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第1部

第四章 その名は流れ星③

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「贋作も、ああ言ってる。どんな小細工をしたの?」


 闘技場を見下ろしながら、改めてユーリィはアッシュに尋ねてみた。
 すると、製作者の青年はポリポリと頬をかき、


「いや、ほら《天蓋層》ってあんだろ。俺さ、今あれと同じような術式を研究中なんだよ。で、せっかくだから今回《ホルン》の装甲に、その試作一号を組み込んでみたんだ」


 と、にこやかな笑顔で、とんでもないことを言いだした。
 《天蓋層》――。それは《聖骸主》の最も有名な能力だ。《聖骸主》の全身を流体化した星霊が薄く覆い、あらゆる攻撃を吸収する防御層となる術。この術を展開した《聖骸主》には生半可な攻撃は一切通じない。まさに鉄壁の防御術だ。
 しかし、かつてその《聖骸主》と戦うアッシュの姿を何度も見ているユーリィにとっては、どうしても悪い印象しか持てない能力でもあった。
 思わず眉をしかめたユーリィは、半眼でアッシュを睨みつける。


「そんな縁起の悪いものを、しかも試作品なんかを勝手に《ホルン》にしこんだの?」

「いや、初回サービスのつもりでさ」

「試作品を勝手につけるサービスって何? 確かに《天蓋層》を機能化したのは、凄いことだと思うけど――」


 ふとユーリィの脳裏に疑問符が浮かぶ。


「……《星導石》には星霊の流体化は出来ないんでしょう? 一体どうしたの?」

「ああ、結局あれって《天蓋層》そのものじゃねえんだよ。実態は自動式の《黄道法》かな? そうだな――今ここで《天鎧装》と命名しよう!」

「それ、呼び方が全く同じ――」

「些細なことだ! 別に有名な能力と同じ韻なら、きっと商品化した時に売れやすいかなあ、とか思ってねえぞ! ホントだぞ!」


 と、そこでコホンとひとつ。


「ともかく! まあ簡単に言うと、あの《天鎧装》は攻撃を感知したら、自動的に一秒間だけ全身から恒力を放出して防御壁にしてんだよ。恒力の一度の放出量を三百ジンほどにしてさ。そんぐらいなら鎧機兵の自動供給機能で賄えるだろ」


 と、自慢げにアッシュは解説する。
 しかし、ユーリィは頬に手を当て小首を傾げた。
 鎧機兵には、起動中、常に最大の恒力値を維持する供給機能がある。だから多少の恒力の消費もすぐに回復出来ると、彼は言うのだが……。


「……自動供給って確か一秒ごとに百ジンぐらいじゃなかった?」

「ん? ああ、そうだが、それがどうかしたか――」

「それって一方的に殴られ続けたら、恒力切れで機体が動かなくなると思う」

「…………え?」


 ユーリィの指摘にポカンとするアッシュ。
 が、すぐにその顔は青ざめていった。
 どうやら欠陥に気付いていなかったらしい。


「い、いや、だって今の《ホルン》が、そこまでボコられるとは思わねえし。それに最近はメットさんも大分腕を上げたし、相手の動きはかなりへぼいから……」


 と、しどろもどろに言い訳を開始する。
 ユーリィの険悪な視線がとても痛かった。
 アッシュは気まずげに頬をかくと、不意に真剣な瞳で――。


「……まあ、数万の星霊で構成される《天蓋層》に比べりゃあ、確かに薄っぺらい壁ではあるが、それでもあの程度の単発攻撃なら問題ねえよ。――だから、メットさんは大丈夫だ。お前は何も心配しなくてもいい」


 そう告げて、少女の頭をポンポンと軽く叩いた。
 一瞬、ユーリィはキョトンとするが、すぐに拗ねるようにそっぽ向いた。その頬は少しだけ赤く染まっている。
 素直じゃないユーリィの態度に、アッシュは優しげな笑みを浮かべた後、再び闘技場へと視線を戻した。――そして、鋭く目を細める。
 いつの間にか《ホルン》の動きが、防御から攻撃重視のものへと変化していた。


「お! どうやらメットさんも、《天鎧装》に気付き始めたみたいだな」






 アッシュの推測通り、サーシャは《天鎧装》の存在に気付いていた。
 なにせ、よく見ると敵の拳が寸止めされているのだ。気付かないはずもない。


(……まるで見えない壁があるみたい。もしかして、これって《天蓋層》なの?)


 不可視の防御壁。
 そんなものはサーシャの知る限り《天蓋層》しか思いつかない。


(けど、《天蓋層》なんて能力、なんで《ホルン》が――)


 と、そこでサーシャは、《ホルン》を生まれ変わらせた師の顔を思い出す。
 《ホルン》を改造する機会があったのは彼だけだ。


(そっか……、きっと先生がこれを……。ありがとう先生! これなら!)


 師に感謝を抱くと同時に、《ホルン》が駆け出した。
 それに応じ《偽朱天》が正拳を放つ――が、《ホルン》は怯まない。
 ――ズドンッッ!
 全身全霊の頭突きが、真紅の拳を打ち負かす!
 腕を弾かれた《偽朱天》は大きく後退し、白い機体は追うように前進する。
 一気に間合いを詰めた《ホルン》は、剣の柄尻を《偽朱天》の顔に叩きつけた。その衝撃に真紅の機体はふらふらと後ずさり、ガクンと左膝を落とす。
 さらに《ホルン》は、両手で剣を構え直すと、渾身の力で振り下ろした!
 右の肩当てを打ち砕き、《偽朱天》の肩に食い込む鋼の刃。
 紅い破片が散る中、真紅の巨人は残った右膝の方も屈した。同時に傷ついた右肩から刀身が、ガコンッと外れる。

 おおおッと闘技場に、この試合最大のどよめきが沸き上がった。
 未だ無傷に近い新人と、両膝を屈した傷だらけの王者。
 誰の目にも勝敗は明らかだった。
 ――いよいよ、敗北知らずの王者が地に伏すのか。
 観客の注目を一身に浴びた《ホルン》が、剣の柄を強く握りしめる。


『ま、待ちたまえ! サーシャ嬢!』

『……何? 敗北を認めるの?』

『い、いや実は、今日は機体の調子が悪くてね。この勝負、引き分けにしないか?』

『……あなた、私を馬鹿にしているの?』

『い、いや、待て! そ、そうだ! 借金! 借金だ! 今日引き分けにしてくれれば、便宜をはかって、君の家の借金を帳消しにしよう。これならどうだ!』


 サーシャは一瞬息を呑む。不意に、男手一つで自分を育ててくれた父の――金策に走る父の姿が思い浮かんだ。自分に心配かけまいと笑顔で頑張る父の姿が……。
 知らず知らずの内に、《ホルン》は剣の切っ先をわずかに落としていた。

 ――それは、《偽朱天》にとって明らかな好機となった。
 真紅の機体が一気に間合いを詰める。
 わずかとはいえ、迷いを抱いていた《ホルン》には、まともな反応が出来ない。
 《偽朱天》の左の手刀が《ホルン》の剣を叩き落とした。さらに右手で《ホルン》の頭部を握り潰さんとばかりに掴みかかり――。
 そこで、ようやく《ホルン》は窮地を察した。
 咄嗟に左手で防ごうとするが、逆にその手を掴まれてしまった。振り払おうにもビクともしない。ならば、と右手を《偽朱天》の腕へと伸ばすが、今度はその右手まで《偽朱天》の左手に押さえこまれてしまう。
 サーシャは息を呑んだ。――まずい、この体勢はッ!

 だが、気付いた時にはすでに遅く、《ホルン》は完全に四つ手に組まれてしまっていた。息もつかせず《偽朱天》は剛力を解放する。
 損傷していても《偽朱天》は本来二倍近い恒力値を持つ機体。圧倒的な膂力の違いに《ホルン》の両腕が悲鳴を上げた。


『こ、この! 卑怯者! 油断させておいて!』

『ふん! 油断する君が悪い!』


 《偽朱天》は、そのまま力まかせに《ホルン》を押し潰そうとする。
 サーシャの脳裏にかつて同じ体勢で押し潰された鎧機兵の姿がよぎり、どうしようもない恐怖が襲い掛かった。このままでは、間違いなく自分も――。
 そして、《ホルン》の両腕だけでなく、いよいよ機体そのものが軋み始める。
 サーシャは、悲鳴を上げそうになる自分の心を必死に抑え込んだ。






 アッシュは真剣な面持ちで、四つ手に組んだ二機を凝視していた。


「まずいな……。《天鎧装》は外装の表面に施した術式だ。ああなっちまうと純粋な力比べだ。勝ち目がねえぞ」

「……どうにか出来ないの?」


 ユーリィの懇願のような声に驚いて、アッシュは振り返る。
 彼女の翡翠色の瞳は、サーシャを助けて欲しいと切に願う気持ちで溢れていた。


「……お願い、アッシュ。メットさんを助けてあげて。メットさんは、私のことを友達って言ってくれたの。だから……お願い……」


 今にも泣き出しそうな顔でユーリィは声を絞り出す。
 長かった旅暮らしに加え、人間不信気味だったユーリィには、同年代に友人と呼べるほど親しい者などいない。だから、サーシャが自分を「友達」と呼んでくれたのは、少なからず嬉しかった。だが、そんな「友達」が、自分が我儘を言ったせいで危機に瀕している。そう考えると胸が締め付けられるように痛かった。
 綺麗な顔を強張らせながら、ユーリィはギュッと両手を握り締めて俯いた。
 そんな少女の様子を、アッシュは黙って見つめていた。
 ユーリィはその生い立ちゆえか、たとえ知り合いであっても、他人に対してはシビアなところがある。基本的にあまり深入りしないスタンスだ。

 しかし今、ユーリィは本気でサーシャを助けて欲しいと願っている。
 真摯に「友達」のことを心配している。

 まさか、この子にこんな変化が見られようとは……。
 アッシュは感嘆するように口元を綻ばせた。
 適当に選んでやって来たこの国だったが、案外正解だったのかも知れない。


「なあ、ユーリィ。メットさんはお前の友達なんだよな?」


 アッシュの問いに、ユーリィは少しだけ迷った後、こくんと頷いた。


「友達を助けたいんだな?」


 今度は迷わず頷いた。ふふっとアッシュは微笑む。
 そして、彼はくしゃりと空色の髪を撫でた。
 少女の不安を取り払うように、何度も何度もそれを繰り返す。
 髪が揺れるたびに、ユーリィの表情が少しずつ和らいでいった。
 それを見届けたアッシュは、優しげな笑みを見せて、


「大丈夫だ。お前は何も心配しなくてもいいって言っただろ? 安心しろ。お前の友達を絶対見捨てたりなんかしねえよ」






 もはや《ホルン》は限界だった。
 両膝は深く沈みこみ、各部の関節は軋むのをやめない。
 サーシャは、ギュッと唇をかみしめた。……もう逆転は無理だ。
 敗北を悟った彼女の瞳に涙が溜まる。
 それは、自分の未熟さを嘆く悔し涙だった。


(……悔しい……悔しいッ!! どうして私はいつもこうなの……。こんな事でまた《ホルン》を壊すなんて! ユーリィちゃんにだって必ず勝つって約束したのに!)


 サーシャはひたすら心の中で二人に謝罪する。


(ごめんなさい、先生。ごめんね、ユーリィちゃん……)


 そして遂に戦意を失い、操縦棍から手を離そうとしたその時――。




「勝手に諦めてんじゃねえよサーシャ!! お前の相棒はまだあがいてんだろうがッ!!」




 その轟音に、思わずサーシャは息を呑んだ。
 闘技場に突如鳴り響いた大音量。一瞬、それが人の声だと誰も気付けなかった。
 拡声器も使わず、人間がここまでの声量を出せるものなのか。
 サーシャのみならず、ジラールも観客も、すべての人間が呆けていた。
 それに構わず声の主――アッシュはさらに叫ぶ。
 



「俺が教えてきたことは何だ! 力に力で対抗することか? 違うだろ! お前のこの三ヶ月は何だ! とっとと思い出せッ!」




(……私が、先生から習ったこと……?)


 師の声に導かれて、サーシャの脳裏に訓練の日々の記憶が蘇ってくる。
 そうだ、あれは《ホルン》の恒力値の低さに悩んでいた時――……。


『恒力値が低い? う~ん、確かに高いにこしたことはねえが、まあ、幾らでもやりようはあるさ。例えば、手や足よりも強靭な部位を使ってだな――』


 そう言ってアッシュは、身ぶり手ぶりで一生懸命に教えてくれた。
 その時、この人は本当に優しくて真面目な人なんだな、と思ったものだった。
 まあ、その後の模擬戦で、師の相手をした親友の機体が、まるでお手玉のように舞う異様な光景には正直ドン引きしたが……。
 それでも師の教えは、しっかりとサーシャの心に焼きついている。


(……先生。そうですよね。別に恒力値だけが鎧機兵の強さじゃない!)


 サーシャの瞳に再び闘志が戻る。そして、白い鎧機兵もまた主の意志に応えた。
 《ホルン》はより激しい軋みを上げながらも、両膝を立て直す。
 しかし、ジラールは白い機体の必死の抵抗を嘲笑う。所詮は最後の悪あがきだ。
 《偽朱天》は今度こそ完全に押し潰すため、さらに膂力を込めた。
 ギシギシと悲鳴を上げる《ホルン》に、赤髪の少年の鼻息が荒くなっていく。


(くくくッ、もうすぐだ。もうすぐサーシャは僕の前に跪く!)


 じきに訪れる未来を想像し、ジラールは恍惚の笑みを浮かべた――が、すぐにそれは驚愕の表情へと移り変わる。いきなり機体の重心が前のめりに崩れたのだ。 
 慌てて眼前の白い鎧機兵を凝視し――くそッと舌打ちした。
 いつの間にか《ホルン》が肩を落とし脱力している。
 バランスが崩れたのはこのせいだ。《偽朱天》は、やむえず左足を前に出し重心を支えた。と、同時にジラールは考える。


(――この状況、サーシャが狙うとしたらこの左足……。来るのは右の足払いか!)


 そして予測通り、《ホルン》の右足が地を這うように蹴り出された。組まれた両手を強引に振り払い、機体全体を反転させた足払いだ。
 ジラールは侮蔑の笑みを浮かべる。予測通りの攻撃など何も怖くない。
 《偽朱天》は左足を素早く持ち上げ《ホルン》の逆転を賭けた足払いを回避する!


(――ふん、どうだ! そんな小細工がこの僕に通じる訳がないだろう! これで最後の攻撃は凌いだ! 後はその機体を押し潰して終わりだよ、サーシャ!)


 勝利を確信したジラールは、凄惨な笑みを浮かべて、
 ――ガゴンッ!
 そのまま、表情が固まった。
 呆然とする中、真紅の機体が勢いよく真横に傾く。


(ば、馬鹿な! 足払いは躱したはず! 一体何が――なッ! なんだと!!)


 そして、愕然として目を見開く。
 ジラールは目撃したのだ。傾く世界で高速に動く純白の尾を。
 ギシリと歯を軋ませる。失念していた。機体を反転させれば、当然尾も連動して動く。
 右の足払いはただの囮。
 サーシャの真の狙いは尾で右足を刈り取ることだったのか!


(――くそ! けど、まだ負けた訳じゃない! 倒れてもすぐに体勢さえ立て直せばッ!)


 そう判断し、衝撃に備えるジラール。しかし、その思惑はあっさりと打ち砕かれた。
 唐突に、ガクンッと機体の転倒が止まったのである。
 ジラールは怪訝な面持ちで前を見て――言葉を失った。 
 ほぼ逆さまとなった《偽朱天》を、《ホルン》の両腕が捉えていたのだ。
 白い鎧機兵は《偽朱天》をゆっくりと持ち上げていく。
 腰から胸の位置に、最後には頭上へと――。
 ジラールの顔から血の気がひいた。


『ま、待て! サーシャ! や、約束する! 借金はもういい! だから――』

『うっさい。プチっと逝け』


 そして、真紅の機体は、頭から大地に叩きつけられるのだった。



       ◆



 闘技場は静寂に包まれていた。
 今までも逆境を覆す試合なら幾らでもあった。しかし、鎧機兵の巨体が頭から叩きつけられる状況など、初めて見る決着方法だったのだ。
 喜劇にさえ見えるその逆転劇に観客達は声を出す事も忘れて呆然としていた。
 と、そんな中、最初に静寂を破ったのはアッシュだった。
 ただ一人、愛弟子に拍手を送る。ユーリィもそれに続き、さらに隣の観客へと、拍手は次々と伝播していき、瞬く間に闘技場は拍手で埋め尽くされる。
 その時になって、審判も兼ねた司会者はようやく正気に返り、


『勝者あああァッ!! 流れ星メェーーーーートッ!!』


 と、あらん限りの声で叫んだ。審判の勝利宣告に会場は大歓声に包まれる。
 大気を震わすような歓声の中、サーシャは《ホルン》の胸部装甲に開くと、アッシュ達を会場の中から探し始める。
 キョロキョロと周囲を見渡して――そして見つけた! 


「せんせええー! ユーリィちゃぁぁん! 私、勝ちました! 勝ちましたよー!!」


 子供のようにはしゃぐサーシャを見て、アッシュはやれやれと肩をすくめ、ユーリィは少しだけ嬉しそうに、サーシャへと手を振り返す。
 しかし、彼女の勝利に気を取られていた二人は気付いていなかった。
 周囲の雰囲気が、先程から変わっていることに。


「なあ、今流れ星メットが、『先生』って言わなかったか?」「おい! この白い髪って確か前に……」「ああ、間違えねえ。大通りで大暴れしていた……」


 と、ざわめく観客達。そして次々と生まれていく噂話。
 しばし観客達の間を飛び交っていた噂話だったが、やがて変化が訪れる。
 噂話の内容が一つに集束し始めたのだ。
 しかし、それはある意味必然でもあった。
 何故ならその噂話は唯一確かな情報から成り立つ内容だったからだ。

 その内容とは――「この白髪の男は流れ星メットの師匠である」ということ。

 その事実を土台にした噂話は、より短く、より分かりやすく姿を変えて、遂には一つの名前を生み出すことになった。

 そう、後に語り継がれることになる伝説の名を――。


「……ん? なんか騒がしくねえか?」


 そこに至って、ようやくアッシュは周囲の異変に気付く。
 だが、すべてはもう遅い。すでにその名は生まれているのだ。周囲の観客達が一斉にアッシュを指差し――そして、声高らかにその名を呼んだ。


「「「流れ星師匠だッ!!」」」


 この国におけるアッシュの異名――その誕生の瞬間である。
 突如湧き上がったその名に、アッシュは一瞬呆然となった。
 そして周囲の状況を窺い、その顔色をみるみると青ざめさせていった。
 いつの間にか数え切れないほどの好奇の視線が自分に突き刺さっていたのだ。その途轍もない重圧に恐怖さえ感じたアッシュは思わずユーリィに助けを求める。


「お、おい、ユーリィ! なんか俺にまで変な名前がつけられてんだが……」

「え? あなた誰? 話しかけないで」

「他人のふり!? おとーさんとしては、ちょっとショックだぞ、それ!?」


 周囲の注目がさらに集まる。正直とても怖い。
 アッシュは考える。この状況をどうすれば打開出来るのかを。
 心の中で、あらゆる手段を検討し――。


(おし! 決めたぞ! ここはこれしかねえ!)


 とりあえず逃げ出した。


「「「待て! 待ってくれ! 流れ星師匠!」」」


 すると、観客達が次々と立ち上がってくる。
 その光景にアッシュは、幼い頃読んだ、とある物語の一幕を思い出す。
 ――それは、墓場から死体の群れが一斉に蘇えるシーンだった。


「こ、怖えーー! マジで怖い!! ユーリィ! 後でおぼえていろよーー!」


 周囲のほとんどの観客を引き連れて、壮大な鬼ごっこを始めたアッシュの背中を見つめながら、ユーリィは身体をほぐすように背筋を伸ばし、小さな声で呟いた。


「……さてと。メットさんのとこ、行こ」
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