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星夜に誓いし約束の花
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オレの通う姫ヶ崎高校には一つの噂がある。
いわく『天ケ瀬優衣には近づくな』と。
具体的な内容としては、その生徒と言葉を交わすと何らかの不幸に見舞われるらしい。
実際に骨折をした生徒も見たし、今まで仲睦まじい様子だった男女が破局したということも聞いたことがある。
この他にもすべて天ケ瀬と話してすぐに不幸が起こったそうだが、この学校では唯一といっていいくらいオレはその噂を信じていない。
だって、それらはきっとたまたまだ。
魔法でもない限り、言葉を交わしただけで不幸に見舞われるなんてことはありえない。
そしてこの世界に魔法なんてあるはずがないんだから。
天ケ瀬優衣とは、銀色の髪とサファイアブルーの瞳を持つ少女だ。
オレも詳しくは知らないが、なぜか黒髪ではないらしい。
それに授業を受けている時以外は常にヘッドフォンをして耳をふさいでいる。
こんなところがきっと噂を拡散する要因になっているんだろうなと思う。
――だがオレの認識は数日後覆されることになる。
秋の終わり、冬の初めといった季節だ。
色とりどりに樹々を飾っていた葉は今はもう地面の屑になり果ててしまっている。
そんな季節の変わり目はやはり体調を崩しやすい。
そしてそれは概ね天ケ瀬優衣にも当てはまっていたようだ。
「えー、今日は天ケ瀬は体調不良で欠席だ」
担任のどうでもいい言葉もそこそこに、授業が終わっていく。
そこでオレは地獄を見る羽目になった。
「あー、これで帰りのHRをやりたいんだが天ケ瀬に連絡物を届けてくれる奴はいるかー?」
そんな言葉に普段はふざけている奴らも視線を逸らし、だんまりを決め込んでしまう。
これには教師も眉を顰め、困り顔だ。
オレもあえて視線を逸らす。
正味、噂など信じていないがために届けても構わないが、周囲の視線が痛すぎる。
せめて誰も手を上げなければ、このHRが終わった後にでも行くつもりだった。
――のだが。
「誰もいないのかー?――じゃあ、成績優秀者の春翔」
オレは担任の教師からの指名を受けてしまう。
オレのクラスカーストはせいぜいが中の上、厳しめに見れば中の下だ。
勉強はできるし、運動もそこそこ。
だが圧倒的にコミュニケーション能力が低いのだ。
ゆえに親友もいない。
誰とでも話せるがゆえに特定の友人がいない、半端ものだった。
「えー! せんせー! それじゃ春翔が可愛そうですよ!」
「ほんとだぜ! 先生も知ってるだろー! 天ケ瀬の噂!」
口々に上がるオレを擁護する声。
オレは初めて横のつながりに感謝しようと思った。
「ならお前らが行くかー?」
「「「「「……」」」」」
その鶴の一声に一斉に黙り込んでしまう。
前言撤回だ。
知り合い以上友達未満のオレのために食い下がる奴などいなかった。
だが、おかげで仕方なくという構図が出来上がった。
これで痛い目というよりは、付き合わされて可哀そうくらいに思われるだろう。
どうせ周りの目が無ければ引き受けてもよかったと思っていた仕事だ。
「……分かりました。オレが天ケ瀬に届けてきますよ」
「よし、確かに任せたぞ!」
こうしてオレは天ケ瀬の自宅に向かうこととなった。
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天ケ瀬の自宅はこの街を一望できる丘の上にある。
ここまでの道は丁寧に舗装されてはいるがほとんど人が通ることはない。
なぜなら、この道は天ケ瀬の家にしか通じていないからだ。
周りは背の高い木に囲まれ、別世界のように自然が多い。
色鮮やかに香る花畑や木製のベンチなんてものも置いてある。
さながら自然公園と天ケ瀬の家との融合が今の形だ。
――金持ち。
オレはしばらく丘の上からの景色を見下ろした後、天ケ瀬の家に向かう。
意外にも柔らかな印象を与える小さな一軒家だった。
テラス付きなのは羨ましい限りだが。
「これ、インターフォンがない……」
まさかのトラブルだ。
なぜ現代の家にインターフォンがない……?
オレは結局素手でノックすることを決める。
軽くこんこん、と叩いてみる。
返事がないのでもう一度。
「いないのか……?」
それとも体調不良で起き上がれないほどなのか。
「うわっ……!?」
急に肩を叩かれてオレは飛びあがってしまう。
目の前にはヘッドフォンを付けた天ケ瀬が小首をかしげてこちらを見ていた。
なぜいるのかと純粋な疑問なのだろう。
「あ、ああと、お前の連絡プリントとか今日の課題とか持ってきたんだよ」
オレは自分のカバンから天ケ瀬の分を手渡す。
天ケ瀬はそれを受け取るとぺこりと小さくお辞儀をした。
「なあ、お前はしゃべらないのか?」
ああ、余計なことを聞いてしまった。
どうしても興味が湧いてきてしまう。
本当に呪いなんてあるのかどうか。
彼女はのどに手のひらを当てて、ばってんを形作る。
「オレと話したくないか」
ぶんぶんと勢いよく横に振られる頭。
ロングの銀髪がそれに合わせて左右に揺れるさまはどこか面白かった。
「天ケ瀬に本当は呪いなんてないだろ……。お前にそんなことができるとは思えないよ、オレには」
いたって普通、いや容姿の上では並ぶ者がいないほど飛びぬけている彼女はただの人間のように見える。
だがそれは唐突に崩れ去った。
彼女はヘッドフォンを外す。
――外す?
――そういえば今まで彼女はどうやってオレの言葉を聞いていた?
「――」
声は発さずにため息のような呼吸を吐き出すような小さな言葉が感じ取れた。
魔法は本当だよ、と。
「まさか! この世界のどこにも存在し無いはずだ。そんなものを信じているのはよほどの二次元好きか、狂信者かのどちらかだろ?」
首を横に振る天ケ瀬。
「だったら今お前の声を聴かせてくれ。そうすれば嘘か分かる」
小首をかしげる。
きっといいのかと確認しているのだろう。
「ああ、構わない。何が起ころうともオレは平気だ」
オレは念のために身構える。
「――わたしの言葉を聞いたら絶対に不幸にしてしまう」
なんだ、これは。
耳から全身へと浸透してくる得体のしれない幸福感。
銀鈴の声とは彼女のための言葉だろう。
「天ケ瀬、声を出さないなんて絶対に損してる――!?」
オレのわずか数センチ先に小さな石ころが堕ちて来た。
――地面が、赤く赤熱している?
「はあ!?」
オレは思わず後ずさってしまう。
夕焼けに染まる空には何も見えない。
だが、これは。
「隕石の欠片、なのか?」
天ケ瀬を見ると、首を傾げつつも小さくうなずく。
すでにヘッドフォンは耳を覆っている。
「これがお前の魔法? 声を聴いた人間に不幸を呼ぶ?」
形のいい眉を悲しそうに下げながらも、うなずく。
「信じられない……」
まったくもって理解しがたいことが起きてしまった。
天ケ瀬は人差し指と中指を下に向けると、人が歩くような動作をさせる。
「ああ、そうだな。そろそろ帰るよ。悪かったな」
もはやオレの言っていることが意味不明だ。
彼女の荷物を届けに来た人間が謝ってどうする。
来た道を戻るときに一度だけ振り返る。
天ケ瀬は深くお辞儀をしていた。
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「で、どうだったよ? 天ケ瀬のところは!」
「ねえ、あの子と何か話したの?」
「どんな家だった?」
次の登校日も天ケ瀬は欠席だった。
そしてオレはなぜかクラスメイト複数人にたかられている。
「オレは聖徳太子じゃないんだ。そんな一息にばらばらなことを質問しないでくれ」
まあ、ぜんぶ聞こえていたので答えてみるか。
「まず天ケ瀬の家のことだが、人に自分の家を言いふらされるのは気分がよくないだろ? だからノーコメント。昨日だが、天ケ瀬とは連絡物の受け渡しと少し話しただけだ」
「「「ええええ!!」」」
大きなどよめきがクラスを駆け巡る。
「……人の話を最後まで聞け。話したが、何ともなかった。噂になっている声を聴いた人を不幸にするっていうのは眉唾だな」
「うっそ!? じゃあ、先輩が天ケ瀬さんの声聞いてから一年以上付き合ってた彼女と別れたっていうのも?」
「偶然だ」
「俺の友達が天ケ瀬の声を聴いて、すっころんで骨折したのも?」
「自業自得だ」
「「ええええ!!」」
「授業始まるぞ、解散だ、解散」
オレはクラスメイトが去るのを待ってため息をつく。
本当に魔法はあって、不幸にするというのも事実のようだった。
だが本人が不幸を振りまかないように口をつぐんでいるのにオレがどうこう言うのもそれは人としておかしい。
オレにできるのは噂の火が拡大するのを防ぐだけ。
決して消火などできはしない。
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そしてこの日もオレに連絡物の受け渡しが命じられたのであった。
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天ケ瀬の家に着くとオレは一回だけノックする。
返事はない。
「確か、昨日はこっちの方向にいたよな」
家のさらに向こう側、生え仕切る木々の合間を縫って奥に進んでいく。
しばらく木々に視界を防がれていたが、開けた場所に出る。
ここは天ケ瀬の家に生えていた花々とは違う、どこか不思議な花が多く咲き誇っていた。
そして花園の中心に座って小さく声がする。
聞いてはいけない、そう思うけれど、もう一度あの声を聴きたいとも思ってしまう。
「ふふふ、可愛いなぁ。ここがいいの? よしよし」
彼女のひざ元には野生と思われるリスがちょこんと膝の上に載っていた。
「天ケ瀬」
「っひゃいっ!?」
天ケ瀬はよほど驚いたのか、思い切り身体をびくびくさせていた。
「あ、いや、その、ほらこれ」
オレはお約束のものを届ける。
天ケ瀬はすぐさまヘッドフォンを付けようとするが驚いたように固まってしまう。
「藤崎くん、わたしの声を聴いても何ともないの?」
いまだ全身の血が沸騰するような感覚は存在するがそういえば不幸が降りかからない。
「あ、ああ、そうみたいだな。なんでだ?」
昨日は危うく死にかけたというのに。
天ケ瀬は硬直したまま動かない。
「お前こそ大丈夫なのか?」
オレは目の前で手を振って見せる。
「う、うん。わたしはわたし……」
「いや知ってるよ」
混乱がひどく、当たり前のことを自信なさげにいう姿に思わず笑ってしまった。
「くっ!あはは」
オレはその場に胡坐をかいて座りこむ。
「お前って冷血な人間かと思ってたけど、すごく面白い良い奴なんだな」
「そ、そう、なの、かな?」
くすりと微笑みを漏らす天ケ瀬。
「ああ。さっきだってリスに話しかけてただろ? お前が普通の女の子だってことが確信をもって理解できたよ」
「え!? そんなところから見てたの!? 早く声をかけてほしかったよ。藤崎くんは意外と人が悪いんだ?」
「そうかもな」
オレはいつの間にか天ケ瀬と普通に何の先入観もなく話すことができている。
とても不思議な感覚だった。
こう、身体の底からマグマが湧き上がってくるような……。
「あ、れ……?」
オレの視界の高さが一気に落ちる。
「藤崎くん、藤崎くん!?」
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「ん、ここは?」
オレが目を覚ますとそこは知らない場所だった。
身体を包むように柔らかい掛け布団が掛けられ、上も下も心地いい。
つんつんとオレの肩を触るものがあった。
顔を傾けるとヘッドフォンは付けていないものの、口を閉ざした天ケ瀬だった。
「え? ああ!!」
勢いよく起き上がると身体中がきしんだが、外を見る。
うっすらと明るくなってきているところだった。
再び天ケ瀬を振り返る。
「オレ、お前の部屋で寝てたのか?」
小さくこくりとうなずいた。
「……ここ、お前のベッド?」
ぼっと音が出そうなほど急に顔が赤くなる天ケ瀬。
いや、こっちが赤くなるよ。
オレはすぐにベッドから降りると足に力を入れ立とうとするも、思わず倒れかけてしまう。
「――」
支えられ、耳元にある彼女の息づかいでなんとなく理解した。
まだ寝てて、と。
オレはやむを得ずベッドに腰掛ける。
身体の力が不自然なくらいに抜けてしまっている。
「これもお前の起こす不幸ってやつなのか?」
縦にうなずく。
すると近くのテーブルの上に置いてあったスケッチブックを手にすらすらと何事かを書いていく。
“ごめんね。藤崎くんがわたしの声を聴いても何ともないのかもって勘違いしちゃったんだ”
“藤崎くんがわたしの初めてちゃんと話せる人なのかなって勘違いしたの。だから、異変に気付くのに遅れた。本当にごめんね”
複数のページにわたって紡がれる繊細な文字はそのまま天ケ瀬の内面を表しているのだと思う。
後半は少しだけ、本当にわずかに字が震えていた。
「いや、オレが不用意に近づいたのが悪かった。気にしなくていいからな」
スケッチブックが捲られ、新たに文字が紡がれる。
“今日、学校行くの……?”
「ああ、行くよ。授業サボれないから」
本当はこの具合の悪さで行きたくはない。
だがここで休んでしまえば、天ケ瀬の噂が真実であったと裏付けることになりかけない。
昨日から見ていて理解した。
天ケ瀬は体調不良ではなく、人に会うのに抵抗があるのだろう。
すでに学校中にうわさが広がっているがゆえにいづらいのだ。
その『いづらい』雰囲気を『いてはいけない』という空気の変化させてはいけない。
そうオレは理解する。
少し迷っていたようだがスケッチブックには次のように書かれていた。
“わたしもついていってもいい? そんな状態じゃ、すぐに倒れちゃうと思うから……”
「それは……」
この場合何が正解だ?
確かにオレ一人だと具合の悪さで倒れかけない。
しかしついてきてもらうということは天ケ瀬に嫌な思いをさせるかもしれない。
噂という名の火は延焼こそ防いだが、本人という火種が投下されれば再度拡大しかねない。
だが――。
「……ああ、よろしく頼みたい」
天ケ瀬はスケッチブックをテーブルの上に戻すと、隣の部屋を指さす。
そして服を持ち上げるしぐさをする。
「……それは、着替えて来るってことか?」
うなずく。
それからもう一度隣の部屋を指さしてから両目をふさぐようなしぐさをする。
「間違ってものぞくなってことだよな」
こくこくとうなずいてからこの部屋を出て行った。
壁にかかっている時計を見ると午前6時頃といったところだ。
「こんな時間帯に女子の家って、場違いだな、オレ」
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「おい、見ろよあれ」
「え、あの一年生マジ?」
「誰か取り返しがつかなくなる前に助けてやれよ」
オレと天ケ瀬は並んで正門を抜け、昇降口へと向かいがてらそのような言葉の嵐を受ける。
天ケ瀬はいつも通りヘッドフォンをしているが、オレは音楽を聴いていても声が聞こえることを知っている。
「天ケ瀬、何も一緒に登校することはなかったんじゃないか?」
いくら頭がふわふわすると言っても熱はない。
身体がどこかおかしいだけだ。
天ケ瀬は首を振る。
「そうか」
教室に入るとより反応が顕著だ。
「おは――。……お前らってそんな関係だったの?」
「乙」
「草」
最後の二つは絶対にふざけた反応だった。
オレは一瞬だけ彼女を見る。
ヘッドフォンを付けて無表情だけど、視線だけは合った。
「いやそこでたまたまあっただけだ。別に何でもないよ」
オレと彼女の席は幸い後部の左右で分かれている。
オレは自分の席に着くと身体を机に倒し、居眠りの態勢を整える。
身体が重すぎる。
これはいつまで続くのだろう。
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「――」
「ん。んあ……」
誰かがオレの肩をつついている。
目を開けるとやはり天ケ瀬だ。
「もう授業終わったのか?放課後?」
こくりと縦に首を振る天ケ瀬。
「じゃあ、帰るか。ねむ……」
オレが昇降口を出て、帰路に就くと天ケ瀬も隣をついてくる。
寝て起きたらだいぶ身体が楽になった。
「天ケ瀬、明日からはもう平気だ。オレの付き添いをすることもない。悪かったな」
天ケ瀬はヘッドフォンを外すと首を横に振る。
それからメモ帳を取り出すと何事かを書きつける。
どうやら複雑なことを言いたい時は紙を媒体にして伝えるようだ。
“藤崎くんが謝ることじゃないよ。わたしが不用意にしゃべったのが悪いんだし。それに――”
「それに……?」
“今日学校にいて分かったことがあるの。藤崎くん、わたしの呪いが本当なこと知ってて、みんなに黙っていてくれてたんでしょ? たまたまクラスの子が話してるのを聞いちゃったんだ”
「ああー」
それは気まずいな。
こういうことは気づかれずにやるからいいのであって、気づかれてしまったらかっこがつかない。
といっても元々つけるかっこなんてないけどな。
「ん、まあな。嫌な噂、流されて気分いい奴なんていないだろ」
天ケ瀬は柔らかく微笑んだ。
その笑顔にオレは不覚にも鼓動の高まりを知る。
天ケ瀬は学校では冬の六花のように冷たい表情をしているが、本来の彼女は春の日向のように温かい笑顔を持っているんだ。
これは、この感情は、もしかして。
「いや、そんなはずはないよな」
告白経験0。
ときめき経験0。
被告白経験0。
そんなオレが天ケ瀬に。
んなわけない。
「――」
「うわっ!」
急に天ケ瀬の顔が接近して来て驚いた。
「なにしてるんだよ」
“急にそんなはずない、っていうからどうしたのかなって問いかけたの。そしたら藤崎くん黙りこくっちゃうんだもん”
最後に怒ったような顔文字がついているのはご愛敬、なのかもしれない。
「何でもないさ。――ここまでだな。俺の家はここだから」
あるのは一軒家ではなくマンションだ。
オレはその最上階に住んでいる。
父が俗にいうエリート公務員だからだ。
「明日もしっかり学校に来いよ。そうしないとオレがまたお前の家に届けなきゃならない」
天ケ瀬はこくりとうなずくと何を思ったのか胸の前で小さく手を振る。
知ってるか?
男の、それも年頃の男子にそんなことしたら、悶絶する。
オレもあいさつ代わりに片手を挙げ最上階の自分の部屋に入る。
そのままベッドにダイビングだ。
「あいつ、改めて可愛すぎだろ……」
脳裏に焼き付いた映像はなかなか離れようとしない。
これでは本当にあれじゃないか。
それも超S級にやばいあれだ。
その日、オレはあれなゲームをやってみた。
もちろん、すべての選択肢を外し、ハッピーエンドにたどり着けたものはなかった。
「よろしくな、春翔」
ざけんな!
と心で叫んでいた。
オレとあいつの関係はここで終わりとどこかほっとした気持ちだったのに、また休んだのだ。
なぜだ?
昨日学校に来て、今日学校に来るためのハードルは下がっているはずなのに。
今日もまた天ケ瀬の家の扉をノックする。
予想通り返事はない。
「また、あの花園か」
オレは木々の合間を抜け、この前の花園であいつの姿を見る。
今回は隅の方で木陰に入り、眠っているようだった。
黄昏の光が彼女の銀髪をきらきらと輝かせる。
うっかりするとその魔性の美しさに囚われてしまいそうになる。
「おい、天ケ瀬。起きろったら」
オレは彼女の肩を軽く揺さぶる。
すると一筋の髪が零れ落ち、オレの手に触れた。
「っ!」
思わず手をどけてしまう。
「あ・ま・が・せ!」
彼女はようやく起きたのか、ゆっくりと瞼を開ける。
そしてぺこりと頭を下げる。
さながらおはよう、といったところか。
「起きたところで悪いが、これ」
板についてきたような気がするな。このやり取りも。
「お前寝てるとき無防備すぎだろ。ほとんど人が来ないとはいえ、絶対に来ないとはいえないぞ」
天ケ瀬は横に首をかしげる。
寝ることの何が悪いのかという所だろう。
「いや昼寝自体はいいんだが。ほら、そのお前みたいなやつが寝ていると危ないっていうか」
天ケ瀬は首をかしげていたが、やがてぽん、と手を打つとメモ帳になにか書き始めた。
”藤崎くん、わたしのことが好きなの?”
「はあっ!?」
なんだか某有名な曲のサビ入りみたいな声が出てしまった。
このままうっせぇわとでもいえる神経があればよかったのにな。
天ケ瀬は悪戯っぽい表情でさらに追撃を加える。
”いつもわたしのもの届けに来てくれるし。そういえば入学した時からわたしのことを見ていたような”
「んな訳ないって。お前の気のせいだ」
オレにそんな記憶はない。
というか無意識で天ケ瀬をみていたなら、それはオレ自身がオレを軽蔑する。
”冗談”
「……非常に笑えない冗談だ」
オレはため息とともにその場に座り込む。
どうしてか、オレたちの住む街を一望できるこの丘の上の花園は落ち着くんだよな。
「どうして今日、来なかったんだよ?」
”どうしてだと思う?”
「分からないから聞いてるんだよ」
”わたし、実は藤崎くんのことが好きなんだ”
「はあっ!?」
本日二度目だ。
そして後に続くのは。
”冗談”
「……まったく受けないぞ、それ」
両手を顔の前で合わせてごめんねと笑いかけてくる。
ああ、まったくもって笑えない冗談だ。
“きっとわたしが学校に行ったら藤崎くんはここに来てくれなくなるでしょ? それが嫌だったの”
オレは心底驚くことになった。
今、彼女はペンを動かしていなかった。
つまり、この話題になることを予測してあらかじめ答えを書いておいたのだ。
それ以上にオレが来なくなるからという答えが胸につかえる。
「それは、どういう……」
“好き、これは本当”
「っ!?」
オレの心臓は壊れたのかと思うほど連打を刻む。
“藤崎くんのこと、前から好きだったんだよ。さっき言ったよね、わたしのことを藤崎くんが見てたっていう冗談。あれは逆なの”
「ぎゃ、く?」
それって天ケ瀬が、オレを入学した時から見ていたということ。
なんだよ、それ。
意味が分からない。
“わたし、藤崎くんと同じ中学校だったんだよ。不登校だったけど”
「それとオレに何か関係でもあるのか?」
オレは天ケ瀬のような生徒がいたとは記憶していない。
“一度だけ、勇気を出して中学に行ったことがある。わたしの噂が収束していなかったその時に。12月7日のあの日、わたしは藤崎くんに救われたの”
オレには覚えがない。
“きっと藤崎くんにとっては何でもない日常のことだったんだろうね。わたしが廊下で先輩に絡まれていたところを君が助けてくれたんだ。噂があればそれを利用しようとする人もいる。その人からわたしを助けてくれた”
「オレはそのときなんか言ってたか?」
“『大丈夫か? お前も色々大変だと思うけど頑張れよ。何かあれば相談に乗ってやるから』”
「……紛れもなくオレだ」
中学時代、中二病を発症していた痛いオレはキザなセリフを好んで使っていた。
一生の黒歴史をまざまざと過去から掘り出された心地だ。
“高校に入って藤崎くんと同じだって知って嬉しかったんだよ。でもあっというまにわたしの噂が広まって、何も話せないまま今まで来ちゃったんだ”
少しだけ居心地悪げに笑う。
もう間もなく日は沈み夜闇が支配するだろう。
「オレもお前のこと最近気になってはいたんだ」
口から出たのは心の底にたまっていたもやもやの原因だった。
意識しないように丸めておいたそれ。
もう、無視も捻じ曲げることもできない。
今この機会を逃せばオレは、一生打ち明けることはないだろう。
「オレも天ケ瀬優衣が好きだよ」
――好きだから、引き受けてもいいと思った。
――好きだから、すぐに帰らず言葉を投げた。
――好きだから、こんなにもやもやした。
――好きだから、こんなにも満たされるような気持ちになる。
“じゃあ、キスしてよ”
目をつむり、天ケ瀬は受けの姿勢を取る。
「ん……」
これはオレのものじゃない。
天ケ瀬の吐息だ。
柔らかくて繊細で。
ぎこちない、優しくも甘いキス。
ただ、唇が触れるだけの。
「天ケ瀬、いや優衣。お前の言葉を聞きたい」
優衣は驚いたように目を丸くする。
そして首を勢いよく横に振る。
“そんなことしたら今度はどんな不幸が降りかかるかわからないよ! せっかく想いが伝わったのに”
「いいんだ。優衣は本当は人との関わりを求めているはずだ。そうじゃなきゃいつも寂しそうにしていることがおかしい。そのヘッドフォンだって寂しい感情を押し殺してまで他の奴らを傷付けないように気を使ってなんだろ?」
“そのとおりだよ。……人を見てないようでいてしっかり見てたんだね。――わかった”
「わたしは春翔くんが好きだよ」
オレは全身の血が沸騰する感覚を得る。
冬の六花を思わせる涼やかな声色。
わずかにうるんだ同じく銀の瞳。
紅潮した真っ白な頬。
……悶絶。
「ねぇ、本当に大丈夫? 顔が赤いし――なんで口元を隠すの?」
「いや何ともなくはないんだ。少しお前の姿に見惚れて、口元が緩んだだけで。というか赤いのは優衣もだろ!」
何をいうんだ、オレは!
きざな昔の自分が戻ってきたように感じた。
優衣は白い肌がはっきりと赤く変わっている。
「それは、やっと好きな人に気持ちを渡せたから……! は、はずかしいんだよ……!」
オレは優しく彼女を抱きしめる。
大胆な行動ではあったが拒まれることもなく、彼女もオレの背に腕を回してくれる。
何秒、あるいは何分そのままでいたのだろう。
言葉は交わさずともそのぬくもりが心地よかった。
「ねえ、春翔くん。花園を見て」
オレは抱擁を解き、花園に視線を移す。
「すごい……」
一輪一輪の花から小さな光の球が夜空に上がっては消えていく。
まるでファンタジーの世界にいるようなそんな幻想的な風景が広がる。
「わたしの魔法の力をここの花たちに分けてあるんだ。だから夜になると貯めた力を少しずつ開放するの。わたしの大好きな景色なんだ」
光の球を追って視線は自然と上向く。
その先には三日月が昇っていた。
「今日が満月じゃないのが少し残念な気もするな」
「わたしは三日月も好きだよ。そして春翔くんといる今この瞬間がわたしの一番」
「よくそんなことを平然と……ってそんな湯気が出そうなほど恥ずかしいなら、無理に言わなければいいのに」
「い、いいの! わたしはずっと独りだったんだから! 人なれしてないから、距離感も微妙なの!」
「ははは、ならこれからはそんなことないな」
「え……?」
「だってこれからはオレの藤の文字に誓って側にいるから」
これくらいきざな方がオレらしいのかもしれない。
天ケ瀬は突然透明な光を流す。
花たちが解き放つ光のせいでそう見えたが、これは涙だ。
「泣いて、いるのか?」
オレは人差し指で割れ物に触るように、優しく拭う。
「だって……! だって、わたしはいつも独りだった! 誰もわたしに手を差し伸べてはくれなかった……! 諦めかけてたところに、好きな人の手が伸ばされてきたんだよ……!? 我慢できるわけがない……!」
「ああ、そうだな。気が済むまで泣けばいい」
淡い月の光が幻想的な花園に二人の影を造る。
一人はゆっくりと手を動かしその背中をなでる者。
一人はその手に身を委ね肩を小刻みに揺らす者。
孤独、寂しさ、優しさ、嬉しさ、切なさ。
感情の渦が混ざり合って、一つの形を浮き上がらせる。
それはきっと何よりも尊くて、何よりも大切なもの。
だんだんと天ケ瀬の嗚咽が小さくなってきた。
「もう冬だ。風邪、引くぞ」
「……うん、そうだね。今日、泊ってく?」
「いやまだ遠慮しておくよ、こういうのは順を追ってだろ?」
「……うん」
オレと優衣は立ち上がる。
視線の高さが上がると、眼下の夜景もはっきりと見えた。
これ以上ない幸福な時間に包まれているな、と感じる。
「そういえばどうして藤の文字に誓って、なの?」
「藤の花言葉は『優しさ』『歓迎』そして『決して離れない』だからだ」
「わたしを照れ殺しにしようとしてるよね!? その手はくわ――春翔くん!?」
二人の影が去っていく。
途中で少年の方は倒れてしまった。
魔法の呪いは絶対だ。
だが、もし少年が諦めずに少女を愛し続けたのなら――。
天ケ瀬優衣に魔法を与えた何者かは、二人の若き人間の顛末を観測する。
その結末が、ハッピーエンドで終わるのか、あるいはバッドエンドで終わるのか。
いわく『天ケ瀬優衣には近づくな』と。
具体的な内容としては、その生徒と言葉を交わすと何らかの不幸に見舞われるらしい。
実際に骨折をした生徒も見たし、今まで仲睦まじい様子だった男女が破局したということも聞いたことがある。
この他にもすべて天ケ瀬と話してすぐに不幸が起こったそうだが、この学校では唯一といっていいくらいオレはその噂を信じていない。
だって、それらはきっとたまたまだ。
魔法でもない限り、言葉を交わしただけで不幸に見舞われるなんてことはありえない。
そしてこの世界に魔法なんてあるはずがないんだから。
天ケ瀬優衣とは、銀色の髪とサファイアブルーの瞳を持つ少女だ。
オレも詳しくは知らないが、なぜか黒髪ではないらしい。
それに授業を受けている時以外は常にヘッドフォンをして耳をふさいでいる。
こんなところがきっと噂を拡散する要因になっているんだろうなと思う。
――だがオレの認識は数日後覆されることになる。
秋の終わり、冬の初めといった季節だ。
色とりどりに樹々を飾っていた葉は今はもう地面の屑になり果ててしまっている。
そんな季節の変わり目はやはり体調を崩しやすい。
そしてそれは概ね天ケ瀬優衣にも当てはまっていたようだ。
「えー、今日は天ケ瀬は体調不良で欠席だ」
担任のどうでもいい言葉もそこそこに、授業が終わっていく。
そこでオレは地獄を見る羽目になった。
「あー、これで帰りのHRをやりたいんだが天ケ瀬に連絡物を届けてくれる奴はいるかー?」
そんな言葉に普段はふざけている奴らも視線を逸らし、だんまりを決め込んでしまう。
これには教師も眉を顰め、困り顔だ。
オレもあえて視線を逸らす。
正味、噂など信じていないがために届けても構わないが、周囲の視線が痛すぎる。
せめて誰も手を上げなければ、このHRが終わった後にでも行くつもりだった。
――のだが。
「誰もいないのかー?――じゃあ、成績優秀者の春翔」
オレは担任の教師からの指名を受けてしまう。
オレのクラスカーストはせいぜいが中の上、厳しめに見れば中の下だ。
勉強はできるし、運動もそこそこ。
だが圧倒的にコミュニケーション能力が低いのだ。
ゆえに親友もいない。
誰とでも話せるがゆえに特定の友人がいない、半端ものだった。
「えー! せんせー! それじゃ春翔が可愛そうですよ!」
「ほんとだぜ! 先生も知ってるだろー! 天ケ瀬の噂!」
口々に上がるオレを擁護する声。
オレは初めて横のつながりに感謝しようと思った。
「ならお前らが行くかー?」
「「「「「……」」」」」
その鶴の一声に一斉に黙り込んでしまう。
前言撤回だ。
知り合い以上友達未満のオレのために食い下がる奴などいなかった。
だが、おかげで仕方なくという構図が出来上がった。
これで痛い目というよりは、付き合わされて可哀そうくらいに思われるだろう。
どうせ周りの目が無ければ引き受けてもよかったと思っていた仕事だ。
「……分かりました。オレが天ケ瀬に届けてきますよ」
「よし、確かに任せたぞ!」
こうしてオレは天ケ瀬の自宅に向かうこととなった。
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天ケ瀬の自宅はこの街を一望できる丘の上にある。
ここまでの道は丁寧に舗装されてはいるがほとんど人が通ることはない。
なぜなら、この道は天ケ瀬の家にしか通じていないからだ。
周りは背の高い木に囲まれ、別世界のように自然が多い。
色鮮やかに香る花畑や木製のベンチなんてものも置いてある。
さながら自然公園と天ケ瀬の家との融合が今の形だ。
――金持ち。
オレはしばらく丘の上からの景色を見下ろした後、天ケ瀬の家に向かう。
意外にも柔らかな印象を与える小さな一軒家だった。
テラス付きなのは羨ましい限りだが。
「これ、インターフォンがない……」
まさかのトラブルだ。
なぜ現代の家にインターフォンがない……?
オレは結局素手でノックすることを決める。
軽くこんこん、と叩いてみる。
返事がないのでもう一度。
「いないのか……?」
それとも体調不良で起き上がれないほどなのか。
「うわっ……!?」
急に肩を叩かれてオレは飛びあがってしまう。
目の前にはヘッドフォンを付けた天ケ瀬が小首をかしげてこちらを見ていた。
なぜいるのかと純粋な疑問なのだろう。
「あ、ああと、お前の連絡プリントとか今日の課題とか持ってきたんだよ」
オレは自分のカバンから天ケ瀬の分を手渡す。
天ケ瀬はそれを受け取るとぺこりと小さくお辞儀をした。
「なあ、お前はしゃべらないのか?」
ああ、余計なことを聞いてしまった。
どうしても興味が湧いてきてしまう。
本当に呪いなんてあるのかどうか。
彼女はのどに手のひらを当てて、ばってんを形作る。
「オレと話したくないか」
ぶんぶんと勢いよく横に振られる頭。
ロングの銀髪がそれに合わせて左右に揺れるさまはどこか面白かった。
「天ケ瀬に本当は呪いなんてないだろ……。お前にそんなことができるとは思えないよ、オレには」
いたって普通、いや容姿の上では並ぶ者がいないほど飛びぬけている彼女はただの人間のように見える。
だがそれは唐突に崩れ去った。
彼女はヘッドフォンを外す。
――外す?
――そういえば今まで彼女はどうやってオレの言葉を聞いていた?
「――」
声は発さずにため息のような呼吸を吐き出すような小さな言葉が感じ取れた。
魔法は本当だよ、と。
「まさか! この世界のどこにも存在し無いはずだ。そんなものを信じているのはよほどの二次元好きか、狂信者かのどちらかだろ?」
首を横に振る天ケ瀬。
「だったら今お前の声を聴かせてくれ。そうすれば嘘か分かる」
小首をかしげる。
きっといいのかと確認しているのだろう。
「ああ、構わない。何が起ころうともオレは平気だ」
オレは念のために身構える。
「――わたしの言葉を聞いたら絶対に不幸にしてしまう」
なんだ、これは。
耳から全身へと浸透してくる得体のしれない幸福感。
銀鈴の声とは彼女のための言葉だろう。
「天ケ瀬、声を出さないなんて絶対に損してる――!?」
オレのわずか数センチ先に小さな石ころが堕ちて来た。
――地面が、赤く赤熱している?
「はあ!?」
オレは思わず後ずさってしまう。
夕焼けに染まる空には何も見えない。
だが、これは。
「隕石の欠片、なのか?」
天ケ瀬を見ると、首を傾げつつも小さくうなずく。
すでにヘッドフォンは耳を覆っている。
「これがお前の魔法? 声を聴いた人間に不幸を呼ぶ?」
形のいい眉を悲しそうに下げながらも、うなずく。
「信じられない……」
まったくもって理解しがたいことが起きてしまった。
天ケ瀬は人差し指と中指を下に向けると、人が歩くような動作をさせる。
「ああ、そうだな。そろそろ帰るよ。悪かったな」
もはやオレの言っていることが意味不明だ。
彼女の荷物を届けに来た人間が謝ってどうする。
来た道を戻るときに一度だけ振り返る。
天ケ瀬は深くお辞儀をしていた。
------------------------------------------------------------------------------------------------
「で、どうだったよ? 天ケ瀬のところは!」
「ねえ、あの子と何か話したの?」
「どんな家だった?」
次の登校日も天ケ瀬は欠席だった。
そしてオレはなぜかクラスメイト複数人にたかられている。
「オレは聖徳太子じゃないんだ。そんな一息にばらばらなことを質問しないでくれ」
まあ、ぜんぶ聞こえていたので答えてみるか。
「まず天ケ瀬の家のことだが、人に自分の家を言いふらされるのは気分がよくないだろ? だからノーコメント。昨日だが、天ケ瀬とは連絡物の受け渡しと少し話しただけだ」
「「「ええええ!!」」」
大きなどよめきがクラスを駆け巡る。
「……人の話を最後まで聞け。話したが、何ともなかった。噂になっている声を聴いた人を不幸にするっていうのは眉唾だな」
「うっそ!? じゃあ、先輩が天ケ瀬さんの声聞いてから一年以上付き合ってた彼女と別れたっていうのも?」
「偶然だ」
「俺の友達が天ケ瀬の声を聴いて、すっころんで骨折したのも?」
「自業自得だ」
「「ええええ!!」」
「授業始まるぞ、解散だ、解散」
オレはクラスメイトが去るのを待ってため息をつく。
本当に魔法はあって、不幸にするというのも事実のようだった。
だが本人が不幸を振りまかないように口をつぐんでいるのにオレがどうこう言うのもそれは人としておかしい。
オレにできるのは噂の火が拡大するのを防ぐだけ。
決して消火などできはしない。
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そしてこの日もオレに連絡物の受け渡しが命じられたのであった。
------------------------------------------------------------------------------------------------
天ケ瀬の家に着くとオレは一回だけノックする。
返事はない。
「確か、昨日はこっちの方向にいたよな」
家のさらに向こう側、生え仕切る木々の合間を縫って奥に進んでいく。
しばらく木々に視界を防がれていたが、開けた場所に出る。
ここは天ケ瀬の家に生えていた花々とは違う、どこか不思議な花が多く咲き誇っていた。
そして花園の中心に座って小さく声がする。
聞いてはいけない、そう思うけれど、もう一度あの声を聴きたいとも思ってしまう。
「ふふふ、可愛いなぁ。ここがいいの? よしよし」
彼女のひざ元には野生と思われるリスがちょこんと膝の上に載っていた。
「天ケ瀬」
「っひゃいっ!?」
天ケ瀬はよほど驚いたのか、思い切り身体をびくびくさせていた。
「あ、いや、その、ほらこれ」
オレはお約束のものを届ける。
天ケ瀬はすぐさまヘッドフォンを付けようとするが驚いたように固まってしまう。
「藤崎くん、わたしの声を聴いても何ともないの?」
いまだ全身の血が沸騰するような感覚は存在するがそういえば不幸が降りかからない。
「あ、ああ、そうみたいだな。なんでだ?」
昨日は危うく死にかけたというのに。
天ケ瀬は硬直したまま動かない。
「お前こそ大丈夫なのか?」
オレは目の前で手を振って見せる。
「う、うん。わたしはわたし……」
「いや知ってるよ」
混乱がひどく、当たり前のことを自信なさげにいう姿に思わず笑ってしまった。
「くっ!あはは」
オレはその場に胡坐をかいて座りこむ。
「お前って冷血な人間かと思ってたけど、すごく面白い良い奴なんだな」
「そ、そう、なの、かな?」
くすりと微笑みを漏らす天ケ瀬。
「ああ。さっきだってリスに話しかけてただろ? お前が普通の女の子だってことが確信をもって理解できたよ」
「え!? そんなところから見てたの!? 早く声をかけてほしかったよ。藤崎くんは意外と人が悪いんだ?」
「そうかもな」
オレはいつの間にか天ケ瀬と普通に何の先入観もなく話すことができている。
とても不思議な感覚だった。
こう、身体の底からマグマが湧き上がってくるような……。
「あ、れ……?」
オレの視界の高さが一気に落ちる。
「藤崎くん、藤崎くん!?」
------------------------------------------------------------------------------------------------
「ん、ここは?」
オレが目を覚ますとそこは知らない場所だった。
身体を包むように柔らかい掛け布団が掛けられ、上も下も心地いい。
つんつんとオレの肩を触るものがあった。
顔を傾けるとヘッドフォンは付けていないものの、口を閉ざした天ケ瀬だった。
「え? ああ!!」
勢いよく起き上がると身体中がきしんだが、外を見る。
うっすらと明るくなってきているところだった。
再び天ケ瀬を振り返る。
「オレ、お前の部屋で寝てたのか?」
小さくこくりとうなずいた。
「……ここ、お前のベッド?」
ぼっと音が出そうなほど急に顔が赤くなる天ケ瀬。
いや、こっちが赤くなるよ。
オレはすぐにベッドから降りると足に力を入れ立とうとするも、思わず倒れかけてしまう。
「――」
支えられ、耳元にある彼女の息づかいでなんとなく理解した。
まだ寝てて、と。
オレはやむを得ずベッドに腰掛ける。
身体の力が不自然なくらいに抜けてしまっている。
「これもお前の起こす不幸ってやつなのか?」
縦にうなずく。
すると近くのテーブルの上に置いてあったスケッチブックを手にすらすらと何事かを書いていく。
“ごめんね。藤崎くんがわたしの声を聴いても何ともないのかもって勘違いしちゃったんだ”
“藤崎くんがわたしの初めてちゃんと話せる人なのかなって勘違いしたの。だから、異変に気付くのに遅れた。本当にごめんね”
複数のページにわたって紡がれる繊細な文字はそのまま天ケ瀬の内面を表しているのだと思う。
後半は少しだけ、本当にわずかに字が震えていた。
「いや、オレが不用意に近づいたのが悪かった。気にしなくていいからな」
スケッチブックが捲られ、新たに文字が紡がれる。
“今日、学校行くの……?”
「ああ、行くよ。授業サボれないから」
本当はこの具合の悪さで行きたくはない。
だがここで休んでしまえば、天ケ瀬の噂が真実であったと裏付けることになりかけない。
昨日から見ていて理解した。
天ケ瀬は体調不良ではなく、人に会うのに抵抗があるのだろう。
すでに学校中にうわさが広がっているがゆえにいづらいのだ。
その『いづらい』雰囲気を『いてはいけない』という空気の変化させてはいけない。
そうオレは理解する。
少し迷っていたようだがスケッチブックには次のように書かれていた。
“わたしもついていってもいい? そんな状態じゃ、すぐに倒れちゃうと思うから……”
「それは……」
この場合何が正解だ?
確かにオレ一人だと具合の悪さで倒れかけない。
しかしついてきてもらうということは天ケ瀬に嫌な思いをさせるかもしれない。
噂という名の火は延焼こそ防いだが、本人という火種が投下されれば再度拡大しかねない。
だが――。
「……ああ、よろしく頼みたい」
天ケ瀬はスケッチブックをテーブルの上に戻すと、隣の部屋を指さす。
そして服を持ち上げるしぐさをする。
「……それは、着替えて来るってことか?」
うなずく。
それからもう一度隣の部屋を指さしてから両目をふさぐようなしぐさをする。
「間違ってものぞくなってことだよな」
こくこくとうなずいてからこの部屋を出て行った。
壁にかかっている時計を見ると午前6時頃といったところだ。
「こんな時間帯に女子の家って、場違いだな、オレ」
------------------------------------------------------------------------------------------------
「おい、見ろよあれ」
「え、あの一年生マジ?」
「誰か取り返しがつかなくなる前に助けてやれよ」
オレと天ケ瀬は並んで正門を抜け、昇降口へと向かいがてらそのような言葉の嵐を受ける。
天ケ瀬はいつも通りヘッドフォンをしているが、オレは音楽を聴いていても声が聞こえることを知っている。
「天ケ瀬、何も一緒に登校することはなかったんじゃないか?」
いくら頭がふわふわすると言っても熱はない。
身体がどこかおかしいだけだ。
天ケ瀬は首を振る。
「そうか」
教室に入るとより反応が顕著だ。
「おは――。……お前らってそんな関係だったの?」
「乙」
「草」
最後の二つは絶対にふざけた反応だった。
オレは一瞬だけ彼女を見る。
ヘッドフォンを付けて無表情だけど、視線だけは合った。
「いやそこでたまたまあっただけだ。別に何でもないよ」
オレと彼女の席は幸い後部の左右で分かれている。
オレは自分の席に着くと身体を机に倒し、居眠りの態勢を整える。
身体が重すぎる。
これはいつまで続くのだろう。
------------------------------------------------------------------------------------------------
「――」
「ん。んあ……」
誰かがオレの肩をつついている。
目を開けるとやはり天ケ瀬だ。
「もう授業終わったのか?放課後?」
こくりと縦に首を振る天ケ瀬。
「じゃあ、帰るか。ねむ……」
オレが昇降口を出て、帰路に就くと天ケ瀬も隣をついてくる。
寝て起きたらだいぶ身体が楽になった。
「天ケ瀬、明日からはもう平気だ。オレの付き添いをすることもない。悪かったな」
天ケ瀬はヘッドフォンを外すと首を横に振る。
それからメモ帳を取り出すと何事かを書きつける。
どうやら複雑なことを言いたい時は紙を媒体にして伝えるようだ。
“藤崎くんが謝ることじゃないよ。わたしが不用意にしゃべったのが悪いんだし。それに――”
「それに……?」
“今日学校にいて分かったことがあるの。藤崎くん、わたしの呪いが本当なこと知ってて、みんなに黙っていてくれてたんでしょ? たまたまクラスの子が話してるのを聞いちゃったんだ”
「ああー」
それは気まずいな。
こういうことは気づかれずにやるからいいのであって、気づかれてしまったらかっこがつかない。
といっても元々つけるかっこなんてないけどな。
「ん、まあな。嫌な噂、流されて気分いい奴なんていないだろ」
天ケ瀬は柔らかく微笑んだ。
その笑顔にオレは不覚にも鼓動の高まりを知る。
天ケ瀬は学校では冬の六花のように冷たい表情をしているが、本来の彼女は春の日向のように温かい笑顔を持っているんだ。
これは、この感情は、もしかして。
「いや、そんなはずはないよな」
告白経験0。
ときめき経験0。
被告白経験0。
そんなオレが天ケ瀬に。
んなわけない。
「――」
「うわっ!」
急に天ケ瀬の顔が接近して来て驚いた。
「なにしてるんだよ」
“急にそんなはずない、っていうからどうしたのかなって問いかけたの。そしたら藤崎くん黙りこくっちゃうんだもん”
最後に怒ったような顔文字がついているのはご愛敬、なのかもしれない。
「何でもないさ。――ここまでだな。俺の家はここだから」
あるのは一軒家ではなくマンションだ。
オレはその最上階に住んでいる。
父が俗にいうエリート公務員だからだ。
「明日もしっかり学校に来いよ。そうしないとオレがまたお前の家に届けなきゃならない」
天ケ瀬はこくりとうなずくと何を思ったのか胸の前で小さく手を振る。
知ってるか?
男の、それも年頃の男子にそんなことしたら、悶絶する。
オレもあいさつ代わりに片手を挙げ最上階の自分の部屋に入る。
そのままベッドにダイビングだ。
「あいつ、改めて可愛すぎだろ……」
脳裏に焼き付いた映像はなかなか離れようとしない。
これでは本当にあれじゃないか。
それも超S級にやばいあれだ。
その日、オレはあれなゲームをやってみた。
もちろん、すべての選択肢を外し、ハッピーエンドにたどり着けたものはなかった。
「よろしくな、春翔」
ざけんな!
と心で叫んでいた。
オレとあいつの関係はここで終わりとどこかほっとした気持ちだったのに、また休んだのだ。
なぜだ?
昨日学校に来て、今日学校に来るためのハードルは下がっているはずなのに。
今日もまた天ケ瀬の家の扉をノックする。
予想通り返事はない。
「また、あの花園か」
オレは木々の合間を抜け、この前の花園であいつの姿を見る。
今回は隅の方で木陰に入り、眠っているようだった。
黄昏の光が彼女の銀髪をきらきらと輝かせる。
うっかりするとその魔性の美しさに囚われてしまいそうになる。
「おい、天ケ瀬。起きろったら」
オレは彼女の肩を軽く揺さぶる。
すると一筋の髪が零れ落ち、オレの手に触れた。
「っ!」
思わず手をどけてしまう。
「あ・ま・が・せ!」
彼女はようやく起きたのか、ゆっくりと瞼を開ける。
そしてぺこりと頭を下げる。
さながらおはよう、といったところか。
「起きたところで悪いが、これ」
板についてきたような気がするな。このやり取りも。
「お前寝てるとき無防備すぎだろ。ほとんど人が来ないとはいえ、絶対に来ないとはいえないぞ」
天ケ瀬は横に首をかしげる。
寝ることの何が悪いのかという所だろう。
「いや昼寝自体はいいんだが。ほら、そのお前みたいなやつが寝ていると危ないっていうか」
天ケ瀬は首をかしげていたが、やがてぽん、と手を打つとメモ帳になにか書き始めた。
”藤崎くん、わたしのことが好きなの?”
「はあっ!?」
なんだか某有名な曲のサビ入りみたいな声が出てしまった。
このままうっせぇわとでもいえる神経があればよかったのにな。
天ケ瀬は悪戯っぽい表情でさらに追撃を加える。
”いつもわたしのもの届けに来てくれるし。そういえば入学した時からわたしのことを見ていたような”
「んな訳ないって。お前の気のせいだ」
オレにそんな記憶はない。
というか無意識で天ケ瀬をみていたなら、それはオレ自身がオレを軽蔑する。
”冗談”
「……非常に笑えない冗談だ」
オレはため息とともにその場に座り込む。
どうしてか、オレたちの住む街を一望できるこの丘の上の花園は落ち着くんだよな。
「どうして今日、来なかったんだよ?」
”どうしてだと思う?”
「分からないから聞いてるんだよ」
”わたし、実は藤崎くんのことが好きなんだ”
「はあっ!?」
本日二度目だ。
そして後に続くのは。
”冗談”
「……まったく受けないぞ、それ」
両手を顔の前で合わせてごめんねと笑いかけてくる。
ああ、まったくもって笑えない冗談だ。
“きっとわたしが学校に行ったら藤崎くんはここに来てくれなくなるでしょ? それが嫌だったの”
オレは心底驚くことになった。
今、彼女はペンを動かしていなかった。
つまり、この話題になることを予測してあらかじめ答えを書いておいたのだ。
それ以上にオレが来なくなるからという答えが胸につかえる。
「それは、どういう……」
“好き、これは本当”
「っ!?」
オレの心臓は壊れたのかと思うほど連打を刻む。
“藤崎くんのこと、前から好きだったんだよ。さっき言ったよね、わたしのことを藤崎くんが見てたっていう冗談。あれは逆なの”
「ぎゃ、く?」
それって天ケ瀬が、オレを入学した時から見ていたということ。
なんだよ、それ。
意味が分からない。
“わたし、藤崎くんと同じ中学校だったんだよ。不登校だったけど”
「それとオレに何か関係でもあるのか?」
オレは天ケ瀬のような生徒がいたとは記憶していない。
“一度だけ、勇気を出して中学に行ったことがある。わたしの噂が収束していなかったその時に。12月7日のあの日、わたしは藤崎くんに救われたの”
オレには覚えがない。
“きっと藤崎くんにとっては何でもない日常のことだったんだろうね。わたしが廊下で先輩に絡まれていたところを君が助けてくれたんだ。噂があればそれを利用しようとする人もいる。その人からわたしを助けてくれた”
「オレはそのときなんか言ってたか?」
“『大丈夫か? お前も色々大変だと思うけど頑張れよ。何かあれば相談に乗ってやるから』”
「……紛れもなくオレだ」
中学時代、中二病を発症していた痛いオレはキザなセリフを好んで使っていた。
一生の黒歴史をまざまざと過去から掘り出された心地だ。
“高校に入って藤崎くんと同じだって知って嬉しかったんだよ。でもあっというまにわたしの噂が広まって、何も話せないまま今まで来ちゃったんだ”
少しだけ居心地悪げに笑う。
もう間もなく日は沈み夜闇が支配するだろう。
「オレもお前のこと最近気になってはいたんだ」
口から出たのは心の底にたまっていたもやもやの原因だった。
意識しないように丸めておいたそれ。
もう、無視も捻じ曲げることもできない。
今この機会を逃せばオレは、一生打ち明けることはないだろう。
「オレも天ケ瀬優衣が好きだよ」
――好きだから、引き受けてもいいと思った。
――好きだから、すぐに帰らず言葉を投げた。
――好きだから、こんなにもやもやした。
――好きだから、こんなにも満たされるような気持ちになる。
“じゃあ、キスしてよ”
目をつむり、天ケ瀬は受けの姿勢を取る。
「ん……」
これはオレのものじゃない。
天ケ瀬の吐息だ。
柔らかくて繊細で。
ぎこちない、優しくも甘いキス。
ただ、唇が触れるだけの。
「天ケ瀬、いや優衣。お前の言葉を聞きたい」
優衣は驚いたように目を丸くする。
そして首を勢いよく横に振る。
“そんなことしたら今度はどんな不幸が降りかかるかわからないよ! せっかく想いが伝わったのに”
「いいんだ。優衣は本当は人との関わりを求めているはずだ。そうじゃなきゃいつも寂しそうにしていることがおかしい。そのヘッドフォンだって寂しい感情を押し殺してまで他の奴らを傷付けないように気を使ってなんだろ?」
“そのとおりだよ。……人を見てないようでいてしっかり見てたんだね。――わかった”
「わたしは春翔くんが好きだよ」
オレは全身の血が沸騰する感覚を得る。
冬の六花を思わせる涼やかな声色。
わずかにうるんだ同じく銀の瞳。
紅潮した真っ白な頬。
……悶絶。
「ねぇ、本当に大丈夫? 顔が赤いし――なんで口元を隠すの?」
「いや何ともなくはないんだ。少しお前の姿に見惚れて、口元が緩んだだけで。というか赤いのは優衣もだろ!」
何をいうんだ、オレは!
きざな昔の自分が戻ってきたように感じた。
優衣は白い肌がはっきりと赤く変わっている。
「それは、やっと好きな人に気持ちを渡せたから……! は、はずかしいんだよ……!」
オレは優しく彼女を抱きしめる。
大胆な行動ではあったが拒まれることもなく、彼女もオレの背に腕を回してくれる。
何秒、あるいは何分そのままでいたのだろう。
言葉は交わさずともそのぬくもりが心地よかった。
「ねえ、春翔くん。花園を見て」
オレは抱擁を解き、花園に視線を移す。
「すごい……」
一輪一輪の花から小さな光の球が夜空に上がっては消えていく。
まるでファンタジーの世界にいるようなそんな幻想的な風景が広がる。
「わたしの魔法の力をここの花たちに分けてあるんだ。だから夜になると貯めた力を少しずつ開放するの。わたしの大好きな景色なんだ」
光の球を追って視線は自然と上向く。
その先には三日月が昇っていた。
「今日が満月じゃないのが少し残念な気もするな」
「わたしは三日月も好きだよ。そして春翔くんといる今この瞬間がわたしの一番」
「よくそんなことを平然と……ってそんな湯気が出そうなほど恥ずかしいなら、無理に言わなければいいのに」
「い、いいの! わたしはずっと独りだったんだから! 人なれしてないから、距離感も微妙なの!」
「ははは、ならこれからはそんなことないな」
「え……?」
「だってこれからはオレの藤の文字に誓って側にいるから」
これくらいきざな方がオレらしいのかもしれない。
天ケ瀬は突然透明な光を流す。
花たちが解き放つ光のせいでそう見えたが、これは涙だ。
「泣いて、いるのか?」
オレは人差し指で割れ物に触るように、優しく拭う。
「だって……! だって、わたしはいつも独りだった! 誰もわたしに手を差し伸べてはくれなかった……! 諦めかけてたところに、好きな人の手が伸ばされてきたんだよ……!? 我慢できるわけがない……!」
「ああ、そうだな。気が済むまで泣けばいい」
淡い月の光が幻想的な花園に二人の影を造る。
一人はゆっくりと手を動かしその背中をなでる者。
一人はその手に身を委ね肩を小刻みに揺らす者。
孤独、寂しさ、優しさ、嬉しさ、切なさ。
感情の渦が混ざり合って、一つの形を浮き上がらせる。
それはきっと何よりも尊くて、何よりも大切なもの。
だんだんと天ケ瀬の嗚咽が小さくなってきた。
「もう冬だ。風邪、引くぞ」
「……うん、そうだね。今日、泊ってく?」
「いやまだ遠慮しておくよ、こういうのは順を追ってだろ?」
「……うん」
オレと優衣は立ち上がる。
視線の高さが上がると、眼下の夜景もはっきりと見えた。
これ以上ない幸福な時間に包まれているな、と感じる。
「そういえばどうして藤の文字に誓って、なの?」
「藤の花言葉は『優しさ』『歓迎』そして『決して離れない』だからだ」
「わたしを照れ殺しにしようとしてるよね!? その手はくわ――春翔くん!?」
二人の影が去っていく。
途中で少年の方は倒れてしまった。
魔法の呪いは絶対だ。
だが、もし少年が諦めずに少女を愛し続けたのなら――。
天ケ瀬優衣に魔法を与えた何者かは、二人の若き人間の顛末を観測する。
その結末が、ハッピーエンドで終わるのか、あるいはバッドエンドで終わるのか。
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