クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第13部

第五章 ロマン・チェイサー・リターンズ!③

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 場所は変わり、とある宿の一室。
 そこには今、黒い服を身に纏う二人の人物がいた。
 ――いや、片方は、とても人とは呼べないか。

「……お恥ずかしいところをお見せしました。オルドス」

 椅子に座って、黒服の一人――ボルドが言う。

「〈気にする必要はないのである。ボルド〉」

 テーブルを挟んで、ボルドの前に座るもう一人の黒服――オルドスが答える。
 次いで、長い腕でテーブルの上のコーヒーカップを掴む。
 ゆっくりと頭に近づけると、熱いコーヒーがふわりとカップから浮き、流れるように動いて円筒の頭に吸い込まれていった。

「〈うむ。中々の美味である〉」

 オルドスは満足げに言った。

「〈それにボルド。そもそも恥じることでもないのである〉」

 空になったカップをテーブルに置き、オルドスは告げる。

「〈《黒陽社》の幹部たるもの、ましてや《九妖星》ならば、部下が美女なら手籠めにするのは当然の嗜みである〉」

「いや、そんなことを嗜みにしないでください」

 説得力がないと自分でも理解しつつ、ボルドは言い返す。
 すると、オルドスは「〈……ん?〉」と、頭を横に揺らした。

「〈何を言っているのであるか? ガレックは当然のように手を出していたである〉」

「……いや、特に破天荒な男を引き合いに出されても……」

 ボルドは溜息をついた。

「〈それに小生の金糸雀は全員部下である。シーラに至っては、あの子を拾った時から金糸雀にすると決めていたぐらいである〉」

「……忘れていました。あなたの方が破天荒でしたね」

 ボルドは、さらに深い溜息をついた。
 が、そこで表情を改める。

「ところでオルドス」

 支部長として、本部長に尋ねる。

「差し支えなければお教え願えますか? どうしてあなたがここに居るのです? そもそも何故、彼女を探しているのです? 社長の密命ですか?」

「〈……ん? んん? 社、長……?〉」

 すると、オルドスはあご辺りに手を当てた。

「〈……あ〉」

 不意に声を零す。
 ボルドは眉をひそめた。

「……オルドス? どうしました?」

「〈……しまった。忘れていたのである〉」

 オルドスは、長い腕で円筒の頬辺りをかいた。

「〈そう言えば、ゴドーもこの国に連れてきていたのである〉」

「え? 社長を?」

 ボルドは目を丸くした。

「どうしてこの国に社長が?」

「〈分からないのである〉」

 連れてきた当人であるオルドスが、堂々とそんなことを言う。

「〈ただ、ゴドーは我が金糸雀の歌を読んで、急にこの国に行くと言い出したのである〉」

「……歌、ですか?」

 ボルドは、指を組んでオルドスの言葉を反芻する。
 ――《冥妖星》が愛する金糸雀達の歌。
 未来視の異能については、当然、ボルドも知っている。

「一体、どんな歌だったのですか?」

 ボルドがそう尋ねると、オルドスは「〈そうであるな〉」と首を左右に揺らした。
 そして、おもむろにゴドーが興味を持った金糸雀の詩を詠んだ。
 オルドスの歌に、ボルドは眉根を寄せる。

「その歌は……」

「〈うむ。内容からしてゴドーに関係する歌ではあるな〉」

「確かにそうですが……」

 ボルドは、ますます眉をひそめた。

「正直、状況が分かりません。その歌が切っ掛けだったとしても、どうして社長はこの国に来たのでしょうか?」

「〈まあ、この国に用でもあったのではないか?〉」

 オルドスは、大して興味もない様子でそう返した。
 ボルドは、肩を落として嘆息する。

「それで社長は今、どこにおられるのですか?」

「〈知らないのである〉」

「……え?」

 ボルドは目を瞬かせた。

「え? ですが、あなたが社長を連れてきたのでしょう?」

 オルドスは滅多に他人を同行させないが、非常に便利な転移能力を有している。
 その能力で、ゴドーをこの国にまで連れてきたと思っていたのだが……。

「〈うむ。どうやら、どこかで落としてしまったようである〉」

「落としたって……」

 ボルドは、細い目を愕然と見開いた。

「〈大丈夫である。次元の狭間には落ちてはいないのである。きっと〉」

「いや、きっとって……」

 ボルドは、疲れ果てた様子で椅子の背もたれに体重を預けた。
 どうやらボルドの主君は、この国のどこかに放置されたらしい。

「〈まあ、ゴドーなら大丈夫なのである〉」

 と、落とした本人が言う。
 ボルドは、眉間を指先で強く押さえた。

「オルドス。あなたは……」

 一応、《九妖星》の一人として文句を言おうとした、その時だった。
 ――コンコン、と。
 静かに、ドアがノックされる。
 外からは「ボルドさま。私です」と声がした。カテリーナの声だ。

「……入ってください」

 そう告げると、「失礼します」と言って、カテリーナが入室してきた。
 当然ながら浴衣姿ではない。彼女も黒服だ。赤い眼鏡こそしていないが、頭頂部で髪を団子状で纏め、唇には紅い口紅を引いている。
 凛とした表情。まさしく、仕事時のカテリーナの姿だ。
 カテリーナは支部長と本部長に一礼をすると、

「ゾーグ本部長のご依頼の件、調べ終わりました」

 そう報告した。

「〈おお! そうであるか!〉」

 オルドスが喜色満面に立ち上がる。
 カテリーナはオルドスの前にまで移動すると、一枚の紙きれを差し出した。

「メモで申し訳ありませんが、彼女の居場所です」

「〈おおお……〉」

 オルドスは、そのメモを丁重に両手で受け取った。
 ボルドはその様子を一瞥しつつ、カテリーナに告げる。

「よくこの短期間で見つけられましたね」

「彼女の容姿は目立ちますから」

 と、いつものごとく・・・・・・・事務的に答えるカテリーナ。
 公私混同はしない。流石は《黒陽社》が誇る才媛の一人だった。
 ボルドは苦笑する。が、すぐに表情を改めて。

「それにしてもオルドス」

 ボルドは、メモを神器のように両手で掲げるオルドスに尋ねた。

「どうして彼女の居場所を?」

「〈うむ! そうであるな!〉」

 オルドスは、そわそわと窓辺に向かいながら答える。

「〈小生の子を産む花嫁は多い方がいいのである! ましてや、彼女の方は待たずともよいであるゆえに!〉」

「……え?」

 ボルドは目を丸くした。

「え? 子? 花嫁? どういう意味です? オルドス?」

 続けてそう尋ねるが、興奮気味のオルドスは聞いていない。
 窓辺に足をかけると、黒い翼を広げた。

「〈感謝する! ボルド! そしてボルドの金糸雀よ!〉」

 オルドスはボルドとカテリーナに、片手で敬礼して告げた。

「〈休暇の邪魔をしたのである! 後半戦、頑張るのである!〉」

 そうして、オルドスは羽ばたいて行った。
 後に残されたボルドは、未だ唖然としていたが、

「ボルドさま」

 カテリーナの声にハッとする。

「カ、カテリーナさん?」

 ボルドは、恐る恐る彼女の方に振り向いた。
 けれど、彼女は仕事時の顔だった。

「では、予定通りボーダー支部長の所に参られますか」

「え? あ、そうですね」

 ボルドは頷く。それに対し、カテリーナは「承知しました」と答える。

「では、宿の女将に出かけることを告げてきます」

 言って、ボルドに一礼するが、そこでポツリと言葉を添える。

「後半戦は……今夜にということで」

「え……?」

 ボルドは唖然とするが、カテリーナはツカツカと歩き去ってしまった。
 パタン、とカテリーナによって、部屋のドアが締められる。
 一人残されたボルドは、しばし茫然としていたが、

「……やれやれですね」

 ようやく思考が復帰し、ボルドは嘆息して呟いた。

「どうやら、ボーダー支部長達に話さなければいけないことが増えてしまったようです」
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