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第五章 時をかける歌

第50話 忍び寄る影

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「申し訳ない……あなた方が湖へ行く前に、うっかり寝てしまいまして……挨拶もできずに……」

 お堂のストーブにあたりながら、俺は東海さんと話をした。
 刹那とユウヤは、一体なんなのかさっぱり理解できず、戸惑っていたが、茜は全て知っていたのか何も言わずにただ一緒に座っている。

「絶対に本人の顔を確認してから渡すようにと、言われていたのでね。せっかく湖にまで入ったのに、二度手間になってしまいましたね」

 そう言って、東海さんは3冊の古い本を俺に渡した。

「飛鳥様に頼まれていたのです。あなたが来たら、これを渡すようにと」


 それは、里の者は誰も知らない……先代の呪受者たちが記した、玉藻の封印に関することが書かれた手記。
 その中の1冊に、“颯真へ”と書かれた細長い封筒が挟まっている。

「これだ……」

 挟まっていたページに、あの歌の歌詞は書かれていた。

「颯真、手紙にはなんて……?」

 刹那に促さられて、封筒を開けると中には3つ折りにされた真っ白な便箋が1枚だけ入っている。
 文字は何も書かれていない。

「なんだろう? これも何かの術で読めるようになるのかな?」

 ユウヤも刹那もそれを見て首を傾げる。
 遺言にしては、何も書いていないのはおかしい。

「多分な……」

 おそらく、何か仕掛けがあるに違いないとは思いながら、俺たちは湖に戻った。



 * * *



「魂魂眠り 魂魂眠り 水の名明かし 我が声に————」

 足場の上に立って、ばあちゃんと同じように歌った。

 湖の中に殺生石に続く道ができる。
 その上を歩いて進み、殺生石の前に立つと、湖の中に潜った時には見つけることができなかった封印の札が、目に見える形で現れた。


「————魔封突貫まふうとっかん 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!!」

 魔封じの矢を打ち込んで、その青い炎が矢ごと消えるのを俺とユウヤは待った。

「これで、玄武の湖畔の封印強化は無事に終わったな」
「そうだな……」

 殺生石を背にして、俺たちは一安心して、足場へ戻ろうと思った。

 その時だった。


 ふわりと生温い風が、俺の頬を撫でる。


「なるほど、そういうことか…………」


 声が聞こえた方を見上げると、7つの火の玉が青白い影を囲うように、夜明け前の薄暗い夜空に浮かんでいた。

「あれは————!!」

(————文王の丘で見た火の玉と同じものだ)



「ユウヤ、走れ!! 先に湖を元に戻すんだ……!!」


 ユウヤは戦闘態勢を取ったが、その前にこの湖を元に戻すのが先だと判断して、俺はユウヤを引っ張って足場へ走る。

「あの札は水の中に入ってしまえば見えなくなる! 札を破られる前に隠すんだ!」

「わ、わかった!」


 火の玉が降りてくる前に、俺たちは足場まで走った。

 徐々に、元に戻って行く水が殺生石を包み込み、封印の札は見えなくなる。

「まぁよい、いずれ取り戻しにこよう。所詮は人間のしたことよ、我の体が元に戻れば、そんな小癪こしゃくな封印など、どうとでもなる……」

 火の玉に囲まれていたのは、姿は朧であったが狐の姿に見える。
 おそらく既に封印の解かれてしまった玉藻の一部だ。

 それに、あの青龍の高原で聞いた女の声と同じだと思う。



「あれが……玉藻?」

 初めて玉藻を見た刹那は、驚きつつも攻撃を仕掛けるが、距離が遠く届かない。


 俺たちが足場につくと、湖の水はすっかり元に戻り殺生石は湖の中に完全に沈み、その水面に火の玉と青い影を映す。
 玉藻はこの場所は諦めたようで、昇り始めた太陽とは逆の方角へと姿を消して行った。

「忌々しき人間よ……いずれその瞳も、その体も我が喰うてやる。我が喰うてやる——————ハハハハハ」


 玄武の湖畔に、玉藻のその不気味な笑い声が木霊する。

 それはまるで呪いのように、いつまでも耳に残って離れなかった————










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