類を惹く

星来香文子

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第六章 彼女

彼女(3)

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 横田葵が犯人とされたのは、駆けつけた警官が凶器である包丁を手にしているのを目撃してるという理由が大きい。
 現行犯逮捕。
 普通に考えれば、兄を刺し殺した直後だと思われておかしくない。
 古住弁護士がいうように、鑑識の調べによれば血痕は殺害現場となった202号室の周囲にしかついていない。
 一番近くても201号室の前まで。
 それも、向井さんと駆けつけた警官が踏んだものではないかという見解だった。

 つまり、犯人は202号室がある二階から降りていない。
 凶器を持ち、自ら命を絶とうとしていた横田葵が犯人と決まっていた。
 一度容疑をかけられた人間の言うことなんて、誰もそう簡単には信じない。
 兄を殺し、無理心中をしようとしていたというのが、動機ということになり、恋愛のもつれと報道されている。

「横田葵さんと話をしましたが、彼女は犯人と通報した向井さんをとても恨んでいました。あの時通報されなければ、飛鳥さんのそばで死ねたのに————と、それこそ刺し違えてでも殺してやるという明確な殺意を持っています。飛鳥さんがいない世界では生きていても意味がないと、自殺を図った心情からも、彼女は本当に飛鳥さんを愛していたんだと思います。一方的なものであったのは確かなようですが……それから、実は奇妙なことがあって」
「なんですか?」
「現場から見つかった靴です。玄関に靴は三足出ていました。28.5cmのスニーカーと革靴、それから、24.5cmのレインシューズです」
「え……?」

 それは初めて聞いた話だった。
 古住弁護士の話によれば、警察は誰か知り合いのものではないかということであまり触れてこなかったそうだ。

「初めから犯人を横田葵さんだと決めつけて捜査をしていたようなんです。その場に凶器を持って立っていたなら、そう考えるのが自然ではありますが、そのせいで、証拠として扱われなかったんです。でも、スニーカーと革靴には、靴の内側に飛び散った血痕がついていました。その一つだけ明らかにサイズが小さく、飛鳥さんのものではないレインシューズも一緒に玄関に置かれていたのに、内側には一切血痕がついていませんでした」

 見せてもらった靴の写真。
 一つだけサイズの違うその血がついたレインシューズ。
 これは本当に、ただ事件現場にあっただけのものというだけにされていた。
 血液がついているために一応、警察で保管はされているが、証拠品として使われなかった。
 おそらく、私以外の家族の誰もこの存在を知らない。

「私は犯人が殺害時に履いていた可能性があるんじゃないかと思っています。指紋がたくさんついていたので、所有者の特定はできませんでした。おそらく、店頭に飾ってあった商品だったのでしょう。事件があった日は、昼から夕方にかけて雨が降っていましたので……ただ、言えるのはこれは横田葵さんのものではないということです。このレインシューズから横田葵さんの指紋は検出されませんでしたし、何より、横田葵さんとは靴のサイズが違います」

 横田葵は日本人女性の平均的な身長であるが、手足が小さいらしい。
 靴のサイズは22.5cm。
 たとえ急いでいて自分のサイズの商品が手に入らなかったとしても、彼女には大きすぎる。
 2cmも大きいものを買おうとは思わないだろう。

「それじゃぁ、そのレインシューズの持ち主が犯人ということですか?」
「ええ、犯人は飛鳥さんを殺害した後、靴を脱いだのではないかと思うんです。レインシューズの外側には血がついていましたから、このまま履いて逃げたら、どちらの方向に逃げたかすぐにわかってしまうでしょうし……」

 古住弁護士は、犯人はレインシューズを脱いで外に出たのではないかと言った。
 レインシューズを履いていたなら、レインコートのようなものを着ていたかもしれないし、逆に水を吸いやすい素材の服の可能性もある。
 それを脱いで逃げたのではないかと。

 でも、そうなると裸足で歩いている人間を誰かが目撃している可能性がある。
 血まみれの服で逃げるよりはいくらかマシだろうが、上手く行くとは限らないだろうし————と、自分の考えた仮説がどうもしっくりこないらしい。

「でもそうなると、やはりどうやって逃げたのかがわからないんですよね。向井さんが交番へ向かった数分の間にどうやって姿を消したのか……横田葵さんが言うには、中途半端に玄関のドアが開いていたそうなんです。それで、つい中を覗いてみたら、飛鳥さんが倒れていたそうで————向井さんも同じように、ドアが開いていたと言っていました。つまり、ドアノブに触れなくても出て行くことはできたはずです。だから、ドアノブから血液がついた指紋が検出されなくてもおかしなことはありません。今の所、犯人は髪の長い女性で、靴のサイズが24.5cm。それから、向井さんが横田葵さんと見間違えたことを考えると、身長も155~160cm前後だったのではないかと推測できますが……」

 それなら、靴のサイズはわからないが、私が怪しいと感じた女性のほとんどがそのくらいの身長だ。家近さんも、向井さんも、社さんも……もっと言えば、古住弁護士だって。
 それに、髪は今は短くても、切ってしまえばわからない。
 料理上手の兄の彼女だって、そのくらいの身長かもしれないし、202号室に住んでいた音成さんの彼女だってそうだ。
 スーパーで目撃された女性だって————怪しい人が多すぎて、頭が混乱してきた。

「……そういえば、あの髪はどうなりました?」

 ふと思い出して、兄に送られてきた髪のことを尋ねると、古住弁護士も思い出したようで「ああ」と言った後、鞄から書類を出して見せてくれた。

「実は、毛根の残っていない髪の毛からDNAを検出するのは難しいと言われていたのですが……そもそも、この髪の毛、全てが人毛ではないようなんです」
「……え?」
「いわゆる人工毛が混ざっています。それも、何人か別の人物のものもあって————少し調べたのですが、鬘には人毛で出来ているものと人工毛で出来ているもの、その両方を混ぜて作られているものの三種類あるそうです」
「それじゃぁ、個人の特定は……?」
「無理ですね。ただ、あの穴の空いた写真の方から血液が検出されたようです」
「血液……?」

 私は全く気がつかなかったが、写真の端で手を切ったのではないかという話だった。
 他に何か検出できないか今調べている最中だそうだ。
 まだもう少し時間がかかる。

「それと、伝票から荷物を預かった場所が判明したので、今監視カメラの映像を見せてもらえないか問い合わせているところです」

 送り主は大手通販サイトとなっていたが、それは偽造だった。
 よく考えたら、送り状の文字は手書き。
 大手通販サイトなら、印字されているものを使っているはずだとこの時初めて気がついた。

「その荷物を預かった場所って、どこなんですか?」

 私がそう訊ねると、古住弁護士は『向井ハイツ』の近所にあるあのコンビニの名前を口にした。
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