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アーティファクト、水瀬の知りたいこと
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オレは水瀬の邸宅のテラスにてガーデンを見下ろしながら六属性の魔法の魔法陣を構築している。
これまでに火、水、風、光、闇、無の六つの属性の基本魔法が使えるようになった。
だがいくら全力をもって修練したとはいえ、所詮は一週間そこそこの付け焼刃にすぎない。
戦闘中に暴発するかもしれないし、逆に発動しない可能性もある。
なら、頼るべきはやはり暗殺術しかない。
オレの過去は負の遺産でしかないが、唯一探すのであれば暗殺術だけはマシなのかもしれない。
オレはすぐに魔法陣を魔力に帰す。
「八神くん、隣いい?」
オレは半分だけ振り返り、うなずく。
水瀬はオレの隣に来ると、同じように視線をガーデンに落とす。
「私が育てている花たち、綺麗でしょう? タイムにオーニソガラム、デイジーやネモフィラもある」
「ああ、見ているだけで癒えるよ。それに落ち着いた気持ちにもなれる」
しばらくオレと水瀬の間には風のそよぐ音しか存在しなくなった。
どこか不自然で、でも決して居心地の悪いものではない。
水瀬はさらに一呼吸おいてからオレに視線は向けずに聞いてくる。
「八神くんは明日が怖くない……?」
小さな、それでいて清流のごとく涼やかな声でオレに問う。
「怖くはない。だが緊張はするな。魔法を少しやったところで並び立てるとは思っていない。どう補おうか今悩んでいたんだ」
「そう……。貴方はやっぱり強い人ね」
水瀬は淡く微笑み、オレに向き直る。
「――これを受け取って」
手渡されたものは数日前に見せてもらった通信用のアーティファクト――イヤーカフだ。
「以前も少し言ったと思うけど、使い方はとても簡単よ。通信したい相手の顔を思い描いてから伝えたいことを思うだけ。通信する相手もこのイヤーカフを持っていることと魔法が使えることが条件ね」
オレは早速耳に装着し、試しに水瀬に送ってみることにした。
≪眠い≫
≪……任務中にそんな通信はしないでね≫
互いに口は動かしていないが、確かに意思疎通ができた。
「もちろんこれはテスト通信だ」
「それならいいけど……。先に言っておくと、今回の任務ではこれの出番はほとんどないと思うわ」
とんとん、と自身のイヤーカフを触って見せる。
「どうしてだ?」
「今回は二人で任務にあたるでしょう? その場合意思の伝達は容易だから。人数が大規模になれば話は別だけどね。でもこれからは必要な時以外は付けたままでいて。何かあった時にすぐに連絡できるように」
「分かった」
「それはそうと今日はもう何個か用件があるの」
オレはテラスから部屋へと戻るとそのまま廊下を出ていくつか隣の部屋へと案内される。
そこは大鏡と無数の服が掛けられた部屋だった。
「ここで八神くんには服を選んでもらいます!」
心なしか普段の水瀬のクールさが鳴りを潜め、代わりに別の側面が顔をのぞかせているように感じる。
「……それは必要なことなのか? なんのために?」
「これから私たちは戦いに出る。その時に普通の服だと魔法に対して脆弱すぎるの。だから機動力・防御力に優れた任務遂行用の服が必要なのよ」
「この服のままでも十分だと思うが」
「だめよ。私の相棒に死なれたら困るもの」
「……オレが選ぶんじゃなかったのか?」
水瀬はとても楽しそうにオレの服を選び始めている。
本当に、オレが選んでいいのではなかったのか。
だがこの年頃の少女は服選びが楽しい時期なのだろう。
オレが窓際で見守っている間にもてきぱきと様々な服――明らかにふざけているとしか思えないクマの着ぐるみなどもあった――の中から漆黒を基調にしたロングコートなどを取り出した。
中には品の良い装飾品もあった。
「これで良し。八神くん、試しに一度着てみて。きっと貴方に似合うはずだから」
自信満々に言う彼女にため息が出る。
第一に今着ている服の方が楽でいいこと、そして装飾品は動くのに邪魔になる。
「百歩譲って服はともかく装飾品は動きの妨げにしかならないぞ」
「大丈夫。これは魔力を長い年月をかけてため込んだ魔石よ。どうしても魔力が枯渇してしまった時や致命傷に至る傷でも一度は回復してくれる。だから身に着けておいて」
水瀬に説得を受け、やむなく身にまとうことを決める。
「わかった。着替えるから少しの間席を外してくれ」
「ええ。でも逃げないでね?」
濡れ羽色の長い髪を揺らし、少し首を傾ける。
無意識ではあるのだろうが、容姿が整っているだけにその破壊力は絶大だ。
オレは彼女に興味はないが、綺麗だと感想を持つこと自体は普通だろう。
余談だが、この部屋には二つの出入り口があるため、彼女はそれを指して言ったのだろう。
水瀬が退出するとオレはすぐに着替え終え、大鏡の前で自分の姿を確認する。
よく見ると薄く線が走っている。
「それは魔力回路よ。貴方を守ってくれる特別な服。ちなみに一般人にその薄い線は見えないから安心して」
いつの間にか部屋に戻ってきていた。
「オレが着替えている途中だったらどうするんだ」
「別に気にしない、私は」
「オレが気にする」
「意外と乙女?」
「……それならお前は狼だな」
水瀬は口元を手で隠すようにして笑った。
「ごめんなさい。八神くんの反応が面白くて。ええ、もうしないから」
「ああ」
水瀬はこの部屋のもう一つの扉を開けた。
「次は貴方にイヤーカフ以外のアーティファクトを選んでもらうわ」
部屋に入るとそこは奇跡を体現する場所だった。
浮かび上がる宝石に、魔力回路が駆け回る盾。
淡く光る短剣に何だかわからないものの数々。
「アーティファクトは、文字通り工芸品。人間がその営みを始めてから今に至るまでの知恵と努力の結晶よ。ほら見て」
水瀬は棚の上に置いてあった小さなイルカのブローチを手に取った。
「起動」
すると空中に二匹のイルカが浮き上がる。
くるくると泳ぎ回った後、そのイルカたちは跡形もなく消えてしまう。
「こんな風に魔力を流してから起動と言うだけで使える道具よ。今のは戦闘には役に立たないけど、他にもたくさんあるわ。貴方が必要とするものはどんなアーティファクト?」
「そうだな……」
やはり多くのものは所持していたくない。
重量がかさめば動きが鈍くなる。
小さくて軽いもの。
「投げ針みたいなものはあるか? 魔法の付与ができるとなおいいんだが」
「あるわね」
水瀬は棚の引き出しを開けると、数本の鉄針を手渡してくる。
「これは投げ針としても使えるけど、起動すると一気に長さが身の丈ほどまで伸びるわ」
「それはまた危険なアーティファクトだな」
そんなもので貫かれたら死は必定だ。
「それだけで大丈夫?」
「ああ、これだけで十分だ」
「欲がないのね」
「欲、とは違うと思うぞ」
オレはそこでふと水瀬の様子が気にかかった。
今日はやけに軽いやり取りが多い。
人は何か隠したいことや言いたいことがあってそれを打ち明けられない時、普段とは違う行動をとりがちになる。
水瀬がオレの前を通って部屋を出て行こうとするが、オレは言葉をもって制止する。
「何か言いたいことがあるんじゃないか?」
「……どうして?」
「顔に書いてあった。憂いは任務の前に断っておくものだ。話してほしい」
少しの間があったが水瀬は振り返り、正面からオレの顔を見る。
「八神くんはどうして冬のあの日、助けてくれたの?」
「人が困っていたら助けるのは当然だろう」
「……そういう建前の話じゃなくて。それ以外の答え。正直に言ってほしいの」
「……あの時は気づかなかったが、あれから少し考えたことがある」
「それは?」
オレの脳裏に一月のあの日、水瀬が仮面の人物と戦っていたことが克明に思い出される。
「オレが見た限り、あの仮面と水瀬は同等の力を持つように思えたんだ。だが、その実水瀬は押されていた」
「貴方の見立て違いだったとか?」
「いいや、違うな。あの時、間違いなく水瀬と仮面は対等だった」
「ならどうして?」
「水瀬にはもう分かっているはずだ。お前は生きることより死を選んだ。だから圧されていたんだ」
「仮にそうだとして、なぜ八神くんは助けたの?」
「オレはただ、お前に死んでほしくなかっただけだ」
今度は大きく間が空く。
オレにとってはあまり良い空白ではない。
やがて水瀬はゆっくりと一歩だけ後退した。
「そ、それは、いきなりの告白ってこと?」
「絶対に違うな。オレはお前に他人と同じくらいの興味しか持っていない」
オレが他者に持つ興味はゼロ。
つまり水瀬に持つ興味もゼロということだ。
「なんだか理不尽ね……。でも死んでほしくないって思ってくれていることは素直に嬉しい」
水瀬は今度こそオレに背を向け、部屋を出て行った。
振り向きざまにオレの目の端に映った水瀬の頬には光る物があった気がした。
「気のせい、だよな」
死んでほしくない、こんな言葉はありふれたものにすぎない。
そんな単純な言葉で泣くはずがない。
まして、オレの言葉は万人受けするような、そんな言葉をあえて選んでいるのだから。
------------------------------------------------------------------------------------------------
オレは一階まで降りるとガーデンを抜け、さらに先の緑道を突っ切って鉄門のところまでやってくる。
するとそこにはちょうど入ってこようとする東雲がいた。
東雲もオレの存在に気づくと足を止める。
「ちょうど良かった! ねえ、あんた。伊波がいなくなったんだけど何か知らない?」
そう東雲にオレはそう聞かれる。
一瞬あいつが何か残していたのかとも思ったがそんなことはあり得ない。
念には念を入れて徹底的に伊波の部屋を洗ったのだから。
つまり、東雲はオレ個人に対して嫌疑を持っているのではなく全員に聞いて回っているとみるべきだ。
つまり、オレは伊波のことを何も知らないとする。
「知らないな。伊波と会うこと自体まれだったし」
「そう。別に気にしなくていいわ。んじゃ、せいぜい明日の任務頑張りなさいよ」
そういうと早々に立ち去って行った。
東雲と伊波に関係があったのか。
伊波は固有能力を持ち合わせていないようだったので、恐らくは東雲の私兵団の一人なのだろう。
いささかの同情はするが、それだけだ。
------------------------------------------------------------------------------------------------
それから一度自宅に戻り、黒塗りの短刀の手入れや予備の確認、アーティファクトの確認を行った。
戦闘の準備は整った。
「今日くらい、悪夢を見てもいいか」
いつもは悪夢を忌避し屋外で眠るのだが、今日はなぜかそれを見てもいいと思える。
------------------------------------------------------------------------------------------------
目を開けるとそこはオレの心象風景――闇と鎖の空間にいた。
”やあ”
”必要な時以外現れないんじゃなかったのか……?”
約一週間前にも聞いた中性の声だ。
いまだ動くことすら許されない空間も二度来れば多少の慣れは出て来る。
”戦闘の前に君に伝えておくことがあったのさ。ほらそろそろ君の前に出て来るよ”
突然、眼前に染みができるようにじわじわと球体が浮き上がってくる。
淀んだ血液の色だ。
それはゆっくりと鎖に縛られたオレに近づき、体内に消えていく。
”これで君は固有能力に付随する鎖は手に入れたね。おめでとう”
乾いた音でまばらな拍手が聞こえる。
球体がオレに入ったところで何の異常もない。
”付随する……? オレには固有能力はないということか?”
”いいや、君にはあるよ。それもとびきりのが。でも今の君に渡すことはできないかな。あまりにも力不足だ”
声はあはははは、と愉快そうに笑う。
”君の身体にあの球体が入ったことで君は能力の欠片を手にしたんだ。今回はただそれだけを伝えたかった。何も知らずに魔法にやられるのはあまりにも不憫だからね――じゃあ、バイバイ”
オレは反応する間もなく現実に浮上する。
いまだ夜は明けず、ガラス窓からは月光が差し込んでいる。
時計を見ると時刻は午前二時を示していた。
予想通り、今日の夜こそが満月だ。
「それにしても悪夢にうなされなかったとはいえ、あの声と会うのも気分が悪い」
オレは冷や汗でじっとりと濡れた額を拭う。
落ち着け。
何も起こっていない。
大丈夫だ。
オレはそう言い聞かせるようにして再び眠りについた。
これまでに火、水、風、光、闇、無の六つの属性の基本魔法が使えるようになった。
だがいくら全力をもって修練したとはいえ、所詮は一週間そこそこの付け焼刃にすぎない。
戦闘中に暴発するかもしれないし、逆に発動しない可能性もある。
なら、頼るべきはやはり暗殺術しかない。
オレの過去は負の遺産でしかないが、唯一探すのであれば暗殺術だけはマシなのかもしれない。
オレはすぐに魔法陣を魔力に帰す。
「八神くん、隣いい?」
オレは半分だけ振り返り、うなずく。
水瀬はオレの隣に来ると、同じように視線をガーデンに落とす。
「私が育てている花たち、綺麗でしょう? タイムにオーニソガラム、デイジーやネモフィラもある」
「ああ、見ているだけで癒えるよ。それに落ち着いた気持ちにもなれる」
しばらくオレと水瀬の間には風のそよぐ音しか存在しなくなった。
どこか不自然で、でも決して居心地の悪いものではない。
水瀬はさらに一呼吸おいてからオレに視線は向けずに聞いてくる。
「八神くんは明日が怖くない……?」
小さな、それでいて清流のごとく涼やかな声でオレに問う。
「怖くはない。だが緊張はするな。魔法を少しやったところで並び立てるとは思っていない。どう補おうか今悩んでいたんだ」
「そう……。貴方はやっぱり強い人ね」
水瀬は淡く微笑み、オレに向き直る。
「――これを受け取って」
手渡されたものは数日前に見せてもらった通信用のアーティファクト――イヤーカフだ。
「以前も少し言ったと思うけど、使い方はとても簡単よ。通信したい相手の顔を思い描いてから伝えたいことを思うだけ。通信する相手もこのイヤーカフを持っていることと魔法が使えることが条件ね」
オレは早速耳に装着し、試しに水瀬に送ってみることにした。
≪眠い≫
≪……任務中にそんな通信はしないでね≫
互いに口は動かしていないが、確かに意思疎通ができた。
「もちろんこれはテスト通信だ」
「それならいいけど……。先に言っておくと、今回の任務ではこれの出番はほとんどないと思うわ」
とんとん、と自身のイヤーカフを触って見せる。
「どうしてだ?」
「今回は二人で任務にあたるでしょう? その場合意思の伝達は容易だから。人数が大規模になれば話は別だけどね。でもこれからは必要な時以外は付けたままでいて。何かあった時にすぐに連絡できるように」
「分かった」
「それはそうと今日はもう何個か用件があるの」
オレはテラスから部屋へと戻るとそのまま廊下を出ていくつか隣の部屋へと案内される。
そこは大鏡と無数の服が掛けられた部屋だった。
「ここで八神くんには服を選んでもらいます!」
心なしか普段の水瀬のクールさが鳴りを潜め、代わりに別の側面が顔をのぞかせているように感じる。
「……それは必要なことなのか? なんのために?」
「これから私たちは戦いに出る。その時に普通の服だと魔法に対して脆弱すぎるの。だから機動力・防御力に優れた任務遂行用の服が必要なのよ」
「この服のままでも十分だと思うが」
「だめよ。私の相棒に死なれたら困るもの」
「……オレが選ぶんじゃなかったのか?」
水瀬はとても楽しそうにオレの服を選び始めている。
本当に、オレが選んでいいのではなかったのか。
だがこの年頃の少女は服選びが楽しい時期なのだろう。
オレが窓際で見守っている間にもてきぱきと様々な服――明らかにふざけているとしか思えないクマの着ぐるみなどもあった――の中から漆黒を基調にしたロングコートなどを取り出した。
中には品の良い装飾品もあった。
「これで良し。八神くん、試しに一度着てみて。きっと貴方に似合うはずだから」
自信満々に言う彼女にため息が出る。
第一に今着ている服の方が楽でいいこと、そして装飾品は動くのに邪魔になる。
「百歩譲って服はともかく装飾品は動きの妨げにしかならないぞ」
「大丈夫。これは魔力を長い年月をかけてため込んだ魔石よ。どうしても魔力が枯渇してしまった時や致命傷に至る傷でも一度は回復してくれる。だから身に着けておいて」
水瀬に説得を受け、やむなく身にまとうことを決める。
「わかった。着替えるから少しの間席を外してくれ」
「ええ。でも逃げないでね?」
濡れ羽色の長い髪を揺らし、少し首を傾ける。
無意識ではあるのだろうが、容姿が整っているだけにその破壊力は絶大だ。
オレは彼女に興味はないが、綺麗だと感想を持つこと自体は普通だろう。
余談だが、この部屋には二つの出入り口があるため、彼女はそれを指して言ったのだろう。
水瀬が退出するとオレはすぐに着替え終え、大鏡の前で自分の姿を確認する。
よく見ると薄く線が走っている。
「それは魔力回路よ。貴方を守ってくれる特別な服。ちなみに一般人にその薄い線は見えないから安心して」
いつの間にか部屋に戻ってきていた。
「オレが着替えている途中だったらどうするんだ」
「別に気にしない、私は」
「オレが気にする」
「意外と乙女?」
「……それならお前は狼だな」
水瀬は口元を手で隠すようにして笑った。
「ごめんなさい。八神くんの反応が面白くて。ええ、もうしないから」
「ああ」
水瀬はこの部屋のもう一つの扉を開けた。
「次は貴方にイヤーカフ以外のアーティファクトを選んでもらうわ」
部屋に入るとそこは奇跡を体現する場所だった。
浮かび上がる宝石に、魔力回路が駆け回る盾。
淡く光る短剣に何だかわからないものの数々。
「アーティファクトは、文字通り工芸品。人間がその営みを始めてから今に至るまでの知恵と努力の結晶よ。ほら見て」
水瀬は棚の上に置いてあった小さなイルカのブローチを手に取った。
「起動」
すると空中に二匹のイルカが浮き上がる。
くるくると泳ぎ回った後、そのイルカたちは跡形もなく消えてしまう。
「こんな風に魔力を流してから起動と言うだけで使える道具よ。今のは戦闘には役に立たないけど、他にもたくさんあるわ。貴方が必要とするものはどんなアーティファクト?」
「そうだな……」
やはり多くのものは所持していたくない。
重量がかさめば動きが鈍くなる。
小さくて軽いもの。
「投げ針みたいなものはあるか? 魔法の付与ができるとなおいいんだが」
「あるわね」
水瀬は棚の引き出しを開けると、数本の鉄針を手渡してくる。
「これは投げ針としても使えるけど、起動すると一気に長さが身の丈ほどまで伸びるわ」
「それはまた危険なアーティファクトだな」
そんなもので貫かれたら死は必定だ。
「それだけで大丈夫?」
「ああ、これだけで十分だ」
「欲がないのね」
「欲、とは違うと思うぞ」
オレはそこでふと水瀬の様子が気にかかった。
今日はやけに軽いやり取りが多い。
人は何か隠したいことや言いたいことがあってそれを打ち明けられない時、普段とは違う行動をとりがちになる。
水瀬がオレの前を通って部屋を出て行こうとするが、オレは言葉をもって制止する。
「何か言いたいことがあるんじゃないか?」
「……どうして?」
「顔に書いてあった。憂いは任務の前に断っておくものだ。話してほしい」
少しの間があったが水瀬は振り返り、正面からオレの顔を見る。
「八神くんはどうして冬のあの日、助けてくれたの?」
「人が困っていたら助けるのは当然だろう」
「……そういう建前の話じゃなくて。それ以外の答え。正直に言ってほしいの」
「……あの時は気づかなかったが、あれから少し考えたことがある」
「それは?」
オレの脳裏に一月のあの日、水瀬が仮面の人物と戦っていたことが克明に思い出される。
「オレが見た限り、あの仮面と水瀬は同等の力を持つように思えたんだ。だが、その実水瀬は押されていた」
「貴方の見立て違いだったとか?」
「いいや、違うな。あの時、間違いなく水瀬と仮面は対等だった」
「ならどうして?」
「水瀬にはもう分かっているはずだ。お前は生きることより死を選んだ。だから圧されていたんだ」
「仮にそうだとして、なぜ八神くんは助けたの?」
「オレはただ、お前に死んでほしくなかっただけだ」
今度は大きく間が空く。
オレにとってはあまり良い空白ではない。
やがて水瀬はゆっくりと一歩だけ後退した。
「そ、それは、いきなりの告白ってこと?」
「絶対に違うな。オレはお前に他人と同じくらいの興味しか持っていない」
オレが他者に持つ興味はゼロ。
つまり水瀬に持つ興味もゼロということだ。
「なんだか理不尽ね……。でも死んでほしくないって思ってくれていることは素直に嬉しい」
水瀬は今度こそオレに背を向け、部屋を出て行った。
振り向きざまにオレの目の端に映った水瀬の頬には光る物があった気がした。
「気のせい、だよな」
死んでほしくない、こんな言葉はありふれたものにすぎない。
そんな単純な言葉で泣くはずがない。
まして、オレの言葉は万人受けするような、そんな言葉をあえて選んでいるのだから。
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オレは一階まで降りるとガーデンを抜け、さらに先の緑道を突っ切って鉄門のところまでやってくる。
するとそこにはちょうど入ってこようとする東雲がいた。
東雲もオレの存在に気づくと足を止める。
「ちょうど良かった! ねえ、あんた。伊波がいなくなったんだけど何か知らない?」
そう東雲にオレはそう聞かれる。
一瞬あいつが何か残していたのかとも思ったがそんなことはあり得ない。
念には念を入れて徹底的に伊波の部屋を洗ったのだから。
つまり、東雲はオレ個人に対して嫌疑を持っているのではなく全員に聞いて回っているとみるべきだ。
つまり、オレは伊波のことを何も知らないとする。
「知らないな。伊波と会うこと自体まれだったし」
「そう。別に気にしなくていいわ。んじゃ、せいぜい明日の任務頑張りなさいよ」
そういうと早々に立ち去って行った。
東雲と伊波に関係があったのか。
伊波は固有能力を持ち合わせていないようだったので、恐らくは東雲の私兵団の一人なのだろう。
いささかの同情はするが、それだけだ。
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それから一度自宅に戻り、黒塗りの短刀の手入れや予備の確認、アーティファクトの確認を行った。
戦闘の準備は整った。
「今日くらい、悪夢を見てもいいか」
いつもは悪夢を忌避し屋外で眠るのだが、今日はなぜかそれを見てもいいと思える。
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目を開けるとそこはオレの心象風景――闇と鎖の空間にいた。
”やあ”
”必要な時以外現れないんじゃなかったのか……?”
約一週間前にも聞いた中性の声だ。
いまだ動くことすら許されない空間も二度来れば多少の慣れは出て来る。
”戦闘の前に君に伝えておくことがあったのさ。ほらそろそろ君の前に出て来るよ”
突然、眼前に染みができるようにじわじわと球体が浮き上がってくる。
淀んだ血液の色だ。
それはゆっくりと鎖に縛られたオレに近づき、体内に消えていく。
”これで君は固有能力に付随する鎖は手に入れたね。おめでとう”
乾いた音でまばらな拍手が聞こえる。
球体がオレに入ったところで何の異常もない。
”付随する……? オレには固有能力はないということか?”
”いいや、君にはあるよ。それもとびきりのが。でも今の君に渡すことはできないかな。あまりにも力不足だ”
声はあはははは、と愉快そうに笑う。
”君の身体にあの球体が入ったことで君は能力の欠片を手にしたんだ。今回はただそれだけを伝えたかった。何も知らずに魔法にやられるのはあまりにも不憫だからね――じゃあ、バイバイ”
オレは反応する間もなく現実に浮上する。
いまだ夜は明けず、ガラス窓からは月光が差し込んでいる。
時計を見ると時刻は午前二時を示していた。
予想通り、今日の夜こそが満月だ。
「それにしても悪夢にうなされなかったとはいえ、あの声と会うのも気分が悪い」
オレは冷や汗でじっとりと濡れた額を拭う。
落ち着け。
何も起こっていない。
大丈夫だ。
オレはそう言い聞かせるようにして再び眠りについた。
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