クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第11部

第八章 そして再会③

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 静寂が、草原に訪れる。
 真紅の鬼と、悪竜の騎士は、静かに対峙していた。
 ここに至っては、互いに小細工はしない。
 最強の闘技をぶつけ合うのみだ。

 そして――。
 動き出したのは、悪竜の騎士の方だった。

 重心をゆらりと落とし、無音の加速をする。《天架》の上を滑走し、真っ直ぐ《朱天》へと突き進む!
 対し、《朱天》はさらに拳を固めた。
 互いの距離は、十セージルも離れていない。
 間合いは瞬時に重なった。
 悪竜の騎士は滑走の勢いのまま、両腕を振るった。
 繰り出す闘技は、《朱天》の左腕を奪った《残影虚心・顎門》だ。
 それも、両腕による攻撃。四十八連に及ぶ斬撃だった。
 双頭の魔竜がアギトを開き、同時に食らいついてくる。
 その圧力は、空間さえも軋ませた。

 一方、《朱天》は、とても静かだった。
 猛々しい、真紅の姿は変わらない。
 されど、その姿は清流を思わせるほどに、穏やかだった。

 ――ただ、静かに。
 真紅の拳を前へと突き出した。

 それは、まるで崩壊する星のようだった。
 魔竜の牙と星が、正面から衝突する。
 星の力場に触れた炎の剣は一瞬で粉砕された。しかし右が砕ければ左。左が砕ければ瞬時に再生させた右。魔竜の牙は幾度でも蘇る。
 四十八の斬撃。それは瞬時に終わった。だが、悪竜の騎士の斬撃は止まらない。機体が火花を散らそうが、意志が続く限り連撃を繰り出した。
 炎刃の嵐が吹き荒れる。
 二つの力の激突は、凄まじい衝撃を生み出した。
 人間など、立っていられないほどの衝撃波だ。
 事実、遠く離れているサーシャ達でも驚きの声を上げていた。
 この瞬間、一番危ういのは二機の近くにいるオトハなのだが、彼女は少し呻きつつも、しっかりと立っていた。
 何故なら《朱天》の後方にいたからだ。
 彼女自身が移動した訳ではない。
 意図的にアッシュがこの位置になるように、配慮したのである。
 そして《朱天》の巨体が防壁となって、衝撃から彼女を守っていた。


(……しまったな)


 耳を劈くような衝撃の中、オトハは自嘲する。
 正直、これほどの戦いになるとは考えてもいなかった。
 このレベルの戦いに、生身のままで立会人をするなど迂闊としか言えない。
 戦闘前に《鬼刃》に乗っていなかったのは、本当に失敗だったと反省する。
 が、同時に。


(もう。まったく。お前ときたら)


 こんな状況でも、彼女の身の安全を気遣い、忘れずにいてくれるアッシュの気持ちがとても嬉しかった。


(いずれにせよ、決着がつくな)


 オトハは、目を細めた。
 衝撃は、すでに収まりつつある。
 オトハの瞳に映る《朱天》の背中に変化はない。
 かといって、悪竜の騎士が吹き飛ぶような音もしなかった。
 そうして――。
 遂に、衝撃は止んだ。
《朱天》は、拳を突き出した状態で静止してた。
 対する悪竜の騎士の方は――。

 ――ズシン、と。

 両腕に持つ処刑刀の切っ先を、地に落とした。
 炎は揺らぎ、消えていく。両腕の光もすでに消えていた。
 肩を落とす悪竜の騎士は動かない。
 もはや、身じろぎする余力さえもないようだ。
《朱天》の全身の光も、徐々に収まり、漆黒の機体に戻っていく。


『……これがお前の答えか』


 アッシュは、愛機の右腕に目をやった。
 最強の闘技――《虚空》を放った右腕には、二本の裂傷が刻まれていた。
 双頭の、魔竜の牙の痕である。


『……うん。どうだったかな?』


 と、悪竜の騎士が、尋ねてくる。
 それは、あどけない少年の声だった。


(まさか、このレベルの《虚空》に食らいつくか)


 全恒力の七割を収束させて放つ破壊の剛拳。それが《虚空》だ。
 しかし、実際のところ、アッシュが全力で《虚空》を放つのは稀だった。
 決戦後の戦闘や伏兵を警戒し、五割~六割程度に抑えているのである。
 本当に七割――いや、それ以上にまで至ったのは、最近で言えば、聖骸化したユーリィと対峙した時ぐらいか。
 そして、今回は、あえて六割強にまで引き上げたのだが――。


(まったく。大したもんじゃねえか)


 愛機の右腕を、双眸を細めて見つめつつ、


『……ああ、確かに見せてもらったよ』


 アッシュの操る《朱天》が、ゴツンと悪竜の騎士の頭部を軽く叩いた。
 兄が弟に、そうするように。


『お前は、もっともっと強くなれる。俺が保証するぜ』


 アッシュは、二カッと笑った。
 が、すぐに申し訳なさそうに眉をひそめて。


『しかし、すまなかったな。メルティア嬢ちゃんには本当に悪いことをした。随分と怖い目に遭わせちまっただろう?』

『い、いえ。お気になさらないでください。お義兄さま』


 悪竜の騎士の中から、少女の声がする。


『流石に《ディノス》がここまで追い込まれたのは初めてですが、その、こういったことは本当によくあることですから』

『……よくあるのか?』


 アッシュがそう尋ねると、


『は、はい。これまでも、気付けば大体こんなことに……』


 おどおどとした様子で、メルティアが答える。
 アッシュは、う~んと呻く。
 何とも共感できてしまう。
 これもまた、血筋というものなのだろうか。


『いや、その、ボクも、色々と気をつけてはいるんだよ?』

『はは、それは分かるよ。俺も大概な人生だしな』


 少年の声に、アッシュは苦笑した。
 いずれにせよ、今度こそ仕合は終わりだ。


「クライン」


 その時、オトハが声をかけてきた。
 二機の近くで両腕を組む。


「今度こそ、終わりを宣告してもいいんだな?」

『おう。待たせて悪かった』


 アッシュは、オトハに視線を向けた。


『なんか、昨日からオトには迷惑をかけっぱなしだな』

「……それは今さらだろう」


 オトハは大きな胸を軽く揺らして、嘆息した。
 昨夜は、それこそ身も心も捧げたのだ。
 自分は名実ともに、すでにアッシュの女なのである。
 今さら、この程度の迷惑など、些細なことだった。
 ただ、次の台詞には流石に動揺した。


『ああ、そうだ。オトとのことは説明しねえとな。ユーリィにもちゃんと……』

「え」


 一瞬、目を瞬かせる。
 そして、


「いや待て!」


 オトハは、青ざめた。
 昨晩のことに、一切の後悔はない。
 何度もしていた妄想シミュレーションよりもずっと激しくて、灼熱みたいに熱くて、とんでもなく消耗したが、長年望んでいたことだ。

 ――そう。遂に、願いが叶ったのである。

 自分は今、アッシュに愛されていると自信を持って言える。
 しかし、それに至ったことを、ユーリィ達に伝えるとなると……。


「それはとりあえず待て! しばらくは黙っていろ! 私にも色々あるんだ! タイミングは私が図る! ハウルの態度も気になるし!」

『……? それって、どういう意味だ?』


 アッシュは、首を傾げた。悪竜の騎士の中で話を聞いている少年、少女も話の筋が分からず、不思議そうな雰囲気を出している。


「とりあえず黙れ! いいな!」


 そう言い切り、オトハは片手を上げた。


「では、これにて!」


 そして、少し赤い顔の彼女は宣言する。


「アッシュ=クラインと、コウタ=ヒラサカの立合いを終了する!」
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