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第13部

第六章 《黄金》の決意③

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 時は少し遡る。
 月明かりのみで照らされる、深夜の一室にて。

「……久しぶりだね」

 サクヤは、優しげに微笑んだ。

「立場的に、私は膝をついた方がいいのかな?」

「……イヤ。ソノ必要ハナイ」

 壁一面に映る影が答える。

「……ウヌノ立場ハ、カリソメノモノダ。忠義マデハ、イラヌ」

「けど、それでも私は感謝しているよ」

 言って、サクヤは頭を下げた。

「ありがとう。助けてくれて。あなたのおかげで、私はここに戻ってこれたよ」

「……フフ」

 影は笑う。

「……確カニ、ワレハ、煉獄ニテ、消滅スルハズノウヌニ、加護ヲサズケタ」

 一拍おいて、

「……ダガ、ソレデモ、狭間ヲ、コエテ、ステラクラウン二、帰還デキタノハ、ウヌノ想イガ、アレバコソダ」

「……うん。そうだね」

 と、サクヤは頷くが、その表情には陰りがあった。

「……《悠月》ノ乙女ヨ」

 影は尋ねる。

「……世界ノ狭間ヲ、コエルホドノ、想イガアルトイウノニ、マダ、タメラウノカ? 奴二逢ウノガ、恐ロシイノカ?」

「………」

 サクヤは口を閉ざす。
 影もまた沈黙した。ただ彼女の言葉を待つ。

「……私は」

 そして、ややあってサクヤは口を開いた。

「沢山の人を殺したの」

「…………」

 影は、静かに耳を傾ける。

「大人も、子供も、男の人も、女の人も、お爺ちゃんや、お婆ちゃんも。数えきれない。本当に沢山の人を殺したの」

 サクヤは、自分の両手を見つめた。

「おぼろげな記憶だけど、彼らの悲鳴だけは今も耳に残っている。私は無慈悲に彼らの未来を奪った。なのに……」

 くしゃくしゃと表情を歪める。

「私はのうのうと、こうして戻ってきた。その上、トウヤ愛しい人に逢おうとしている。図々しいにもほどがあるわ」

「……ソレガ、ウヌノ、タメライカ」

「……ええ。そうよ」

 サクヤは影を見つめた。

「私はまず罪を償うべきじゃないのか。それまでトウヤに逢ってはいけない。どうしてもそう思ってしまうの」

 それが、サクヤの足を止める最大の理由だった。
 多くの災厄をまき散らした自分は、幸せになってはいけない。
 仮にそれが許されても、それは罪を償ってからだ。
 そう思っていた。
 しかし、それに対し、影は、

「……愚カナ」

 容赦ない言葉を放つ。

「……罪ヲ償ウナド、デキルハズモナカロウ」

「……え?」

 サクヤは目を瞠った。

「……『罪ヲ償ウ』トイウ言葉ハ、加害者ノ、都合ノイイ言葉ダ。マシテヤ、命ヲ奪ッテオイテ、ソノ代価トナル償イナド、アリエナイ。命ノ代価ハ、命ダケダ。仮二、アリエルトシタラ、コロシタ相手ヲ、ヨミガエラスコトデシカ、償エヌ。奪ッタモノヲ、返スコトダケガ、唯一ノ、償イナノダ」

「……そ、そんな」

 サクヤは言葉を失う。

「じゃあ、私は罪を償えないの……」

「……ソノ言葉ジシンガ、アリエンノダ」

 影は双眸を細めた。

「……乙女ヨ。ヒトツ聞ク。ウヌハ、《聖骸主》ニ、ナッテイタ時、ツラカッタカ?」

「……え」

「……ヒトヲ殺シ、ウヌハ、ツラカッタカ? クルシカッタカ?」

「――そんなの決まっているでしょう!」

 サクヤは右腕を振って叫ぶ!

「辛かったわよ! 苦しかったわよ! 泣きたくても泣けなくて! 叫ぶことさえ出来なくて! 何より、私は何度もトウヤを傷つけたのよ!」

 あの頃の苦しみは今でも忘れない。
 決して忘れられない。
 サクヤの瞳に涙が滲んだ。

「自分が、どれだけ罪深いかなんて私が一番よく知っているわ! あの苦しみは私の罪。一生忘れない! 絶対に忘れたりしない!」

「……ソウカ」

 影はどこか優しげにアギトを動かした。

「……ナラバ、モウ、タメラウ必要ハナイ。ウヌニハ、奴二逢ウ資格ガアル」

「…………え?」

 サクヤは目を瞬かせた。
 何を言われたのか理解できなくて茫然とする。
 と、影は語り出した。

「……罪二、行ウベキハ、罰ダ。不可能ナ償イデハナイ。ウヌハ、充分、罰ヲウケタ」

「え? け、けど、私のこの罪悪感は自業自得で……」

「……自業自得ダロウガ、罰ハ、罰ダ。ソシテ、ウヌハ、スデニ罰ヲウケタ。キエルコトノナイ罰ヲナ」

 影は、さらに語る。

「……同ジ罪デ、ナンドモ罰ヲ、ウケルノハ、スジ違イダ。人ノ法モ、ソウダロウ? ウヌノ禊ハ、スデニ、終ワッテイルトイウコトダ」

 サクヤは唖然とした。
 数瞬の静寂。微かに喉を動かした。

「私は……」

 そして、サクヤは言葉を絞り出した。

「トウヤに逢ってもいいの?」

「……許ソウ」

 影は即座に応える。

「……ウヌハ、スデニ自由ダ。誰ガ、ナント言オウト、ワレガ、許ソウ」

「……あなたは」

 サクヤは苦笑を零した。

「傲慢なのね」

「……ワレヲ誰ダト思ッテイル。ダガ、ウヌノ愛スル男モ、大概ダゾ」

 と、影も苦笑じみた声で答えた。
 しばし、静寂が深夜の部屋に訪れる。
 そして――。

「……分かった」

 サクヤは微笑んだ。

「逢ってみるよ。トウヤに」

「……ウム。ソレガイイ」

 影は微笑むように双眸を細めた。
 サクヤは口元を押さえてクスクスと笑う。

「けど、もしかすると私は盟主さんを辞めちゃうかもしれないよ?」

「……ウム。ソレモ構ワヌ」

 影はこともなげに言う。

「……ワレハ、寿退位ヲ、認メル派ダ」

「……うわあ、盟主さんって教団の象徴なんだよ? うちの組織の人が聞いたら泣き出しそうな台詞」

 サクヤは、何とも言えない表情を見せた。
 目の前の『彼』がサクヤを盟主に据えたというのに何ともお気楽な発言だった。

「……元々、ウヌノ後ロダテノタメニ、与エタ地位ダ。キニスルナ」

 と、影は宣う。

「まったく。あなたは」

 呆れるようにサクヤは笑った。
 彼女のその笑顔には、先程までの気負いはなかった。
 緊張もない、とても自然な表情だった。

「……ありがとう。わざわざ来てくれて」

「……キニスルナ」

 言って、影は徐々に縮小していった。窓辺に向かって移動する。

「……幸セニナレ。デナケレバ、助ケタ甲斐ガナイ」

「……うん」

 サクヤは躊躇いながらも頷いた。

「分かった。頑張ってみる」

「……ソレデイイ」

 最後にそう返すと同時に、影は完全に部屋から消えた。
 サクヤは窓辺に寄るが、深夜の街に人影はない。

「……本当にありがとう」

 サクヤは微笑む。
 そして夜空を見上げた。
 丁度、大きな雲が月から離れるところだった。

「……うん」

 サクヤは力強く頷く。
 そうして決意を口にした。

「明日、トウヤに逢おう」
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