしたとき、田崎が天幕の前から呼んだ。モーイはリーに乗って田崎のほうに向かう。
「もう……!」
未来はむっとした顔をして田崎とモーイを見ていた。
「鉄騎軍は、聖都に侵攻しつつある」
ホーガイのテントで田崎一行を前にして地図を指差す。一番大きいテントだが、全員が入ると狭苦しかった。胡座をかき地図を覗く。
「聖戒騎士団はデルグラ総団長のもと集結しているが、なにぶん新体制じゃ。しかも戦力差はいかんともしがたい」
ホーガイがため息をつく。モーイは珍しく声音も真似て真剣に通訳している。
「鉄騎軍は聖都を襲撃し、聖戒の封印の奪取を企んでいるとわしらは見ている」
田崎は十二年前にこの世界に飛ばされた原因となった巻物を思い出した。
「やつらは巌窟寺院で竜猿の解放を目論んでおる。祭壇を復活させても、影を取り払われては竜猿の復活はできんからな」
ホーガイの指が地図の上を指した。そのとき、ホーガイの肩の上に乗っていたメガネをかけた真面目そうな小人が口を開いた。モーイが通訳する。
「本隊はこっち。闇の森に向かっている部隊に”使い手”とカケラの気配がする」
「じゃあ、この本隊にリューシャと碧とケイが捕まっている可能性がある?」
田崎がリューシャの名前を出すと未来が怖い目で睨みつけた。
「こっちの道は山岳地帯から闇の森にいたる道。タサキの鉄の車なら間に合うかもしれん」
「そこに碧とケイは連れられてくるわけね」
未来は腕をまくった。
「待ってなさい! 碧、必ず助けるからね!」
その後は夕食を取りながら作戦会議となった。スープにパンが添えられた質素な食事をとる。ジムニーは東南の王都には行かず、鉄騎軍の本隊の進軍方向に向けて東に進路を取ることになった。
「騎士団のグラン別働隊が、そっち方面の対応にあたっているはずだ」
ホーガイが鳩を飛ばしておくと言ってニヤリと笑った。
ホーガイのテントを出るとすっかり日が暮れていた。
田崎と未来のために一つのテントを用意された。
「圭一? ……リューシャさんて、どんな女?」
ためらいがちに未来は口を開いた。毛皮の絨毯の上に毛布にくるまって横になると疲れが一気に出てきた。二人が足を伸ばすとぎりぎりの広さだった。
「……強い人だった。剣も弓も、何度も助けられた……」
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「小柄な体で、あの恐ろしい鬼猿と戦ったんだ。あのときは、正直死ぬかと思った……」
「もういい」
未来が遮った。
「……」
未来の手が田崎の手を握った。未来が田崎の目を見つめる。
「抱いて……」
*
一方その頃、山岳地帯を抜ける騎馬の軍団があった。隊列の真ん中に四頭立ての馬車が黒い大きな台車を引いていた。それを守るように黒づくめの別部隊が周囲を固めて進軍している。
揺れる闇の中でリューシャは目を覚ました。香の匂いが立ち込めている。反射的に腰に手を伸ばそうとして、冷たい鉄が手首に食い込んだ。衣服も、武器も、全て奪われていた。猿轡をかまされて驚きの声は呻き声になった。暗闇に目が慣れてくると小さな体が倒れているのが見えた。
――オムカ……
声に出そうとするが、言葉にならない。
そのとき、壁際に座った人影が目を開けた。赤い目が一つ光る。
――使い手……
「気づいたか……」
――ここは……? 移動している……
車輪が石を踏む音が響く。リューシャは耳をすませた。風の音、馬のいななき。しかし木々を揺らす音は聞こえない。
――山岳地帯?
やがて音が止み、暗闇の空間に夜の冷気が入ってきた。
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冷たい声が響いた。
「満月の夜、血によって祭壇は再び形作られる……喜べ、おまえらは祭壇と一体化し永遠の闇に抱かれることになる……」
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