アート・オブ・テラー

星来香文子

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6 Mire

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 二階堂章介は、孫たちの卒業を祝うため薫にプレゼントを用意するように頼んでいた。
 だが章介には当日受け取りに行く時間がなく、代わりに薫が向かう。
 ジュエリー店で特別に作った、ダイヤを使った三日月のネックレスだ。
 孫の二人とも、名前に月がついていることにあやかってそれにした。
 裏面にはローマ字で小さく名前が刻まれている。

 姉の美月が推薦で合格した高校は、医大を目指すのに最適な進学校。
 妹の葉月もまだ発表されていないが、自己採点でそれなりにいい高校への合格が確定している。
 普段なら、長女である美月と次女の葉月に差をつけてしまうところだが、今回は全く同じものを用意させた。
 中学の卒業ぐらい、ごく一般の家庭と同じように家族みんなで祝おうじゃないかとシェフに用意もさせてある。

 しかし、仕事が終わり章介が帰宅しようと白衣からジャケットに着替えたところで、珍しく葉月から電話がかかってくる。
「入学式までしばらく、自由にさせて欲しい」という内容の電話だった。
 せっかく色々と用意させていたのに……と、章介は思ったが、姉の美月は早い段階で推薦を決めて、好き勝手やっているのを羨ましく思っていたのだろうと、許可を出す。
 それに、聞けば泊まりに行くのは、警視庁の鑑識課の女性の家。
 葉月が刑事ドラマに夢中になっていると、数年前に薫から報告を受けていたことを思い出し、「二階堂家の名に泥をつけるような問題さえ起こさなければいい」と言った。

 結局、葉月は章介が帰宅する前に伊沢のマンションに向かってしまい、プレゼントを渡すことも、一緒に夕食をとることもできなかった。

「まったく、ずいぶん薄情な孫だな……」
「え……? 何か言いました? お祖父様」

 最近歳のせいだろうか、気づいたら思ったことがそのまま口から出てしまう。
 章介は美月に不思議がられて、そこでまたやってしまったと少し恥ずかしくなった。

「なんでもない……気にするな。それより、美月」
「はい、なんでしょう?」
「新しい執事はどうだ? 影山だったな、確か」

 去年の春、葉月の家庭教師として影山を雇う決め手になったのは、影山の姉が優秀な医師であることと、影山の父親との交流があったからだ。
 政界や経済界、法曹界などの大物たちで作った、秘密クラブがある。
 この国で起きていることの全ては、国会よりここで決まると言っても過言ではないほど、強い力を持った者たちによる集まりだ。
 影山の父親もそのクラブの会員だった。

 執事に応募してきた時、改めて影山大志の詳しい情報を調べさせたが、叔父に当たる時枝とも章介は交流があった。
 信頼できる家柄の息子ということで、章介は影山を仮採用とした。
 葉月の成績を大幅にあげることができるほどの頭脳も持っているし、何より執事としての資質を彼には感じている。

 有能なレオンを失ったのは痛手だったが、影山にその面影を見た。
 正確には、メイドとして働いていたレオンの母の父親————かつて執事として先代に仕えていた男にどこか似ている気がした。

「ええ、葉月の先生をしていた人ですからね。優秀なのはわかってます。きっと、すぐに執事として順応しますわ。今日も早速、二階堂家について日吉や副島に聞いて回っていましたから」
「そうか……それならいい」

 美月はステーキを切り分けながら、章介の質問に答える。
 今夜は、珍しく葉月以外の家族揃っての食事の席だ。
 和章も珠美も、美月の向かい側に並んで座っている。

「レオンが抜けた穴を、早く見つけなければならなかったからな。お前がそう言うなら、選んで正解だっただろう」

 レオンの名前が出て、赤ワインを口にしていた珠美の肩が少し揺れた。
 美月はそれに気づかないふりをして、続ける。

「お祖父様の選択はいつも正しいわ。間違ったことなんて、一度もないでしょう?」
「はは……確かにそうだな」

 冷え切った仮面夫婦の前で、舅と娘だけが会話を続ける。
 和章はただ黙々と、まるで手術の時のようにナイフとフォークを使って切り分け、口に運んでいるだけだ。
 珠美は、耐えきれずに早々に平らげて、自室に戻って行った。

「まったく……わかりやすい女だな。……美月」
「はい、お祖父様」
「お前は、あの母親のように使用人に手を出すんじゃぁないぞ」
「ええ、わかっています」
「二階堂家の後継であることを、忘れるな」
「はい、お祖父様」
「それと、和章……————」

 不意に話を振られて、和章は手を止める。

「なんですか、父さん」
「例の件、次はお前も参加しないか?」
「……いえ、結構です。俺は、そちらには興味がありませんので……」
「そうか」
「父さんも、ほどほどにしてくださいね。もう歳なんですから」
「ああ……そうだな」

 美月は久しぶりに会話する祖父と父の様子を微笑ましく思い、ニコニコと笑顔を浮かべながら聞く。

「まぁ、何か楽しいことですか?」
「楽しい……そうだな、確かに楽しいが、子供には関係のない話だ」
「子供子供って……私、もう義務教育は終わりましたよ?」
「ああ、そうだったな。卒業おめでとう、美月。日吉、あれを美月に」

 章介から指示され、薫は美月の前に水色の箱を置いた。
 開けると中にはダイヤを使った三日月のシルバーのネックレス。

「まぁ、素敵」
「卒業祝いだ。日吉、葉月の分は、部屋の机に置いておきなさい」
「かしこまりました。旦那様」

 頭を下げつつ後ろに下がった薫は、すぐに命令通りもう一つの箱を葉月の部屋へ置きに出て行った。

 美月は嬉しそうに早速ネックレスを首にかける。
 美しく、少し青みがかった白い肌の美月にシルバーはよく似合う。


 *


「————……『本物の刑事さんとお友達』ね」

 葉月の机の上に箱を置き、薫は葉月との会話を思い返した。
 確かに、一時期葉月は刑事ドラマにはまっているようだったが、それもすぐ飽きていたことを、薫は知っている。

 ただの子供の好奇心ならいいが、余計なことをされては困る。
 二階堂家の秘密は、守らなければならない。
 メイド長として、薫にはその責務がある。

「余計なことを、しなければいいけど……」

 薫はその足で管理室に向かい、監視カメラの映像と、自ら仕掛けた盗聴器の録音データを照らし合わせる。
 そして、頭を抱えた。

「…………余計なことを————!! あの子は、本当に……」

 中学時代、薫は無実の罪を着せられたことがある。
 使用人の娘だからと、金に困っているだろうと、修学旅行の写真代を盗んだ犯人にされた。
 それを解決してくれたのが、和子だ。
 学校は警察沙汰にしたくないと言っていたのに、和子は警察を連れてきて、真犯人を暴いた。
 あの時、輝いていた和子に似て、葉月は正義感が強いのだと……薫はもう、笑うしかないとさえ思えてくる。

「……それとも、あなたがそうさせているの? 和子さん」

 天を仰いで、薫は問いかける。
 答えは返ってこないとわかっていながら、無機質な天井をしばらく眺めていた。

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