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第五章 時をかける歌
第42話 飛鳥
しおりを挟む「——……こんこんねむり こんこんねむり みずのなーか」
( 嘘だろ………… )
朝になって、障子を開けると中庭にはうっすらと雪が積もっていた。
その上を、歌いながら歩いている子供は、足跡をつけるのが楽しいのか、まだ誰も踏み入れていない場所を見つけては、跳ねるように行ったり来たりを繰り返している。
その様子を、僧侶と微笑みながら見守るのは、2年前に死んだはずのばあちゃんだった。
あてがわれた二階の部屋の窓から、そんな3人の姿を見つめていると、ばあちゃんが、その子供のことを、こう呼んだ。
「転ぶんじゃないよ……颯真」
「だいじょーぶだよ! ばあちゃん! うわっ……!!」
そう言いながら、足を滑らせて、思いっきり顔から転んだ。
鼻を擦りむいて、泣きながら痛いと訴えるあの子は、幼い頃の俺だった。
「あーほら、ほら、言ったそばから……大丈夫かい?」
ばあちゃんも、最後に見たあの夏の日から考えると、だいぶ若い。
その時、俺はやっと気がついた。
俺は、未来へ行ったのではなく、過去に来たのだということに————
俺が見ていることに気がついたのか、ばあちゃんはチラリと二階の窓へ視線を向けると、僧侶に子供の手当てを任せて、寺院の中に入っていく。
(驚いている場合じゃない…………下に行こう。話をしなければ……きっと、ばあちゃんなら一体何が起きているか知っているかもしれない)
階段を駆け下りて、一階についたところで、ばあちゃんが目の前にいた。
「そんなに急いで、どこにいくつもりだい?」
「あの……えーと、その……俺————」
そこで、言葉に詰まった。
(なんて言ったらいい?どう聞いたらいい?
俺が、未来から来たなんて、そんな話、信じてもらえるのか?)
「もしかして、里の子かい?」
「そ………そうです」
何を恐れたのか、自分でもわからなかったが、俺は名乗ることができなかった。
直感的に、名乗ってはいけないと思ってしまった。
ばあちゃんは、そんな俺をみて笑った。
「もしや、私を頭首・春日だと思ったかい? よく似てるだろうけど、私は春日ではないよ」
知っています……とは、言えなかった。
俺と同じ呪われた右目を持ったばあちゃんと、春日様は確かに似てるけど、そっくりだけど、春日様はいつも右目に眼帯をつけている。
この人が誰かもわかっているのに、それすら、言えなかった。
「そう、なんですね。あまりに似ていたので、こちらにいらしたのかと思いました…………」
俺は里の者として振る舞うことにした。
過去を変えてしまったら、未来がかわるなんて、そんなよく聞く話がずっと頭によぎってしまって……
俺がここで、ばあちゃんと会話していること自体が、おかしなことではあるのだけど……
「私は、飛鳥。里の者なら、知っているかもしれないが…………私は里から逃げた者だからね、そんなかしこまらなくても構わないさ。君の名前は?」
「………そ……ソウタです」
適当な名前をつけて、うっかり颯真と名乗りそうになったのをなんとか耐えた。
「……うちの孫と似てる名前だね。そう言えば、顔もどこかで会ったことがあるような…………」
「い、いえ、そんなことはないです。お孫さんと名前が似てるなんて、偶然ですね……ははは」
ごまかして笑っていると、袖を引っ張られる。
「ねぇ、おにいちゃん、だーれ?」
鼻を押さえながら、幼い俺がいつの間にか俺の隣に立っていた。
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