短編集(2020~2024)

星来香文子

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白紙のラブレターはオレンジの香り(2022.6.13)/ミステリー

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 それはある日のこと。
 僕の靴用のロッカーに、見覚えのないオレンジ色の封筒が入っていた。
 こんなことは初めてで、驚いて反射的にドアを閉めてしまったけど……もう一度落ち着いて開けてみても、やっぱり確かにそれは入っている。
 かかとの潰れたアシックスの上靴の上に、置いてあった。

 ラブレターだ。
 ラブレターに違いない。
 そう思った。
 僕はドキドキしながら、その封筒を手にとって確認する。

 こんな地味な僕に、ラブレターを書いてくれた、そのとっても希少な女子の名前を確かめようと……
 しかし、その封筒には宛名も差出人の名前も書かれていなかった。
 封をしていたシールも、果物のオレンジのシールが貼られているし、差出人はオレンジが好きな女子だろうか?
 でも、オレンジが好きな女子って誰だかわからない。
 そもそも、僕はそんなに女子と話したこともないんだ。

 こうなると、中身を確認するしかない。
 もしかしたら、誰かのイタズラの可能性だってある。
 どこかにカメラでも仕掛けられてはいないだろうか……
 いや、それはさすがにないか……と、少し不安になりながらもシールを剥がして中を確認した。

「……なんだこれ」

 中に入っていた四つ折りの便箋を開くと、そこにも何も書かれていない。
 それに、なんだか水でもこぼしたのだろうか、所々シワシワになっている。

 綺麗な封筒の中に、シワシワの白紙の便箋だなんて、やっぱりイタズラに違いない。
 誰かが僕をからかっているんだ。
 僕はがっかりしたのと同時に、怒りが湧いてくる。

「誰だよ!! こんなイタズラしたやつ!!」

 朝から最悪の気分だった。
 ところが————

「どうしたんだ、阿武あぶくん。急にそんな大声を出して」

 いつの間にか後ろに立っていたクラスメイトの小室こむろが、僕の声に驚いてその便箋を覗き込み言った。

「————おやおや、これを書いた人は、随分恥ずかしがり屋のようだね」
「え……? 何言ってるんだよ、こんなの、タチの悪いイタズラだろ?」
「いや、君こそ何を言ってるんだい? それ、ちゃんと書かれてると思うよ」

 小室は僕の手からヒョイっと便箋を取ると、その便箋の匂いをかぐ。

「ほら、これ、やっぱりあぶり出しだよ。柑橘系の匂いがする」
「……あぶり出し?」



 * * *


 家庭科室のコンロに火をつけて、小室はその手紙をあぶる。

「結構有名だと思うけどね……みかんとか柑橘類の果汁を筆につけて書くんだ。そうすると、熱で文字が浮かび上がってくる。果汁に含まれてる糖が熱すると変色するんだよ」

 小室のいうとおり、真っ白だった紙に文字が浮かび上がってきた。
 これでやっと手紙の内容がわかる。

「なるほど……だから書いた人物は恥ずかしがり屋だって言ったんだな?」
「うん。ほら、ラブレターって愛の告白だろう? しかも、相手が阿武くんだ。普段から女子に人気のある橘《たちばな》くんならともかく、阿武くんだからね。気づいて欲しいような、気づかれたくないような……複雑な心境なんだと思うよ」
「そうだな……って、悪かったなぁ、どうせ僕は地味で暗くて人気がないよ。小室だって、僕とたいして変わらないくせに……」

 小室は少し変わった男で、顔は悪くないのだけど変なことに詳しくて、時々何を考えているかわからない。
 今かけてる眼鏡も伊達眼鏡らしく、どこかつかみどころがないやつだ。
 前に一度、熱心に本を読んでいたからなんの本か聞いて見たら、難しそうなミステリーを読んでいた。
 その影響で、将来の夢は名探偵と、進路希望で書いちゃうような痛いやつなんだ。

「失礼だなぁ。俺は恋愛ってやつに興味がないだけだよ。君と違って、俺はその気になれば彼女の一人や二人作れるよ。ちゃんと身なりに気を使えば、橘くん並みにイケメンになれるんだ」
「いやいや、嘘つけ。流石にそれは無理だろ」

 橘はクラスで一番イケメンだ。
 背も高いし、足も速い。
 芸能活動ってやつもしていて、男のくせに香水でもつけてるのか女子たちが体育の後に、いい匂いがするって言っていた。
 僕なんて汗臭いって言われたのに……
 いつも周りに女子が群がってるような人気者だ。
 あいつと僕らじゃ天と地ほど差がある。

「そんなことより、読めるようになったよ」

 そうして、やっと読むことができるようになった手紙には、こう書いてあった。



 ♡
 本当にあなたが好きです。これは
 運命です。この世で一番あなたが
 かっこいいと思っていますよ。今
 後の話がしたいです。

 お願いです。どうか、はやく来て
 ください。手紙は誰にも見せずに
 自分一人で来てください。きっと
 夜になっても朝になっても私はず
 うっと、あなたが現れるまでここ
 で待っています。

 舞い上がっているのが恥ずかしく
 ついこんな手紙を出しました。

 たまらなくあなたが大好きな気持
 ちを今日伝えるのは怖いですが、
 バレンタインまで我慢できそうも
 ないのです。もし、あなたが同じ
 ように私を好きでなくても、私は
 理屈じゃないこの思いを伝えます





「な……んだこれ……待ってる? 早く来て……?」

 正直、何が言いたいのかよくわからなかった。
 好きです……とか、ストレートに書いてあるのは素直に嬉しいし、やっぱりラブレターなんだと思ったけど……

「…………阿武くん、これ————ここまで手が込んでいるから、イタズラの可能性はないだろうけど……どうする? 行ってみる?」
「は!? 何言ってるんだよ……小室。待ってるって、どこかわかんないし……」
「いや、場所は書いてあるよ?」

 小室がそういうから、もう一度読み返してみたが、やっぱりわからない。
 相変わらず差出人も不明だし、待っているって、どこでだ。

「……全然わからない。どこに? それに、バレンタインだってまだずっと先だし……」

 小室はすべてわかっているのだろうか、やれやれと呆れた表情で僕を見る。

「こんな簡単なこともわからないなんて、君には俺の探偵助手になる素質はないね」
「————いや、僕はそんなものになる予定はないんだけど」
「じゃぁ、そんな君にヒントをあげよう」
「ヒント!?」

 いや、ヒントとかより答えを教えてくれないだろうか……

「ちなみに、差出人の名前も書いてある」
「……は!?」
「ヒントは、このハート
「ハート? 最初のこれ?」
「そう。こういう少し不自然な文章はそこに注目してまずは読んでみるものなんだよ」

 ますます、わからない……
 一体、このラブレターは誰が書いたんだろう————



 * * *



 放課後、なんとか答えがわかった僕は、複雑な思いで一人、屋上へ向かった。
 あのラブレターに書かれていた通り。
 小室のおかげで、どこで待っているのか、差出人が誰かわかったけど、まだ信じられない。

 階段を登って、ドアの前で一度呼吸を整える。
 本当に、本当に、嘘でも、冗談でもないんだよな?
 このドアを開けたら、待っているんだよな?

 正直、開けるのは怖かった。
 こんなことは初めてで、どうしたらいいか……本当にわからない。
 でも、いつまでも待っているって、書いていたし……
 僕が来なかったせいで、変に恨まれたりしても嫌だ。

「よし……!」

 覚悟を決めて、僕はそのドアを開いた。
 風に乗って、オレンジのような柑橘系の爽やかな香りが運ばれてくる。

「————来てくれたんだな、阿武」
「……ああ。全く……あんなややこしい手紙なんて出さないで、ちゃんと書いてくれよな、橘」
「……ごめん。やっぱり勇気が出なくて……一種の賭けだったんだ」

 屋上で僕を待っていたのは、橘だ。
 クラスで一番モテる、イケメンの橘。
 てっきり、あの手紙をくれたのは女子だと思っていた僕はとても衝撃を受けた。
 まさか、橘とは……予想外だった。

 小室のおかげで、あの手紙のハートの下……つまり、最初の文字をひらがなにして縦読みにすると『ほうかご おくじようで まつ たちばなより』になる。
 つまり、『放課後 屋上で待つ 』だった。

 やっぱりイタズラなんじゃないかと半信半疑だったけど、小室はイタズラでここまでしないだろうと言っていた。
 今こうして、一人で待っていた橘の表情を見ても、イタズラではないとわかる。

「それで……えーと、僕をここに呼び出して、話ってなに?」

 わかっているのに、聞いてしまった。
 告白って、すごく勇気がいることだろうに、その相手がまさかの同性だ。
 そういう人たちがいることはわかっているし、恋愛は自由だってことくらい今の時代常識だってわかってはいるけど……

「実は、とても恥ずかしいことなんだけど……」

 どう答えたらいいのか、緊張する。
 どうやって傷つけずに断ればいいんだ?

「小室くんの助手になりたいんだ」
「…………」

 ん?
 今なんて言った?

「とても直接いうのは恥ずかしくて……俺ね、ずっと探偵の助手っていうのに憧れてて————阿武は、小室くんと仲がいいだろう? 俺も仲間に入れて欲しいんだ」

 橘は興奮気味に、少し鼻息荒く言った。

「ぜひ、小室くんに俺もミステリーが好きなんだって、紹介してくれないだろうか!? 俺、小室くんなら名探偵になれると信じてるんだ!! かっこいい名探偵に!!」

 瞳がキラキラと輝いてる。
 いやいや、なにそれ……
 どういうこと!?

「ダメかな……?」
「い、いや、ダメじゃないけど……え? あれって、え? ラブレターじゃなかったの?」
「…………ラブレター? え、まぁ、確かにラブレター風に書いたけど……屋上で待ってるって書いただろう?」

 橘は首を傾げて、不思議そうに僕を見る。

「阿武にあの手紙を出せば、小室くんがきっと解読してくれると思って————本当に君が来てくれて、嬉しかったんだけど…………?」
「い、いや!! だったら最初から、小室のロッカーに入れろよ!! なんで僕に!?」
「……だって、恥ずかしいじゃないか。俺、子供の頃から恥ずかしがり屋でさ……この性格を直すのに芸能界に入ったけど、やっぱり、いざ直接となると、恥ずかしくて」

 僕はオレンジ色の封筒を、屋上の床に叩きつける。
 ラブレターは風に乗って、オレンジの香りとともにどこかへ消えた。


 この恥ずかしがり屋め!!
 どうしたらいいか、すっごく悩んでた僕の時間を返せ!!



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