クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
11 / 499
第1部

第四章 その名は流れ星①

しおりを挟む
 乗合馬車の停留場から徒歩五分。市街区の北に位置する『スザン大広場』に着くなり、アッシュは感嘆の声を上げた。


「おおー……こりゃあすげえなぁ」

「……うん。本当に凄い」


 ユーリィも圧倒された表情で相槌を打つ。
 この大広場は王城区との境目辺りにあるので周囲の景観には石造と木造の家屋が入り混じっている。そんな立地条件のためかここはまさに混沌とした場所だった。

 周りにいるのは人人人――と、老若男女、人ばかり。
 子供の手を引く親子連れ。興奮気味な幼い少年達。サーシャと同じ制服を着た少年少女のグループ。出場選手のものだろうか、立ち並ぶ鎧機兵の姿もある。
 そしてその混雑の奥に見えるのが、左右に開かれた巨大な門。
 垂れ幕や色彩豊かな旗、空にはバルーンなどで着飾っているが、まるで城砦を彷彿させる重厚な建築物だ。
 今回のお目当てである王立闘技場である。


「おおー……中々凝ってんだな~」


 威圧感を放ちつつ華美という煉瓦造りの建築物に、アッシュは再び感嘆の声を上げた。
 初めてお目にかかったが、闘技場とはこんなにも迫力があるものなのか。
 まじまじと眺めていると、ドンと背を押された。
「おっと、すまん」と後ろから声がする。混雑さから誰かと当たったようだ。周りを見ると闘技場へと人が徐々に移動していた。


「やれやれ、これだと見物も一苦労だな」

「……見物以前に、人に酔いそう」

「もう少し頑張ってね、ユーリィちゃん。あっちが観客用の入口で……先生?」

「ん? ああ、あっちからいい匂いがしてな」


 アッシュの視線は広場を囲うように連ねる露天商に向けられていた。
 さっきから何やら香ばしい匂いが鼻孔をくすぐっている。
 干した肉や魚を売る露天商なら知っているが、その場で調理する出店は初めて見る。好奇心が刺激された。
 アッシュは一度、懐にある財布の重さを確認し、


「……おし。ちょっと何か買ってくるよ。先に入って待っててくれ」

「え? あ、先生! こんな人だかりで別れたら――って、行っちゃった」

「アッシュは時々子供みたいになる。気にしないで行こ」

「え、ちょ、ちょっと、ダメだよ! ユーリィちゃん!」


 サーシャは、トコトコと歩く少女の手を掴み、


「先生を探すか、待っておかないとはぐれるよ!」


 しかし、ユーリィは首を横に振る。


「心配ない。アッシュなら私がどこにいても見つけられる」

「み、見つけられるって、どうして?」


 ユーリィは一瞬だけ微笑む。――ふふんっ。それを訊くか。
 そして小さな胸を張り、得意げに答えた。


「愛の力」

「あ、愛って……」

「愛は不可能を可能にするの。それより早く行こ。三人分の席をとらないと」

「ちょ、ちょっと待って! 愛って何!?」


 こればっかりは聞き捨てならない。
 ただでさえ年月や同居のハンデを感じているのだ。
 サーシャはユーリィの台詞を問い質そうとした――その時、


「おお!《朱天》だ!」「闘神《朱天》が今日も来たぞ!」「うおおおおおおおおおおおッ!」


 突然、後方から大歓声が上がった。


(……《朱天》?) 


 聞き覚えのある名前に、ユーリィが怪訝な顔をして振り向く。
 すると、意外なものを見た。
 サーシャが珍しく不機嫌そうな顔をしていたのだ。


「……どうしたの?」

「……私の一番嫌いな人が来たの」

「嫌いな人?」


 ユーリィはサーシャの視線の先を追う。と、そこには一機の鎧機兵がいた。
 ――それは、頭部に六本の角を持つ真紅の鎧機兵だった。
 ユーリィは大きく目を見開き、言葉を失う。
 その機体は彼女がよく知る、本当によく知る鎧機兵に酷似していたのだ。
 凍りつくユーリィと、鎧機兵を睨みつけるサーシャ。周囲の人間の要望に応え、何やら勇ましいポージングをとっていたその鎧機兵だが、ふと彼女達――正確にはサーシャの存在に気付いたようだ。真紅の機体が人垣をかき分けるどころか、視界にも入らないかのように、ズンズンと近付いてきて二人の前で立ち止まった。
 両肩のジョイント部から回転音が鳴り、ハッチである胸部装甲がゆっくりと上に開く。そして機体の中から現れたのは、サーシャの最も嫌う男――アンディ=ジラールだった。


「やあ! サーシャ嬢。こんな所で出会うとは。僕の応援に来てくれたのかい?」

「今日来たのはただの偶然よ。あなたが参加するって知っていたら来なかったわ」

「ふふ、これはまた手厳しいな」


 と、そこでジラールは、値踏みするかのようにユーリィを凝視して、


「……ところで、そちらの美しいお嬢さんはどなたかな?」


 サーシャはユーリィを背中に隠す。こんな男をユーリィに関わらせたくない。


「彼女は私の友達よ。あなたに紹介する必要はないわ」


 その台詞に何故かユーリィが軽く目を瞠った事にサーシャは気付かない。


「おいおいつれないな。君の友人ならいずれ僕の友人にもなる可能性があるのに」

「そんな可能性はないわ! さっさと行きなさい!」


 サーシャの剣幕は相も変わらずだった。ジラールはやれやれと肩をすくめる。
 そうしてジラールが、仕方なく再び鎧機兵に乗り込もうとした時、


「……待って」


 と、彼を呼びとめる者がいた。
 それは――意外にもユーリィだった。


「ん? 何かな。美しいお嬢さん」


 にこやかに応えるジラール。
 ユーリィは手の届く距離で、じいっと真紅の鎧機兵を見据えて、


「……この鎧機兵は何?」


 ぼそりと問う少女に、ジラールは嬉々とした笑みを浮かべて答えた。


「ふふ、よくぞ聞いてくれた! これは! この鎧機兵こそは! かの《七星》が一人、《双金葬守そうごんそうしゅ》の愛機! 《黄金聖女》の守護者――闘神《朱天》なのだよ!」


 その言い草に、サーシャは呆れた表情を浮かべる。


「よく言うわ。お金にものを言わせた、ただのレプリカでしょう」


 しかし、ジラールは悪びれることもなく、サーシャの言葉を鼻で笑った。


「ふん。確かにこれは《朱天》のレプリカだ。だが、その実態は海外の新技術で製造したうちの工場の最新鋭機なんだ。その恒力値は六千を超えるんだよ! もはやオリジナルを超えたと言ってもいい! この鎧機兵が《朱天》の名を継いでも誰も文句は言えないさ!」


 自身に満ちたジラールの啖呵に、思わずサーシャは唇をかんだ。
 ――確かに、この鎧機兵の力は強大だ。
 この鎧機兵こそが、成績が芳しくないジラールを十傑にまで押し上げたと言っても過言ではない。この国において、間違いなく最強の機体である……が、


(幾らなんでも、勝手に似せておきながら本物を名乗るのはやりすぎでしょう)


 サーシャは仕方なく、ジラールをたしなめることにした。
 そして一歩足を踏み出した時――その異常に気付く。
 ……何だろう、ジラールの様子がおかしい。
 何故かジラールは、目を見開いたまま一点を見つめて硬直していた。
 サーシャは訝しげに眉をひそめ、ジラールの視線の先を追う。
 そして、そこにいたのは――。


(……ユーリィちゃん?)


 さらに眉をしかめた。
 何故ジラールは、ユーリィをあんな怯えたような顔で見つめているのだろう?
 不審に思ったサーシャはユーリィの顔を覗き込んで――ゾッと背筋が凍りついた。
 ユーリィから、完全に表情が消えていたのだ。
 すべての感情を閉ざした彼女は、研ぎ澄まされた刃のように鋭く――美しい。
 サーシャはごくりと喉を鳴らし、眼前の少女を凝視した。
 すると、少女の唇がゆっくりと開いて――。


「お前、もう黙れ」


 初めて聞くあまりにも冷酷な少女の声に、サーシャは絶句して胸を押さえる。
 ジラールも同様の戦慄を感じたのだろう。その瞳は恐怖の感情で彩られていた。
 だが、それらには一切構わずユーリィは淡々と続ける。


「オリジナルを超えた? 名を継いだ? こんな粗悪な贋作が? 笑わせる。こんなもの《朱天》に対する侮辱以外なんでもない」


 その辛辣な言葉に、ジラールはようやく硬直から解放された。
 しかし、ホッとするよりも先に、怒りで顔を赤くして、


「そ、粗悪な贋作だと! 僕の《朱天》を侮辱する気か!」


 と、気炎を吐く。しかし、その怒気にもユーリィの無表情はまるで揺るがない。


「お前の頭カラッポなの? だから侮辱しているのはそっち。天罰いる?」


 ジラールは怒りのあまり拳を振り上げようとする――が、かろうじて思い留まった。
 相手は無知な子供なのだ。そう自分に言い聞かせ、彼は出来るだけ冷静さを保った口調で目の前の少女に問いかける。


「……では訊こう。オリジナルに対し、僕の《朱天》のどこが違うと言うんだ?」


 ユーリィが冷たい瞳でジラールを一瞥した。


「私の方こそ教えて欲しい。どうして《朱焔》が六本もあるの? しかも機体の色をよりにもよって真紅にするなんて馬鹿じゃないの? それに――」


 そこで少女は初めて無表情を崩した。わずかに頬を赤く染めて口元を綻ばせる。


「《双金葬守》が守ったのは、あの人が今も昔も守り続けているのは《金色聖女》。……《黄金》じゃない。これは何よりも重要なこと。間違わないで」


 そう告げる少女はどこか嬉しそうであり、恥ずかしそうでもあった。
 ジラールは、そんな少女を呆然と見つめていた。
 どうやらこの少女の口ぶりからすると、彼女は本物に会ったことがあるらしい。
 今まで散々本物を超えたと言ってきたが、ジラールは本物に会ったことなど一度もなかった。当然ながら、本物がどんなものなのかは噂程度でしか知らないのだ。
 知らず知らずの内に、ジラールの瞳がキョロキョロと泳ぎ出す。
 それを見たユーリィは「……馬鹿馬鹿しい」と呟いた後、先程からずっと立ち尽くしていたままのサーシャの方へと振り向いて、


「ねぇメットさん。この人凄く目障りだからこの粗悪な贋作ごとプチっと潰して」

「あ、うん、分かった。プチっと潰せばいいんだね――って、無理だよ!?」

「おお、のりツッコミ」と感嘆したユーリィが、手をパチパチと叩く。
 しかし、サーシャはそれどころではなかった。


「ちょ、ちょっと待って! 何気にそんな無茶ぶりしないで!」


 と抗議するが、ユーリィは「出来れば頭からプチっと」と注文までつけてきた。
 唖然として、口をパクパクと動かすサーシャ。
 そんな少女達のやりとりの傍らで、ジラールは一人怪訝な表情を浮かべていた。
 ……メットさんとは、一体誰のことだ? 
 しばらく困惑していた彼だったが、ふとサーシャのヘルムが目に入ると、「ああ、なるほど」と合点がいき、ポンと手を打った。


「よかろう! メット嬢!」

「メット嬢!?」

「武闘大会にエントリーしたまえ! 闘いにて、そこの小娘に僕の《朱天》の凄まじさを思い知らせてやる!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」 王立学院の舞踏会。 全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。 努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。 だが、カロスタークは折れなかった。 「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」 怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。 舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。 差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける! これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。 誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

レベル1の地図士は、世界の裏側を知ってしまった

あめとおと
ファンタジー
異世界に転移した主人公が得たスキルは【地図作成】。 戦闘能力ゼロ、初期レベル1。 冒険者ギルドでは「外れスキル」と笑われ、 新人向けの雑用クエストしか回ってこない。 しかしそのスキルは、 ダンジョンの隠し通路、未踏破エリア、消えた古代文明の痕跡まで“地図に表示する” という、とんでもない能力だった。 生き残るために始めた地味な探索が、 やがて世界の秘密と、国家すら動かす大冒険へ――。 これは、 戦えない主人公が“冒険そのもの”で成り上がる物語。 同作品を「小説家になろう」で先行配信してます。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】 異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。 『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。 しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。 そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...