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三 巫女の託宣
朱の巫姫、黒の貴公子【一】
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朱雀国は南に位置する国で、玄武国と比べて温暖だ。真夏じゃなくてよかったと、暑さに弱い三人は思うが、燦里はそんな男たちを、「軟弱ですわね」と、鼻で笑った。ただ、彼女も初めての船旅で体調を悪くした琥珀に対しては、優しかった。すぐにでも朱倫姫に会いにいきたいところを押しとどめ、琥珀が回復するのを待ってくれた。
一応、「俺たちはちゃんと手続きをして姫様に会いに行くから、先にどうぞ」とは申し出たが、頑として聞かない。淵明先生にもあなた方のことを頼まれていますので、と宿から手紙を書き、連れとして三人を同行させる申告をしていた。
そしてようやく、朱倫と顔を合わせることになる。
てっきり王宮に向かうのかと思っていた琥珀だが、着いたのは質素な祠を擁する離宮であった。
「ここにお姫様が?」
琥珀の知る姫君といえば、白虎族のお転婆姫たちである。都を追放された琥珀たちの耳にも、姉妹の中で自分が一番だと主張する、王のひ孫たちの噂が入ってくるほどだ。あの大きな城を我が物顔で闊歩する幼女たちの姿を想像し、てっきり朱倫の暮らしも似たようなものだろうと考えていたのである。
「朱倫様は、巫ですもの」
黄王に仕える巫たちは、神殿に暮らす決まりである。それがたとえ、女王の血筋であっても特別扱いは許されない。いずれ夫を持ち、女王として采配を行う彼女はまだ未婚で、誰よりも力の強い巫女だという。
「黄王陛下の託宣を受け取ることができるのは、姫様だけなのです」
「へぇ」
実際、黄王という奴がいるのならば、紫嵐を説得してもらいたいものだ。お前には向いてないよ、と。
大学に入るときとはまた違う緊張感で足を踏み入れたのは琥珀だけのようだった。何度も訪ねている燦里はもちろんのこと、黒麗は飄々とした態度を崩さず、世話役の神官にべらべらとしきりに話しかけては、困惑させていた。
紫嵐は……と、琥珀は隣を歩く男を見上げた。こちらの視線に気づくことなく、彼の唇は下がっていて、この来訪が本当は不満であるということが見てとれた。それでもやっぱり会わなければならないのは、黄王になるための方法を、当の本人に問いただすという理由があるからだ。朱倫に依頼し、託宣を受け取るのだ。
先導するのは燦里で、彼女の足取りは弾んでいた。楽しそうだねえ、と黒麗に言われて、反発せずに「当然です!」と胸を張っている様子からも、待ちきれないというのが伝わってくる。
果たして朱倫とは、どのような女なのか。ようやくその答えにお目にかかることができる。
「姫様。朱倫様。お目通りをしたいという者たちを、連れてまいりました」
コンコン、と扉を叩きながら燦里が言うやいなや、中から勢いよく開いた。飛び出してきたのは、すごぶるつきの美女である。背が高く、男としては小柄な琥珀とほとんど変わらない。燃えるような赤い髪と宝石のような緑の目が特徴的で、巫であることを示す、朱の隈取がよく似合う。姫様というよりは女王様という貫禄ある美貌だが、パッと破顔すると、あどけなさすら感じさせた。
「紫嵐! 会いたかった!」
彼女は燦里にも黒麗にも、当然初対面の琥珀にも目をくれず、餌にまっしぐらになる犬を彷彿させる勢いで、紫嵐に突進した。いや、その勢いは猪にも勝るかもしれない。
呆気にとられる琥珀の横では、黒麗が「相変わらずだねえ、朱倫ちゃんは」と、苦笑している。さらにその隣では、燦里が手巾を噛んで悔しがっている。芝居でしか見たことのない表現で、これは現実かと琥珀は思い、こっそり頬をつねった。
「あら……あなたは……?」
まるで初対面の人間を見るような目で、黒麗を見つめる。彼は苦笑して、
「やだな。僕だよ、僕。玄武族の黒麗! 友達の顔を忘れちゃったの? 朱倫ちゃん」
じっと見つめること数秒、ようやく朱倫は得心する。
「なんだ、黒麗かぁ」
なんだ、呼ばわりされた黒麗は、がっくりと肩を落とす。
「ひどすぎ。そりゃないよ、朱倫ちゃん」
「だってあなたの顔、好みじゃないんだもの」
ズキ、と胸の辺りが痛んだ。黒麗は絶世の美男子とは程遠いが、愛嬌がある。どちらかといえば、琥珀もその系統の顔だ。朱倫が紫嵐との再会を大げさなほど喜んでいるのは、彼女の言葉の裏を返せば、彼の顔は好みだということで。
隣り合って立つふたりを、琥珀はじっと観察する。しっとりとした落ち着いた色彩の紫嵐と、燃え上がる鮮やかさの朱倫は対照的で、だからこそお似合いだとも言えた。紫嵐の横で、しゃんと背を伸ばして自信に満ち溢れているというのも、しっくりくる要因かもしれない。
何よりも、男女である。夫婦と呼ばれるのならば、彼らの方がふさわしいのではないかと、琥珀は感じた。
もしも彼女が紫嵐を好いているのなら、俺は……。
「朱倫。紹介しよう」
紫嵐が彼女の腕をやんわりと下げ、離れる。そして琥珀の横に来ると、一歩前に出ろと背中を押される。
「白虎族の琥珀だ。そして、私の伴侶でもある」
伴侶として、堂々と紹介されるのは、実は初めてのことだった。男同士で内縁の関係になり、一緒に住むことはあまり例がないから、公にすることでもない。砂流の街で大きな祝賀会が開かれたことと、あとはなぜか勝手に知っていた黒麗くらいのもので、あとは旅をともにする友人という感じだった。
「あ、えっと、琥珀です。どうかよろしく……」
「は~!? ちょっと、ラン! あなた、私の知らないところで何を結婚してるのよ~!」
キィン、と鼓膜が震えた。顔は女王様らしいのに、言動が子どもっぽい。
琥珀は、「はは……」と乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
一応、「俺たちはちゃんと手続きをして姫様に会いに行くから、先にどうぞ」とは申し出たが、頑として聞かない。淵明先生にもあなた方のことを頼まれていますので、と宿から手紙を書き、連れとして三人を同行させる申告をしていた。
そしてようやく、朱倫と顔を合わせることになる。
てっきり王宮に向かうのかと思っていた琥珀だが、着いたのは質素な祠を擁する離宮であった。
「ここにお姫様が?」
琥珀の知る姫君といえば、白虎族のお転婆姫たちである。都を追放された琥珀たちの耳にも、姉妹の中で自分が一番だと主張する、王のひ孫たちの噂が入ってくるほどだ。あの大きな城を我が物顔で闊歩する幼女たちの姿を想像し、てっきり朱倫の暮らしも似たようなものだろうと考えていたのである。
「朱倫様は、巫ですもの」
黄王に仕える巫たちは、神殿に暮らす決まりである。それがたとえ、女王の血筋であっても特別扱いは許されない。いずれ夫を持ち、女王として采配を行う彼女はまだ未婚で、誰よりも力の強い巫女だという。
「黄王陛下の託宣を受け取ることができるのは、姫様だけなのです」
「へぇ」
実際、黄王という奴がいるのならば、紫嵐を説得してもらいたいものだ。お前には向いてないよ、と。
大学に入るときとはまた違う緊張感で足を踏み入れたのは琥珀だけのようだった。何度も訪ねている燦里はもちろんのこと、黒麗は飄々とした態度を崩さず、世話役の神官にべらべらとしきりに話しかけては、困惑させていた。
紫嵐は……と、琥珀は隣を歩く男を見上げた。こちらの視線に気づくことなく、彼の唇は下がっていて、この来訪が本当は不満であるということが見てとれた。それでもやっぱり会わなければならないのは、黄王になるための方法を、当の本人に問いただすという理由があるからだ。朱倫に依頼し、託宣を受け取るのだ。
先導するのは燦里で、彼女の足取りは弾んでいた。楽しそうだねえ、と黒麗に言われて、反発せずに「当然です!」と胸を張っている様子からも、待ちきれないというのが伝わってくる。
果たして朱倫とは、どのような女なのか。ようやくその答えにお目にかかることができる。
「姫様。朱倫様。お目通りをしたいという者たちを、連れてまいりました」
コンコン、と扉を叩きながら燦里が言うやいなや、中から勢いよく開いた。飛び出してきたのは、すごぶるつきの美女である。背が高く、男としては小柄な琥珀とほとんど変わらない。燃えるような赤い髪と宝石のような緑の目が特徴的で、巫であることを示す、朱の隈取がよく似合う。姫様というよりは女王様という貫禄ある美貌だが、パッと破顔すると、あどけなさすら感じさせた。
「紫嵐! 会いたかった!」
彼女は燦里にも黒麗にも、当然初対面の琥珀にも目をくれず、餌にまっしぐらになる犬を彷彿させる勢いで、紫嵐に突進した。いや、その勢いは猪にも勝るかもしれない。
呆気にとられる琥珀の横では、黒麗が「相変わらずだねえ、朱倫ちゃんは」と、苦笑している。さらにその隣では、燦里が手巾を噛んで悔しがっている。芝居でしか見たことのない表現で、これは現実かと琥珀は思い、こっそり頬をつねった。
「あら……あなたは……?」
まるで初対面の人間を見るような目で、黒麗を見つめる。彼は苦笑して、
「やだな。僕だよ、僕。玄武族の黒麗! 友達の顔を忘れちゃったの? 朱倫ちゃん」
じっと見つめること数秒、ようやく朱倫は得心する。
「なんだ、黒麗かぁ」
なんだ、呼ばわりされた黒麗は、がっくりと肩を落とす。
「ひどすぎ。そりゃないよ、朱倫ちゃん」
「だってあなたの顔、好みじゃないんだもの」
ズキ、と胸の辺りが痛んだ。黒麗は絶世の美男子とは程遠いが、愛嬌がある。どちらかといえば、琥珀もその系統の顔だ。朱倫が紫嵐との再会を大げさなほど喜んでいるのは、彼女の言葉の裏を返せば、彼の顔は好みだということで。
隣り合って立つふたりを、琥珀はじっと観察する。しっとりとした落ち着いた色彩の紫嵐と、燃え上がる鮮やかさの朱倫は対照的で、だからこそお似合いだとも言えた。紫嵐の横で、しゃんと背を伸ばして自信に満ち溢れているというのも、しっくりくる要因かもしれない。
何よりも、男女である。夫婦と呼ばれるのならば、彼らの方がふさわしいのではないかと、琥珀は感じた。
もしも彼女が紫嵐を好いているのなら、俺は……。
「朱倫。紹介しよう」
紫嵐が彼女の腕をやんわりと下げ、離れる。そして琥珀の横に来ると、一歩前に出ろと背中を押される。
「白虎族の琥珀だ。そして、私の伴侶でもある」
伴侶として、堂々と紹介されるのは、実は初めてのことだった。男同士で内縁の関係になり、一緒に住むことはあまり例がないから、公にすることでもない。砂流の街で大きな祝賀会が開かれたことと、あとはなぜか勝手に知っていた黒麗くらいのもので、あとは旅をともにする友人という感じだった。
「あ、えっと、琥珀です。どうかよろしく……」
「は~!? ちょっと、ラン! あなた、私の知らないところで何を結婚してるのよ~!」
キィン、と鼓膜が震えた。顔は女王様らしいのに、言動が子どもっぽい。
琥珀は、「はは……」と乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
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