クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
491 / 499
第15部

第八章 二人の未来②

しおりを挟む
 沈黙が続く。

(……こいつはまた、ヤべえ奴だな)

 歴戦の傭兵。
 オズニア大陸において序列八位に数えられるレナは、緊張していた。
 短剣の柄を強く握りしめる。
 唐突に現れた黒い男。
 一体、何者かは分からない。
 だが、恐ろしく強い。途方もなく危険なことだけは分かった。
 それは、隣に立つアッシュの様子からも一目瞭然だった。

(……アッシュ)

 ちらり、と青年の横顔を一瞥する。
 彼の表情は、特に緊張している様子ではない。
 しかし、放つ圧が生半可ではなかった。
 クライン工房で再会した時には見せなかった圧。
 凄まじいほどの存在感だ。
 これが、戦士としてのアッシュの圧力オーラなのだろう。

(……ここまでとんでもなかったのかよ)

 内心では少し慄いた。
 昨日の大乱闘など全く当てにならない。
 正直、ここまでとは思わなかった。

(マジで固有種みたいなプレッシャーだな)

 少し喉が鳴る。
 さっきまで自分は、固有種の魔獣と変わらない男の腕の中にいたのだなと理解する。
 けれど、逆説的に言えば、そんな怪物じみた男が、レナのことは傷つけないように、とても優しく抱きしめてくれていた訳だ。
 そう思うと、少しだけ口元が綻んでくる。

(うわあ、なんか、すっごく嬉しいぞ)

 やっぱり、アッシュ――トウヤは、今も昔も変わらず優しい。
 今夜には、もっと顕著にそう思うかもしれない。
 なにせ、文字通り、最も無防備な姿で、彼の腕の中に納まることになるのだ。

(……うわわ)

 思わず耳が赤くなる。
 それを考えると、本当にドキドキしてくる。

(こうなってくると、オトハやサクの実体験がマジで気になってきた。初めての時はどんなんだったんだろ? 今夜、オレ、大丈夫かな……って)

 そこで、レナは微かに顔を振って、表情を引き締め直した。

(今夜のことは一旦忘れねえと。今は関係ねえことだ。それよりも今は……)

 戦士として思考を完全に切り替える。
 重要なのは、アッシュが今、全開で威圧していることだった。
 ――そう。この目の前にいる男に対して。

(『キンヨウセイ』とか言ってたな。何者なんだ?)

 レナは双眸を鋭くする。と、

「……《金妖星》か」

 おもむろに、アッシュが口を開いた。

「お前とは初めて遭うな。しかしよ」

 そこで、口元に皮肉気な笑みが刻まれる。

「その名前には聞き覚えがあんな。確か、うちの弟が言ってたぞ」

「ほう。そうか」

 男も口を開く。

「少年が、吾輩のことを告げていたか」

 そう呟く男の顔は、少しだけ嬉しそうだった。
「ああ」アッシュが頷く。

「何でも、うちの弟に二つ名を贈ってくれたそうだな」

「あの少年に、相応しい名を贈っただけだ」

 男は淡々と答える。
 レナは眉根を寄せた。

(アッシュの弟? コウタのことか?)

 この国にいるとは聞いていたが、レナはまだコウタとは再会していなかった。
 なので、記憶の中の幼い少年のことを思い浮かべるが、どうも、この刃のような男とイメージが繋がらない。

「……こいつ、コウタの知り合いなのか?」

 その疑問を口にすると、

「ああ、そうだ」

 男が、視線をレナに向けて答えた。

「あの少年とは少々因縁がある。だが、今は関係のない話だな」

 ラゴウと名乗った男は、再びアッシュに目をやった。

「今回、用があるのはヌシの方だ。《双金葬守》」

「へえ」

 アッシュは双眸を細めた。

「俺にか? 何の用だ?」

「用があるのは我が主君だ。《双金葬守》よ」

 一拍おいて、男は告げる。

「ヌシを招待したい。我が主君の元にな」

「……は?」

 アッシュは眉をしかめた。

「お前、《九妖星》なんだよな? なら主君ってのは、あのおっさんか?」

「ああ」ラゴウは頷く。

「ヌシの思い浮かべる人物だ。主君は、決勝戦をヌシと観戦したいと仰っている」

「……………は?」

 アッシュは、ますます眉をしかめた。

「なんで俺があのおっさんと一緒に観戦しなきゃならねえんだよ」

「吾輩もそう思う。しかし、我が主君は基本的に思いつきで動くのだ」

 そう言って、男は小さく嘆息した。
 どうにも、かなり苦労していることがよく分かる仕草だった。
 この初めて遭う《九妖星》は、ボルドと同じタイプなのかもしれない。

「……なあ、アッシュ」

 と、その時、レナが話に割り込んでくる。

「話が全然見えねえぞ。こいつは結局、何者なんだ?」

「……こいつは」

 アッシュが少し躊躇いながら口を開こうとすると、

「……ふむ」

 おもむろに、ラゴウがあごに手をやった。その視線はレナの方に向いている。

「その娘は選手の一人だな。確か、名はレナだったな。昨日の騒動では、ヌシの女の一人という話だったか」

「おい。待て。その認識は……」

 アッシュが渋面を浮かべて、ツッコもうとした時だ。

「丁度よいな」

 ラゴウが呟く。

「主君は、あの部屋には花がないと嘆いておられた。《双金葬守》を招いても、それは変わらぬ。ならば、その娘を招くのも悪くないだろう」

「おい。てめえ」

 アッシュは眉間にしわを刻んだ。

「勝手に話を進めんな。つうか」

 一拍おいて、

「取ってつけたようなことを言ってんじゃねえよ。レナがここにいた時点で、てめえにとっては予定外だったんだろ。ここで俺だけ誘って、残ったレナに、オトやミランシャにこのことを伝えられることが面倒なだけだろ」

「まあな」

 ラゴウは肩を竦めて、あっさり認めた。

「《天架麗人》も《蒼天公女》も厄介だが、何より《黄金死姫》に知られるのが最も厄介だ。彼女に対人戦で勝てる者などいないからな。さて」

 一拍おいて、ラゴウは問う。

「どうだ? その娘も招待したいのだが?」

「………………」

 アッシュは沈黙した。
 あの男――《黒陽社》の長からの誘い。
 どうしてこのタイミングなのか。
 一体、何を企んでいるのか。
 疑問は幾つもあるが、この誘い自体は悪くない。
 そもそも、あの男には一度会いたいと思っていたところだ。
 しかし、レナを巻き込むことは――。
 アッシュは、レナの方に顔を向けた。

 レナは頷く。
 状況は分からないが、アッシュに判断を委ねてくれたようだ。

(出来れば、オトたちに連絡はしてえェが、ここでレナと別れんのも危険か……)

 レナの実力は相当なものだ。
 だが、それでも《九妖星》の相手をするには、かなり厳しいだろう。
 もし、ここで別れた時、どこかにもう一人《九妖星》――例えば、ボルドが潜んでいた場合、レナであっても囚われる危険性がある。

(……《九妖星》は今、この国に数人いるみてえだしな)

 アッシュは渋面を浮かべた。
 ここは仕方がない。レナを一人にすることは出来なかった。

「……ああ。分かったよ」

 アッシュは、レナの肩をグッと掴んで少し引き寄せた。

「ア、アッシュ?」

「折角の招待だ。乗ってやるよ。お望み通り、レナも連れていく」

 少し皮肉気に笑う。

「確かに、俺とおっさんとてめえだけじゃあ、花なんてねえしな」

「……感謝する」

 ラゴウも、皮肉気な笑みを見せた。

「では、案内しよう。我が主君の元に」

「おう。ああ、けど、その前に一つだけ言っておくぜ」

「……? 何だ?」

 眉をひそめるラゴウに、アッシュは「ふん」と鼻を鳴らした。
 そして、左腕でレナの腰を掴んで、再び強く抱き寄せた。

「え? お、おい、アッ……ひゃあ!」

 レナは目を見開いた。
 いきなり、アッシュの胸板に頭を押しつけられたのだ。
 唐突すぎる抱擁に、流石に顔が赤くなる。
 ましてや、自分が普通の女であることを自覚し、そして本番が怖いものだと思い始めていた矢先である。
 鼓動が、否が応でも跳ね上がった。
 一方、アッシュは、

「よく聞きな」

 真っ赤な顔のレナをしっかりと腕に納めて、ラゴウに告げた。

「てめえの言う通り、こいつは俺の女だ。少しでも手を出した時は覚悟しろ。速攻で塵にしてやるから憶えときな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...