335 / 499
第11部
第四章 藍色の訪問、紫紺色の夜③
しおりを挟む
クライン工房の作業場。
アッシュは、完全武装した愛機の前で佇んでいた。
沈黙が続く。
「なあ、相棒」
アッシュは《朱天》に語る。
「俺って、本当にダメな兄貴だよな」
――何も、気付けなかった。
あの炎の日を、まさか、弟も生き延びていたとは……。
真っ先に救うべき家族だというに、今日まで生存を知ることさえなかった。
弟は、ずっと自分の生存を気にかけてくれていたというのに、だ。
「……明日か」
アッシュは、白く変わり果てた自分の前髪を押さえた。
「一体、どんな顔をすりゃあいいんだよ」
思わず本音を零してしまう。と、
「……ここにいたのか」
不意に、声を掛けられる。
振り向くと、そこには大きな胸を支えるように腕を組むオトハの姿があった。
「……オト、か」
「覇気がまるでないな」
オトハは呆れるように告げる。
「流石に、今回ばかりはな……」
アッシュは自嘲気味に口角を崩した。
「自分を思いっきりブン殴ってやりたい気分だ」
そんなことを言うアッシュに、オトハは小さく嘆息した。
そして、コツコツと足音を立てて近付くと、
「しっかりしろ、クライン」
アッシュの瞳を、真っ直ぐ見据えた。
「明日は弟に会うのだろう。兄が困惑した表情を見せてどうする」
「……オト」
アッシュは、オトハを見つめた。
「動揺する気持ちは分かるがお前は兄なんだぞ。そんな顔をするな。困惑しているのなら今夜中に吐き出せ。私が幾らでも付き合ってやる。そして笑顔で明日を迎えろ」
そう言って、オトハは二カッと笑った。
まるで、真似をしろと言わんばかりの笑顔だ。
アッシュは「ははっ」と口元を崩して目を細めた。
オトハは、昔からこうだった。
アッシュが精神的に落ち込んだ時こそ、彼女は必ず傍で笑ってくれていた。
(………オト)
――改めて、理解する。
本当に。本当に彼女がどれほど大切な存在なのか。
それを強く感じた時、アッシュは自然と手を彼女の方へと伸ばしていた。
「……む」
すると、オトハは少しだけムッとした表情を見せた。
「お前、また私を子供扱いする気か?」
きっと、いつものように頭を撫でられると思ったのだろう。
オトハは、とても不機嫌そうに眉根を寄せていた。
だが、そんな表情も愛おしい。
どうしようもなく。
だから、アッシュの手は、オトハの頬に触れていた。
「……? クライン?」
いつもと違う様子にオトハは少し眉をひそめた。
――が、次の瞬間、大きく目を見開くことになる。
「っ!?」
不意に。
本当に不意打ちで――。
気付けば、アッシュに唇を奪われていた。
オトハは、そのまま硬直して、ただただ唖然とした。
口付けは、数秒ほど続いた。
そして――。
「――ッ!?」
愕然とした表情を浮かべたのは、むしろアッシュの方だった。
「わ、悪りいっ!」
次いで慌てた様子でオトハから離れる。
「その、マジで悪りい! 空気に流された! こんなつもりはなかったんだが……」
アッシュは、彼らしくもなく言い訳を始めた。
まるで、自分の行動が分からないといった面持ちだ。
そんなアッシュを、オトハはまじまじと見つめていたが……。
「……まったく。ようやくしてくれたと思えば潔くない」
若干頬を赤く染めつつも、ふうと嘆息する。
対し、酷く困惑するのはアッシュの方である。
「いや、その、怒らねえのか? こんなセクハラされて」
この後に及んでまだそんな台詞を宣う男に、オトハも流石にムッとした。
「あのな、クライン」
そして彼女は、遂にその言葉を告げることにした。
「私はお前のことが好きなんだ。無論、異性としてな」
「…………は?」
世紀の鈍感王は、目を丸くした。
「だから、正直言って今は嬉しい。途轍もなく嬉しい。叫びたいほどに」
「そ、そうなのか?」
アッシュはさらに困惑する。
一方、オトハは徐々に耳を赤くしていくが、表情だけは平然としていた。
「お前がそういう行動に出たのは、お前も私に好意を抱いているからだろう? いや、もうまどろっこしいな。はっきり言うぞクライン」
オトハは腰に両手を。
そして前屈みに豊かな胸をたゆんっと揺らして告げる。
「お前は私を自分の女にするのだろう? まったく。いつまで待たせる気だ」
「……………は?」
アッシュは呆然とした。
が、数秒もかけずにオトハの台詞の意図に気付く。
「――オト!? お前、まさかあのおっさんとの会話を聞いてたのか!?」
「当然だ」
オトハは顔を赤くしつつも言う。
「何年の付き合いだと思っているのだ。お前の考えぐらい読める。あの日、お前があの男にこっそり会いに行くのも当然な」
「……うわあ」
アッシュは、自分の額を右手で打った。
「じゃあ、あの夜、俺が口走った台詞をお前は全部聞いてた訳か?」
「うむ。お前の後をつけてな。流石に小っ恥ずかしかったぞ」
言って、オトハは視線を横に逸らして、胸を支えるように両腕を組んだ。
恥ずかしかったの台詞が示す通り、彼女の耳は真っ赤だった。
一方、アッシュは深々と嘆息していた。
「そんで、それを今までずっと黙っていたのかよ」
「こんなこと言える訳ないだろ。当然、エマリアやフラム達にも言っていない。恥ずかしさで死ねるからな」
と、オトハは言うが、不意に表情を真剣なものに変えてアッシュを見つめた。
「だがなクライン。いま私はありったけの勇気を出している。だから聞くぞ」
そして、彼女は改めて尋ねる。
「お前は私をどう思っている? 私をどうしたいんだ?」
一瞬の沈黙。
アッシュはオトハを見つめた。
普段は気丈な彼女が、今は不安な眼差しを見せていた。
(……オト)
アッシュはさらに沈黙する。
その短くも長い間、オトハはずっと不安を隠せずにいた。
「……そんなの、決まってんだろ」
そして、アッシュは自分の想いを告げた。
もう誤魔化すことも出来ない、自分の強い想いを。
「あの夜に宣言した通りだよ。お前は他の誰にも渡さねえ。どんな野郎にも譲らねえ。オトハ。お前は今日から俺の女だ」
亡き少女への想いは、今も消えていない。
けれど、彼女を奪われたくないという想いもまた真実だった。
だからこそ――。
アッシュは決意すると、オトハの腰を強く抱き寄せた。
オトハは、瞳を見開いていた。
「ク、クライン――……んっ」
そして再び、オトハの唇を奪う。
今度は衝動任せなどではない。明確な意志を以て彼女を奪う。
オトハは驚いた表情を見せたが、おずおずとアッシュの背中に手を回した。
一度目よりも、ずっと長い口付け。
工房内に静寂が訪れる。
そうして、ややあって二人は唇を離した。
「…………」
オトハは少しの間呆けていたが、しばらくすると、幸せの余韻に浸るように自分の唇にそっと指先を置いていた。
すると、アッシュはふうと息を吐き、
「……なあ、オト」
少しだけ申し訳なさそうに告げる。
「今夜はユーリィもいねえ。悪りいが、今日は最後まで行ってもいいか?」
「………えっ」
オトハは一瞬キョトンとしたが、すぐに言葉の意味を理解する。
「い、いや、それは……」
流石に困惑した表情を見せるが、
「あえて我が儘を言うぞ。俺はお前のすべてが欲しい。だから今夜お前を抱くぞ」
続く、アッシュの台詞が胸を強く打った。
それでも数瞬ほど躊躇うが、遂には、こくんと頷く。
アッシュは、そんな彼女の横髪を優しく撫でた。
「マジで悪い。コウタの件もあって俺も大分テンパってるみたいだ。大切なモンをここで強く実感しときたいんだよ。まあ、これって本当に我が儘だよな……」
少し自嘲気味なアッシュの様子に、オトハは苦笑を零した。
「確かにな。それにデリカシーもない。いきなり抱くとはなんだ。そもそも」
そこで、オトハの声はとても小さくなった。
「大切さの再確認なら、お前は今夜中に私だけじゃなくて、あいつらも全員抱くことになるじゃないか」
「……ん? オト? 何か言ったか?」
「い、いや! 何でもない! とにかく今夜は私のターンなんだ! 絶対に譲らないからな! 何年も待ったのだから、私が一番先でもいいだろ!」
「??? いや、マジで何言ってんだ? まあいいが、それでさ」
一拍おいて、アッシュは少し気まずげな表情を浮かべる。
「お前に一つだけ言っておきたいことがあるんだ」
「な、何だ、クライン?」
少し落ち着きを取り戻してオトハが問うと、
「お前って、身持ちも固いし、その……多分初めてだろ?」
「………は?」
オトハは目を丸くした。
「実はな。村を出て以来なんだよ。女を抱くのは。しかもお前で二人目なんだ。傭兵時代には仲間に娼館とか誘われたこともあんだが、サクのことや、まあ、ユーリィの教育にも悪い気がして結局行くこともなくてな。だから、そのな……」
と、珍しく言い淀むアッシュ。
オトハはしばし唖然としていたが、おもむろにクスクスと笑い出した。
「……何だ。そんなことか。確かに私は初めてだ。まあ、私も女だから初めては優しくして欲しいとか願望はあったが些細なことだ。気にするな」
世の中には、初めて同士の恋人達も大勢いる。
経験不足で多少不器用であっても、心から愛してくれるのなら問題ない。
オトハはそう思った。すると、アッシュは「……ん。そっか」と笑う。
「お前が思っている以上に、俺にとってお前は大切で愛しいんだよ。ましてや、あのおっさんなんぞには絶対に渡してたまるか」
「そ、そうか……」
「そんな気持ちもあっから、今夜は、きっと全然歯止めが利かなくなると思って確認したんだが、オトも覚悟してくれてたんだな」
一拍の間。
「…………え?」
キョトンするオトハ。
「オトは初めてだし、少しぐらいは加減できりゃあいいんだが、ガチで十年近いブランクもあるからな。あんま自信もねえな」
「え? え? クライン? お前、何を?」
「まあ、とりあえず俺の部屋に行こうぜ」
「え?」
パチクリ、と瞳を瞬かせるオトハ。
アッシュはそんな彼女を抱き上げた。お姫さま抱っこではない。もう逃がす気はないと言わんばかりの肩に担いだ姿勢だ。そして未だ「……え?」と呆けているオトハを文字通りお持ち帰りして、アッシュは二階へと上がっていくのであった。
こうして、長年に渡る一つの想いは、遂に成就されたのである。
後ほど、「ずるい!」「卑怯!」「順位は先着順じゃないですからね!」とか、散々言われることになるのだが、オトハにとって、決して忘れられない夜だった。
「ク、クライン。その、本当に今夜するのか?」
「もちろんだ。もうお前を手放す気はねえから覚悟しろ。あ、それとオト。今夜は多分夜通しになると思うぞ」
「――えっ?」
ただ、とても幸せでありつつも。
アッシュから鈍感を取ると、とんでもなく貪欲になる。
そのことを、身を以て実感する、実に、実に長い夜であったのも事実ではあるが。
アッシュは、完全武装した愛機の前で佇んでいた。
沈黙が続く。
「なあ、相棒」
アッシュは《朱天》に語る。
「俺って、本当にダメな兄貴だよな」
――何も、気付けなかった。
あの炎の日を、まさか、弟も生き延びていたとは……。
真っ先に救うべき家族だというに、今日まで生存を知ることさえなかった。
弟は、ずっと自分の生存を気にかけてくれていたというのに、だ。
「……明日か」
アッシュは、白く変わり果てた自分の前髪を押さえた。
「一体、どんな顔をすりゃあいいんだよ」
思わず本音を零してしまう。と、
「……ここにいたのか」
不意に、声を掛けられる。
振り向くと、そこには大きな胸を支えるように腕を組むオトハの姿があった。
「……オト、か」
「覇気がまるでないな」
オトハは呆れるように告げる。
「流石に、今回ばかりはな……」
アッシュは自嘲気味に口角を崩した。
「自分を思いっきりブン殴ってやりたい気分だ」
そんなことを言うアッシュに、オトハは小さく嘆息した。
そして、コツコツと足音を立てて近付くと、
「しっかりしろ、クライン」
アッシュの瞳を、真っ直ぐ見据えた。
「明日は弟に会うのだろう。兄が困惑した表情を見せてどうする」
「……オト」
アッシュは、オトハを見つめた。
「動揺する気持ちは分かるがお前は兄なんだぞ。そんな顔をするな。困惑しているのなら今夜中に吐き出せ。私が幾らでも付き合ってやる。そして笑顔で明日を迎えろ」
そう言って、オトハは二カッと笑った。
まるで、真似をしろと言わんばかりの笑顔だ。
アッシュは「ははっ」と口元を崩して目を細めた。
オトハは、昔からこうだった。
アッシュが精神的に落ち込んだ時こそ、彼女は必ず傍で笑ってくれていた。
(………オト)
――改めて、理解する。
本当に。本当に彼女がどれほど大切な存在なのか。
それを強く感じた時、アッシュは自然と手を彼女の方へと伸ばしていた。
「……む」
すると、オトハは少しだけムッとした表情を見せた。
「お前、また私を子供扱いする気か?」
きっと、いつものように頭を撫でられると思ったのだろう。
オトハは、とても不機嫌そうに眉根を寄せていた。
だが、そんな表情も愛おしい。
どうしようもなく。
だから、アッシュの手は、オトハの頬に触れていた。
「……? クライン?」
いつもと違う様子にオトハは少し眉をひそめた。
――が、次の瞬間、大きく目を見開くことになる。
「っ!?」
不意に。
本当に不意打ちで――。
気付けば、アッシュに唇を奪われていた。
オトハは、そのまま硬直して、ただただ唖然とした。
口付けは、数秒ほど続いた。
そして――。
「――ッ!?」
愕然とした表情を浮かべたのは、むしろアッシュの方だった。
「わ、悪りいっ!」
次いで慌てた様子でオトハから離れる。
「その、マジで悪りい! 空気に流された! こんなつもりはなかったんだが……」
アッシュは、彼らしくもなく言い訳を始めた。
まるで、自分の行動が分からないといった面持ちだ。
そんなアッシュを、オトハはまじまじと見つめていたが……。
「……まったく。ようやくしてくれたと思えば潔くない」
若干頬を赤く染めつつも、ふうと嘆息する。
対し、酷く困惑するのはアッシュの方である。
「いや、その、怒らねえのか? こんなセクハラされて」
この後に及んでまだそんな台詞を宣う男に、オトハも流石にムッとした。
「あのな、クライン」
そして彼女は、遂にその言葉を告げることにした。
「私はお前のことが好きなんだ。無論、異性としてな」
「…………は?」
世紀の鈍感王は、目を丸くした。
「だから、正直言って今は嬉しい。途轍もなく嬉しい。叫びたいほどに」
「そ、そうなのか?」
アッシュはさらに困惑する。
一方、オトハは徐々に耳を赤くしていくが、表情だけは平然としていた。
「お前がそういう行動に出たのは、お前も私に好意を抱いているからだろう? いや、もうまどろっこしいな。はっきり言うぞクライン」
オトハは腰に両手を。
そして前屈みに豊かな胸をたゆんっと揺らして告げる。
「お前は私を自分の女にするのだろう? まったく。いつまで待たせる気だ」
「……………は?」
アッシュは呆然とした。
が、数秒もかけずにオトハの台詞の意図に気付く。
「――オト!? お前、まさかあのおっさんとの会話を聞いてたのか!?」
「当然だ」
オトハは顔を赤くしつつも言う。
「何年の付き合いだと思っているのだ。お前の考えぐらい読める。あの日、お前があの男にこっそり会いに行くのも当然な」
「……うわあ」
アッシュは、自分の額を右手で打った。
「じゃあ、あの夜、俺が口走った台詞をお前は全部聞いてた訳か?」
「うむ。お前の後をつけてな。流石に小っ恥ずかしかったぞ」
言って、オトハは視線を横に逸らして、胸を支えるように両腕を組んだ。
恥ずかしかったの台詞が示す通り、彼女の耳は真っ赤だった。
一方、アッシュは深々と嘆息していた。
「そんで、それを今までずっと黙っていたのかよ」
「こんなこと言える訳ないだろ。当然、エマリアやフラム達にも言っていない。恥ずかしさで死ねるからな」
と、オトハは言うが、不意に表情を真剣なものに変えてアッシュを見つめた。
「だがなクライン。いま私はありったけの勇気を出している。だから聞くぞ」
そして、彼女は改めて尋ねる。
「お前は私をどう思っている? 私をどうしたいんだ?」
一瞬の沈黙。
アッシュはオトハを見つめた。
普段は気丈な彼女が、今は不安な眼差しを見せていた。
(……オト)
アッシュはさらに沈黙する。
その短くも長い間、オトハはずっと不安を隠せずにいた。
「……そんなの、決まってんだろ」
そして、アッシュは自分の想いを告げた。
もう誤魔化すことも出来ない、自分の強い想いを。
「あの夜に宣言した通りだよ。お前は他の誰にも渡さねえ。どんな野郎にも譲らねえ。オトハ。お前は今日から俺の女だ」
亡き少女への想いは、今も消えていない。
けれど、彼女を奪われたくないという想いもまた真実だった。
だからこそ――。
アッシュは決意すると、オトハの腰を強く抱き寄せた。
オトハは、瞳を見開いていた。
「ク、クライン――……んっ」
そして再び、オトハの唇を奪う。
今度は衝動任せなどではない。明確な意志を以て彼女を奪う。
オトハは驚いた表情を見せたが、おずおずとアッシュの背中に手を回した。
一度目よりも、ずっと長い口付け。
工房内に静寂が訪れる。
そうして、ややあって二人は唇を離した。
「…………」
オトハは少しの間呆けていたが、しばらくすると、幸せの余韻に浸るように自分の唇にそっと指先を置いていた。
すると、アッシュはふうと息を吐き、
「……なあ、オト」
少しだけ申し訳なさそうに告げる。
「今夜はユーリィもいねえ。悪りいが、今日は最後まで行ってもいいか?」
「………えっ」
オトハは一瞬キョトンとしたが、すぐに言葉の意味を理解する。
「い、いや、それは……」
流石に困惑した表情を見せるが、
「あえて我が儘を言うぞ。俺はお前のすべてが欲しい。だから今夜お前を抱くぞ」
続く、アッシュの台詞が胸を強く打った。
それでも数瞬ほど躊躇うが、遂には、こくんと頷く。
アッシュは、そんな彼女の横髪を優しく撫でた。
「マジで悪い。コウタの件もあって俺も大分テンパってるみたいだ。大切なモンをここで強く実感しときたいんだよ。まあ、これって本当に我が儘だよな……」
少し自嘲気味なアッシュの様子に、オトハは苦笑を零した。
「確かにな。それにデリカシーもない。いきなり抱くとはなんだ。そもそも」
そこで、オトハの声はとても小さくなった。
「大切さの再確認なら、お前は今夜中に私だけじゃなくて、あいつらも全員抱くことになるじゃないか」
「……ん? オト? 何か言ったか?」
「い、いや! 何でもない! とにかく今夜は私のターンなんだ! 絶対に譲らないからな! 何年も待ったのだから、私が一番先でもいいだろ!」
「??? いや、マジで何言ってんだ? まあいいが、それでさ」
一拍おいて、アッシュは少し気まずげな表情を浮かべる。
「お前に一つだけ言っておきたいことがあるんだ」
「な、何だ、クライン?」
少し落ち着きを取り戻してオトハが問うと、
「お前って、身持ちも固いし、その……多分初めてだろ?」
「………は?」
オトハは目を丸くした。
「実はな。村を出て以来なんだよ。女を抱くのは。しかもお前で二人目なんだ。傭兵時代には仲間に娼館とか誘われたこともあんだが、サクのことや、まあ、ユーリィの教育にも悪い気がして結局行くこともなくてな。だから、そのな……」
と、珍しく言い淀むアッシュ。
オトハはしばし唖然としていたが、おもむろにクスクスと笑い出した。
「……何だ。そんなことか。確かに私は初めてだ。まあ、私も女だから初めては優しくして欲しいとか願望はあったが些細なことだ。気にするな」
世の中には、初めて同士の恋人達も大勢いる。
経験不足で多少不器用であっても、心から愛してくれるのなら問題ない。
オトハはそう思った。すると、アッシュは「……ん。そっか」と笑う。
「お前が思っている以上に、俺にとってお前は大切で愛しいんだよ。ましてや、あのおっさんなんぞには絶対に渡してたまるか」
「そ、そうか……」
「そんな気持ちもあっから、今夜は、きっと全然歯止めが利かなくなると思って確認したんだが、オトも覚悟してくれてたんだな」
一拍の間。
「…………え?」
キョトンするオトハ。
「オトは初めてだし、少しぐらいは加減できりゃあいいんだが、ガチで十年近いブランクもあるからな。あんま自信もねえな」
「え? え? クライン? お前、何を?」
「まあ、とりあえず俺の部屋に行こうぜ」
「え?」
パチクリ、と瞳を瞬かせるオトハ。
アッシュはそんな彼女を抱き上げた。お姫さま抱っこではない。もう逃がす気はないと言わんばかりの肩に担いだ姿勢だ。そして未だ「……え?」と呆けているオトハを文字通りお持ち帰りして、アッシュは二階へと上がっていくのであった。
こうして、長年に渡る一つの想いは、遂に成就されたのである。
後ほど、「ずるい!」「卑怯!」「順位は先着順じゃないですからね!」とか、散々言われることになるのだが、オトハにとって、決して忘れられない夜だった。
「ク、クライン。その、本当に今夜するのか?」
「もちろんだ。もうお前を手放す気はねえから覚悟しろ。あ、それとオト。今夜は多分夜通しになると思うぞ」
「――えっ?」
ただ、とても幸せでありつつも。
アッシュから鈍感を取ると、とんでもなく貪欲になる。
そのことを、身を以て実感する、実に、実に長い夜であったのも事実ではあるが。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
異世界転移から始まるハーレム生活〜チートスキルを貰った俺は、妹と共に無双する〜
昼寝部
ファンタジー
2XXX年、X月。
俺、水瀬アキトは戦争の絶えない地球で『戦場の悪魔』と呼ばれ、数多の戦で活躍していた。
そんな日々を過ごしていた俺は、ひょんなことから妹と一緒に異世界へ転移することになった。
その世界にはダンジョンが存在しており、ライトノベルなどで登場する世界観と類似していた。
俺たちはその世界で過ごすため女神様からチートスキルを貰い、冒険者となって異世界での生活を満喫することにした。
これは主人公の水瀬アキトと妹のカナデが異世界へ転移し、美少女たちに囲まれながら異世界で無双するお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる