クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第1部

第六章 おもちゃが大好きな貴方に②

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 サーシャは息を呑む。――《銀色の星神》。
 これもまた予想していた台詞だ。
 しかし、どう答えればいいのか分からない。
 もし、自分がハーフで《願い》を叶えることは出来ないなど言えば、この男が逆上してくることは火を見るより明らかだ。
 その場合、武器のない自分達では抵抗する術がない。


(どうしよう……。どうすればいいの……?)


 何も答えられず、サーシャが思考の迷路にさまよっていると、無言になった彼女に対し、ジラールが怪訝な表情を見せ始めていた。
 このままではまずい……。見かねたユーリィが、咄嗟に助け舟を出す。


「……ところで、お前の《願い》とは一体何なの?」


 《星神》との対話に割りこんできた不躾な少女をジラールは渋面顔で睨みつける。
 が、その表情はすぐに歓喜へと移り変わり、


「ふふ、そうか、そんなに聞きたいか! ならば答えよう! 僕の《願い》は!」


 そして、高らかに声を上げ、己が《願い》を言葉に変える。


「僕の《願い》は、並ぶものなき《最強の鎧機兵》を手に入れることだッ!」


 その言葉に、ユーリィはぱちぱちと瞳を瞬き、


「……………え?」


 あまりにも子供じみた《願い》に、彼女は困惑した。


「……どういう意味? 最強って?」

「察しの悪い小娘だな。そのままの意味だよ。僕は僕だけの《最強の鎧機兵》を求める。あんな《朱天》もどきなんかじゃない! 本物の《七星》さえも超える――最強の力をな!」


 胸を張ってジラールが《願い》の詳細を告げる。
 その幼稚かつ無謀な言葉に、ユーリィは頭が痛くなってきた。


「何それ? 《七星》を超えるって……お前、そもそも《七星》の実力がどんなものなのか知っているの?」


 ふうと嘆息して、彼女は言葉を続ける。


「《神君》・《戦帝》・《朱天》・《金剛》・《凰火》・《鬼刃》・《雷公》。――それら《七星騎》と呼ばれる七機の恒力値は、平均でも三万五千ジンを超えるの。公式では《朱天》の三万八千ジンが最大。彼らは文字通り桁が違うの」


 と、どこか誇らしげに語るユーリィに対しジラールは考え込むように沈黙した。
 その常識外れな数字に、むしろサーシャの方が困惑していた。


(さ、三万八千って、な、何それ……。《ホルン》の十倍以上……?)


 唖然とするサーシャをよそに、ユーリィは黙りこむジラールを見据えていた。
 流石に自分の無知を理解して諦めたのだろうか。
 そう思い、静かにジラールの反応を待つ。
 ――だが、ようやく出てきたジラールの言葉は、彼女の想像を超えていた。


「ならば、十万だ」

「え?」

「だから、それなら僕は恒力値・十万ジンの鎧機兵を望むよ。それぐらいあったら《七星》だって超えられるだろ?」


 一瞬、ユーリィはジラールが何を言っているのか分からなかった。
 しかし、徐々に言葉の意味を理解していき――。


「お、お前、何を言っているの! 馬鹿じゃないの! 無茶苦茶言わないで!」


 ユーリィは激昂した。本当にこの男はどれだけ無知なのだろうか!
 《星神》の能力といえど苦手な物は存在する。
 代表的なのが《星導石》だ。あれは星霊の力を阻害するため、通常では作り出すことはもちろん、修復することさえ叶わない。
 さらに言えば、生み出すものが複雑な物ほど星霊の操作は困難になる。
 要するに、精密機械でもある鎧機兵は《星神》の最も苦手な存在なのである。


「《星神》は万能じゃない! 鎧機兵を丸ごと作ることなんて出来ない!」


 ユーリィの怒声が部屋に響く。
 するとジラールは不愉快そうに顔をしかめて、


「……キンキンとうるさい奴だな。お前に言われなくてもそれぐらい知ってるよ」

「だったら何故!」


 と、憤るユーリィをジラールは片手で制し、


「でもさ、きっと大丈夫だと思うんだ」


 笑って言う。


「命がけで頑張ればさ」


 ユーリィは思わずキョトンとした。


(……命がけで、頑張る……? それって――)


 少女の顔色が一気に青ざめる。
 ――まさか、まさかッ、この男はッ!


「うん。でもまあ、僕の夢を叶えるには仕方がないことだろ?」


 ジラールは当然とばかりに言い放つ。


「お、お前……。そんなことのために、《最後の祈り》を使う気なの……?」


 ユーリィは呆然と呻く。《最後の祈り》とはまさに命がけの力だ。
 それは使用する《星神》だけでなく《願い》を伝える人間側にとっても、だ。
 なにせ、使えば確実に《聖骸主》が生まれてしまうのだから。
 《聖骸主》の力は強大だ。たとえ鎧機兵を数十機揃えても勝てるとは限らない。《七星》クラスでさえ、単独では危険と判断されるのが《聖骸主》なのだ。

 だからこそ、どんな悪人であっても《最後の祈り》を使うことだけは躊躇うというのに――。
 この男は、まるで子供がおもちゃをねだるように《最後の祈り》を強要する。
 ユーリィは改めて眼前の男の瞳を見て――言葉を失った。


 狂気がない。


 仮にも他者の命を奪おうとする状況でありながら、この男の瞳には狂気がない。
 あるのは、歓喜と無邪気さだけだ。
 蒼白になるユーリィをフンと鼻で笑いジラールは愛するサーシャに語りかける。


「さあ! 愛しいサーシャ! 僕の《願い》は分かっただろ! 早く叶えてくれ!」


 サーシャは思わず後ずさった。寒気さえする恐怖が全身を襲う。
 結局、この男は子供なのだ。
 無邪気で、残酷で、強欲な子供なのだ。
 もしもここで、自分には《願い》が叶えられないと『おあずけ』などすれば、この男は間違いなく癇癪を起こすだろう。それも、手がつけられないほどに。
 だが、ここまで迫られるともう言い逃れも難しい。
 何より、サーシャは特に弁が立つような人間ではない。
 下手な言い訳をして、この男の興味がユーリィに移りでもしたら最悪である。
 普段からジラールは妙に勘だけは鋭かった。ここで迂闊な嘘は言えない。
 ならば、いっそのこと――。


「……ジラール。私には、あなたの《願い》は叶えられないわ」


 その自殺行為ともいえるサーシャの言葉に、ユーリィは驚愕で目を見開く。
 ――どうして、このタイミングで真実を……ッ! 
 サーシャは横目でユーリィへと視線を送り、柔らかに微笑む。
 これでいい。これでこの男の怒りは自分に向くだろう。
 自分はここで襲われ、凌辱されるかもしれない。しかし、怒りが自分に向いている間だけはユーリィを守れる。
 そしてその時間さえあれば、アッシュがきっと助けに来てくれるはずだ。
 サーシャはそう確信していた。


(……先生。どうかユーリィちゃんを……)


 キュッと手を握りしめて。
 サーシャは心の中で切に祈った。



       ◆



 アッシュの宣言に、《朱天》は迅速に応えた。
 黒い機体の関節から数十万もの操鋼糸が触手のように延びて《鎧》を絡め捕り、瞬時に各部位へと分解する。
 操鋼糸で引き寄せられた《鎧》は次々と機体に装着され、最後には《朱天》の後頭部から獅子のたてがみのような白い鋼髪が雄々しく伸びた。

 かくして、瞬く間に武装は完了した。
 今ここに――極星の名を背負う漆黒の鬼が現出する。

 そこから先は、虐殺だった。
 黒い右腕が暴風となり、赤い鎧機兵――《赤皇》の首をいきなりもぎ取る。
 続けて《朱天》は、味方の惨状に呆然とする蒼い鎧機兵――《蒼騎》の胸部に、手に掴んだ《赤皇》の首ごと掌底を叩きつけた。
 グシャリと頭部がまるで果実のように潰れ、蒼い機体は一度も落下することなく、十セージルも離れた木々にまで吹き飛ばされる。


『う、うわああああァァ! ち、近付くなァァァ!』


 残された《赤皇》の操者――エリックがパニックを起こし、闇雲に剣を振り回す。ブンブンと唸る巨大な剣。アッシュは眉をしかめた。


『……うざいな』


 アッシュの呟きと同時に、《朱天》は無軌道に動く腕を容易く掴み取った。そして、そのまま赤い鎧機兵の右肘を、ベキンッと事もなげにへし折る。


『う、うわああああぁああああああああァァァァ!』


 恐慌状態に陥った《赤皇》は、じたばたと後方に逃げようとするが、それよりも《朱天》の右腕の方が早かった。漆黒の手刀が風を切る。――と、《赤皇》の腹部に火花が走った。
 赤い機体が激しい振動を起こし、震える手で黒い巨人の右腕に触れる。
 ――漆黒の手刀は、赤い機体の腹部に深々と突き刺さっていた。
 《朱天》の右手は、腹部にあった《星導石》を貫き、その奥にある鎧機兵の背骨にまで到達していた。そして迷いなく鋼の背骨を掴み取ると、力任せに引き抜く。

 ブチブチブチブチブチッ――

 脱力していた《赤皇》が勢いよくのけ反り、最後には腰が直角にへし折られる。
 赤い機体は一度だけ痙攣するように震えるが、すぐに停止した。
 人形のように脱力した赤い鎧機兵を《朱天》は無造作に投げ捨てる。
 その光景をようやく立ち直った《蒼騎》の操者――スコットは呆然と眺めていた。操縦棍を持つ手が無意識の内に震え出す。


『う、うそだろ、エ、エリック……、エリィィーークッ!』


 我知らず同僚の名を叫んだが、倒れた赤い鎧機兵から返答はこない。
 だが、その代わりに。
 ゆらり、と黒い巨人が獣の如き貌を向けた。その赤き眼光が雄弁に語る。

 ――次はお前の番だ、と。

 スコットの全身に恐怖が走り抜けた。こんな化け物に勝てる訳がない! 
 蒼い鎧機兵は慌てて突撃槍を投げ捨てた。ゆっくりと近付いてくる《朱天》に対し、無抵抗を示すため、両手をかざしてブルブルと手を揺らす。


『ま、待ってくれ! 俺は抵抗しない! そ、そうだ、情報だ! お前は情報が欲しいんだろ!』


 苦し紛れに放ったスコットの言葉。
 しかし、意外にも《朱天》の動きがピタリと止まった。
 スコットは《朱天》の反応に一筋の希望の光を見出し、自分の知る情報を洗いざらい叫び続ける。黒い鎧機兵は静かにその情報に耳を傾けた。そして――。


『……ハーフだと? サーシャがそうだと言うのか』

『そ、そうだ。俺は確かに見た。あの女の銀の髪を……』

『…………』


 《朱天》は沈黙する。それをスコットは好機だと感じた。
 現在、自機と敵機との間は十セージル以上も離れている。ここで森を上手く盾にすればどうにか逃げ切れるかも知れない。まだ生きているかもしれない同僚を見捨てることになるが、まずは自分の命が優先だ。――スコットは即断する。
 蒼い鎧機兵は、形振り構わず敵機に背を向け逃走した。その直後、何故か背後から落雷ような音が聞こえてきたが、気にしている余裕もない。


(くそッ! 何なんだ、この化け物は! なんでこんな国に《七星》がいるんだ! ここはどうにかして逃げるしか―――え?)


 スコットは愕然とする。
 何故か《蒼騎》が突如、動きを止めたのだ。


(な、何だ! 何故動かない!)


 その不可解な状況に困惑していたら、


『何処に行くつもりだ?』


 あまりにも近くから聞こえてきたその声に、スコットは凍りついた。
 まさかと思いながら、恐る恐る後ろに振り向くと、


(う、うそだろ……)


 そこには最悪の想像通り、漆黒の巨人がいた。
 一体どうやったのか《朱天》は《蒼騎》の背後にまで瞬時に移動し、その右手で暴れ回る尾を捕えていたのだ。危うくスコットは恐怖で気を失いそうになった。

 幾らなんでも人外すぎる! 
 これは本当に鎧機兵なのかッ!? 
 まさか、まさか、これが《煉獄》に住まうという本物の――。


『ひ、ひいいいィ! だ、誰か助け――』


 スコットの悲鳴など無視し、《朱天》は《蒼騎》の尾を掴んだまま、右手を振り上げる。
 天に向かって弧を描く蒼い鎧機兵は――突然、宙空で解放された。
 恐らく《朱天》が投げ飛ばす途中で尾を手放したのだろう。
 長い浮遊感――、そしてその後のズンと背中を貫く落下の衝撃に、スコットの口からカハッと空気が吐き出される。
 咳込みながらも敵機の姿を探すため、スコットは周囲に目を向け――絶句した。
 真横に同僚の無残な機体があったのだ。
 どうやら自分は十セージル以上の距離を片手で投げ飛ばされたらしい。
 あまりの膂力に愕然とするスコットだったが、近付いてくる《朱天》の姿を見て、さらに言葉を失う。

 《朱天》の右手には、蒼い尾が握られていた。
 投げている途中で手を放したのではない。
 ――いや、そもそも《朱天》に投げる気など最初からなかったのだ。《朱天》は蒼い鎧機兵を地面に叩きつけるつもりで右腕を振り上げたのだ。
 しかし、その膂力に尾が耐えきれず、振りかぶる途中で千切れたため、結果的に投げ飛ばしてしまったのである。――そう。ただ、それだけのことだった。


『……ふん。これが最新鋭機か。随分ともろいもんだな』


 何の感情もない平坦な声で呟くアッシュ。
 《朱天》は、掌の中の蒼い尾を、地面へと放り捨てる。
 ドスンッと音を立て落下した蒼い尾を邪魔だと言わんばかりに踏み潰し《朱天》は倒れ伏す《蒼騎》へ歩を進めた。その光景にスコットの恐怖は最高潮へと至る。
 そして――最後の希望にすがりついた。


『ま、待て! お前は女達を助けに来たのだろう! こんな所にいていいのか!』


 その言葉の効果は絶大だった。黒い巨人は立ち止まり、《朱天》――アッシュの表情に初めて迷いの色が浮かぶ。脳裏によぎるのは二人の少女の姿だ。


(ああ、そうだ……。俺はユーリィと、サーシャを助けに――)


 早く行かなければならない。怒りを押しのけて、湧き上がる強い意志。それを感じ取り《朱天》がわずかに身じろぎした――その時だった。


 アッシュの脳裏に、の姿が映し出されたのは。


 流れるような漆黒の髪に、いつも優しさを絶やさなかった温和な瞳。
 ただ《彼女》の姿を思い出すだけで、切り裂かれるような痛みが胸中で渦巻く。
 灼けつくほどの激情が、止め処なく溢れ出てくる。


「~~~~~~~~~ッッ」


 あまりの苦痛に、呻き声さえ出せない。
 必死に冷静さを取り戻そうと、強く胸を押さえて歯を食いしばるが、その程度でどうにか出来るような生易しい感情ではなかった。
 そして枷が決壊したかのように、心の中に黒いが流れ込んでいき――。



 
(――さようなら。大好きだったよ。あなたは、生きて幸せになってね――)




 《彼女》の最後の言葉が、胸に突き刺さる。
 アッシュは、心が軋む音を聞いた。








 グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――……。

 《朱天》のまるで慟哭のような咆哮が、空の彼方へ消えていった。
 そうして、黒い巨人は再びその一歩を踏み出す。――蒼い鎧機兵へと向かって。
 最後にすがった希望も打ち砕かれ、スコットは声も出せず震えていた。
 《朱天》の足音が、徐々に大きくなってくる。しかし、逃げ出そうにもバランサーである尾を失ったこの機体では立つことさえも困難だ。

 為す術もなく、スコットは身を丸めてカチカチと歯を鳴らす。――と、不意に浮遊感を感じた。《朱天》に機体の頭部を掴まれ、持ち上げられたのだ。
 眼前に映し出されるのは《朱天》の貌だった。
 それを見てスコットは今度こそ確信する。

 自分達が遭遇したのは鎧機兵などではない。
 自分達はあまりにも罪を重ねすぎた。あまりにも人を殺しすぎた。
 だからこそ、こいつが現れたんだ。

 ――そう。自分達が出会ったのは、罪人を貪り喰らう《煉獄の鬼》だったのだ。
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