クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
432 / 499
第14部

第四章 《夜の女神杯》②

しおりを挟む
「トウヤ! トウヤ!」

 レナは、元気いっぱいに告げた。

「オレは、トウヤを仲間にしたそうに見つめている!」

「……いや。お前、何を言ってんだ?」

 鳥が羽ばたく清々しい早朝。クライン工房前にて。
 両の拳を胸の前に、キラキラと瞳を輝かせながらそんなことを言ってくるレナに、アッシュは訝しげな様子でそう返した。
 しかし、レナは揺るがない。

「――オレはトウヤを仲間にしたそうに見つめているんだ!」

「……うん。俺にも分かるように説明してくれ」

 アッシュは嘆息した。
 レナと再会した翌日。依頼は受けたばかりだというのに、一日さえも空けずに、レナは再びクライン工房にやって来た。

『おはよう! トウヤ!』

 元気に手を振って駆けてくるレナ。
 ガレージを開けたばかりだったアッシュは、目を瞬かせた。

『どうしたんだ? レナ?』

『うん! あのな!』

 そう切り出して口にしたのが、先程の台詞だった。
 アッシュは首を傾げた。言っている意味がまるで分からないのだが、レナは瞳をキラキラと輝かせるだけで、全く説明しようとしない。

 すると、

「……その女が『レナ』か?」

 不意に後ろから声を掛けられた。
 アッシュが振り向くと、そこには少し不機嫌そうなオトハがいた。
 隣には、同じく機嫌が悪そうなユーリィの姿もあった。

「おう」

 アッシュは頷いた。次いで、レナの頭をくしゃくしゃと撫でながら、

「俺の友人のレナだ。こう見えても傭兵だよ」

 と、レナを紹介する。

「おう!」

 レナは、オトハにも劣らない双丘をたゆんっと揺らして胸を張る。

「傭兵団 《フィスト》の団長のレナだ! よろしくな!」

 それからニカっと笑い、

「ところで、お前は誰なんだ?」

「……私か?」

 オトハは腰に片手を当てて、『敵』を見定めるように瞳を細めた。

「オトハ=タチバナだ。私も傭兵をしている。今は休職中だがな」

「へえ~、同業者なのか」

 少し警戒するオトハにも、レナは明るかった。

「けど、なんで休職中なんだ?」

 と、素朴な疑問をぶつけてくる。
 オトハは「え?」と少し言葉を詰まらせた。
 オトハがこの国に滞在している理由は一つだけ。
 アッシュがこの国にいるからだ。そして彼女の元々の目的は――。

「その、私とクラインは、昔、同じ傭兵団にいたことがあってな。私はクラインの奴を、もう一度傭兵に戻そうと考えて……」

「えっ! そうなのか!」

 レナは目を丸くした。
 次いで、ポンと手を叩き、

「そっかあ。じゃあ、オレと同じなんだな」

 ニカっと笑ってオトハの手を掴む。オトハは目を瞬かせた。

「え? え?」

「頑張ろうな。トウヤを傭兵にするんだ!」

「いや、それは確かに私も望んでいることだが、え?」

「うん! 頑張ろう!」

「あ、うん。はい」

 オトハは困惑しつつも、気付いた時には頷いていた。
 すると、ユーリィが、肘でオトハをつついた。

「黒毛女。何を懐柔されているの」

「いや、何か分からない内に……」

 オトハはまだ困惑していた。
 それに対し、レナの方といえば、ぺかあっと表情を輝かせていた。

「それにしても、オトハも強いな。立ち姿がすげえ綺麗だ! 対人戦なら、多分キャスよりも強いぞ。よし! なんならオトハもオレの団に入るか! トウヤと一緒に!」

「だから、その名前で呼ぶなって」

 パカンっ、とアッシュはレナの頭を叩いた。
 レナは、自分の頭を押さえて、アッシュを睨みつけた。

「何すんだよ。トウ……あ、アッシュだっけ?」

「そうだよ。つうか、仲間ってそういう意味だったのかよ」

「ん? オレ、最初っからそう言ってなかったか?」

 小首を傾げてレナが言う。
 アッシュは、深い溜息をついた。

「あのな。俺はようやくこの店を出したんだぞ。固定客も少しついて、それなりに軌道にも乗ってんだ。なんで傭兵に戻らなきゃなんねえだよ」

「けど、傭兵ならもっと儲かるぞ」

 と、レナが言うが、アッシュはかぶりを振った。

「それはよく知っているよ。けど、俺は安全で安定した生活をしてえんだよ」

 もう波乱万丈な人生はまっぴらだ。
 これからは平穏に生きる。そのためにこの国にやって来たのだ。
 ただ、この国に来ても、あまり平穏じゃないような気がするのは悩みの種だが。

「ともあれ、俺は傭兵にはなんねえ。以上だ」

「「むむむ」」

 アッシュの宣言に、レナと、ついでにオトハが呻いた。一方、ユーリィだけは「私もいつでもお風呂に入れる今の生活の方がいい」と呟いていた。
 アッシュは、友人レナ恋人オトハの反応に苦笑した。

「……お前らな」

 アッシュは彼女の間をすり抜けるように工房内に入っていく。
 そして振り返ってこう告げた。

「とりあえず、朝飯にしようぜ。レナも食ってけよ」




 そうして、朝食を取り。
 アッシュとユーリィは仕事に、今日は休暇だったオトハとレナは、同じ傭兵同士だったためか、意外と意気投合して談話をしていた。

「……そうか。レナの傭兵団はオズニアで活動していたのか」

「おう。けど、オレはセラ出身でさ。活動範囲を広げたくなったんだ」

 と、レナが笑う。
 二人は今、クライン工房の隣の大広場にいた。
 工房の壁際にパイプ椅子を二つ並べて座っている。わざわざ外にいるのは、仕事をしているアッシュとユーリィの邪魔をしてはいけないという配慮だ。

「まあ、個人的にはオズニアには妹がいねえって、うすうす感じてたのもあったしな。そんで思い切ってセラに戻って来たんだ」

「なるほど……」

 オトハは目を細める。

「妹さんと再会できてよかったな」

「おう」

 レナはニカっと笑った。

「まさか、伯爵と結婚しているとは思わなかったけどな。年齢の都合でまだ婚約者らしいけど、次に会う時は甥っ子か、姪っ子が生まれてるかもな」

 そこで、レナは「うんうん」と腕を組んだ。

「オレも頑張らねえとな。多分、トウヤはまだサクのことが好きだろうし」

「……レナ。お前は……」

 オトハは、何とも微妙な表情でレナを見つめた。

「やはり、クラインのことが好きなのか?」

「おう! 大好きだぞ!」

 レナは即答した。
 やはり推測通りの返答だ。そして改めて実感する。
 どれほど性格が違っていても、アッシュを好きだという女性には迷いがない。
 彼女も例外ではないようだ。

「そ、そうか……」

 ラスボスのようなサクヤも迎えて、ようやく方向性がまとまったと思っていたのに、ここに至って、よもやの新しい参戦者とは……。
 流石に顔を強張らせるが、それには一切気付かずに、レナは言葉を続けた。

「オレがトウヤの女になるのは確定だとしても、やっぱ、オレも子供が欲しいな。妹には負けてらんねえし。それに、オレとトウヤの子供ならきっとすげえ強いぞ」

「……ふん。それなら」

 絶対に、私とクラインの子供の方が強い。
 そう言いかけてオトハは、コホンと喉を鳴らした。

「と、ところでレナ」

 やや赤くなりかける顔を誤魔化すように、オトハは別のことを告げた。

「お前がクラインの旧友とは知っているが、その名であまり呼ぶな。私だって、特別な時以外は控えているんだぞ」

「へ?」レナは目を瞬かせた。「特別な時って?」

「え?」

 レナの問いかけに、オトハはキョトンとした。
 ――が、すぐに、今度こそ耳まで真っ赤になって俯いた。

「い、いや、そ、それは……」

 両足は内股に、小さく体を縮こませる。
 自分の迂闊な失言に、頭から湯気が出てしまいそうだった。
 アッシュの本名を呼ぶ。それはオトハの我儘だった。

 二人だけの時。
 ――そう。本当に誰もいない二人だけの時のみに呼ぶ名前なのだ。

 それは、あの運命の夜に、彼に『お願い』したことだった。
 あの夜、感極まった際に、思わず彼の本当の名前を呼んでしまったのだ。

 そこで初めて気付いた。
 恐らく、その名前を知った時から、オトハにとっても、その名前は特別な意味を持つものになっていたのだろう。それがつい口から零れ落ちてしまったのだと。
 オトハは、今だけはその名を呼んでもいいかと彼に尋ねてみた。

『ダ、ダメか……?』

『……いや、今だけなら構わねえよ』

 彼女の愛しい青年は少し躊躇いつつも、受け入れてくれたのである。
 流石に、こればかりは誰にも語っていないことだった。

「どうしたんだ? オトハ? 顔が真っ赤だぞ?」

 オトハの顔を覗き込んで、レナが言う。
 回想から戻ったオトハは、ブンブンとかぶりを振った。

「い、いや、気にするな。それより、気をつけろよ」

「おう。トウヤ……あ、違った。アッシュの名前の件だよな」

 レナは素直に頷いた。
 どうやら意図的にではなく、素で間違えているようだった。
 オトハは緊張と一緒に、大きく息を吐きだした。

「まあ、徐々に慣れていけばいいさ」

 オトハは、レナに目をやった。
 しかし、ユーリィから話には聞いていたが、本当に若い容姿だ。
 オトハも十代後半と間違われることは結構あるが、レナは十代半ばにしか見えない。
 とても、自分やミランシャと同い年とは思えなかった。むしろ、これで二十代だと言われても、子供が年齢を誤魔化しているようにしか見えないだろう。

(しかし、この見た目で……)

 オトハは、ちらりとレナの胸元に目をやった。
 何とも凄いボリュームだ。恐らく、自分やサーシャにも並ぶレベルだ。
 オトハ自身は胸に関しては、ミランシャぐらいのが丁度いいと考えていた。
 さほど邪魔にもならず、動きやすそうだからだ。
 傭兵稼業に就くような女性は、大抵はそう考える。

 しかし、今のオトハは、実体験で知っていた。
 彼女の愛しい青年は、大きい方が好みであると。

(……むむむ)

 内心で唸る。
 そう言う意味では、レナは充分すぎるほどに、アッシュの好みということになる。
 まあ、彼は性格面こそを一番重視しているようだが。

(それよりも今は……)

 オトハは頭を悩ませた。
 この新たな参戦者をどう扱うべきなのか。
 自分たちの同志にするのか、それとも『敵』として排除すべきなのか。
 それを判断しなければならなかった。

「どうしたんだオトハ? さっきから、なんか難しそうな顔をしているぞ」

 そんなことは露知らず、レナは無邪気にそう尋ねてくる。
 オトハは嘆息した。
 一人で考えても、判断は下せない。
 ここは、やはり他のメンバーの意見も聞くべきだろう。

「……いや。少し考え事をしていただけだ。それよりも」

 オトハは視線をクライン工房の前の方に目をやった。
 レナもつられて、そちらに視線を向ける。
 ――すると、

「あれ? オトハさん? レナさん? そんな所で何をしてるんですか?」

 いつものヘルムを片手に抱えて。
 これまたいつもの制服、そしていつものブレストプレートを身に着けたサーシャが、不思議そうな顔で覗き込む姿がそこにあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

異世界転移から始まるハーレム生活〜チートスキルを貰った俺は、妹と共に無双する〜

昼寝部
ファンタジー
 2XXX年、X月。  俺、水瀬アキトは戦争の絶えない地球で『戦場の悪魔』と呼ばれ、数多の戦で活躍していた。  そんな日々を過ごしていた俺は、ひょんなことから妹と一緒に異世界へ転移することになった。  その世界にはダンジョンが存在しており、ライトノベルなどで登場する世界観と類似していた。  俺たちはその世界で過ごすため女神様からチートスキルを貰い、冒険者となって異世界での生活を満喫することにした。  これは主人公の水瀬アキトと妹のカナデが異世界へ転移し、美少女たちに囲まれながら異世界で無双するお話し。

処理中です...