軽四駆X異世界疾風録 番外編 〜異世界帰りの全損ジムニーを鑑定したある整備士の独白〜

タキ マサト

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異世界帰りの全損ジムニーを鑑定したある整備士の独白

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 ある年の瀬、警察から「様子がおかしいジムニーがある」との鑑定依頼がきた。俺はこの道三十年、ジムニーをいじってきたしがない整備士だ。忙しい中、チーフに押し付けられぼやきながら保管場所に赴いた。

 一目見て絶句した。

 廃車確実のぼろぼろのジムニーが倉庫に眠っていた。

 そのジムニーは血と泥で汚れ、ルーフからフレームまで無数の傷と凹みで覆い尽くされていた。左後部にいたっては何かに抉られたようにタイヤハウスごと食いちぎられている。
 車検証の記録をみると、たった半年前に納車されたばかりの新車だった。

——どういう乗り方をしたら、こうなるんだ……

 暗澹たる思いでひしゃげたボンネットをこじ開けた。
 そこには壮絶なサバイバルの痕跡があった。
 裂けたラジエーターホースには絶縁テープが何重にも巻かれ、切れた配線は強引にハンダで繋がれている。
 明らかに素人の手による、生き延びるための応急処置だ。

——よくこんな状態で走れたもんだ……

「どうですか。オヤジさん」
 背後から刑事がメモ帳片手に声をかけてきた。
「運転手は『記憶がない』の一点張りでしてね。我々としては、これが単なる自損事故なのか、それともデカい何かを轢き殺して逃げてきたのかを知りたい」
 刑事の視線は、フロントバンパーにべっとりと付着した赤黒い血に向けられている。何かを轢き殺してきているのは間違いない。熊? 鹿? 俺がクロカンでいくようなところでこんな事態になることはありえない。

「このラジエーターのテープや配線の継ぎは、いつ頃行われたものだと思う?」
 ありあわせの道具で必死に直してある。泥や焦げつき具合から見て、直してから少なくとも数十キロは走っている。
——今はこの辺りは雪山だぞ……こいつは一体どこを走り回っていたんだ?
 俺は首を振った。見当もつかない。

「ブレーキ故障の可能性は?」
「ないな」
 俺は即答した。外したタイヤのブレーキパッドを指差す。
「故障じゃない。使い切ったんだよ。鉄板が削れるまで踏み抜いてる。クロカンでもこんな減り方はしないな」
 俺はライトを照らし、下回りを覗き込んだ。そして息を飲んだ。
 シャフトに絡みついた草。それは、この辺の山に生えている植物ではなかった。それに、このフレームの歪み方。

「なあ、刑事さん」
「なんだ?」
「コイツ、本当に日本の道を走ってきたのか?」
 十年乗り回したクロカン車みたいにフレームまで歪んでいる……納車は半年まえだぞ?
 刑事はため息をついた。
「結局、何もわからない?」
「役に立てなくて悪いな」
 もうスクラップにするしかないジムニーを撫でた。

——おまえはきっと、主を乗せて最後まで走り切ったんだな。



  *



 そんな奇妙な出来事も忘れかけていた、翌年の夏。

「田崎さん、久しぶり」
 チーフのもとに、一人の青年の客が訪れた。
「あれ? ジムニー買ったんじゃなかったの?」
 青年が乗ってきた中古の軽自動車を見たチーフが、不思議そうに声をかけた。
「……あれは全損してしまって……保険もおりずで」
「やっちまったねえ……」
「買って半年だったんですけどね」

 そのやり取りをリフトの下で聞いていたとき、年末のあのジムニーを思い出した。
 俺は思わずワゴンを滑らして顔を出した。

「もしかして、年末の……あのクールカーキのJB23か?」
 その声に青年が驚いた顔で振り向いた。
「え? 知ってるんですか?」
「警察に呼ばれて鑑定の手伝いに行ったんだよ。あの修理跡……あんたがやったのか?」
「きっとそれだ! 結局あのあと廃車手続きだけしてそれっきり……」
 俺は俄然、興味を持った。
 あのジムニーの主だ。
 記憶がない、と聞いていたがその興奮した声と目には確かな光があった。

——あんな執念の修理をしておいて記憶がないなんて、あるか?

「じゃあ田崎さん、この車ちょっと預かるよ」
 車を点検していたチーフが車から降りると首を振った。
「代車だけどね、今日は全部出払ってるのよ……明日の朝なら……」
 チーフとの話を終えた青年は、どこかへ電話をかけ始めた。
「……あ、ミク? やっぱ車、修理だって……うん? 明日の朝だって……迎えに来てくれたら嬉しい……一時間? ……うん待つよ……ありがとう」


「チーフ? ちょっとあのお客さんと話したいんだけど、いいかな?」
 視線の先の青年も俺のことを見ていた。チーフもその視線に気づきうなずいた。
「プロから見て、あの修理はどうでしたか?」
 青年のほうから話しかけてきた。
「褒められたもんじゃないが、執念は感じたよ……それより、こっちが聞きたい。ああなる状況って?」


「きっと誰も信じてくれないと思って警察にも言わなかったんですけどね……」
 ガレージの隣の喫茶店で青年は少し恥ずかしそうに笑って、カバンからノートパソコンを取り出した。
「物語にしたんです。あの実物の車を見たプロの人なら、車の描写におかしいところがないか確認できるんじゃないかと思って」

 タイトルは「軽四駆X異世界疾風録」
「別に発表しようとか、そういうわけじゃないんですけどね」
 そう言ってUSBを取り出した。
「読みたい。ぜひ」
 俺は好奇心を抑えられなかった。
 青年はすこしためらいデータを移したUSBを渡してくれた。

 そのとき喫茶店の駐車場に野太いエキゾーストノートが響き、一台のランエボが滑り込んできた。降りてきたのは、気の強そうな美人だった。

「ミク! こっち。早かったね」
 青年が立ち上がる。ラリーカー上がりの四駆を乗り回す当たり、只者じゃなさそうだ。
「ではよろしくお願いします」
 青年は頭を下げ、彼女と共に去っていった。



  *



 その晩、家に帰った俺はパソコンにUSBを差した。
 ビールを片手に読み始め……気づけば缶は空になり、俺は画面に釘付けになっていた。

 そこには、俺が疑問に思っていた「すべての答え」があった。

 JB23特有の「ラダーフレーム」と「3リンクリジッドアクスルサスペンション」が、異世界でどう跳ね、どう粘るか。その描写は、リアリティがあった。
 渡河シーンもオフローダーの心理としては腑に落ちる。
 
 読み進める手が止まらない。

 バンパーが砕け、ライトが割れる。あのジムニーと状況が重なる。
 ラジエーターからの水漏れ、オーバーヒートとの戦い。
 フロントガラスがない状態で走るなんて、バイクより過酷だ。飛び石や虫が当たる痛みを想像するだけで顔をしかめたくなる。だが、速度を出せない悪路だったのが幸いしたか……いやむしろ視界がクリアになって良かったのかもしれん。オフロード競技じゃわざと外すやつもいるくらいだからな。
 そして修理。あの親父さんの軽トラと工具でのハンダ付け、ヒューズ交換も車が同じメーカーなら合う可能性がある。
 もしK6Aエンジンを積んだ同じメーカー同士なら、規格が合う可能性は高い。

 そして最後の謎、エアバッグだ。
 読んでいてエアバッグが開かないことに疑問を覚えた。
 普通なら最初の衝突で開いていてもおかしくない。

 だが作動したのは最後、結界に飛び込む時のクラッシュの瞬間だった。
 度重なる衝突でフロントセンサーはイカれていたのかもしれない。

 だが、あの車は最後の瞬間まで、エアバッグを温存していたのではないか。
 そう思えてならない。

 読み終えて、俺は天井を仰いだ。
 ジムニー以外なら、絶対に帰って来られなかっただろう。

 あのスクラップとなったジムニーを思い出した。

——お前は立派にご主人を守った。

 この話は本当にあったことだと俺は三本目のビールを飲み干した。
 無性に、自分の相棒に触れたくなった。

 俺はサンダル履きのまま、夜の駐車場に駆け出した。
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