不本意な結婚~虎の初恋、龍の最愛~

葉咲透織

文字の大きさ
22 / 35
四 蛇の罠

伏魔殿【一】

しおりを挟む
 味方のほとんどいない青龍国への帰還。こっそりと戻ったところで、暗殺者を差し向けられ、秘密裏に処理されてしまう可能性が高かった。
 ではどうするか。答えは簡単で、逆に大手を振って帰ることにした。
「あれでいて、青龍王家の人間は、外面そとづらがいい。第五王子の私の不在を、他国への遊学だとごまかしているのだ」
 国民は紫嵐に悪感情を抱いておらず、むしろ幼い頃に母親を亡くした美しい王子のことを、同情的に見ている。ひとりひとりは力を持たぬ彼らだが、ひとつにまとまればそれは、世論を形成して紫嵐の後ろ盾になってくれる。
 久しぶりに帰国し、元気な姿を人々の前に現していた紫嵐が王宮内で急死したとなれば、疑念を抱く。噂は人の口を経るごと真実へと変わっていく。敵側もそれを知っているから、王宮内では紫嵐の身に危険は及ばないという計算であった。
 朱雀国を出国する前に、朱倫に頼んで青龍国へと文書で通知を送ってやった。次期女王、そして黄王の巫女である彼女からの手紙は、効力を発揮する。
「もうねぇ、張り切って書いてあげたわよ。感謝なさい」
 挨拶に行ったときに、朱倫はにやにやと笑っていた。文面を確認させてもらえなかった紫嵐の顔は、やや引きつっていた。
「お前、何を書いた?」
「別に? 第五王子殿下は黄王陛下直々に、青龍国での任務を命じられていらっしゃいます。彼の力になってさしあげてくださいませ、って。本当のことじゃない」
 ねぇ? と同意を求められた琥珀も、愛想笑いを返すしかできなかった。
 旅の乗り物も、馬を使っていた白虎国~玄武国の間とは違い、馬車を使った。朱雀国の紋章が入った、王家の馬車を貸してくれた。屈強な護衛も何人か。朱倫の大盤振る舞いに感謝するとともに、ここまで好き勝手にできる朱雀国の体制にも引いた。おそらく燦里のような信奉者たちに支えられているのだろう。彼女たちが幸せならば、部外者の自分があれこれ言うべきことではない。
「あ、紫嵐」
 主役は遅れてやってくるものだという。これまでの旅の中で、一番のんびりしている。無理をせずにひとつひとつの街で停車して、紫嵐の健在を印象づける。国境沿いの街には、青龍族も少数ながら暮らしており、彼らから祖国の親族へと噂が広まったところで入国する予定になっている。もちろん、青龍国内も鈍行だ。
 朱雀国ではこの街が最後になる。今日はここで宿泊し、明日はいよいよ青龍国だ。
 帰国を決めてから、紫嵐はふらりとひとりでどこかへ行ってしまうことが増えた。物思いにふけるその姿を見ると、胸がぎゅっと苦しくなる。たったひとりの伴侶であるにも関わらず、琥珀は彼の支えになることができていない。
 いつもはそっとしておいてほしいのだろうと気を遣い、声をかけないのだが、明日にはいよいよ敵国へと向かうとなると、今日はどうしても話をしなければならなかった。
 振り返った紫嵐の表情は硬く、琥珀の姿を目に留めても変化がない。
「探したよ」
 無理矢理に笑顔を浮かべると、琥珀は胸元をごそごそ、紐をつけて首から下げられるようにした逆鱗を取り出した。
「これから敵地で、一番危険にさらされるのはどう考えても紫嵐だろ。黒麗はあれで、『黒』の字を持っているんだから、放っておいても平気だろうし、俺は俺で、お前と番になっているなんて言わなきゃわかんない」
 王宮の中は安全だとしても、その分外ではなりふり構わずに命を狙ってくる可能性がある。事故や事件に巻き込まれたと見せかける方法はいくらだってあるだろう。
「だからこれ。怪我も船酔いもばっちりラクになったんだから、効果は確かだよ。まあ、俺なんかの祈りじゃ不十分かもしれないけどさ」
 嘘。本当は、必死に祈った。毎日毎晩、寝る前に、どうか紫嵐が無事であることを願った。ありとあらゆる事態を想定して、逆鱗を握りしめて怪我や毒からの回復を、具体的に想像した。ただ願いを籠めるよりも効果がありそうだったからだ。
 紫嵐は琥珀の手から、逆鱗を受け取った。もとは自分のものであったというのに、裏、表とひっくり返して確認し、そのまま突き返す。
「紫嵐!」
 少々声を荒げたのは、仕方がないことだろう。こちらの心配、好意を無下に扱われたのである。
「これはお前に与えたものだ。それに、青龍族の祈りでなければ意味がないとも聞く。護符としての効果もない」
「でもっ」
 なおも言いつのろうとする琥珀に、話は終わったとばかりに背を向ける紫嵐。
「……私とお前が必要以上に親しくしていれば、累が及ぶ。人前では、慎むように」
 なんて身勝手な男だ。琥珀はとっくに命を預ける覚悟を決めたというのに、彼は懸けさせてくれない。宙ぶらりんに浮いた琥珀の心だけ、置いてけぼりだ。
「……紫嵐の馬鹿!」
 悪態をついた琥珀は、逆鱗を握りしめる。溜息をついて首から下げ、服の下へと隠した琥珀は、紫嵐とは逆方向に、大股でずしずしと歩き去った。


 青龍国の都までの道のりも、安穏と過ごしていた。ただし、馬車の中でも琥珀と紫嵐は口を利かなかった。人前では、と彼は言ったが、琥珀はそんなに器用ではない。歓談を内輪だけにとどめておく自信がないと紫嵐に言えば、「ならば内でも外でも同じように」と言われてしまったため、黒麗だけがぺらぺらと喋っている。
 正直、最初の頃は「なんでこいつも?」と思っていた黒麗の同行だが、ここに来てこれほどまでに救われることになるとは、思っていなかった。
 ふたりきりであればギスギスして、耐えきれないものになっていただろう。黒麗も琥珀の宣言と紫嵐の沙汰を聞いていたから、理解してくれている。
 立ち寄る村、立ち寄る村で「王子殿下ですか?」と囲まれる紫嵐を見るのは、大層気持ちがもやもやとした。大抵、若い女が群がってくるのだ。
 どけ、そいつは俺のもんだぞ。
 そう言って散らそうと思ったことは、一度や二度じゃない。だが、そうやってすぐに発見されて取り巻かれるということは、作戦が実を結んでいるということでもあった。
「あちらさんも、手出しをするにできなくて、ずいぶんといら立っているみたいだね」
 黒麗曰く、青龍国に入ってから間者の姿をあちこちで見かけるという。好意的ではない視線を向けてくる老若男女、王宮まで付き添ってくれる朱雀国の護衛たちは、そうした怪しい連中を捕えて、尋問にかけていた。琥珀たちの知らないところで、の話だが。
 もちろん、口を割る者はいない。忠誠を誓った人間を売るような奴が、王族子飼いの間諜や殺し屋になれるはずもないし、逆にべらべらと喋る奴らは、何重にも経由した依頼を受けているため、本丸にたどり着くことはできないものだ。
「現行犯で捕縛できればいいのにな」
 琥珀の言葉に、「そうだねぇ」と、黒麗はのんきな声を上げた。どんなときも変わらない彼の傍にいると、ホッとすることができた。
 青龍国に入って一週間余り。第五王子の凱旋の噂は、いよいよ国内全土に広まっている。市井の人々と触れ合うことによって、紫嵐の態度も若干軟化したように思われた。青龍族と一口に言っても、彼の親族のようなあくどい連中は本当に一部なのだ。むしろ国民は純粋に王族である紫嵐を慕ってくれていて、「ご病気が治られたのですね」と、感動して泣く老婦人すらいる始末であった。
 そしてとうとう、都に入る。
「いよいよだな、紫嵐」
「……ああ」
 互いに避けあってきたが、敵の懐にこれから飛び込んでいくというところで、琥珀は声をかけた。背中を力強く叩くが、頑健な彼は痛くもかゆくもなさそうだ。そういえば、とある街では子どもにぶら下がられてもびくともしない紫嵐を見て、「本当に病み上がり?」と、疑っている住民もいた。
 顔色もよく、どこもやつれていないし、髪だって多少ぱさぱさしているが、抜けたり白くなったりしていない。壮健な若い男そのものの彼を見て、陰謀の臭いを感じ取ってくれる人間が、ひとりでもいれば。
 頼もしいはずの広い背中が、今は少しだけ、所在なさげに見える。
 抱き着きたい衝動に駆られるが、できない。自分から、内でも外でも旅の相棒として扱ってくれと言ったのは自分だ。触れればきっと、伴侶としての在り方を望んでしまうに違いない。
 縋ろうとする両手を、琥珀はバチンと自分の頬を叩く方に切り替えた。突然の音に、紫嵐が振り向く。
「気合い入れた。絶対負けんなよ!」
 負けはすなわち、死を意味するのだから。
 琥珀が突き出した拳に、紫嵐は苦笑――久しぶりに、笑顔を見た気がする――して、軽く自分の拳を合わせた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

短編版【けもみみ番外編】卒業の朝〜政略結婚するつもりで別れを告げた宰相子息ユリウスは黒豹エドワードの策略に嵌る〜

降魔 鬼灯
BL
 銀の髪が美しい銀狼獣人ユリウスは宰相家の一人息子だ。  留学中、同室になった黒豹獣人のエドワードと深い仲になる。  子供の頃からエドワードに想いを寄せていたが、自国では同性の婚姻は認められていない。しかも、文官トップの宰相家と武官トップの騎士団長家の仲は険悪だ。  エドワードとは身体だけの関係。そう言い聞かせて、一人息子のユリウスは、帰国を期にエドワードと別れ政略結婚をする決心をする。  一方、エドワードは……。  けもみみ番外編  クロードとアンドレアに振り回される学友2人のお話。

きっと、君は知らない

mahiro
BL
前世、というのだろうか。 俺は前、日本という国で暮らしていて、あの日は中学時代にお世話になった先輩の結婚式に参列していた。 大人になった先輩と綺麗な女性の幸せそうな姿に胸を痛めながら見つめていると二人の間に産まれたという女の子がひとりで車道に向かい歩いている姿が目に入った。 皆が主役の二人に夢中で子供の存在に気付いておらず、俺は慌ててその子供のもとへと向かった。 あと少しで追い付くというタイミングで大型の車がこちらに向かってくるのが見え、慌ててその子供の手を掴み、彼らのいる方へと突き飛ばした。 次の瞬間、俺は驚く先輩の目と合ったような気がするが、俺の意識はそこで途絶えてしまった。 次に目が覚めたのは見知らぬ世界で、聞いたことのない言葉が行き交っていた。 それから暫く様子を見ていたが、どうやら俺は異世界に転生したらしく………?

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

処理中です...