鬼さんの推しごと~ご利益はお夜食で~

葉咲透織

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第三話 夫婦喧嘩は鬼も食わない

第三話 ⑤

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 多少のすったもんだはありつつも、克彦さんは本当に、鬼百合荘に引っ越してきた。

 最初に雪枝さんに突きつけられた、この家でのルールに関しては目を白黒させていた。まだ鬼については話をしていない。これは、勝手に私たちが話をしちゃいけないんだって。というか、話すことができないように、ワタナベがまじないをかけているとかなんとか。

 全員が鬼の存在を知っている状態では自由に言及できるけれど、ワタナベが実際に鬼について語るまでは、口に出そうとすると声が出なくなる。

 っていうのを、私は克彦さんが越してきてから初めて体感した。本当に声が出なくなって、口がパクパク動くだけになってしまった。

 彼はびっくりして、何かストレスがかかったのでは? と、心配してくれた。私が入居したてのときも、同じようにみんなが大変だったんだろうなあ。

 引っ越しは速やかに行われ、克彦さんだけじゃなく、雪枝さんも洋室のフロアから和室へと部屋移動をした。卯川夫妻は並んだ部屋で暮らすことになった。入居者同士で泊まる場合は特に何の問題もないと、住民が増えることを苦々しく思っているワタナベが教えてくれた。週に何度かは、一緒の部屋で眠るのだろう。

 毎日の方が克彦さんは嬉しいのでは? と、雪枝さんに聞いてみたら、「今さらだわ~。それに、筆がノッてきたら、夜中まで執筆しちゃうから、睡眠時間が合わないのよ、私たち」と、あっけらかんとしていた。彼女の後ろには、かわいそうな克彦さん……。

 そしてその克彦さんは、ちゃんと? というか、鬼百合荘の規則にのっとって、定期的にイラストを描き始めた。入居したばかりの頃の私と同じで、完璧主義になりがちな彼を、雪枝さんがサポートする。が、彼女は小説書きなので、イラストや漫画についてアドバイスすることはできない。

 なので、何かわからないことがあれば、彼は私に聞いてくる。

「楽しく趣味で描いているわけなので、そこまで凝らなくても大丈夫ですよ」

 と言っても、克彦さんは真剣そのものだ。ならば私よりも、カルチャースクールとかで本格的に習った方がいいのでは? とも提案した。

「いや。俺は、八木沢さんがいいんだよ」

 なんか熱烈な告白を受ける前振りみたいになってるけど、もちろん彼は真剣そのものだし、雪枝さんのことしか眼中にない。

「そういう先生のところに通えば、絵が上手くなる方法だとか、格好よく絵を見せるための技術は教えてくれるだろう。けれど、俺が目指す絵ってのは、そうじゃない」

 一度言葉を切った克彦さんは、空中に視線をさまよわせた。ふさわしい言葉を考えていることはわかったので、黙って待つ。

「頭の中に浮かんだ世界を、この紙に描きたい。俺は絵も下手だし、言葉も上手くないだろう? けれど、君はきちんと読み取って、俺の考えたとおりに、的確にアドバイスをくれる」

 だから、八木沢さんに教えてもらいたいのだと、真顔で言う。

 なんだか頬が熱くなってきた。泣いてしまったら、克彦さんが悪者にされてしまうから、ぐっと我慢だ。

「ありがとう、ございます。その、私、あんまり学校の課題も、漫画の投稿も上手くいってなかったから、そうやって言ってもらえるの、嬉しいです」

 夏休み前、最後の授業のときも、私の描いたものは漫画家である綴つづり先生によって貶された。どこをどうすればネーム力が上がって評価されるのかわからないまま、夏休みに突入していたのだ。あんなに憧れの、授業が受けたくてわざわざ東京に出てきたくらいの先生なのに、幻滅してしまって、やる気が出ない。

 ぐちゃぐちゃぐるぐるになった脳みそで、実は本当にラクガキしか鬼に献上できていないのは、私の方だった。

「八木沢さんはもしかしたら、ひとりで作るよりも何人かで話し合いながら作った方が、上手くいくタイプなんじゃないか?」
「え?」
「創作ってのは、孤独な作業だろう。たいていの人間は、ひとりで最初から最後まで仕上げるからこそ、納得がいくまでやれる。けれど今、八木沢さんはひとりで苦しんでいる。俺に教えてくれるときは、楽しそうなのに」

『小説原作のコミカライズ、やってみませんか? 八木沢さん、向いてると思いますよ』

 つい先日、再び訪れた出版社で、編集さんから二度目の誘いを受けていた。やっぱりストーリーが下手すぎて、目も当てられないっていう辛辣な感想を、オブラートに何重にもくるんだ意見だと思ったが、もしかして、本気で言っていたのかもしれない。

 と、克彦さんからの指摘で気がついた。

 確かに、私はひとりで描くことにこだわっていた。ストーリーを考えて、コマを割ってネームを作り、下書き・ペン入れ・トーンやセリフ入れなど。後半の作業は、プロになって稼げるようになったら、アシスタントを雇って任せることはできるけれど、デビュー前の身では、何事も自分自身で行わなければならない。

 でも、創作って何人でやってもいいのだ。

 辰野さんは数人で分業して、ゲームを作っている。一時期は、プログラミングしかできない自分を卑下して、クリエイターのなりそこないであるという自認だった彼も、今はストーリーや場面構成など、プログラミングだけじゃなく、皆で意見を交換している。

 有名な漫画家だって、ひとりだと思っていたらふたりで作ってます、ということも少なくない。三人、四人のユニットだっている。

 そっか。無理してひとりで創る必要、ないんだ。

 ストンと納得した。もしも私が、克彦さんが言うような傾向の人間だというのなら、もともと編集部が「面白い!」と認めた作品だ。文字を読み取り、行間に浮かぶ作者の意図まで追求したうえで作画していくのは、さぞかし楽しいことになるだろう。

「克彦さん。ありがとうございます」

 亀の甲より年の功とはよく言ったもので、作品に真面目に向き合うあまりに頑固になっていた私では、気づかなかったことを教えてくれた。

 私はすぐにその場を離れて、自室から電話をする。初めてかける相手だから、ドキドキする。

『はい?』

 結構夜も遅くなってきた時間だったことを思い出したのは、返事を聞いてからだった。うわ、どうしよう! 礼儀知らずだって思われるかも。

「あの、八木沢です。ペンネーム、羊野ひつじのリン」

 相手は月刊少女漫画誌の編集で、持ち込みで見てもらって以来の関係である。彼は「ああ、八木沢さん。どうしましたか?」と、いつもの穏やかな口調で尋ねてきた。とはいえ、早めに用件を伝えるべきなのは間違いないだろう。電話に出るってことは、もしかしたらまだ、仕事中なのかもしれないし。

「あの、以前からお誘いいただいている、コミカライズの件なんですけど……!」



 夏真っ盛り、暑い日が続く夏休みの一日が、また始まる。

 コミカライズ作家になれるかどうか、お盆明けに別の編集部で漫画家を探している編集さんに紹介してくれると約束をした。それまでの間に、あれも描きたいしこれも描きたい。異世界ファンタジー系が多いから、そういうキャラクターをデザインして、ポートフォリオとして持っていくべきだろう。

 バイトも課題も、それから新たな挑戦も、毎日が目まぐるしい。

 そんな中で、私は今日も、神棚にお供えをする。

「鬼さん、どうぞお収めください」

 克彦さんがすでに外出しているため、思う存分口にでいる「鬼」という単語。呼びかけて祠に捧げたのは、着物を着た美女の一枚イラストだ。

 今回、雪枝さん夫婦を仲直りさせることに成功したのも、鬼が夢の中で、お姫様の絵を見せてくれたのがきっかけだった。それで「夢絵」という概念を知って、私から克彦さんに「描いてみませんか?」と、オススメすることができた。

 その感謝を込めて、私は鬼が描いた絵と、自分が以前に見た実際のお姫様のことを思い出して描いた。久しぶりにアナログで作業をして、楽しかった。ラクガキとはいえ、ちゃんとペンを入れて、簡単にだけど着色もした。

 普段はこれで終わりだ。帰ってきてから回収しようと思って神棚の前から去ろうとしたその瞬間、祠がぴかーっと強く光った。

「なに!?」

 これには私だけじゃなくて、食堂にいたマリアもびっくり。私たちの悲鳴を聞きつけて、部屋から出てきた人たちの目には、さすがに光は映らなかったかもしれない。何せ一瞬のことだ。

 下りてきた彼らに説明をする。

「私が絵を上げたら……って、ああ!?」

 指さして今起きたことについて話をしつつ、神棚を振り返ると、あったはずの封筒がなくなっていた。

「嘘ぉ……」
「長くここに住んでるけど、こんなの初めてだわ」

 雪枝さんの呆然とした声。やっぱり、お姫様のイラストってのがきいたんだろうか。そりゃそうか。これまで何百年もの間、封じられた状態の彼は、自給自足しなきゃならなかったわけだ。突然の新規絵師のラクガキに、狂喜乱舞しているのかもしれない。

「ご、ごめんね。今度はもうちょっと、真面目に描くわ……」

 なんだかラクガキだったのが申し訳ない気持ちになって私が言うと、樹が「馬鹿」と言った。

「なによ。馬鹿って言う方が馬鹿でしょ!」

 膨れる私に、「そんな約束して、どうなってもしらねぇぞ」と、彼は呆れている。 

 樹の真意に気がついたのは、夜食がどう見ても豪勢だったからだ。今まで見たことがない量のおにぎりやサンドイッチ、大福まで手作りしたのか、いっぱいある。

 私は咄嗟に、開かずの扉に向けて叫んだ。

「少しは加減しろ!」

 まーた太っちゃうじゃん!

 私の吠え声を合図に、夜食パーティのために、皆が一階へと降りてくる。

「だから言ったろ?」

 絶対に自分じゃ手をつけないくせに、なぜか一緒になってやってくる樹も、変な奴だよね。

 でも、そんな変な奴が集まった鬼百合荘が、私は好き。

 ここじゃなきゃ思いつかなかったアイディアが、次々と湧いてくるの。

 おにぎりを頬張って、私はネタ帳として使っているノートにペンを走らせる。

 やっぱりいつか、このシェアハウスをモデルにした漫画を描きたい。みんなどこかぶっ飛んだキャラクターでさ、でもロマンス成分も欲しいよね。少女漫画だからさ。現実とは一ミリもかすっていないけれど。

 もしも本当にこの漫画を世に出すとなったら、鬼はどんなふうに描こう。彼もまた、鬼百合荘の立派な住人だ。出さないわけにはいかない。

 今度、夢で会ったときに聞いてみようかな。

 思い思いに夜食を食べ、自分のタスクを片付けながら、鬼百合荘の夜は更けていく。



(了)
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