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第12部

第五章 双金、出会う②

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「………え」


 動揺したのは、コウタも同じだった。
 思わず構えさえも解いてしまう。


「サ、サクヤ姉さん」

「コウちゃん」


 彼女は、微笑む。


「久しぶりだね。には再会できた?」

「う、うん」コウタは頷く。「兄さんとは再会できたよ」


 と、自然に会話をしている。
 彼女の隣にいた女性まで「お久しぶりです。コウタさん」と挨拶している。
 ユーリィは激しく困惑した。
 コウタが彼女を知っていることは、ある意味、当然だ。
 彼女は、アッシュの幼馴染だったと聞いている。
 なら、アッシュの弟であるコウタと面識があってしかるべきだ。
 だから、姉と呼ばれるほど親しくてもおかしくない。

 だが、これは、そういう話ではないのだ。
 そもそも彼女は――。


「――ま、待って!」


 思わず叫ぶ。
 黒髪の少女が、ゆっくりと振り返った。
 黒曜石のような眼差しが、ユーリィを見つめた。
 数瞬の静寂。


「あなたは……」


 ユーリィは、声を絞り出す。


「一体、誰なの……?」


 ただ、それだけを問う。
 彼女は死んだはずだ。
 ユーリィは、アッシュ以外で唯一、その場に立ち会っている。
 彼女は間違いなく、あの日に消えたはずだった。
 すると、黒髪の少女――サクヤは、ふっと微笑んだ。


「……ユーリィちゃん。私は――」


 しかし、ユーリィの問いかけに答えたのは彼女ではなく、別の者だった。


「ふむ」


 男の声が響く。ボルド=グレッグの声だ。
 ボルトは、さらに言葉を続ける。
 ユーリィにとって信じがたい言葉を。


「蘇ったという情報は正しかったようですね。《黄金死姫》殿」

「…………え」


 ユーリィは大きく目を見開き、ボルドを凝視した。
 それに対し、ボルドは「おや?」と不思議そうな顔をした。


「もしかして、まだご存じなかったのですか? エマリアさん。彼女――《黄金死姫》サクヤ=コノハナさんが復活したことを」


 平然と、そんなことを言う。
 ユーリィは愕然とした。


「ふ、復活……?」

「ええ。方法は分かりませんが、彼女は現世に復活を遂げました。それも《聖骸主》の力を残したまま、正気まで取り戻してね。その上……」


 ボルドは、笑うように目を細めて、サクヤに視線を向ける。


「新たに肩書まで増えたのですね。《ディノ=バロウス教団》盟主殿」

「…………え」


 その台詞にも、ユーリィは唖然とする。
 ――《ディノ=バロウス教団》。
 かつて、策略を以て、オトハを危険な目に遭わせた一団だ。
 終末思想を抱く、《黒陽社》にも劣らないほどの危険な裏組織と聞いている。


(そんな組織の……『盟主』?)


 ユーリィは、茫然とサクヤを見つめていた。
 すると、


「……私のことは、今はいいでしょう」


 サクヤは、ボルドを見据えて告げる。


「《地妖星》さま。私の可愛い義弟おとうとにちょっかいを出すのはやめてくれませんか?」

「……いえ。それは……」


 ボルドは、困った顔をした。


「私としては、勿論、本命はクラインさんの方ですよ。ですが弟さんも中々どうして。ちょっと……というより、正直、かなりスイッチが入ってしまって」

「自分でも抑えきれないと?」


 サクヤが、半眼でボルドを睨みつけた。


「どうしてもというのなら、コウちゃん側に私も参戦しますけど?」

「う、《黄金死姫》がですか? それは辛いですね」


 ボルドは、ちらりとカテリーナに目をやった。


(これは参りましたね)


 自分一人なら、どうにかなるだろう。
 興奮が収まるまで暴れて撤退するのも可能だ。
 しかし、そうなると、カテリーナの回収までは難しい。


(ここまで血が騒ぐと流石に辛いのですが、仕方がありませんね)


 自分の都合で、カテリーナを危険にさらすのは不本意だ。
 ボルドは決断した。


「分かりました。ですが一つだけ」

「……何かしら?」


 サクヤが尋ねる。と、ボルドは苦笑を浮かべて。


「今日はもう何もしませんよ。カテリーナさん。あれを」

「……はい。ボルドさま」


 今まで沈黙して様子を窺っていたカテリーナが動く。
 停留所の長椅子に置いてあった包みを持ち出し、ボルドに渡したのだ。


「……えっと、コウタ君」


 ボルドは、抵抗をみせない足取りでコウタに近づき、包みを渡した。
 あまりにボルドが無抵抗だったので思わず受け取るコウタ。


「……何ですか? これ?」

「菓子折りです」


 ボルドは言う。


「今度は真っ当な菓子折りですよ。先ほどこの国で購入しました。まだ開けてもいませんので毒物混入の心配もありません」

「は、はあ……」


 生返事をするコウタ。ボルドはにこやかに告げた。


「どうか、クラインさん達と食べてください」

「……え?」


 コウタは、キョトンとした。


「《九妖星》って《七星》に菓子折りを贈るんですか?」

「いえ。相手のお家に伺うのに手ぶらはちょっと……」


 と、ボルドが頬をかいて言う。
 カテリーナを除く全員が、何とも言えない表情を浮かべた。


「ええっと、まあ……」


 ボルドは、コホンと喉を鳴らした。


「いささか血は騒ぎっぱなしですが、今日の所は盟主殿の顔を立てて退きましょう。クラインさんのご挨拶も別の日に致します」


 そこでボルドは、ポンとコウタの肩を叩いた。


「さらに精進してくださいね。コウタ君。また会える日を楽しみにしていますから」


 そう告げて、ボルドは歩き出した。
 ユーリィと九号の隣をすれ違う。その時、小声で「あなたにとっては大変な事態でしょうが、頑張ってみることですね。エマリアさん」と告げられた。
 ユーリィは、険しい表情でボルドの背中を睨みつける。
 しかし、ボルドは悠然としたものだ。
 そんな男の後ろを、赤い眼鏡の女が追っていった。

 しばし沈黙が訪れる。
 そして――。


「去ったようですね。サクヤさま」


 サクヤと共に現れた女性が言う。
 ユーリィは彼女に目をやる。
 改めてみると、二十代前半ほどの綺麗な女性だ。
 黄色い短めの髪に、まるでトレジャーハンターのような恰好をしている。
 だが、ユーリィは、すぐに彼女への興味を失った。
 興味があるのは、当然もう一人の女性の方だ。
 ユーリィは、彼女を睨むように見据えた。
 そして、再び尋ねる。


「あなたは誰なの?」


 シン、と空気が張り詰める。
 黄色い髪の女性、コウタも九号さえも緊張を見せた。


「……そうね」


 そんな中、サクヤは微笑んだ。


「少しお話をしようか。ユーリィちゃん」
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