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序 不本意な結婚
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宴は夕刻からずっと続いていた。
都から遠く離れた、少々活気の足りない街だ。市民のほとんどが外に出てきて飲めや歌えやの大騒ぎをする機会はついぞない。滅多にない僥倖に感謝し、子どもから大人まで、誰も彼もが正気じゃない。
一段高い場所に作られた席におとなしく座りながら、琥珀はだらだらと背中に汗をかいていた。すぐ傍に設置された篝火のせいではなく、「どうしてこうなった!?」の冷や汗である。
急ごしらえの衣装を、母は「汚すんじゃないわよ」と凄んできたが、背中に塩を吹くのは、不可抗力だと思う。腹側は、飲食をする暇がほとんどないから汚れようもなかった。
「おめでとうございます、若!」
長いこと、街のまとめ役を務めてきた長老が、跡継ぎの息子や、孫に支えられてやってきた。この老いぼれごとき、と、最近はめっきり弱気になり、声も嗄れて小さくなっていた彼の声が、現役時代と同じ音量で響き渡った。
キーン、と耳の奥が痛む。琥珀はひきつった笑顔を浮かべて、
「爺。そんな、祝うようなことじゃあ……」
「なにを言いますか、若! わしはもう、若の晴れ姿を見ることができないものだと覚悟しておりました。それが、それが……」
心得たように、琥珀と同世代の孫が手巾を長老に渡した。涙を拭き拭き、鼻を拭き、落ち着いた彼は孫に汚れた布を返して、嫌な顔をされている。
この孫と琥珀とは、知己である。同じ学舎で机を並べていた。決して親しいわけではない。お互いに切磋琢磨するうちに興奮して、喧嘩に発展することが常であった。
それも子どもの時分の話で、大人になってからはたいした交流もしていなかった。かたや落ちぶれた貴族、かたや街の代表となるべく生まれた男。どちらが偉いのかは、時と場合による。複雑な関係なのである。
琥珀の視線に気がついた彼は、にやりと笑った。そして口の動きだけで、「おにあいだな」と言った。無論、本心からの祝福ではなく、からかいである。
頭の上、白茶の毛皮を纏った虎の耳が、ひくひくと揺れるのを自覚する。目は口ほどにものを言うらしいが、白虎族に関しては、耳と尾も正直であった。
よっぽど怒鳴りつけてやろうかと思ったが、長老の心臓が止まってしまうかもしれず、ぐっと我慢した。琥珀は腹立たしい孫息子から目を逸らすとともに、隣に座る男を見た。
自分がこれほどまでに、怒りや困惑に心乱されているというのに、男は冷静で、酒を楽しむ余裕すらある。長老からの言祝ぎにも、余裕ぶった態度で頷いている。言葉数は少なく、祝福への礼も口にはせず、会釈で済ませている。
彼だってこの婚儀を不本意に思っているはずなのに。
そう、婚儀である。琥珀と、この男の。
琥珀は生まれてこの方、男である。仙術によって、性別を変えることのできる者もいるらしいが、これまでもこれからも、そんな怪しげな連中を頼るつもりもない。
隣にいる男もまた、類いまれなる美貌ではあるが、決して女性的とはいえない。艶やかな黒髪は、櫛を通した女たちが揃って溜め息をつくほど見事なものであったとしても。
――こいつの方が髪が長いのに、どうして俺が女みたいに髪を結われているんだろう。
そりゃ確かに、この男よりも背は低いし、華奢に見えるかもしれない。白虎族にしては小柄で筋肉のつきにくい自分の肉体が憎らしいやら、どうせ出仕して冠を戴くこともないのに、髪を伸ばしっぱなしにしていた自分の無精を悔やむやら。
顔色ひとつ変えない男と比べて、自分がひどく劣っているような気分になる。
琥珀は唇をぎゅっと噛み締め、隣で自分の夫となる男――青龍族の王子である紫嵐との一週間前の出会いについて思い返した。
都から遠く離れた、少々活気の足りない街だ。市民のほとんどが外に出てきて飲めや歌えやの大騒ぎをする機会はついぞない。滅多にない僥倖に感謝し、子どもから大人まで、誰も彼もが正気じゃない。
一段高い場所に作られた席におとなしく座りながら、琥珀はだらだらと背中に汗をかいていた。すぐ傍に設置された篝火のせいではなく、「どうしてこうなった!?」の冷や汗である。
急ごしらえの衣装を、母は「汚すんじゃないわよ」と凄んできたが、背中に塩を吹くのは、不可抗力だと思う。腹側は、飲食をする暇がほとんどないから汚れようもなかった。
「おめでとうございます、若!」
長いこと、街のまとめ役を務めてきた長老が、跡継ぎの息子や、孫に支えられてやってきた。この老いぼれごとき、と、最近はめっきり弱気になり、声も嗄れて小さくなっていた彼の声が、現役時代と同じ音量で響き渡った。
キーン、と耳の奥が痛む。琥珀はひきつった笑顔を浮かべて、
「爺。そんな、祝うようなことじゃあ……」
「なにを言いますか、若! わしはもう、若の晴れ姿を見ることができないものだと覚悟しておりました。それが、それが……」
心得たように、琥珀と同世代の孫が手巾を長老に渡した。涙を拭き拭き、鼻を拭き、落ち着いた彼は孫に汚れた布を返して、嫌な顔をされている。
この孫と琥珀とは、知己である。同じ学舎で机を並べていた。決して親しいわけではない。お互いに切磋琢磨するうちに興奮して、喧嘩に発展することが常であった。
それも子どもの時分の話で、大人になってからはたいした交流もしていなかった。かたや落ちぶれた貴族、かたや街の代表となるべく生まれた男。どちらが偉いのかは、時と場合による。複雑な関係なのである。
琥珀の視線に気がついた彼は、にやりと笑った。そして口の動きだけで、「おにあいだな」と言った。無論、本心からの祝福ではなく、からかいである。
頭の上、白茶の毛皮を纏った虎の耳が、ひくひくと揺れるのを自覚する。目は口ほどにものを言うらしいが、白虎族に関しては、耳と尾も正直であった。
よっぽど怒鳴りつけてやろうかと思ったが、長老の心臓が止まってしまうかもしれず、ぐっと我慢した。琥珀は腹立たしい孫息子から目を逸らすとともに、隣に座る男を見た。
自分がこれほどまでに、怒りや困惑に心乱されているというのに、男は冷静で、酒を楽しむ余裕すらある。長老からの言祝ぎにも、余裕ぶった態度で頷いている。言葉数は少なく、祝福への礼も口にはせず、会釈で済ませている。
彼だってこの婚儀を不本意に思っているはずなのに。
そう、婚儀である。琥珀と、この男の。
琥珀は生まれてこの方、男である。仙術によって、性別を変えることのできる者もいるらしいが、これまでもこれからも、そんな怪しげな連中を頼るつもりもない。
隣にいる男もまた、類いまれなる美貌ではあるが、決して女性的とはいえない。艶やかな黒髪は、櫛を通した女たちが揃って溜め息をつくほど見事なものであったとしても。
――こいつの方が髪が長いのに、どうして俺が女みたいに髪を結われているんだろう。
そりゃ確かに、この男よりも背は低いし、華奢に見えるかもしれない。白虎族にしては小柄で筋肉のつきにくい自分の肉体が憎らしいやら、どうせ出仕して冠を戴くこともないのに、髪を伸ばしっぱなしにしていた自分の無精を悔やむやら。
顔色ひとつ変えない男と比べて、自分がひどく劣っているような気分になる。
琥珀は唇をぎゅっと噛み締め、隣で自分の夫となる男――青龍族の王子である紫嵐との一週間前の出会いについて思い返した。
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