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第15部

第八章 二人の未来④

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 随分と静かだ。
 愛機・《ホルン》の中で、サーシャはそう思った。
 大歓声は耳に届く。
 だけど、それが遠くに聞こえるほどに、心がとても落ち着いていた。

 ――《夜の女神杯》・決勝戦。
 ここまでの道程は長く、平坦ではなかった。

 特に、アリシアとの戦い。レナとの決闘。
 どちらも、格上との戦いだった。
 アリシア相手だと、十回戦えば、九回は負ける。
 レナ相手なら、百度に一度、勝利を納められれば奇跡だろう。
 それを乗り越えて、ようやくこの舞台に辿り着いた。

(……けど)

 サーシャは琥珀色の眼差しで、目の前を見据えた。
 そこには、紫色の鎧機兵の姿があった。
 長尺刀を持つ、髪を彷彿されるような飾りが頭部にあるのが印象的な機体。
 決勝戦の対戦相手である、シェーラ=フォクス選手の愛機だ。

(……フォクスがここまで来るのも、簡単じゃなかったはず)

 格上との戦いを乗り越えてきたのは、彼女も同じだった。
 闘技に精通したルカ。
 何よりも、《七星》の一人であるミランシャ。
 その困難さは、彼女たちをよく知るサーシャにはよく分かった。
 フォクス選手には、サーシャと同じぐらい負けられない理由があるのだろう。
 いや、その理由もすでに知っている。
 準決勝で、彼女はミランシャ相手に語っていた。
 彼女は好きな人と結ばれるために、この大会に参加しているのだと。

(……あはは、私と同じなんだ)

 サーシャは微笑んだ。
 強い共感を抱く。
 彼女の想う人が、どんな人なのかまでは知らない。
 生真面目そうなフォクス選手が愛する人だ。きっと真面目な人物なのだろう。
 こういう状況でなければ、彼女には結ばれて欲しいとも思う。
 しかし、今回ばかりは、

(……ごめんなさい。フォクスさん)

 サーシャは面持ちを改めて、操縦棍を強く握り直した。
 今回、負けられないのは、サーシャも同じだった。
 それに、

(フォクスさんは、きっと私よりも強い)

 ――準決勝・第二試合。
 それは、サーシャも見届けていた。
 あのミランシャを押し切った最後の動き。
 あれは、只事ではなかった。土壇場の底力というよりも、まるで抑えつけていた力を解放したといった感じだった。
 恐らく、あの力は偶然や、あの場限りの力ではない。
 いつでも出せる力。しかし、最初から出してはミランシャには通じない。
 だからこそ、力の出しどころを見極めたのだ。
 それなりの実戦を経験してきたサーシャの勘がそう告げていた。

 そして、この決勝戦。
 サーシャはミランシャに比べれば、明らかな格下だ。
 だから、きっと彼女は――。

『……いざ』

 すうっ、と。
 シェーラの愛機・《パルティーナ》が長尺刀を水平に構えた。

『……参るのであります!』

 そう叫び、《パルティーナ》が跳躍した。

(――速い!)

 サーシャは目を剥いた。
 やはり、これまでの速さではない。
 準決勝での動きだ。

(やっぱり最初から全力!)

 一瞬で間合いを詰めた《パルティーナ》が、上段から長尺刀を振り下ろした。
 サーシャの愛機・《ホルン》が長剣の刀身を左手で支えて、斬撃を受け止めた。
 ――ズシンッ!
 重い斬撃に、《ホルン》の両足が沈み込んだ。
 まるで重装甲タイプの機体の一撃だ。
 《ホルン》の両腕がギシリと軋み、サーシャは歯を喰いしばった。
 だが、それも一瞬だけのことだった。
 突如、《パルティーナ》が反転、竜尾を《ホルン》の胴体に叩きつけてきたのだ。

『――くあっ!』

 ――ブワッ、と。
 《ホルン》の体が宙に浮く。そのまま大きく跳ね飛ばしてしまった。
 この一撃も、これまでの試合の比ではない。

(――クッ!)

 吹き飛ばされた《ホルン》は宙空で姿勢を整え直して、両足を地面につけた。ガガガッと両足が火線を引き、土煙が上がる。

「「「おおお……」」」

 観客席が、どよめいた。
 明らかに膂力が違う。観客たちは《パルティーナ》に注目した。

『これは凄い! 明らかにパワーアップしています! これはもしや……』

 司会者の声が会場に響く。
 そして十数秒後、

『おお! フォクス選手の《パルティーナ》! やはり恒力値が上がっております! それも……実に凄い! なんと三万五千ジン! 師匠の《黒鬼》に次ぐ出力です!』

「ええッ!」「マジか!」「どうなってんだよ! それ!」

 観客たちが騒ぎ始めた。中には「反則だ!」と叫ぶ者たちもいる。
 対し、大会運営者側である司会者は、

『御来客の皆さま! これは反則ではありません! 本大会において、恒力値の上限の規定はありませんから! 強敵との戦いを想定して真の実力を隠すのもまた戦術です! しかし、こうなると苦しいのは、やはりフラム選手!』

 一拍おいて、声を張り上げた。

『その恒力値の差は、実に十倍! 果たしてフラム選手に勝機はあるのか!』

 その台詞を聞き、サーシャは苦笑を浮かべた。
 出力が上がっていることは実感していたが、まさか三万超えとは。

(……十倍かぁ)

 これは、想像以上の出力差だった。
 だが、こういっては何だが、たかだか十倍である。
 サーシャと《ホルン》の事実上の初陣など、もっとえげつない出力差だった。

 掠るだけで装甲が吹き飛ぶような攻撃力。
 挙句に、炎まで吹いたあれ・・に比べれば、遥かにマシだ。

 そもそも、自分の愛機より恒力値が低い相手は稀なのである。と言うよりも、そんな相手とは一度も戦ったことがないような気がする。
 いずれにせよ、もう出力差は気にしなくなっていた。

(たかだか十倍! まだまだ!)

 この程度で、心が折れたりはしない。
 サーシャの闘志に呼応して、《ホルン》の両眼が輝いた。
 白い鎧機兵は、長剣を真っ直ぐ構える。

『その闘志。見事であります』

 サーシャの心が全く折れていないことに、シェーラもすぐ気付いた。
 《パルティーナ》が、脇に添えるように長尺刀を構えた。
 ギシリ、と柄を強く握る音が聞こえてくる。

『流石は、アラン叔父さまのご息女であります。では、いよいよ』

『……はい』

 サーシャは、こくんと頷く。シェーラも頷き返した。
 二機は静かに対峙した。
 盛り上がっていた会場も、徐々に静かになって二機に注目する。
 そして、

『私たちの決勝戦を』

『始めるであります』
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