軽四駆 × 異世界疾風録   season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜

タキ マサト

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第五章 満月前夜

40話 狂乱

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 羽ピーは月明かりの中、魔の森の上空へ飛び出した。
 ケイの影を喰らった羽ピーは、興奮したように夜空を舞う。
 碧の紋様は眩い光を放ち続けていた。
 その光を受けて羽猿の体から鱗粉のように黒い霧が、煌めきながら後を引いた。

『ギャギャッ!!』
「羽ピー! どこ行くの? きゃあ!!」
 碧が羽ピーの背中にしがみつく。
 羽ピーは月を背に螺旋を描きながら上昇していく。
『ハネピー! 落ち着いて! 巌窟寺院だ!!』

 ケイが叫んだ時、ババ様たちの乗った羽猿を視界の隅に捉えた。

『ハネピー! 逃げろ!』
『ギャギャッ!!』
 ケイは西の空を指差す。
 それに呼応するように羽ピーは力強く羽ばたくと速度を上げた。

 ババ様の一団は前方に碧の紋様の光を見つけた。

『じじい!! 影で”絶望”を捕まえるだ!! もしい!!』
 後方で羽ピーを追いかけながらババ様が叫んだ。
『もう、あんまし影はないぞな、もし』
 そう言いながらも黒い塊の指先から黒い蛇が形づくられる。

『待て! 後ろから月の奴らが来とるぞ! もしい!』
 その後方に、もう一つの群れ。

 使い手の羽猿の一団だった。

『導き手様。魔の森の魔女と闇の輩どもが前方に。”絶望”を追っております。いかがいたしましょう?』
 月の民が乗る羽猿が使い手の羽猿に近づいた。
 その羽猿の鉤爪には、ぐったりとしたオムカが握られている。
『魔の森の魔女…… ”影の怪物”…… 厄介な……』
 使い手の体から影が湧き立つ。”憎悪”の紋様が怪しく光った。
 満月に近づき影の力は強くなっている。

『今なら、”影の怪物”にも対抗できる……』
 使い手の影は羽猿の一団にまとわりつき、その一団を一塊にしていく。
『ギャー!!』
 その影に覆われた羽猿の群れは興奮したように叫ぶと急加速をしていく。
 点に見えたババ様の一団に急速に迫っていく。

『飲み込まれるぞえ!! もしい!!』
 使い手の一団がババ様の羽猿の一団に追いつく。
 使い手の影が黒い津波となって、ババ様たちに襲いかかった。

『ギャ……』
 闇の民の羽猿が使い手の影に触れた瞬間、意識を失ったように墜落していく。
『じじいぃ!! なんとかせい!! もしい!!』
『えげつない事するのう、もし』

 黒い塊から影が膨張するようにババ様一行を包み込んだ時、大気が震えた。

 古竜猿の羽ばたき、その気配に緊張が張り詰める。
 数秒遅れて空間を竜猿の絶叫が埋め尽くした。

 骨の髄まで引き裂くような振動と衝撃波が、月夜を飛ぶ羽猿たちを襲う。

『えげつないのは、あれじゃあ!! もしい!!』
 前方の森が爆発したように吹き飛んだ。
 木々を薙ぎ倒し、巨体が立ち上がる。

『ギャギャ……』
 影の力が弱い者は羽猿と共に、その絶叫に卒倒したように墜落していく。

「きゃああ!! ドラゴンモンキー!!」
 碧の大きく見開かれた瞳が、前方に翼を広げた巨大な影を捉えた。

『ハネピーッ!! もっと影を喰え!!』
『ギャギャギャッ!!』
 羽ピーは狂ったように叫び声を上げると、急上昇し始めた。
 それを追うように竜猿も飛び上がる。

『グゥアワアァァ……!! ワアァ……ワア、ワア……!!!』
 竜猿の咆哮が月夜にこだまする。森が一気に不穏な空気に包まれた。

 森に潜んでいた猿の獣の目が妖しく光り始める。
 次の瞬間、森から轟音が上がった。
 無数の猿が恐慌に駆られ、走り出す。

「助けて! パパッ! ママッ!」
『アオッ!! トオサン!! 母さん!!』
「きゃあああ!!!」
 羽ピーは厚い雲を突き破った。月明かりが雲海を照らす。

 次の瞬間、雲が爆発したように霧散した。

 雲を割って、巨大な顎が迫る。

——追いつかれた……!

 狂気を帯びた目がギョロリと羽ピーを捉えた。
 碧の体が恐怖で硬直した。声も出ない。

 涎を垂らした口が大きく開く。
 一度、二度、三度。
 咆哮のたびに、雲が霧散していく。

「羽ピー!! 逃げて!!」
『ギャギャギャ!!』
『ハネピー! ずっと一緒にいるから、……だから! 影をもっと食べて……』
 ケイの紋様からは、さらにどくどくと闇より黒い影がこぼれ落ちていく。

 それは羽ピーの体に、スポンジが水を吸うように染み込んでいった。

——ハネピー…… ごめん……

 ケイの目から涙が零れた。

 羽ピーは明らかに変貌していた。

 その背中が、さらにたくましくなったような気がした。
 その翼が、今までとは段違いなほど力強くなっていた。

——でも、影を止めることはできない……

『グァアアアア!!!』
 羽ピーの叫びが変質した。
 羽ピーの目に狂気が宿る。
 狂ったように翼を羽ばたかせると急降下し、一気に竜猿との距離を開けた。
 それでも、その背中は二人を守るように、決して揺らがない。

『なんじゃな、あれは、もし……』
 ババ様が毒気を抜かれたような声を出した。
『”絶望”を喰われちゃならないぞな、もし』
 黒い塊が体を震わせた。
『休戦じゃ!! もし!! あの古竜猿を何とかせい!!』
 ババ様は黒い塊のその声に、ハッとしたように使い手に向かって叫んだ。

『……承知した。……争っている場合ではない……な』
 使い手が思念の影をババ様に送った。
 そのやり取りに闇の民の目が驚愕に見開く。
 じろりとババ様が追走している闇の民を睨みつけた。

『しかし、あの羽猿…… あれは、もうどこのもんでもねえぞな、もし』
 ババ様が点となって光り輝き飛んでいく羽ピーに眉を寄せた。
『……世界の均衡を壊す存在だ』

 使い手がそれに応じる。

『作戦変更じゃあ!! あのバケモンをありったけの影で縛り上げるぞな!! もしい!!』



  *



 上空で古竜猿と碧の乗った羽猿が闘争劇を繰り広げていたその頃——
 地上では史上最大規模のスタンピードが起ころうとしていた。

『グラン隊長!! スタンピードが来る!!』
 ナヴィが叫んだ。竜猿の咆哮が月夜に響く。
 そのたびに夜の闇の森が不穏に包まれた。

 日中にグランは闇の民の使いに”希望”が鉄騎軍に捕まった知らせを受けていた。

『まずは、イリナ様との合流が最優先だ。夜を徹して行動する!』
『”光”はまだ動いていない、だけど……何かが動いている』
 闇の民の使いの要請をグランは無視した。
 ナヴィも不安げに首を傾げていた。

 夜を徹しての行軍。
 その中での竜猿の咆哮とスタンピードの発生だった。

『全体! 一時停止!』
『斥候を回収せよ! 結界を張る!』
 斥候も異変を感じ、グラン隊に合流した直後だった。
 木々が倒れる音、岩を砕く轟音が鳴り響いた。
 大地が揺れ、空気がビリビリと震えた。

『早く集まれッ!! 来るぞッ!!』
 グラン隊は間一髪、結界の中に逃げ込んだ。

 結界の中に入ったら、外での様子は小人にしか分からなくなる。
 今、この瞬間、使い手に術を破られたら全滅は必至だった。

『使い手は大丈夫だと思う。”希望”と”絶望”が動いた。”憎悪”はそっちに向かってる』
 しかしグランの心配の種は尽きない。

『法王猊下も大丈夫。モーイの結界も優秀だからね』
『……何もすることができないか』
 グランは悔しげに拳を握り締め、馬から降りた。

『よし、全隊、休息に入れ!』

 結界の光一枚を隔てた先は、死の世界だ。

 直前までの不穏な森の空気、大地の震えはまだ体が覚えていた。
 不安な表情の騎士たちが顔を見合わせる。

 グランは空を見上げた。そこには、不気味に赤く輝く月があった。

 満月は、明日。
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