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第4部
第三章 遥かなる皇都①
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「「「おお~」」」
青く輝く大海原を軽快に進む鉄甲船の船首にて。
四人の騎士候補生達は感嘆の声を上げた。
「こりゃあ、予想以上に早ええな!」
潮風を頬に受けながら、エドワードが言う。
サーシャ、アリシア、ロックも感心したように頷く。
彼ら四人はどうにか全員保護者の了承を得て、今ハウル家が所有する鉄甲船に乗り、海へと出たところだった。ちなみに、彼らはいつもの制服のままだ。今回の旅行は海外研修として学校に認可されたからである。
しばし四人は風景を楽しみつつ、船体が波を押しのける音に耳を傾けていた。
「……しかし、凄いな。本当に風と関係なく進むとは……」
ロックが喉を唸らせて感嘆する。
「私は一度だけラッセルの《シーザー》に乗ったけど、あれは動かなかったし」
続いて、サーシャが頬に手を当て、そんな事を言った。
あまりにのほほんとした親友の台詞に、アリシアは呆れてしまう。
「いやいや、サーシャ。あの時は動いたら大変な事になっていたでしょう」
「あはは……確かに」
その時のことを思い出し、サーシャが苦笑を浮かべる。と、
「ふふ、みんな楽しそうね」
不意に後ろから声をかけられた。サーシャ達が振り返ると、この船の所有者であるミランシャと、にこやかな笑みを浮かべるアルフレッドがいた。
二人とも出会った時と同じ黒い騎士服を着ている。
「この鉄甲船なら七日で皇都に着くよ。けど、その時はコートを着た方がいいかな。セラ大陸はここより少し寒いから」
と、アルフレッドが告げた。セラ大陸は南方に位置するため、冬でもそこそこ温暖な気候なのだが、最南端であるアティス王国と比べれば流石に肌寒いのである。
「はい。そうします。アルフレッドさん」
笑顔を浮かべてそう返すサーシャに、アルフレッドは苦笑した。
「えっと、サーシャさん。それに他のみんなも僕のことはアルフで構わないよ。歳も変わらないんだし、敬語とか少し気恥ずかしいし」
言われ、サーシャ達は顔を見合わせた。
確かにミランシャの方はともかくアルフレッドは自分達と同年代。彼の言う通り、もう少し肩の力を抜いてもいいかもしれない。
そしてサーシャ、アリシアがふふっと笑って応じた。
「うん。そうだね! じゃあ、改めてよろしくね! アルフ君」
「そうね……じゃあ私も。よろしくね、アルフ」
続いて、エドワードとロックの方も声をかける。
「けっ、てめえには色々言いたいことはあるが、まあ、よろしくなアルフ」
「ああ。よろしく頼む。アルフ」
四人の挨拶に、アルフレッドは笑みをこぼした。
「うん。僕の方こそよろしく」
「ふふっ。良かったじゃないアルフ。友達が出来て」
と、ミランシャが目を細めて告げる。騎士学校を幼い内に卒業してしまった弟には、同年代の友人が極端に少ない。姉としても嬉しい限りだ。
そして和やかな空気が甲板に広がる。と、
「……随分と楽しそうだな、お前達」
いつのも漆黒のレザースーツに身を包んだオトハが甲板にやってきた。
その後方には何やら疲れ切った表情のアッシュと、彼の裾を掴んで歩くユーリィの姿が見える。
「オトハさん。それに、先生とユーリィちゃんも」
そこで、サーシャは小首を傾げた。
「そう言えば、どうして二人ともつなぎのままなんですか?」
アッシュとユーリィは、何故か工房のつなぎ姿だった。
この長旅。てっきり二人とも私服で来ると思っていたため、意外だったのだ。
すると、ミランシャが口元に手を当て、クスクスと笑った。
「どうせ向こうに着いたら、いやでも窮屈な服に着替えなきゃいけないものね。今だけでも楽な服でいたいんでしょう?」
「……窮屈な服ですか?」
眉根を寄せてアリシアが問う。
「まあ、団長や皇女様とお会いしなきゃならないからね。アシュ兄とユーリィ様にはそれぞれ専用の服を用意しているんだ」
アルフレッドが、肩をすくめて答える。と、まあ、そんなやり取りをしている間に、アッシュ達はサーシャ達のいる船首にまでやったきた。
「はあ……まさか、またあんな服を着ることになるとはな」
アッシュが深々と嘆息する。
「……私もあれは動きづらくてイヤ」
ユーリィも渋面を浮かべてアッシュの腰にしがみついた。
白髪の青年は、くしゃくしゃと少女の頭を撫でる。
そんな二人をよそに、サーシャ達は興味津々だ。一体どんな服なのだろうか。
「ふふっ、お披露目は皇都でね。今は船旅を楽しみなさい」
ミランシャが猫を思わせる笑みを浮かべてそう告げる。
青空に流れる白い雲。今はまだ島も近く、カモメの群れも飛んでいる。
大海原を、鉄甲船はどんどん進む。
サーシャ達の初めての船旅は良好な出航だった。
◆
そうして旅は進んだ。
サーシャ達はハウル姉弟と完全に打ち解け、親しさを増したり。
途中、嵐に巻き込まれ、ロックが重度の船酔いになって寝込んだり。
エドワードが何かにつけてアルフレッドに喧嘩を売り、その都度一蹴されたりなど、イベントは多種に渡ってあったが、特に問題もなく船旅は順調に進んだ。
そして――七日目の朝が訪れる。
「ふん、ふん~♪」
サーシャは割り当てられた個室で、鼻歌を口ずさみながら服を着替えていた。
パサリと寝間着を脱ぎ捨てると、手足や腰つきは華奢でありながら、部分的に圧倒的なボリューム感を持つ白い肢体が露わになる。
「ふふふ、いよいよ今日かぁ……」
サーシャは壁に掛けてある騎士候補生の制服を手に取ると、袖を通した。
続けて、ブレストプレートを身につける。この鎧には普段は赤いマントが付いているのだが、今は取り外している。代わりにサーコートを着るためだ。
サーシャはサーコートを手に取った。
灰色のサーコート。背中には羽ばたく鳥を描いた紋章――アティス王国の紋章を描かれていた。学校が海外研修用として、急ぎ用意した専用のサーコートである。
そして、サーシャがサーコートに袖を通した、その時だった。
――コンコン。
と、ドアがノックされる。続けて声が聞こえてきた。
「サーシャ? もう準備できてる?」
「アリシア? うん。丁度今、準備が出来たよ」
サーシャは最後に机の上に置いてあったヘルムを手に抱えると、ドアを開けた。
ドアの向こうには、親友であるアリシアがいた。
絹糸のような栗色の髪と蒼い瞳を持つ彼女も、すでに制服に着替え終えていた。
サーシャは二コリと笑みを浮かべて。
「おはようアリシア、おまたせ」
「ふふ、おはようサーシャ。じゃあ、甲板へ行きましょう!」
そう告げて、サーシャ達は通路を進んだ。
彼女達の部屋は船楼の四階。二人並んで階段を降りていくと、
「おっす。お前らももう起きてたのか」
「おはよう。エイシス。フラム」
途中でエドワードとロックと合流した。普段の彼らよりも起きる時間が早いのは、エドワード達も到着が近付き、興奮しているためだろうか。
「ユーリィさんは一緒じゃないのか?」
「ユーリィちゃんは今着替え中だって。先に行って欲しいって」
「ああ、例の専用の服とやらか」
「アルフ君は? 一緒じゃないの?」
「部屋に寄った時にはいなかったんだよ。姐御と一緒に甲板にいんじゃねえか?」
と、談笑しながら四人は甲板へ向かった。
そして、やや肌寒い潮風が吹く甲板に辿り着いた。
サーシャ達は少し身を震わせながら、船首に足を向ける。
「おお~ッ! あれがセラ大陸か!」
サーコートで喉元を覆いつつ、エドワードが感嘆の声を上げた。
果てなき海岸に、その奥に見える草原と巨大な森。
四大陸の一つ。南方の大陸、セラの大地がそこに横たわっていた。
遠目でありながらも、その雄大さには全員が息を呑む。
「……私達の住むグラム島も、島としては破格の大きさって言われているけど、やっぱり本物の大陸はスケールが違うわよね」
初めて見る大陸の姿に、アリシアは感心した声で呟く。
その時、後ろから声が聞こえてきた。
「ふふっ、お前達は大陸を見るのは初めてだったな。中々壮観なものだろう」
そう告げて、サーシャ達の隣に一人の女性が並んだ。
漆黒のレザースーツの上に、《七星》のみに許される、背中に《夜の女神》と七つの極星の紋章が描かれた純白のサーコートを纏うオトハ=タチバナである。
「教官は他の大陸にも行かれたことがおありで?」
ロックが素朴な質問をする。
対し、オトハはセラ大陸を見据えたまま腕を組み、
「東方のアロンには行ったことがある。あそこも相当なものだぞ。いつかお前達も行ってみるといい」
そう答えて、オトハは微笑んだ。
サーシャ達四人は目の前の光景に圧倒されながらも、こくんと頷いた。
そして船は進む。そこそこ雲はあるが、天気は快晴。陸地が近いため、カモメの群れも盛んに飛び交っている。大陸は徐々に近付きつつあった。
と、その時。
「……久しぶりだな。この光景も」
「うん。まさか再び見るとは思ってなかった」
そう呟きながら、新たな人物達が甲板に現れた。
声からしてアッシュとユーリィだ。大陸を見ていたサーシャ達は振り返る。
そして――全員揃って目を丸くした。
「よう。おはよう」
「……おはよう。みんな」
アッシュと、ユーリィがそれぞれ朝の挨拶をするが、サーシャ達は答えない。
挨拶を返すのも忘れ、女性陣、男性陣に分かれて囁き合っている。
まず女性陣の方だが――。
「(わ、わわわっ、せ、先生、すっごくカッコいいよっ!)」
「(う、うん。あれがミランシャさんの言ってた専用の服なのよね……)」
「(見たところ、あれは皇国の騎士服をベースにした儀礼服だな。……ふふっ、やはりクラインには戦士の姿がよく似合う……)」
と、サーシャとアリシア、そしてオトハが、頬を朱に染めて言葉を交わす。
今日のアッシュの服装はつなぎとは違うものになっていた。
黒を基調にした儀礼服。オトハの指摘通り皇国の騎士服に似た様式であり、袖などには銀糸で刺繍が施されている。アッシュはその上に、オトハと同じ《七星》のサーコートを纏っていた。完全に騎士にしか見えない佇まいだ。
続いて男性陣の方と言えば――。
「(お、おおおおッ! 何故だ! 何故、ここに写真機がないんだッ!)」
「(お、落ち着けエド! あっても師匠が撮らせてくれないぞ!?)」
エドワードが鼻血を流さんばかりに興奮し、ロックが慌てて諫めていた。
アッシュ同様、ユーリィも今日は普段と違う姿になっていた。
肩の部分の袖がない白いドレス。法衣を思わせる服で長いスカートにはスリットも入っている。所々に金糸の刺繍が施されており、まさに巫女といった姿だった。
ユーリィに惚れているエドワードが興奮するのも無理もない。
そんな少年の視線に気付いたのか、ユーリィが心底嫌そうな顔をしてアッシュの後ろに隠れた。ギュッとコートの裾を掴んだまま離そうとしない。
アッシュは苦笑を浮かべてユーリィの頭を撫でた。
「ったく。お前ら、じろじろ見んなよ。似合ってないのは分かってるし」
「い、いや、そんな事はないぞ! エマリアは勿論、お前もよく似合っている!」
と、オトハが手をパタパタ振って言った。
サーシャとアリシアも、コクコク相槌を打っている。と、
「うん。アタシもそう思うわ。やっぱりアシュ君には騎士服が似合うのよ」
「そうだね。それにしてもユーリィ様……なんて美しいんだ」
新たに二つの声が会話に加わった。ハウル姉弟だ。どうやらこれで全員が甲板に集まったらしい。早速サーシャがハウル姉弟に挨拶をする。
「あっ、ミランシャさん。アルフ君。おはよう――」
しかし、その台詞は途中で途切れてしまった。
サーシャは呆然とハウル姉弟の姿を見つめていた。アリシアや、エドワード、ロックも同じようにポカンとしている。
「よう、おはようさん。ミランシャ。アルフ」
「……おはよう」
「ふん。随分と遅かったなハウル」
「少し寝坊しただけじゃない。オトハちゃんは小さい事をネチネチと」
「……姉さんの寝坊は結構酷いから小さい事とも思わないけど……」
と、四人の騎士候補生以外は普通に会話をしている。
その光景を前にして、一番早く我に返ったのはアリシアだった。
「ちょっと、ちょっと待って下さい!」
思わず声を張り上げる。アッシュ達はアリシアに注目した。
アリシアは一瞬たじろぐが、負けじと尋ねた。
「な、なんでミランシャさんやアルフが《七星》のサーコートを着てるんですか!?」
その叫び声で、ようやくサーシャ達もハッと我に返る。
――そう。ミランシャ達、ハウル姉弟は二人揃って普段の黒い騎士服の上に《七星》のサーコートを纏っていたのだ。
対し、ミランシャは小首を傾げた。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「そう言えば、普通にスルーしていたよね」
そう呟いて、アルフレッドは苦笑する。一方、アッシュ達は「ああ~、知っているものという感じでいたな」と、それぞれ気まずげな仕種を見せていた。
「ど、どういうことなんですか? 先生」
今度はサーシャがアッシュに尋ねた。
彼女の師はポリポリと頬をかくと、「いや、悪りい。言うの忘れてたよ」と告げてハウル姉弟に目配せする。ミランシャ達は、はははっと笑って頷いた。
「言い忘れてごめんね。アタシ達って《七星》なの」
「「「……はあ?」」」
唖然とした声を上げる騎士候補生達。
それに対し、まずアルフレッドがコホンと喉を鳴らし、
「改めて自己紹介を。僕の名はアルフレッド=ハウル。《七星》が第七座――《雷公》を所有している。二つ名は《穿輝神槍》と呼ばれているよ」
続けて、ミランシャが腰に両手を当てると、
「アタシの名はミランシャ=ハウル。《七星》が第五座――《鳳火》を駆る者よ。そして二つ名は《蒼天公女》と呼ばれているわ」
燃えるような赤い髪を風になびかせて、堂々と名乗りを上げる。
そして、未だ状況が呑み込めないサーシャ達に、
「改めてよろしくね! みんな!」
と告げて、彼女は親指を立てて笑うのだった。
青く輝く大海原を軽快に進む鉄甲船の船首にて。
四人の騎士候補生達は感嘆の声を上げた。
「こりゃあ、予想以上に早ええな!」
潮風を頬に受けながら、エドワードが言う。
サーシャ、アリシア、ロックも感心したように頷く。
彼ら四人はどうにか全員保護者の了承を得て、今ハウル家が所有する鉄甲船に乗り、海へと出たところだった。ちなみに、彼らはいつもの制服のままだ。今回の旅行は海外研修として学校に認可されたからである。
しばし四人は風景を楽しみつつ、船体が波を押しのける音に耳を傾けていた。
「……しかし、凄いな。本当に風と関係なく進むとは……」
ロックが喉を唸らせて感嘆する。
「私は一度だけラッセルの《シーザー》に乗ったけど、あれは動かなかったし」
続いて、サーシャが頬に手を当て、そんな事を言った。
あまりにのほほんとした親友の台詞に、アリシアは呆れてしまう。
「いやいや、サーシャ。あの時は動いたら大変な事になっていたでしょう」
「あはは……確かに」
その時のことを思い出し、サーシャが苦笑を浮かべる。と、
「ふふ、みんな楽しそうね」
不意に後ろから声をかけられた。サーシャ達が振り返ると、この船の所有者であるミランシャと、にこやかな笑みを浮かべるアルフレッドがいた。
二人とも出会った時と同じ黒い騎士服を着ている。
「この鉄甲船なら七日で皇都に着くよ。けど、その時はコートを着た方がいいかな。セラ大陸はここより少し寒いから」
と、アルフレッドが告げた。セラ大陸は南方に位置するため、冬でもそこそこ温暖な気候なのだが、最南端であるアティス王国と比べれば流石に肌寒いのである。
「はい。そうします。アルフレッドさん」
笑顔を浮かべてそう返すサーシャに、アルフレッドは苦笑した。
「えっと、サーシャさん。それに他のみんなも僕のことはアルフで構わないよ。歳も変わらないんだし、敬語とか少し気恥ずかしいし」
言われ、サーシャ達は顔を見合わせた。
確かにミランシャの方はともかくアルフレッドは自分達と同年代。彼の言う通り、もう少し肩の力を抜いてもいいかもしれない。
そしてサーシャ、アリシアがふふっと笑って応じた。
「うん。そうだね! じゃあ、改めてよろしくね! アルフ君」
「そうね……じゃあ私も。よろしくね、アルフ」
続いて、エドワードとロックの方も声をかける。
「けっ、てめえには色々言いたいことはあるが、まあ、よろしくなアルフ」
「ああ。よろしく頼む。アルフ」
四人の挨拶に、アルフレッドは笑みをこぼした。
「うん。僕の方こそよろしく」
「ふふっ。良かったじゃないアルフ。友達が出来て」
と、ミランシャが目を細めて告げる。騎士学校を幼い内に卒業してしまった弟には、同年代の友人が極端に少ない。姉としても嬉しい限りだ。
そして和やかな空気が甲板に広がる。と、
「……随分と楽しそうだな、お前達」
いつのも漆黒のレザースーツに身を包んだオトハが甲板にやってきた。
その後方には何やら疲れ切った表情のアッシュと、彼の裾を掴んで歩くユーリィの姿が見える。
「オトハさん。それに、先生とユーリィちゃんも」
そこで、サーシャは小首を傾げた。
「そう言えば、どうして二人ともつなぎのままなんですか?」
アッシュとユーリィは、何故か工房のつなぎ姿だった。
この長旅。てっきり二人とも私服で来ると思っていたため、意外だったのだ。
すると、ミランシャが口元に手を当て、クスクスと笑った。
「どうせ向こうに着いたら、いやでも窮屈な服に着替えなきゃいけないものね。今だけでも楽な服でいたいんでしょう?」
「……窮屈な服ですか?」
眉根を寄せてアリシアが問う。
「まあ、団長や皇女様とお会いしなきゃならないからね。アシュ兄とユーリィ様にはそれぞれ専用の服を用意しているんだ」
アルフレッドが、肩をすくめて答える。と、まあ、そんなやり取りをしている間に、アッシュ達はサーシャ達のいる船首にまでやったきた。
「はあ……まさか、またあんな服を着ることになるとはな」
アッシュが深々と嘆息する。
「……私もあれは動きづらくてイヤ」
ユーリィも渋面を浮かべてアッシュの腰にしがみついた。
白髪の青年は、くしゃくしゃと少女の頭を撫でる。
そんな二人をよそに、サーシャ達は興味津々だ。一体どんな服なのだろうか。
「ふふっ、お披露目は皇都でね。今は船旅を楽しみなさい」
ミランシャが猫を思わせる笑みを浮かべてそう告げる。
青空に流れる白い雲。今はまだ島も近く、カモメの群れも飛んでいる。
大海原を、鉄甲船はどんどん進む。
サーシャ達の初めての船旅は良好な出航だった。
◆
そうして旅は進んだ。
サーシャ達はハウル姉弟と完全に打ち解け、親しさを増したり。
途中、嵐に巻き込まれ、ロックが重度の船酔いになって寝込んだり。
エドワードが何かにつけてアルフレッドに喧嘩を売り、その都度一蹴されたりなど、イベントは多種に渡ってあったが、特に問題もなく船旅は順調に進んだ。
そして――七日目の朝が訪れる。
「ふん、ふん~♪」
サーシャは割り当てられた個室で、鼻歌を口ずさみながら服を着替えていた。
パサリと寝間着を脱ぎ捨てると、手足や腰つきは華奢でありながら、部分的に圧倒的なボリューム感を持つ白い肢体が露わになる。
「ふふふ、いよいよ今日かぁ……」
サーシャは壁に掛けてある騎士候補生の制服を手に取ると、袖を通した。
続けて、ブレストプレートを身につける。この鎧には普段は赤いマントが付いているのだが、今は取り外している。代わりにサーコートを着るためだ。
サーシャはサーコートを手に取った。
灰色のサーコート。背中には羽ばたく鳥を描いた紋章――アティス王国の紋章を描かれていた。学校が海外研修用として、急ぎ用意した専用のサーコートである。
そして、サーシャがサーコートに袖を通した、その時だった。
――コンコン。
と、ドアがノックされる。続けて声が聞こえてきた。
「サーシャ? もう準備できてる?」
「アリシア? うん。丁度今、準備が出来たよ」
サーシャは最後に机の上に置いてあったヘルムを手に抱えると、ドアを開けた。
ドアの向こうには、親友であるアリシアがいた。
絹糸のような栗色の髪と蒼い瞳を持つ彼女も、すでに制服に着替え終えていた。
サーシャは二コリと笑みを浮かべて。
「おはようアリシア、おまたせ」
「ふふ、おはようサーシャ。じゃあ、甲板へ行きましょう!」
そう告げて、サーシャ達は通路を進んだ。
彼女達の部屋は船楼の四階。二人並んで階段を降りていくと、
「おっす。お前らももう起きてたのか」
「おはよう。エイシス。フラム」
途中でエドワードとロックと合流した。普段の彼らよりも起きる時間が早いのは、エドワード達も到着が近付き、興奮しているためだろうか。
「ユーリィさんは一緒じゃないのか?」
「ユーリィちゃんは今着替え中だって。先に行って欲しいって」
「ああ、例の専用の服とやらか」
「アルフ君は? 一緒じゃないの?」
「部屋に寄った時にはいなかったんだよ。姐御と一緒に甲板にいんじゃねえか?」
と、談笑しながら四人は甲板へ向かった。
そして、やや肌寒い潮風が吹く甲板に辿り着いた。
サーシャ達は少し身を震わせながら、船首に足を向ける。
「おお~ッ! あれがセラ大陸か!」
サーコートで喉元を覆いつつ、エドワードが感嘆の声を上げた。
果てなき海岸に、その奥に見える草原と巨大な森。
四大陸の一つ。南方の大陸、セラの大地がそこに横たわっていた。
遠目でありながらも、その雄大さには全員が息を呑む。
「……私達の住むグラム島も、島としては破格の大きさって言われているけど、やっぱり本物の大陸はスケールが違うわよね」
初めて見る大陸の姿に、アリシアは感心した声で呟く。
その時、後ろから声が聞こえてきた。
「ふふっ、お前達は大陸を見るのは初めてだったな。中々壮観なものだろう」
そう告げて、サーシャ達の隣に一人の女性が並んだ。
漆黒のレザースーツの上に、《七星》のみに許される、背中に《夜の女神》と七つの極星の紋章が描かれた純白のサーコートを纏うオトハ=タチバナである。
「教官は他の大陸にも行かれたことがおありで?」
ロックが素朴な質問をする。
対し、オトハはセラ大陸を見据えたまま腕を組み、
「東方のアロンには行ったことがある。あそこも相当なものだぞ。いつかお前達も行ってみるといい」
そう答えて、オトハは微笑んだ。
サーシャ達四人は目の前の光景に圧倒されながらも、こくんと頷いた。
そして船は進む。そこそこ雲はあるが、天気は快晴。陸地が近いため、カモメの群れも盛んに飛び交っている。大陸は徐々に近付きつつあった。
と、その時。
「……久しぶりだな。この光景も」
「うん。まさか再び見るとは思ってなかった」
そう呟きながら、新たな人物達が甲板に現れた。
声からしてアッシュとユーリィだ。大陸を見ていたサーシャ達は振り返る。
そして――全員揃って目を丸くした。
「よう。おはよう」
「……おはよう。みんな」
アッシュと、ユーリィがそれぞれ朝の挨拶をするが、サーシャ達は答えない。
挨拶を返すのも忘れ、女性陣、男性陣に分かれて囁き合っている。
まず女性陣の方だが――。
「(わ、わわわっ、せ、先生、すっごくカッコいいよっ!)」
「(う、うん。あれがミランシャさんの言ってた専用の服なのよね……)」
「(見たところ、あれは皇国の騎士服をベースにした儀礼服だな。……ふふっ、やはりクラインには戦士の姿がよく似合う……)」
と、サーシャとアリシア、そしてオトハが、頬を朱に染めて言葉を交わす。
今日のアッシュの服装はつなぎとは違うものになっていた。
黒を基調にした儀礼服。オトハの指摘通り皇国の騎士服に似た様式であり、袖などには銀糸で刺繍が施されている。アッシュはその上に、オトハと同じ《七星》のサーコートを纏っていた。完全に騎士にしか見えない佇まいだ。
続いて男性陣の方と言えば――。
「(お、おおおおッ! 何故だ! 何故、ここに写真機がないんだッ!)」
「(お、落ち着けエド! あっても師匠が撮らせてくれないぞ!?)」
エドワードが鼻血を流さんばかりに興奮し、ロックが慌てて諫めていた。
アッシュ同様、ユーリィも今日は普段と違う姿になっていた。
肩の部分の袖がない白いドレス。法衣を思わせる服で長いスカートにはスリットも入っている。所々に金糸の刺繍が施されており、まさに巫女といった姿だった。
ユーリィに惚れているエドワードが興奮するのも無理もない。
そんな少年の視線に気付いたのか、ユーリィが心底嫌そうな顔をしてアッシュの後ろに隠れた。ギュッとコートの裾を掴んだまま離そうとしない。
アッシュは苦笑を浮かべてユーリィの頭を撫でた。
「ったく。お前ら、じろじろ見んなよ。似合ってないのは分かってるし」
「い、いや、そんな事はないぞ! エマリアは勿論、お前もよく似合っている!」
と、オトハが手をパタパタ振って言った。
サーシャとアリシアも、コクコク相槌を打っている。と、
「うん。アタシもそう思うわ。やっぱりアシュ君には騎士服が似合うのよ」
「そうだね。それにしてもユーリィ様……なんて美しいんだ」
新たに二つの声が会話に加わった。ハウル姉弟だ。どうやらこれで全員が甲板に集まったらしい。早速サーシャがハウル姉弟に挨拶をする。
「あっ、ミランシャさん。アルフ君。おはよう――」
しかし、その台詞は途中で途切れてしまった。
サーシャは呆然とハウル姉弟の姿を見つめていた。アリシアや、エドワード、ロックも同じようにポカンとしている。
「よう、おはようさん。ミランシャ。アルフ」
「……おはよう」
「ふん。随分と遅かったなハウル」
「少し寝坊しただけじゃない。オトハちゃんは小さい事をネチネチと」
「……姉さんの寝坊は結構酷いから小さい事とも思わないけど……」
と、四人の騎士候補生以外は普通に会話をしている。
その光景を前にして、一番早く我に返ったのはアリシアだった。
「ちょっと、ちょっと待って下さい!」
思わず声を張り上げる。アッシュ達はアリシアに注目した。
アリシアは一瞬たじろぐが、負けじと尋ねた。
「な、なんでミランシャさんやアルフが《七星》のサーコートを着てるんですか!?」
その叫び声で、ようやくサーシャ達もハッと我に返る。
――そう。ミランシャ達、ハウル姉弟は二人揃って普段の黒い騎士服の上に《七星》のサーコートを纏っていたのだ。
対し、ミランシャは小首を傾げた。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「そう言えば、普通にスルーしていたよね」
そう呟いて、アルフレッドは苦笑する。一方、アッシュ達は「ああ~、知っているものという感じでいたな」と、それぞれ気まずげな仕種を見せていた。
「ど、どういうことなんですか? 先生」
今度はサーシャがアッシュに尋ねた。
彼女の師はポリポリと頬をかくと、「いや、悪りい。言うの忘れてたよ」と告げてハウル姉弟に目配せする。ミランシャ達は、はははっと笑って頷いた。
「言い忘れてごめんね。アタシ達って《七星》なの」
「「「……はあ?」」」
唖然とした声を上げる騎士候補生達。
それに対し、まずアルフレッドがコホンと喉を鳴らし、
「改めて自己紹介を。僕の名はアルフレッド=ハウル。《七星》が第七座――《雷公》を所有している。二つ名は《穿輝神槍》と呼ばれているよ」
続けて、ミランシャが腰に両手を当てると、
「アタシの名はミランシャ=ハウル。《七星》が第五座――《鳳火》を駆る者よ。そして二つ名は《蒼天公女》と呼ばれているわ」
燃えるような赤い髪を風になびかせて、堂々と名乗りを上げる。
そして、未だ状況が呑み込めないサーシャ達に、
「改めてよろしくね! みんな!」
と告げて、彼女は親指を立てて笑うのだった。
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そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
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