クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第15部

第八章 二人の未来②

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 沈黙が続く。

(……こいつはまた、ヤべえ奴だな)

 歴戦の傭兵。
 オズニア大陸において序列八位に数えられるレナは、緊張していた。
 短剣の柄を強く握りしめる。
 唐突に現れた黒い男。
 一体、何者かは分からない。
 だが、恐ろしく強い。途方もなく危険なことだけは分かった。
 それは、隣に立つアッシュの様子からも一目瞭然だった。

(……アッシュ)

 ちらり、と青年の横顔を一瞥する。
 彼の表情は、特に緊張している様子ではない。
 しかし、放つ圧が生半可ではなかった。
 クライン工房で再会した時には見せなかった圧。
 凄まじいほどの存在感だ。
 これが、戦士としてのアッシュの圧力オーラなのだろう。

(……ここまでとんでもなかったのかよ)

 内心では少し慄いた。
 昨日の大乱闘など全く当てにならない。
 正直、ここまでとは思わなかった。

(マジで固有種みたいなプレッシャーだな)

 少し喉が鳴る。
 さっきまで自分は、固有種の魔獣と変わらない男の腕の中にいたのだなと理解する。
 けれど、逆説的に言えば、そんな怪物じみた男が、レナのことは傷つけないように、とても優しく抱きしめてくれていた訳だ。
 そう思うと、少しだけ口元が綻んでくる。

(うわあ、なんか、すっごく嬉しいぞ)

 やっぱり、アッシュ――トウヤは、今も昔も変わらず優しい。
 今夜には、もっと顕著にそう思うかもしれない。
 なにせ、文字通り、最も無防備な姿で、彼の腕の中に納まることになるのだ。

(……うわわ)

 思わず耳が赤くなる。
 それを考えると、本当にドキドキしてくる。

(こうなってくると、オトハやサクの実体験がマジで気になってきた。初めての時はどんなんだったんだろ? 今夜、オレ、大丈夫かな……って)

 そこで、レナは微かに顔を振って、表情を引き締め直した。

(今夜のことは一旦忘れねえと。今は関係ねえことだ。それよりも今は……)

 戦士として思考を完全に切り替える。
 重要なのは、アッシュが今、全開で威圧していることだった。
 ――そう。この目の前にいる男に対して。

(『キンヨウセイ』とか言ってたな。何者なんだ?)

 レナは双眸を鋭くする。と、

「……《金妖星》か」

 おもむろに、アッシュが口を開いた。

「お前とは初めて遭うな。しかしよ」

 そこで、口元に皮肉気な笑みが刻まれる。

「その名前には聞き覚えがあんな。確か、うちの弟が言ってたぞ」

「ほう。そうか」

 男も口を開く。

「少年が、吾輩のことを告げていたか」

 そう呟く男の顔は、少しだけ嬉しそうだった。
「ああ」アッシュが頷く。

「何でも、うちの弟に二つ名を贈ってくれたそうだな」

「あの少年に、相応しい名を贈っただけだ」

 男は淡々と答える。
 レナは眉根を寄せた。

(アッシュの弟? コウタのことか?)

 この国にいるとは聞いていたが、レナはまだコウタとは再会していなかった。
 なので、記憶の中の幼い少年のことを思い浮かべるが、どうも、この刃のような男とイメージが繋がらない。

「……こいつ、コウタの知り合いなのか?」

 その疑問を口にすると、

「ああ、そうだ」

 男が、視線をレナに向けて答えた。

「あの少年とは少々因縁がある。だが、今は関係のない話だな」

 ラゴウと名乗った男は、再びアッシュに目をやった。

「今回、用があるのはヌシの方だ。《双金葬守》」

「へえ」

 アッシュは双眸を細めた。

「俺にか? 何の用だ?」

「用があるのは我が主君だ。《双金葬守》よ」

 一拍おいて、男は告げる。

「ヌシを招待したい。我が主君の元にな」

「……は?」

 アッシュは眉をしかめた。

「お前、《九妖星》なんだよな? なら主君ってのは、あのおっさんか?」

「ああ」ラゴウは頷く。

「ヌシの思い浮かべる人物だ。主君は、決勝戦をヌシと観戦したいと仰っている」

「……………は?」

 アッシュは、ますます眉をしかめた。

「なんで俺があのおっさんと一緒に観戦しなきゃならねえんだよ」

「吾輩もそう思う。しかし、我が主君は基本的に思いつきで動くのだ」

 そう言って、男は小さく嘆息した。
 どうにも、かなり苦労していることがよく分かる仕草だった。
 この初めて遭う《九妖星》は、ボルドと同じタイプなのかもしれない。

「……なあ、アッシュ」

 と、その時、レナが話に割り込んでくる。

「話が全然見えねえぞ。こいつは結局、何者なんだ?」

「……こいつは」

 アッシュが少し躊躇いながら口を開こうとすると、

「……ふむ」

 おもむろに、ラゴウがあごに手をやった。その視線はレナの方に向いている。

「その娘は選手の一人だな。確か、名はレナだったな。昨日の騒動では、ヌシの女の一人という話だったか」

「おい。待て。その認識は……」

 アッシュが渋面を浮かべて、ツッコもうとした時だ。

「丁度よいな」

 ラゴウが呟く。

「主君は、あの部屋には花がないと嘆いておられた。《双金葬守》を招いても、それは変わらぬ。ならば、その娘を招くのも悪くないだろう」

「おい。てめえ」

 アッシュは眉間にしわを刻んだ。

「勝手に話を進めんな。つうか」

 一拍おいて、

「取ってつけたようなことを言ってんじゃねえよ。レナがここにいた時点で、てめえにとっては予定外だったんだろ。ここで俺だけ誘って、残ったレナに、オトやミランシャにこのことを伝えられることが面倒なだけだろ」

「まあな」

 ラゴウは肩を竦めて、あっさり認めた。

「《天架麗人》も《蒼天公女》も厄介だが、何より《黄金死姫》に知られるのが最も厄介だ。彼女に対人戦で勝てる者などいないからな。さて」

 一拍おいて、ラゴウは問う。

「どうだ? その娘も招待したいのだが?」

「………………」

 アッシュは沈黙した。
 あの男――《黒陽社》の長からの誘い。
 どうしてこのタイミングなのか。
 一体、何を企んでいるのか。
 疑問は幾つもあるが、この誘い自体は悪くない。
 そもそも、あの男には一度会いたいと思っていたところだ。
 しかし、レナを巻き込むことは――。
 アッシュは、レナの方に顔を向けた。

 レナは頷く。
 状況は分からないが、アッシュに判断を委ねてくれたようだ。

(出来れば、オトたちに連絡はしてえェが、ここでレナと別れんのも危険か……)

 レナの実力は相当なものだ。
 だが、それでも《九妖星》の相手をするには、かなり厳しいだろう。
 もし、ここで別れた時、どこかにもう一人《九妖星》――例えば、ボルドが潜んでいた場合、レナであっても囚われる危険性がある。

(……《九妖星》は今、この国に数人いるみてえだしな)

 アッシュは渋面を浮かべた。
 ここは仕方がない。レナを一人にすることは出来なかった。

「……ああ。分かったよ」

 アッシュは、レナの肩をグッと掴んで少し引き寄せた。

「ア、アッシュ?」

「折角の招待だ。乗ってやるよ。お望み通り、レナも連れていく」

 少し皮肉気に笑う。

「確かに、俺とおっさんとてめえだけじゃあ、花なんてねえしな」

「……感謝する」

 ラゴウも、皮肉気な笑みを見せた。

「では、案内しよう。我が主君の元に」

「おう。ああ、けど、その前に一つだけ言っておくぜ」

「……? 何だ?」

 眉をひそめるラゴウに、アッシュは「ふん」と鼻を鳴らした。
 そして、左腕でレナの腰を掴んで、再び強く抱き寄せた。

「え? お、おい、アッ……ひゃあ!」

 レナは目を見開いた。
 いきなり、アッシュの胸板に頭を押しつけられたのだ。
 唐突すぎる抱擁に、流石に顔が赤くなる。
 ましてや、自分が普通の女であることを自覚し、そして本番が怖いものだと思い始めていた矢先である。
 鼓動が、否が応でも跳ね上がった。
 一方、アッシュは、

「よく聞きな」

 真っ赤な顔のレナをしっかりと腕に納めて、ラゴウに告げた。

「てめえの言う通り、こいつは俺の女だ。少しでも手を出した時は覚悟しろ。速攻で塵にしてやるから憶えときな」
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