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第五章 満月前夜
34話 争奪
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田崎はうつらうつら夢を見ていた。
地震により旧道の法面が崩れ、父が乗った軽トラが飲み込まれていく。
その軽トラは闇に飲まれ、気づくとそれはジムニーに変わっていた。
隣でルーが悲しげな目で見つめている。
振り返ると、恐怖に顔を歪めたケイが後部座席に座っていた。
「ケイ……? 碧は……?」
そのとき、フロントガラスの向こうに鬼猿の姿が見えた。
ルーが吠えかかり、飛び出すが、鬼猿に踏みつぶされる。
「ルー!!」
田崎が手に持つスコップは血だらけだった。
黒い蛇が体を締め上げていく。
見ると左手に刻印が浮かんでいた。
黒く光る。
闇の中に引きずられる。
暗闇の奥へ、奥へ。
遠くで誰かが叫んでいる。
未来か、碧か、リューシャか、誰か分からない。
ただ、その声だけが遠ざかっていく。
・
・
・
「……ッ!!」
田崎は弾かれたように目を覚ました。
まだ辺りは暗かった。
車内は凍えるように寒い。
割れたリアガラスを塞いだレジャーシートが風にバタバタと煽られている。
隣にリーが丸まって寝ていた。思わずリーの背中に手を伸ばした。
「……リー」
その隣にはイリナがぐったりと寝ている。
動悸はまだ続いていた。
汗をびっしょりとかいている。
運転席と助手席の二人の女は眠っているようだった。
月明かりの中、モーイがダッシュボードの座布団の上で座禅を組んでいるのが見えた。
その目が静かに開いた。逆光で表情は見えないが、その声は硬かった。
「オムカが、捕まった……」
「……? モーイ? 何て言った?」
「ナヴィからの”影伝え”が届いた……」
モーイがうつむいた。
「アオとケイも危ない……」
「……なんだって?」
田崎の眠気が吹き飛んだ。
「グラン隊がナヴィと巌窟寺院に向かってる…… 使い手と鉄騎軍も来てる……」
そのとき、モーイが立ち上がった。
「羽猿の群れがこっちに来てる…… 竜猿も……」
「……!! 竜猿!?」
「みんな、”絶望”の影を求めてるんだ…… 古の竜猿も、使い手も……」
「未来ッ!! リューシャッ!! 起きろ!!」
『タサキ……?』
リューシャが瞬時に反応し、小弓を手元に引き寄せた。
「ん……? 圭一、何、何が起きたの?」
未来も眠りが浅かったようだ。
跳ね起きるとハンドルに手をかけた。
「モーイ? どうすればいい?」
「分からない…… この結界もいつまで持つか、分からない……」
「囲まれる前に動くぞ!」
田崎は悪夢を振り払うように頭を振った。
「未来! エンジンを!」
未来がキーを回す。
ジムニーの二つの目が光る。
ほっとしたのも束の間、アイドリングの音が重く不規則な金属音と混じり合う。
昨夜の無理な冷却とジャンプの代償と思われた。
「とりあえず、エンジンはかかった。でも足回りも冷却系も電気系もいかれてるはず」
「走れるか?」
「気合いよ! 走らせるのよ!」
「……点検する時間もない」
「でも、何が起こってるの?」
事態がよく飲み込めない未来が苛立ちの声を上げた。
「使い手の猿、他にもわけの分からない猿の群れがこっちに来てる…… アオとケイを探してるんだ、きっと」
「どっちに行けばいいの? 方向は分かるの?」
「分からない…… せめて、光を感じられれば……」
「わん!」
そのとき、リーが低く吠えた。
「どうした、リー?」
田崎が振り向いた先に、イリナの姿があった。
「イリナ…… 起きたか!」
イリナは虚ろな瞳を開けた。
焦点は、定まっていない。
隣にリーが寄り添っているのに気づくと、震える手で引き寄せた。
『ケイ…… アオ……』
うわごとのように呟く。
『アオの希望の光…… 近くにいるのを感じる……』
イリナの目に、かすかに光が宿る。
『アオとケイが危ない』
震える手が、魔の森の奥を指差した。
*
その頃、ババ様と魔の森の民は、羽猿に乗って入り組んだ鍾乳洞を南に移動していた。
『ババよ……、巌窟寺院に行ってどうするだべな、もし』
『くそじじい! いちいち説明せにゃ分からんか、もし』
ババ様は、背中にしがみついている黒い塊を杖で叩いた。
『おお痛い、じゃがあの”絶望”の影が必要じゃろうが、もし』
『そうじゃ! まずあの”絶望”を確保しなきゃ始まらんぞな、もし』
黒い塊が抗議する。
『巌窟寺院であの”絶望”の影を全部、飲み込めいうんかいな。わし、無理ぞな、もし』
『じじいがやらねば、誰もできんぞな、もし』
ババ様は杖を振り上げて、黒い塊をさらに叩いた。
『わし、下痢してしまうぞな、もし』
ババ様たちを乗せた羽猿の一団は鍾乳洞から魔の森に飛び出した。
『飼育係、あのたわけが”絶望”と一緒にいるぞな、もし』
『竜猿には、巌窟寺院に来てもらわんことには話にならんが、今来てもらっても困るぞな、もし』
羽猿は森の中を巨木をすり抜けて飛んでいった。
その羽猿の影に気づいたかのように竜猿が翼を広げた。
*
オムカは再び”使い手”に捉えられていた。
その左手の紋様が怪しく、黒く光っている。
『”悔恨”の紋様……』
オムカは声にならない呻き声を上げた。
——ごめん、捕まった…… タサキ…… リューシャ…… ケイ……
ぼくのせいだ。
この紋様が光って、居場所がバレた……
騎士団のみんなを危険に晒してしまった……
”希望”のカケラを里に隠していたことも、忘れていた……
それでアオを危険な目に合わせてしまった……
すべて、ぼくの軽率な行動が……
オムカの目に涙が滲んだ。
昨晩、グラン隊が、ハンク隊および副長と合流した直後のことだった。
突然の羽猿の襲撃。
オムカの紋様が光り出し居場所が割れ、結界が破られた。
豹猿の群れがグラン隊に襲いかかる。
乱戦となった。
一瞬の出来事だった。
一直線に飛んできた羽猿の鉤爪にオムカはつかまれ、闇へと連れ去られた。
そして今、羽猿に掴まれたまま闇の森を飛んでいる。
別の羽猿には使い手と月の民が乗っているようだった。
『導き手様…… 闇の裏切り者どもが復活させた古の竜猿は、魔の森に留まっておる様子……』
オムカは羽猿の腕の中で、もがいた。
だが、紋様の力が気力を削いでいく。
『愚かな…… ”絶望”の影で飼い慣らせるものではない…… だが利用させてもらおうか』
導き手の声は冷たく、滑らかだった。
『裏切り者らも”絶望”を追っておる…… だが、我らが先に手にする』
導き手は薄く口角を上げた。
『鉄騎軍には巌窟寺院の占拠を急がせよ…… 騎士団と鉄の車を叩き潰せ』
羽猿の一団から、月の民を乗せた一匹の羽猿が群れを離れる。
導き手を乗せた羽猿の一団は夜の闇の中に溶け込んだ。
魔の森の上空には、十三夜の月。
その冷たい光の下、満身創痍のジムニー、ババ様たち魔の森の民、復讐に燃える使い手、そして、それを止めようとする闇の民。
四つの思惑が”絶望”を巡って動き出していた。
満月まで、あと二日。
地震により旧道の法面が崩れ、父が乗った軽トラが飲み込まれていく。
その軽トラは闇に飲まれ、気づくとそれはジムニーに変わっていた。
隣でルーが悲しげな目で見つめている。
振り返ると、恐怖に顔を歪めたケイが後部座席に座っていた。
「ケイ……? 碧は……?」
そのとき、フロントガラスの向こうに鬼猿の姿が見えた。
ルーが吠えかかり、飛び出すが、鬼猿に踏みつぶされる。
「ルー!!」
田崎が手に持つスコップは血だらけだった。
黒い蛇が体を締め上げていく。
見ると左手に刻印が浮かんでいた。
黒く光る。
闇の中に引きずられる。
暗闇の奥へ、奥へ。
遠くで誰かが叫んでいる。
未来か、碧か、リューシャか、誰か分からない。
ただ、その声だけが遠ざかっていく。
・
・
・
「……ッ!!」
田崎は弾かれたように目を覚ました。
まだ辺りは暗かった。
車内は凍えるように寒い。
割れたリアガラスを塞いだレジャーシートが風にバタバタと煽られている。
隣にリーが丸まって寝ていた。思わずリーの背中に手を伸ばした。
「……リー」
その隣にはイリナがぐったりと寝ている。
動悸はまだ続いていた。
汗をびっしょりとかいている。
運転席と助手席の二人の女は眠っているようだった。
月明かりの中、モーイがダッシュボードの座布団の上で座禅を組んでいるのが見えた。
その目が静かに開いた。逆光で表情は見えないが、その声は硬かった。
「オムカが、捕まった……」
「……? モーイ? 何て言った?」
「ナヴィからの”影伝え”が届いた……」
モーイがうつむいた。
「アオとケイも危ない……」
「……なんだって?」
田崎の眠気が吹き飛んだ。
「グラン隊がナヴィと巌窟寺院に向かってる…… 使い手と鉄騎軍も来てる……」
そのとき、モーイが立ち上がった。
「羽猿の群れがこっちに来てる…… 竜猿も……」
「……!! 竜猿!?」
「みんな、”絶望”の影を求めてるんだ…… 古の竜猿も、使い手も……」
「未来ッ!! リューシャッ!! 起きろ!!」
『タサキ……?』
リューシャが瞬時に反応し、小弓を手元に引き寄せた。
「ん……? 圭一、何、何が起きたの?」
未来も眠りが浅かったようだ。
跳ね起きるとハンドルに手をかけた。
「モーイ? どうすればいい?」
「分からない…… この結界もいつまで持つか、分からない……」
「囲まれる前に動くぞ!」
田崎は悪夢を振り払うように頭を振った。
「未来! エンジンを!」
未来がキーを回す。
ジムニーの二つの目が光る。
ほっとしたのも束の間、アイドリングの音が重く不規則な金属音と混じり合う。
昨夜の無理な冷却とジャンプの代償と思われた。
「とりあえず、エンジンはかかった。でも足回りも冷却系も電気系もいかれてるはず」
「走れるか?」
「気合いよ! 走らせるのよ!」
「……点検する時間もない」
「でも、何が起こってるの?」
事態がよく飲み込めない未来が苛立ちの声を上げた。
「使い手の猿、他にもわけの分からない猿の群れがこっちに来てる…… アオとケイを探してるんだ、きっと」
「どっちに行けばいいの? 方向は分かるの?」
「分からない…… せめて、光を感じられれば……」
「わん!」
そのとき、リーが低く吠えた。
「どうした、リー?」
田崎が振り向いた先に、イリナの姿があった。
「イリナ…… 起きたか!」
イリナは虚ろな瞳を開けた。
焦点は、定まっていない。
隣にリーが寄り添っているのに気づくと、震える手で引き寄せた。
『ケイ…… アオ……』
うわごとのように呟く。
『アオの希望の光…… 近くにいるのを感じる……』
イリナの目に、かすかに光が宿る。
『アオとケイが危ない』
震える手が、魔の森の奥を指差した。
*
その頃、ババ様と魔の森の民は、羽猿に乗って入り組んだ鍾乳洞を南に移動していた。
『ババよ……、巌窟寺院に行ってどうするだべな、もし』
『くそじじい! いちいち説明せにゃ分からんか、もし』
ババ様は、背中にしがみついている黒い塊を杖で叩いた。
『おお痛い、じゃがあの”絶望”の影が必要じゃろうが、もし』
『そうじゃ! まずあの”絶望”を確保しなきゃ始まらんぞな、もし』
黒い塊が抗議する。
『巌窟寺院であの”絶望”の影を全部、飲み込めいうんかいな。わし、無理ぞな、もし』
『じじいがやらねば、誰もできんぞな、もし』
ババ様は杖を振り上げて、黒い塊をさらに叩いた。
『わし、下痢してしまうぞな、もし』
ババ様たちを乗せた羽猿の一団は鍾乳洞から魔の森に飛び出した。
『飼育係、あのたわけが”絶望”と一緒にいるぞな、もし』
『竜猿には、巌窟寺院に来てもらわんことには話にならんが、今来てもらっても困るぞな、もし』
羽猿は森の中を巨木をすり抜けて飛んでいった。
その羽猿の影に気づいたかのように竜猿が翼を広げた。
*
オムカは再び”使い手”に捉えられていた。
その左手の紋様が怪しく、黒く光っている。
『”悔恨”の紋様……』
オムカは声にならない呻き声を上げた。
——ごめん、捕まった…… タサキ…… リューシャ…… ケイ……
ぼくのせいだ。
この紋様が光って、居場所がバレた……
騎士団のみんなを危険に晒してしまった……
”希望”のカケラを里に隠していたことも、忘れていた……
それでアオを危険な目に合わせてしまった……
すべて、ぼくの軽率な行動が……
オムカの目に涙が滲んだ。
昨晩、グラン隊が、ハンク隊および副長と合流した直後のことだった。
突然の羽猿の襲撃。
オムカの紋様が光り出し居場所が割れ、結界が破られた。
豹猿の群れがグラン隊に襲いかかる。
乱戦となった。
一瞬の出来事だった。
一直線に飛んできた羽猿の鉤爪にオムカはつかまれ、闇へと連れ去られた。
そして今、羽猿に掴まれたまま闇の森を飛んでいる。
別の羽猿には使い手と月の民が乗っているようだった。
『導き手様…… 闇の裏切り者どもが復活させた古の竜猿は、魔の森に留まっておる様子……』
オムカは羽猿の腕の中で、もがいた。
だが、紋様の力が気力を削いでいく。
『愚かな…… ”絶望”の影で飼い慣らせるものではない…… だが利用させてもらおうか』
導き手の声は冷たく、滑らかだった。
『裏切り者らも”絶望”を追っておる…… だが、我らが先に手にする』
導き手は薄く口角を上げた。
『鉄騎軍には巌窟寺院の占拠を急がせよ…… 騎士団と鉄の車を叩き潰せ』
羽猿の一団から、月の民を乗せた一匹の羽猿が群れを離れる。
導き手を乗せた羽猿の一団は夜の闇の中に溶け込んだ。
魔の森の上空には、十三夜の月。
その冷たい光の下、満身創痍のジムニー、ババ様たち魔の森の民、復讐に燃える使い手、そして、それを止めようとする闇の民。
四つの思惑が”絶望”を巡って動き出していた。
満月まで、あと二日。
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