アート・オブ・テラー

星来香文子

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「本当に……苺愛《まいあ》は模倣犯に殺されたんですか」

 憔悴した様子で、八人目の被害者・水瀬苺愛まいあの父親が時枝に尋ねる。
 水瀬苺愛まいあは、彼女が幼い頃に両親が離婚。
 苺愛《まいあ》は母親が引き取ったが、母親が再婚してからは育児放棄。
 当時、この父親には経済的に余裕がなく、見かねた母方の祖母が苺愛まいあを引き取り、定期的に苺愛の様子を教えてもらっていた。
 それが、高校を卒業した後しばらくして、祖母からの連絡が途絶える。
 その頃には経済的余裕も出てきた父親は、苺愛まいあの名前で試しにネットで検索したところ、動画配信をしていた娘を見つけ、直接連絡を取り合うようになっていた。

「苺愛を育ててくれたお祖母さんが病気で入院して……それで、連絡が取れなくなったみたいで……。それからしばらくして、お祖母さんは退院して家に戻り苺愛とまた一緒に暮らしていました。私は海外にいたので、近いうちに一度会おうと、約束していたんです」

 その矢先、苺愛まいあ芸術アート連続殺人事件の遺体とよく似た状況で見つかった。
 左手の薬指はなく、セーラー服を着せられ、花やリボンで装飾されて……
 犯人は逮捕された後、自殺したと聞いていたが、こうも状況がにているのだから、疑わずにはいられない。
 同じ犯人ではないのか、実は犯人は生きているんじゃないのか、真犯人は別にいたのではないか……

 葬儀が終わった後、警視庁を訪ねてきた父親に応接室で時枝は丁寧に教える。

「これは模倣犯の仕業です。芸術アート連続殺人事件の犯人は、報道されている通り死にました。生きているなんてありえません。それに、同じように模倣犯による事件は、何件も起きているんです。我々は、今、その模倣犯の捜査に当たっています。すでに三人、容疑者を逮捕し送検しています」

 時枝の後ろに立つ須見下は、黙って二人の様子を見ていた。
 確かに、模倣犯は捕まっている。
 遺体の爪に残された皮膚片や、体内からDNAも検出されいる。
 だが、苺愛まいあの場合、模倣犯の仕業ではない。
 明らかに違う。

 それでも、時枝は違うと言い続けた。

「あれだけセンセーショナルな事件ですからね、その余波も大きいのです。こちらとしても、防犯を強化するなりしているのですが……中々難しく……申し訳ないです」

 しかも、頭まで下げた。
 柔道の有段者である厳つい時枝が頭を深く深く下げるため、父親はこれ以上何も言えなくなった。
 逆に、こんなことを言い出して申し訳ないとさえ思えてくる。

「頭を上げてください。わかりました。わかりましたから、とにかく、早く犯人を逮捕してください。お願いします」
「はい、全力を尽くします」

 話が終わり、須見下は苺愛まいあの父親を出口まで案内した。
 そして、周りに誰もいないことを確認し、こっそり質問する。

「一課長はああ言ってましたが、実は自分は真犯人が別にいると思ってるんす」
「え……?」

 驚いている父親に自分の名刺を渡し、須見下はさらに続ける。

「何か、娘さんのことで気になっていることとか、おかしな話を聞いたとか、ないっすか? なんでもいいです。娘さんとのやりとりとか、何か残ってないっすか?」
「ら……LINEなら、残ってます。娘とは主にLINEでやりとりをしていたので……」

 須見下は父親から苺愛まいあのLINEでのやりとりを全て画像で送ってもらった。
 そうして、気になるものを見つける。

【るなちゃんに紹介されたバイト代で買っちゃった! あのバイトまじやばい、めっちゃ時給いい】

 苺愛まいあが二階堂総合病院で中絶手術を受ける3ヶ月前だ。
 高価そうなブランドのバッグを手に入れたと写真と一緒に、間違えて誤送信したもの。

「この、て、誰です?」
「えーと、仲のいい友達だって、言ってましたけど……ああ、確か中学時代の後輩、だったかな?」

 父親はあまり詳しくはなかったが、そのという後輩が、何か仕事を紹介したようだった。
 父親と別れたあと、須見下はそのバッグの値段をスマートフォンで検索し、値段を調べる。

「さ……三十万円!?」

 思わず声が出るほどの高額。
 一体何の仕事だろうかと、不審に思う。

「なんだ、どうしたいきなり……何が三十万円もしたんだ?」
「ああ、いえ、なんでもないっす!」
「まさか、借金でもしたんじゃないだろうな? 須見下」
「違いますって。気にしないでください……」

 たまたま近くにいた先輩刑事にからかわれ、須見下はそそくさと時枝のいるところまで戻った。
 ノックをしようとしたが、誰かと通話している時枝の声が聞こえて、須見下は手を止める。

「ええ、何も問題ありません。大丈夫です。ご命令どおり、模倣犯ということで……はい」

 命令どおり————ということは、やっぱり、上層部の人間からの指示だと確信する。
 須見下は通話が終わるのを待って、改めてドアをノックして中に入った。

「おお、須見下戻ったか。それじゃぁ、捜査会議の前に昼飯に行くか。何が食いたい?」
「え、えーと、自分はなんでもいいっす」
「遠慮するな、お前が食いたいもんでいい」
「じゃぁ、ラーメンで」
「おお、いいな!!」

 さっきまで頭を下げていたとは思えないほど、明るい笑顔を見せる時枝。
 ラーメンは時枝の大好物だということくらい、本庁の刑事なら誰でも知っている。
 休日は全国各地のラーメン店をはしごすると、前にインタビューで答えていた。
 そのせいで、この年になっても未だに独身だと笑っていたが……

「ああ、ところで須見下、お前、鑑識課の伊沢とは付き合ってるのか?」
「え……? なんすか、急に」
「いやぁ、ちょっと小耳に挟んでな。お前と伊沢が最近やけに一緒にいると……」

 須見下が伊沢といるのは、秘密裏に行なっている捜査のためだ。
 いくら直属の上司とはいえ、時枝にはその犯人を隠避している疑いがある。
 本当のことは言えない。

「ええ、まぁ……そんなとこっす」

 それなら、そうだと答えるのが一番疑われないだろうと、須見下は判断した。
 その発言が、この先須見下を苦しめることになるとも知らずに————



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