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第七章 祭壇
55話 決断
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満月が、引き裂かれた雲間からその冷ややかな姿を現した。
巌窟寺院の上空で古竜猿の凄まじい咆哮が響く。
ドーム内の黒い壁が共鳴するように振動し、土煙が舞い落ちる。
ドーム内では呪言の呪詛と聖戒の詠唱が、不協和音となって響いていた。
影となった鬼猿と田崎たちが、激しく棍棒と剣を打ち交わした。
田崎の剣が鬼猿の棍棒を辛うじて受け止める。
その瞬間、腕が痺れ、剣が手から吹き飛ばされた。
そこに金色の竜猿が横合いからその鬼猿に喰らいついた。
ドーム中央には、まだ使い手の呪詛が続いていた。
使い手が白濁した両目を見開いた。
『古竜猿を…… 寺院に近づけさせるな……』
使い手が鈴を鳴らす。
森の奥がざわめいた。
封印の地で、数百体の竜猿が一斉に翼を広げる。
次の瞬間、竜猿たちが森を揺るがす雄叫びを上げた。
地響きとともに、数百の巨大な影が夜空へ飛び立った。
「何が、起こってるの……?」
「ママ…… 怖い……」
「グルルル……」
リーが低く唸り声を上げる。
未来が揺れるジムニーの車内で、身をすくめて周囲を見まわした。
「封印の地で、竜猿が目覚めた……」
モーイが恐怖に頭を抱えた時、ジムニーのボンネットにチョーローが舞い降りた。
『止むを得ん。封印が先じゃ……』
『チョーロー!』
チョーローも印を組み、聖戒の詠唱に加わる。
イリナ、オムカにチョーローが加わった詠唱は、月の民の呪言の響きを徐々に押さえ込んでいく。
イリナが手に持つ封印の巻物から、さらに影が煙のように湧き上がった。
封印の言霊を覆っていた影が徐々に薄れていく。
月の民の呪言との均衡が、ついに崩れた。
ジムニーから黒いドライアイスのように影が溢れ出し、ドームの床を舐めるように広がっていった。
*
『じじい! 生きとるか? もしい!』
『もう、食えんわいな、もし、むにゃむにゃ』
『寝ぼけとるがな、もし……』
封印の地で竜猿の復活する強大な影の気配を感じ、ババ様は目を覚ました。
吹き飛ばされた先は、巌窟寺院のほど近くの森の中だった。
木々の間から、開けた巌窟寺院の広場が見える。
羽猿は地面に突っ伏し、黒い塊はババ様の上で気絶して眠っているようだった。
ババ様は上空を見上げる。
古竜猿は明らかに弱っていた。
上空を力なく羽ばたいている。
時折、苦しげな叫び声を上げていた。
『あれだけの影を取られて、無事な訳はないわな、もし……』
ババ様たちの決死の戦いは、古竜猿に少なからずダメージを与えていた。
やがて何かに気がつき、古竜猿は巌窟寺院に向けてその巨大な目を向けた。
その先から、数百匹の竜猿の群れが古竜猿に向かって牙を剥き出し、飛来していた。
『じじい!! 起きるだああ!! もしい』
ババ様は杖で黒い塊と羽猿を引っぱたいた。
『早く巌窟寺院に行くだあ! 月の奴ら、竜猿の封印を解いただあ!! もしい!!!』
『ババよ、とんでもないことになっておるな、もし』
黒い塊も竜猿の群れの影に触発され、ようやく目を覚ました。
『起きんかあ!! もしい!!』
ババ様は影の力を強引に与えて、羽猿を叩き起こした。
やがて羽猿は、ふらつきながらもババ様たちを乗せて夜空に舞い上がった。
その背後で、竜猿の群れと古竜猿の壮絶な戦いが始まっていた。
*
巌窟寺院の前の広場で、マオルカとメガネはハッと飛び起きた。
『この影の力…… 竜猿が復活した……』
『結界が…… まずい……』
巌窟寺院の上空では、数百匹の竜猿と古竜猿の死闘が繰り広げられていた。
古竜猿が一体をつかみ、頭から噛み砕いた。
血飛沫が夜空に散る。
その瞬間、別の竜猿が古竜猿の全身に群がり、鱗に無数の牙を突き立てる。
古竜猿がその太い尻尾、鉤爪を振り回し、竜猿を次々と捕らえては喰らい、引きちぎる。
数十体の竜猿の死骸が、雨のように広場周辺に叩きつけられていた。
落ちてきたその巨体に、鉄騎軍の死兵は次々と押し潰されていった。
『今、結界が破れたら……』
『全滅じゃ……』
結界の外を覗いていた二人の小人は、蒼白な顔を見合わせた。
マオルカとメガネは気力を振り絞り、再び詠唱を始めた。
ヒビが入りかけた結界を修復していく。
結界が消えれば、落ちてきた竜猿に潰されてしまう。
『よく頑張った! あとは任せろ!』
『ナヴィ! 助かる』
ナヴィは周辺の偵察を終え、大急ぎでホーガイ隊に戻ってきたのだった。
ナヴィも加わり、結界強化の詠唱に入った。
その上空では、ますます戦いは激化していた。
『グワアアアアアァァァ!!!』
古竜猿は竜猿に噛みつかれ、鱗が剥がれ、その体はドス黒い血に覆われていった。
その赤い目が怒りに燃えた。
特大の咆哮が、まとわりつく竜猿を吹き飛ばす。
そのうちの一匹が、巌窟寺院に激突した。
巌窟寺院全体が激しく揺れ、土煙が舞う。
「危ない! 未来! 逃げろ!」
壁が轟音とともに崩れ、竜猿の巨大な顔が現れた。
その崩れた隙間から、満月が怪しく覗いた。
壁が崩れ落ち、巨大な岩がドーム内に降り注いだ。
封印から流れ出る影は、ジムニーから溢れるようにドーム全体に広がっていた。
『封印はまだかあ!!』
グランが叫んだ。
鬼猿との戦いで、すでに満身創痍だった。
その横でハンクが懸命に鉄槌を振り回す。
『さすがに厳しいわね……』
『ギャギャッ!!』
羽ピーが落ちてきた岩にぶつかり、苦痛の悲鳴を上げた。
『導き手どの、ここはもう持たぬ、地下に退避を』
『しかし、再び封印されてしまうぞ!』
月の民たちが動揺の声を上げたのを使い手は制した。
『……だが、”絶望”を手に入れれば封印はたやすく破れる。ひとまず、地下に避難だ』
使い手が月の民に囁いた。
月の民の一団がひっそりと闇に溶け込んだ時、聖戒の言霊がドーム内の影をすべて祓った。
巻物が本来の封印の力を取り戻していく。
鬼猿が闇に溶けるように霧散し、棍棒のみを残して消えていった。
『——光をもって影を祓い、ここに影の力を封印する』
チョーローとオムカ、二人の小人とイリナの声が重なり、ついに封印が完成した。
すべての聖戒の詠唱が終わった時、上空の竜猿、古竜猿の石化が急速に始まった。
ドーム内が一瞬、静寂と闇に包まれた。
ほっとした空気がジムニーの車内に流れた。
「終わったの?」
未来がモーイに聞いた時、
『ケイ! 危ない!』
モーイが叫んだ。
暗闇から伸びた大蛇が、ケイに忍び寄っていた。
モーイの声と黒い影の殺気に気がついた田崎が、ケイを間一髪、横へと突き飛ばした。
田崎はそのまま勢いで、大きな岩陰に身を寄せて転がり込んだ。
大蛇は身をくねらせ、再びケイを狙うように、岩石と亀裂が走った床を這っていった。
『”絶望”だけでも良い……』
その大蛇の先には使い手がいた。
ドームのもっとも奥、地下へと続く螺旋階段の前で使い手は、執念深く機会を伺っていた。
その”憎悪”の紋様からは、どくどくと影が流れ出ていた。
『”絶望”だけでもあれば、また始められる……』
その光を失った目が、”憎悪”で黒く濁り始めた。
「ケイ兄ちゃん!」
碧も叫んだ。
大きな岩が崩れ落ち、ジムニーのすぐ側で轟音を立てた。
ケイはその落ちてきた岩の側で尻餅をついていた。
「ケイ兄ちゃん! こっち! 早く!!」
碧が助手席のドアを開けた。
崩れた岩を縫って、大蛇がケイに迫る。
そのとき、モーイが叫んだ。
「未来ッ! ケイが乗ったら、あの影の霧の中に飛び込め!」
「はっ? 何で!!」
未来が叫び返す。
田崎が土煙に霞む視界で、ジムニーを捉えた。
田崎とジムニーの間にも、大きな岩が降り注いでいた。
岩塊が轟音とともに落下し、田崎とジムニーの間に障壁となって立ち塞がった。
声を限りに、田崎は未来に叫んだ。
「このままじゃ! 下敷きになる!!」
二匹目の石化した竜猿が、天井を破り巌窟寺院に飛び込んできた。
寺院が再び激しく揺れ、天井全体が崩れはじめた。
「ケイ兄ちゃん! 早く!」
助手席から身を乗り出して手を伸ばした碧の手を、ケイは取った。
そのまま転がり込むように助手席に飛び込む。
「ミクどの! 時間がない、影に突っ込め!」
チョーローが叫び、オムカとともにボンネットの上から鳩猿に飛び移った。
「ミクッ! 天井が崩れるッ!! 早くッ!! 霧の中に!!」
モーイが頭を抱えて絶叫した。
「分かってるわよッ! でもッ!」
未来も冷静ではいられなかった。夫を置いていけない。
「あの霧の向こうは、日本だッ!!」
モーイが叫んだ。
「ケイの絶望を日本に避難させるんだッ!! ここにいたら潰されて奪われる!」
「……日本に、……帰る?」
未来は呆然と呟いた。
震える手でギアをローに入れる。
「圭一ッ!? 早く! 圭一ィッ!」
ハッとした未来は叫んだ。
アクセルに乗せた足がガタガタと定まらなかった。
ハンドルを握る手が震えた。
そして振り返った。
だが、田崎の姿は闇と土煙、そして崩れた岩壁に閉ざされて見つからなかった。
「圭一ィーッ!」
「未来ッ!! 必ず、生き残る! 先に行けッ!」
岩の向こうから、田崎の力強い声が聞こえた。
未来の目に涙が溢れ、視界が滲む。
封印から解放された影は霧となってまとまり、ゲートのようにジムニーの前方に浮かんでいた。
「圭一ッ!」
「碧とケイを守るんだ!!」
「きゃああ!!」
頭上で崩落音が響き、碧が悲鳴を上げた。
未来は唇を噛んだ。
——信じるしかない。あの人は、絶対に死なない。
「分かった! 待ってるから! 絶対よ」
未来は意を決してアクセルを踏み込んだ。
エンジンが唸り、急発進したジムニーは大蛇を掠め、黒い霧の渦の中に飛び込んだ。
その直後、凄まじい轟音とともに天井が崩落した。
巌窟寺院の上空で古竜猿の凄まじい咆哮が響く。
ドーム内の黒い壁が共鳴するように振動し、土煙が舞い落ちる。
ドーム内では呪言の呪詛と聖戒の詠唱が、不協和音となって響いていた。
影となった鬼猿と田崎たちが、激しく棍棒と剣を打ち交わした。
田崎の剣が鬼猿の棍棒を辛うじて受け止める。
その瞬間、腕が痺れ、剣が手から吹き飛ばされた。
そこに金色の竜猿が横合いからその鬼猿に喰らいついた。
ドーム中央には、まだ使い手の呪詛が続いていた。
使い手が白濁した両目を見開いた。
『古竜猿を…… 寺院に近づけさせるな……』
使い手が鈴を鳴らす。
森の奥がざわめいた。
封印の地で、数百体の竜猿が一斉に翼を広げる。
次の瞬間、竜猿たちが森を揺るがす雄叫びを上げた。
地響きとともに、数百の巨大な影が夜空へ飛び立った。
「何が、起こってるの……?」
「ママ…… 怖い……」
「グルルル……」
リーが低く唸り声を上げる。
未来が揺れるジムニーの車内で、身をすくめて周囲を見まわした。
「封印の地で、竜猿が目覚めた……」
モーイが恐怖に頭を抱えた時、ジムニーのボンネットにチョーローが舞い降りた。
『止むを得ん。封印が先じゃ……』
『チョーロー!』
チョーローも印を組み、聖戒の詠唱に加わる。
イリナ、オムカにチョーローが加わった詠唱は、月の民の呪言の響きを徐々に押さえ込んでいく。
イリナが手に持つ封印の巻物から、さらに影が煙のように湧き上がった。
封印の言霊を覆っていた影が徐々に薄れていく。
月の民の呪言との均衡が、ついに崩れた。
ジムニーから黒いドライアイスのように影が溢れ出し、ドームの床を舐めるように広がっていった。
*
『じじい! 生きとるか? もしい!』
『もう、食えんわいな、もし、むにゃむにゃ』
『寝ぼけとるがな、もし……』
封印の地で竜猿の復活する強大な影の気配を感じ、ババ様は目を覚ました。
吹き飛ばされた先は、巌窟寺院のほど近くの森の中だった。
木々の間から、開けた巌窟寺院の広場が見える。
羽猿は地面に突っ伏し、黒い塊はババ様の上で気絶して眠っているようだった。
ババ様は上空を見上げる。
古竜猿は明らかに弱っていた。
上空を力なく羽ばたいている。
時折、苦しげな叫び声を上げていた。
『あれだけの影を取られて、無事な訳はないわな、もし……』
ババ様たちの決死の戦いは、古竜猿に少なからずダメージを与えていた。
やがて何かに気がつき、古竜猿は巌窟寺院に向けてその巨大な目を向けた。
その先から、数百匹の竜猿の群れが古竜猿に向かって牙を剥き出し、飛来していた。
『じじい!! 起きるだああ!! もしい』
ババ様は杖で黒い塊と羽猿を引っぱたいた。
『早く巌窟寺院に行くだあ! 月の奴ら、竜猿の封印を解いただあ!! もしい!!!』
『ババよ、とんでもないことになっておるな、もし』
黒い塊も竜猿の群れの影に触発され、ようやく目を覚ました。
『起きんかあ!! もしい!!』
ババ様は影の力を強引に与えて、羽猿を叩き起こした。
やがて羽猿は、ふらつきながらもババ様たちを乗せて夜空に舞い上がった。
その背後で、竜猿の群れと古竜猿の壮絶な戦いが始まっていた。
*
巌窟寺院の前の広場で、マオルカとメガネはハッと飛び起きた。
『この影の力…… 竜猿が復活した……』
『結界が…… まずい……』
巌窟寺院の上空では、数百匹の竜猿と古竜猿の死闘が繰り広げられていた。
古竜猿が一体をつかみ、頭から噛み砕いた。
血飛沫が夜空に散る。
その瞬間、別の竜猿が古竜猿の全身に群がり、鱗に無数の牙を突き立てる。
古竜猿がその太い尻尾、鉤爪を振り回し、竜猿を次々と捕らえては喰らい、引きちぎる。
数十体の竜猿の死骸が、雨のように広場周辺に叩きつけられていた。
落ちてきたその巨体に、鉄騎軍の死兵は次々と押し潰されていった。
『今、結界が破れたら……』
『全滅じゃ……』
結界の外を覗いていた二人の小人は、蒼白な顔を見合わせた。
マオルカとメガネは気力を振り絞り、再び詠唱を始めた。
ヒビが入りかけた結界を修復していく。
結界が消えれば、落ちてきた竜猿に潰されてしまう。
『よく頑張った! あとは任せろ!』
『ナヴィ! 助かる』
ナヴィは周辺の偵察を終え、大急ぎでホーガイ隊に戻ってきたのだった。
ナヴィも加わり、結界強化の詠唱に入った。
その上空では、ますます戦いは激化していた。
『グワアアアアアァァァ!!!』
古竜猿は竜猿に噛みつかれ、鱗が剥がれ、その体はドス黒い血に覆われていった。
その赤い目が怒りに燃えた。
特大の咆哮が、まとわりつく竜猿を吹き飛ばす。
そのうちの一匹が、巌窟寺院に激突した。
巌窟寺院全体が激しく揺れ、土煙が舞う。
「危ない! 未来! 逃げろ!」
壁が轟音とともに崩れ、竜猿の巨大な顔が現れた。
その崩れた隙間から、満月が怪しく覗いた。
壁が崩れ落ち、巨大な岩がドーム内に降り注いだ。
封印から流れ出る影は、ジムニーから溢れるようにドーム全体に広がっていた。
『封印はまだかあ!!』
グランが叫んだ。
鬼猿との戦いで、すでに満身創痍だった。
その横でハンクが懸命に鉄槌を振り回す。
『さすがに厳しいわね……』
『ギャギャッ!!』
羽ピーが落ちてきた岩にぶつかり、苦痛の悲鳴を上げた。
『導き手どの、ここはもう持たぬ、地下に退避を』
『しかし、再び封印されてしまうぞ!』
月の民たちが動揺の声を上げたのを使い手は制した。
『……だが、”絶望”を手に入れれば封印はたやすく破れる。ひとまず、地下に避難だ』
使い手が月の民に囁いた。
月の民の一団がひっそりと闇に溶け込んだ時、聖戒の言霊がドーム内の影をすべて祓った。
巻物が本来の封印の力を取り戻していく。
鬼猿が闇に溶けるように霧散し、棍棒のみを残して消えていった。
『——光をもって影を祓い、ここに影の力を封印する』
チョーローとオムカ、二人の小人とイリナの声が重なり、ついに封印が完成した。
すべての聖戒の詠唱が終わった時、上空の竜猿、古竜猿の石化が急速に始まった。
ドーム内が一瞬、静寂と闇に包まれた。
ほっとした空気がジムニーの車内に流れた。
「終わったの?」
未来がモーイに聞いた時、
『ケイ! 危ない!』
モーイが叫んだ。
暗闇から伸びた大蛇が、ケイに忍び寄っていた。
モーイの声と黒い影の殺気に気がついた田崎が、ケイを間一髪、横へと突き飛ばした。
田崎はそのまま勢いで、大きな岩陰に身を寄せて転がり込んだ。
大蛇は身をくねらせ、再びケイを狙うように、岩石と亀裂が走った床を這っていった。
『”絶望”だけでも良い……』
その大蛇の先には使い手がいた。
ドームのもっとも奥、地下へと続く螺旋階段の前で使い手は、執念深く機会を伺っていた。
その”憎悪”の紋様からは、どくどくと影が流れ出ていた。
『”絶望”だけでもあれば、また始められる……』
その光を失った目が、”憎悪”で黒く濁り始めた。
「ケイ兄ちゃん!」
碧も叫んだ。
大きな岩が崩れ落ち、ジムニーのすぐ側で轟音を立てた。
ケイはその落ちてきた岩の側で尻餅をついていた。
「ケイ兄ちゃん! こっち! 早く!!」
碧が助手席のドアを開けた。
崩れた岩を縫って、大蛇がケイに迫る。
そのとき、モーイが叫んだ。
「未来ッ! ケイが乗ったら、あの影の霧の中に飛び込め!」
「はっ? 何で!!」
未来が叫び返す。
田崎が土煙に霞む視界で、ジムニーを捉えた。
田崎とジムニーの間にも、大きな岩が降り注いでいた。
岩塊が轟音とともに落下し、田崎とジムニーの間に障壁となって立ち塞がった。
声を限りに、田崎は未来に叫んだ。
「このままじゃ! 下敷きになる!!」
二匹目の石化した竜猿が、天井を破り巌窟寺院に飛び込んできた。
寺院が再び激しく揺れ、天井全体が崩れはじめた。
「ケイ兄ちゃん! 早く!」
助手席から身を乗り出して手を伸ばした碧の手を、ケイは取った。
そのまま転がり込むように助手席に飛び込む。
「ミクどの! 時間がない、影に突っ込め!」
チョーローが叫び、オムカとともにボンネットの上から鳩猿に飛び移った。
「ミクッ! 天井が崩れるッ!! 早くッ!! 霧の中に!!」
モーイが頭を抱えて絶叫した。
「分かってるわよッ! でもッ!」
未来も冷静ではいられなかった。夫を置いていけない。
「あの霧の向こうは、日本だッ!!」
モーイが叫んだ。
「ケイの絶望を日本に避難させるんだッ!! ここにいたら潰されて奪われる!」
「……日本に、……帰る?」
未来は呆然と呟いた。
震える手でギアをローに入れる。
「圭一ッ!? 早く! 圭一ィッ!」
ハッとした未来は叫んだ。
アクセルに乗せた足がガタガタと定まらなかった。
ハンドルを握る手が震えた。
そして振り返った。
だが、田崎の姿は闇と土煙、そして崩れた岩壁に閉ざされて見つからなかった。
「圭一ィーッ!」
「未来ッ!! 必ず、生き残る! 先に行けッ!」
岩の向こうから、田崎の力強い声が聞こえた。
未来の目に涙が溢れ、視界が滲む。
封印から解放された影は霧となってまとまり、ゲートのようにジムニーの前方に浮かんでいた。
「圭一ッ!」
「碧とケイを守るんだ!!」
「きゃああ!!」
頭上で崩落音が響き、碧が悲鳴を上げた。
未来は唇を噛んだ。
——信じるしかない。あの人は、絶対に死なない。
「分かった! 待ってるから! 絶対よ」
未来は意を決してアクセルを踏み込んだ。
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