2 / 6
ep.2
しおりを挟む眠りについてからどれくらい時間が経っただろう。
なぜだか私の名前を繰り返し呼ばれ、意識が浮上していく。名前でなんて公爵さま以外に呼ばれないのに。
「イラ……エイラ! おい、こんなところで寝たら死んでしまうぞ」
幻聴だろうか。耳をすませば、いつも平静な公爵さまの焦りを滲ませた声が聞こえた。
こんなところにいるはずがないのに、私の願望が見せるのだろうか。
ゆっくり頭を上げて、目を開けば、今後は幻覚が見えた。
「……エイラ? しっかりしろ。意識はあるか?」
肩までさらりと伸びた白金髪。空のような瞳と目が合う。
そして次に、高級そうな石けんのにおい。
公爵ともあろうお方が、こんな道端で膝を折って私の肩を抱き、揺すっている。
「公爵、さま……?」
「私は君を迎えに来たんだよ」
――私にとって、なんと都合の良い台詞だ。
期待しようにも、突き落とされるのが怖くて素直に舞い上がれない。
「……生きる術がないので、もういいのです……」
「エイラ、もしかして君は死にたがっているのか」
きっと私の瞳が淀んでいたのだろう。途端に公爵さまの声が固くなった。
彼の目を見ていられなくなって、視線を地面に落とす。
すると次の瞬間、きつくきつく抱きしめられた。
「こんなに冷えて、もっと早く救えなくてすまない……」
――あたたかい。
公爵さまに抱きしめられて初めて、身体の芯から冷え切っているのが感じ取れた。
途端に、身体が震え出す。
私のことを名前で呼んでくれて、気遣ってくれているだけで充分救われている。
そう告げようとしても、唇が冷え固まって動かない。
「エイラを、死なせてやることはできない。私は君を……」
「(公爵、さま……)」
口を動かそうにも、声に言葉がのらない。
次の瞬間、口元に布が当てられ、ツンとした臭いが鼻奥を刺激する。
そしてまもなく、再び意識がどこか遠いところに行った。
◇
ふと陽だまりのような暖かさを感じながら微睡む。
さっきまで雪がちらついていたのに、ここはもしかして天国と呼ばれる、女神さまの麓……?
期待と不安が入り混じり、ゆっくりと瞼を開ける。
まず視界に移ったのは、金色の装飾が施されている天井。
私は何故か寝心地の良いリネンが敷かれたベッドの上にいるようだ。
ベッドの四隅に柱が立っており、白いカーテンが纏められている。
清掃でしか触ったことのない、天蓋つきのベッド……?
――っ、こ、こんな高価なベッドに寝てしまうなんて、もしかしたら酷い罰を受けてしまうかもしれない。
慌てて起き上がって飛び降りた瞬間、じゃらりと金属の音がして身体が一時停止した。
「ひっ」
ベッドに再び沈んで、違和感を感じた手首に視線をやれば、枷がつけられており、枕側のベッドの柱の金具に繋がれていた。
それに寒さは感じず、部屋は暖かいが、服を纏っていない。一糸も纏わぬ状態だった。
慌てて足首を見遣ると、同じように枷がはめられている。
つまりは、天蓋の四つの柱にある金具に、私の両手両足がそれぞれ繋ぎ止められていたのだ。
鎖は随分と長いため起き上がることはできるが、ベッドからは出られない。
ここはどうやら貴族が使う広い部屋のようだが、ドアは閉まっており、アイアン調の格子窓からは逃げられそうもない。
一気に心臓が嫌な音を立てる。
どうして私は、裸の状態で拘束され、囚われているの……?
以前メイド長から罰を受ける際に手錠をはめられたことはあるが、その時とは違って今私を捕らえている枷は、肌に触れる部分が柔らかいふわふわとした毛足の長い皮で覆われている。
まるで拘束する相手への、配慮の感じる枷で違和感を覚えた。
すると突然、ドアがガチャリと開く音がした。
反射的に、音のする方を見ると、そこにいたのは……。
「っ、え……?」
「おや、起きたかな」
この状況でいつも通りの笑みを浮かべている、オリヴェル・ティッカネン公爵さま、その人だった。
何故か手には複数の魔法薬瓶を持っていて、ベッドの脇にあるテーブルへ置き、こちらに近づく。
綺麗な空色の瞳と視線が交差したところで、今自分が裸であることを思い出した。
「いやっ……見ないで、ください……!」
腕を交差して胸を隠せば、鎖の音がじゃらりと鳴った。
その音を聞いて、改めて私は今、特別に想う人の目の前で、一糸も纏っていない状態でベッドに拘束されていると自覚し青ざめる。
誠実な公爵さまのことだ。きっとこの状況は何か理由があるに違いないけれど、私の身体はあまりに貧相で、傷跡も多くお目汚しになってしまう。
じわじわ湧き上がる、羞恥心と恐怖心が、交ざって震え始める。
「エイラ、大丈夫だ。君は綺麗だから隠さなくてもいい」
公爵さまから紡がれる優しい声色に、首を横に振ることしかできない。
すると、彼が隣に腰掛けて、私の頭をゆっくり撫ででくださる。
「……ただ、そうだね。この傷は全て、あのメイド長がやったのかな」
その通りなのでこくりと頷く。
公爵さまは、テーブルに置いた薬瓶を一つ手に取り、低い声で呟いた。
「そうか。君の身体にこの傷は相応しくない。消してしまおうか」
「……っ!? それは、高価なポーションなのでは……? ――少しお待ちください公爵さまっ!」
無礼を承知で公爵さまの手首を掴み、静止した。
だって私の頭の中は今の状況を理解していないのだ。
「……あの、公爵さま。ところで、なぜ私は、裸で……? あとここはどこなのでしょうか……? それに、先ほどまで私路上で……っ」
65
あなたにおすすめの小説
【完結】大学で人気の爽やかイケメンはヤンデレ気味のストーカーでした
あさリ23
恋愛
大学で人気の爽やかイケメンはなぜか私によく話しかけてくる。
しまいにはバイト先の常連になってるし、専属になって欲しいとお金をチラつかせて誘ってきた。
お金が欲しくて考えなしに了承したのが、最後。
私は用意されていた蜘蛛の糸にまんまと引っかかった。
【この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません】
ーーーーー
小説家になろうで投稿している短編です。あちらでブックマークが多かった作品をこちらで投稿しました。
内容は題名通りなのですが、作者的にもヒーローがやっちゃいけない一線を超えてんなぁと思っています。
ヤンデレ?サイコ?イケメンでも怖いよ。が
作者の感想です|ω・`)
また場面で名前が変わるので気を付けてください
憐れな妻は龍の夫から逃れられない
向水白音
恋愛
龍の夫ヤトと人間の妻アズサ。夫婦は新年の儀を行うべく、二人きりで山の中の館にいた。新婚夫婦が寝室で二人きり、何も起きないわけなく……。独占欲つよつよヤンデレ気味な夫が妻を愛でる作品です。そこに愛はあります。ムーンライトノベルズにも掲載しています。
泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。
待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。
魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました
ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。
ちょいぽちゃ令嬢は溺愛王子から逃げたい
なかな悠桃
恋愛
ふくよかな体型を気にするイルナは王子から与えられるスイーツに頭を悩ませていた。彼に黙ってダイエットを開始しようとするも・・・。
※誤字脱字等ご了承ください
義姉の身代わりで変態侯爵に嫁ぐはずが囚われました〜助けた人は騎士団長で溺愛してきます〜
涙乃(るの)
恋愛
「お姉さまが死んだ……?」
「なくなったというのがきこえなかったのか!お前は耳までグズだな!」
母が亡くなり、後妻としてやってきたメアリー夫人と連れ子のステラによって、執拗に嫌がらせをされて育ったルーナ。
ある日ハワード伯爵は、もうすぐ50になる嗜虐趣味のあるイエール侯爵にステラの身代わりにルーナを嫁がせようとしていた。
結婚が嫌で逃亡したステラのことを誤魔化すように、なくなったと伝えるようにと強要して。
足枷をされていて逃げることのできないルーナは、嫁ぐことを決意する。
最後の日に行き倒れている老人を助けたのだが、その人物はじつは……。
不遇なルーナが溺愛さるまで
ゆるっとサクッとショートストーリー
ムーンライトノベルズ様にも投稿しています
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる