クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第14部

第二章 レディース・サミット3③

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 一方、第三会議室は、緊迫感に包まれていた。
 原因は言うまでもなく、サクヤの強烈な一言にある。
 全員がサクヤに注目していた。
 そこへ、サクヤは、さらに畳みかける。
 手をちょこんと上げて。

「ちなみに、先日、トウヤとはエッチもしました。一晩中……というより、丸一日レベルで愛を確かめ合いました」

「「「――ッ!?」」」

 全員が息を呑む中、サクヤは素早く状況を見定めた。
 全員の顔色を一瞥する。
 激しく動揺しているのは四人。年少組だ。
 年長者の二人は、不満げにサクヤを睨みつけている。
 全く動揺していないのは一人だけだ。

 オトハ=タチバナ。
 やはり、彼女だけは、サクヤと同じ場所にいるのだと確信した。

「……ふん」

 そして一番先に口を開いたのも、やはりオトハだった。

「クラインが貴様を愛していることなど、ここにいる者たちは全員知っている。その先にある行為など今さらだ。それよりも……」

 オトハは、サクヤを睨みつけた。

「あいつのことは、『アッシュ』か、『クライン』と呼べ。あいつがどんな想いであの名前を名乗っていることは、貴様もよく理解しているだろう」

「………」

 サクヤは沈黙した。

「……そうね」

 そして首肯する。

「彼のことは、アッシュと呼ぶことにするわ。実は何度かは練習もしていたのだけど、まだ全然慣れなくて」

 言って、サクヤは微笑んだ。
 あまりにも穏やかな笑みに、少し空気も緩和する。

「……サクヤさんが」

 続けて、口を開いたのはアリシアだった。

「アッシュさんに愛されていることは、よく知っています。それを踏まえた上で、お尋ねします。サクヤは……」

 一拍おいて。

「これから、どうしたいんですか?」

 シン、とした。
 誰もが、サクヤに注目する。
 それに対して、サクヤは、

「私は……」

 自分の想いを語る。

「アッシュを愛しています。ここにいる誰よりも。だから宣言します。私は……」

 一呼吸入れて、彼女は告げた。
 すでにアッシュ自身にも言った台詞を。

「――私こそが、アッシュの『正妻』であると」

 その宣言に、全員が目を剥いた。
 全員が、驚きを隠せないようだった。
 ――『妻』ではなく、『正妻』。
 その言い回しの差が意味することとは……。

「それで……いいの?」

 そう呟くのは、ユーリィだった。

「サクヤさんは多分、一番アッシュに愛されている。アッシュに望めば……きっと、アッシュは応えると思う」

 辛そうに呟く。
 口惜しく思うが、自分はまだ『愛娘』から脱却しきれていない。
 想いを告げて、ようやくスタートラインに立ったばかりだ。アッシュに『女』として見てもらうには、まだまだ時間がかかるだろう。

 けれど、サクヤは――。

 ユーリィが、下唇をキュッと噛みしめる。と、サクヤは双眸を細めた。

「トウ……アッシュにとって、あなたたちも大切なのよ。絶対に失いなくないと思えるぐらいに。本人はまだ、曖昧な自覚しかないみたいだけど……」

 そこで、小さく息を吐きだした。

「私は、もう彼を苦しめるような真似はしたくない。それに、今の彼を作ってしまったのは私の責任よ。これも運命だわ。けど!」

 サクヤは立ち上がって、自分の豊かな胸元に片手を当てた。
 そして、もう一度宣言する。

「これだけは譲らないわ! 『正妻』は私! 一番は私なのよ!」

「……言ってくれるわね」

 その宣言に青筋を立てたのは、ミランシャだった。

「少しだけ先にアシュ君と出会って、少しだけ先にアシュ君と実戦を経験したからって、ちょっと調子に乗りすぎじゃないかしら?」

 立ち上がって、ポキポキと拳を鳴らした。

「あら。その差って結構大きいと思いますけど?」

 サクヤはサクヤで、退く様子はない。
 再び険悪になる空気。流石にオトハがミランシャを止めようとした時、

「……うんしょ」

 不意にそう呟いて、ルカが動いた。
 足元から大量の本を取り出して、ズドンと机の上に置いたのだ。

「……ルカ?」

 ルカと一番親しいユーリィが、小首を傾げた。
 ルカは、ポンと両手を叩いた。

「よかった、です。これで、みんな、仮面さんのお嫁さんに、なれます」

 にっこりと笑う。

「え、えっと、ルカ?」「いや、そうなんだけど……」

 姉貴分であるサーシャとアリシアは、困惑した顔で妹分を見た。
 ルカの笑みは崩れない。

「色々と、調べました。アティスでは一夫多妻は、今でも認められて、います。必要なのは男爵位だけで。それは、賞与で得た人もいるけど、お金でも購入できる、そうです。過去の記録だと、ビラル金貨、百枚から百二十枚で。鎧機兵五、六機分の金額だから、決して安くはないけれど」

 ポン、と書物の山に両手を乗せてルカが告げた。
 本気で着々と話を進める王女さまに、全員が呆気に取られた。

「……私の、降嫁に、関しても、実例があるから、問題、ないです」

 視線を落として少し恥ずかしそうだったが、ルカははっきりとそう告げた。

「お見事です。ルカさま」

 と、声を掛けたのは、シャルロットだった。

「すでに準備は万端という訳ですね。では、後は……」

 彼女は顔を少し赤くして、周囲に目をやった。

「サクヤさまとオトハさま。このお二人の除いた私たちが、どの順番であるじ――クライン君にですね」

 一拍の間。
 ――ボンッ、と。
 全員の顔が真っ赤になった。サクヤとオトハも含めてだ。

「――わ、私はっ!」

 その時、ユーリィが立ち上がった。

「大丈夫っ! だって、アッシュに私を貰ってもらう言質を取っている! な、なんなら今からでも頑張るって伝えてあるからっ!」

 完全に、目がグルグルと回った状態で、そんなことを叫んだ。
 サクヤだけは「ええッ!?」と、愕然としていた。
 彼女だけは、その話を知らなかった。
 全員がユーリィに注目する中、次に動いたのはルカだった。
 自分の顔をこするように両手を動かしながら、「あ、あう……」と口を開く。

「お、お母さんが、私を身籠ったのは、十代後半でした。だ、だから私も……」

 溢れ出しそうな羞恥で目尻に涙を浮かべつつも、彼女ははっきりと意志を示した。
 先陣を切る最年少二人に、負けじと思ったのか、

「――ア、アタシだってッ!」

 ミランシャが、バンッと机の上を叩いた。
 彼女の顔は、髪にも負けないぐらい真っ赤だった。

「アルフがいるから大丈夫よ! 家を出ても家名を捨てても大丈夫っ! 今すぐにだってアシュ君の元に翔んでみせるわ!」

「……私は」言い出した本人であり、比較的冷静なシャルロットが口を開く。

「元より孤児の身。リーゼお嬢さまからも進退の承諾を得ております。すべてにおいて彼に仕える覚悟も準備も出来ています」

 自分の胸元に手を当てて、堂々たる声色で宣言した。
 彼女たちの視線は、残る二人に向けられた。
 アリシアと、サーシャだ。
 アリシアは、コホンと喉を鳴らした。

「私も覚悟は出来ているわ」

 そう切り出して。

「私はアッシュさんと出会って、初めて恋を知ったわ。だけど、それはとても淡い恋。時間が過ぎれば、ただの思い出になるような恋だった。多分、私はこの中で一番覚悟が出来ていなかったと思う」

 だけど、と言葉を続ける。

「今の私は違うわ。もう思い出なんかにするつもりはない。そもそも私って負けず嫌いだったのを思い出したし。何もしないでくよくよするなんて馬鹿みたいだったわ」

 アリシアは迷いを払いように長い髪をかき上げた。

「まあ、そうなると、って今さらの話よね。だって、いつかはする必然的な行為なんだし。むしろ、私にとって最大の問題は、私の父親を納得させることなんだけど、そこは何とかするしかないわね」

 そう告げて、最後に苦笑を浮かべた。
 全員の視線が最後の一人に移る。
 サーシャ=フラムだ。
 彼女は微笑んだ。

「私は、アッシュを愛しています」

 迷いなくそう告げる。

「私は、アッシュの強さも弱さも、傍で見てきました。その上で、私は彼の傍にいたいと思った。その想いに揺らぎはありません」

 彼女は、机の上に置いてある自分のヘルムに、そっと手を置いた。

「彼が望むのなら、私は全力で応えたい。私は消えたりしないと彼に教えてあげたい。私はずっと彼の傍にいたい」

 覚悟を込めて、サーシャはもう一度言う。

「私は、アッシュを愛しています。だからアリシアの言う通り、は今さらです。流石に口にすると恥ずかしいけど」

 まあ、お父さまの説得がしんどそうなのは私も同じかな。
 そう言って、言葉を締めた。
 すると、オトハが笑った。

「順番の話だったのだが、全員の覚悟を問うことになったか。ただ……」

 そこで、少し気難しい顔をする。

「フラムとエイシスの話でふと思ったのだが、案外、最終的なハードルが一番高いのは私なのかもしれないな」

「「……え?」」

 サーシャとアリシアが、キョトンとした。
 オトハは、深い溜息をついてから、ボソリと告げた。

「私の父親の話だ。正直に言って、私の父さま……父は格が違う」

 武の化身のような実父の姿を思い出して、オトハは冷や汗を流した。

「クラインのことだ。いつかは私の父に挨拶に行くつもりだろう。生真面目なのは変わらないからな。だが、流石にこの状況を知れば、父は……」

「うわあ……」

 ミランシャが、顔を引きつらせた。

「オトハちゃんのお父さんって《黒蛇》の団長よね。《刀天覇王》とか呼ばれてる」

「……ああ。娘の私が言うのも何だが、正真正銘の化け物だ」

 そんな人物に、娘さんをにくださいとお願いする訳だ。
 いかに、アッシュであっても、こればかりは命がけかもしれない。

「まあ、その時は私も加勢すればいいことか」

 オトハは、嘆息した。
 そして、サクヤに視線を戻した。

「ともあれ、ここにいる全員は、すでに覚悟済みということだ」

「ええ。そうね……」

 サクヤは、脱力するように微笑んだ。

「相変わらず、トウ……アッシュは恐ろしいわ。これだけの綺麗な子たちに、ここまで言わせるなんて。コウちゃんにもその傾向があるし。けど、それも、ここに至ってはどうしようもないことね」

 そう呟いて、サクヤは、机の上を指先でなぞった。
 それから、視線をオトハたちに向ける。

「ともかく。皆さんの覚悟は分かりました。では、ここでしなければならないことは」

 サクヤはポケットの中から、一本のペンを取り出した。
 そして、にっこり笑って告げるのだった。

「これまでのことと、これからのことを。順番の件も大事なことだけど、まずは私たちの状況を整理しましょうか」
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