クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第4部

第三章 遥かなる皇都①

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「「「おお~」」」

 青く輝く大海原を軽快に進む鉄甲船の船首にて。
 四人の騎士候補生達は感嘆の声を上げた。

「こりゃあ、予想以上に早ええな!」

 潮風を頬に受けながら、エドワードが言う。
 サーシャ、アリシア、ロックも感心したように頷く。
 彼ら四人はどうにか全員保護者の了承を得て、今ハウル家が所有する鉄甲船に乗り、海へと出たところだった。ちなみに、彼らはいつもの制服のままだ。今回の旅行は海外研修として学校に認可されたからである。
 しばし四人は風景を楽しみつつ、船体が波を押しのける音に耳を傾けていた。

「……しかし、凄いな。本当に風と関係なく進むとは……」

 ロックが喉を唸らせて感嘆する。

「私は一度だけラッセルの《シーザー》に乗ったけど、あれは動かなかったし」

 続いて、サーシャが頬に手を当て、そんな事を言った。
 あまりにのほほんとした親友の台詞に、アリシアは呆れてしまう。

「いやいや、サーシャ。あの時は動いたら大変な事になっていたでしょう」

「あはは……確かに」

 その時のことを思い出し、サーシャが苦笑を浮かべる。と、

「ふふ、みんな楽しそうね」

 不意に後ろから声をかけられた。サーシャ達が振り返ると、この船の所有者であるミランシャと、にこやかな笑みを浮かべるアルフレッドがいた。
 二人とも出会った時と同じ黒い騎士服を着ている。

「この鉄甲船なら七日で皇都に着くよ。けど、その時はコートを着た方がいいかな。セラ大陸はここより少し寒いから」

 と、アルフレッドが告げた。セラ大陸は南方に位置するため、冬でもそこそこ温暖な気候なのだが、最南端であるアティス王国と比べれば流石に肌寒いのである。

「はい。そうします。アルフレッドさん」

 笑顔を浮かべてそう返すサーシャに、アルフレッドは苦笑した。

「えっと、サーシャさん。それに他のみんなも僕のことはアルフで構わないよ。歳も変わらないんだし、敬語とか少し気恥ずかしいし」

 言われ、サーシャ達は顔を見合わせた。
 確かにミランシャの方はともかくアルフレッドは自分達と同年代。彼の言う通り、もう少し肩の力を抜いてもいいかもしれない。
 そしてサーシャ、アリシアがふふっと笑って応じた。

「うん。そうだね! じゃあ、改めてよろしくね! アルフ君」

「そうね……じゃあ私も。よろしくね、アルフ」

 続いて、エドワードとロックの方も声をかける。

「けっ、てめえには色々言いたいことはあるが、まあ、よろしくなアルフ」

「ああ。よろしく頼む。アルフ」

 四人の挨拶に、アルフレッドは笑みをこぼした。

「うん。僕の方こそよろしく」

「ふふっ。良かったじゃないアルフ。友達が出来て」

 と、ミランシャが目を細めて告げる。騎士学校を幼い内に卒業してしまった弟には、同年代の友人が極端に少ない。姉としても嬉しい限りだ。
 そして和やかな空気が甲板に広がる。と、

「……随分と楽しそうだな、お前達」

 いつのも漆黒のレザースーツに身を包んだオトハが甲板にやってきた。
 その後方には何やら疲れ切った表情のアッシュと、彼の裾を掴んで歩くユーリィの姿が見える。

「オトハさん。それに、先生とユーリィちゃんも」

 そこで、サーシャは小首を傾げた。

「そう言えば、どうして二人ともつなぎのままなんですか?」

 アッシュとユーリィは、何故か工房のつなぎ姿だった。
 この長旅。てっきり二人とも私服で来ると思っていたため、意外だったのだ。
 すると、ミランシャが口元に手を当て、クスクスと笑った。

「どうせ向こうに着いたら、いやでも窮屈な服に着替えなきゃいけないものね。今だけでも楽な服でいたいんでしょう?」

「……窮屈な服ですか?」

 眉根を寄せてアリシアが問う。

「まあ、団長や皇女様とお会いしなきゃならないからね。アシュ兄とユーリィ様にはそれぞれ専用の服を用意しているんだ」

 アルフレッドが、肩をすくめて答える。と、まあ、そんなやり取りをしている間に、アッシュ達はサーシャ達のいる船首にまでやったきた。

「はあ……まさか、またあんな服を着ることになるとはな」

 アッシュが深々と嘆息する。

「……私もあれは動きづらくてイヤ」

 ユーリィも渋面を浮かべてアッシュの腰にしがみついた。
 白髪の青年は、くしゃくしゃと少女の頭を撫でる。
 そんな二人をよそに、サーシャ達は興味津々だ。一体どんな服なのだろうか。

「ふふっ、お披露目は皇都でね。今は船旅を楽しみなさい」

 ミランシャが猫を思わせる笑みを浮かべてそう告げる。
 青空に流れる白い雲。今はまだ島も近く、カモメの群れも飛んでいる。
 大海原を、鉄甲船はどんどん進む。
 サーシャ達の初めての船旅は良好な出航だった。


       ◆


 そうして旅は進んだ。
 サーシャ達はハウル姉弟と完全に打ち解け、親しさを増したり。
 途中、嵐に巻き込まれ、ロックが重度の船酔いになって寝込んだり。
 エドワードが何かにつけてアルフレッドに喧嘩を売り、その都度一蹴されたりなど、イベントは多種に渡ってあったが、特に問題もなく船旅は順調に進んだ。
 そして――七日目の朝が訪れる。

「ふん、ふん~♪」

 サーシャは割り当てられた個室で、鼻歌を口ずさみながら服を着替えていた。
 パサリと寝間着を脱ぎ捨てると、手足や腰つきは華奢でありながら、部分的に圧倒的なボリューム感を持つ白い肢体が露わになる。

「ふふふ、いよいよ今日かぁ……」

 サーシャは壁に掛けてある騎士候補生の制服を手に取ると、袖を通した。
 続けて、ブレストプレートを身につける。この鎧には普段は赤いマントが付いているのだが、今は取り外している。代わりにサーコートを着るためだ。
 サーシャはサーコートを手に取った。
 灰色のサーコート。背中には羽ばたく鳥を描いた紋章――アティス王国の紋章を描かれていた。学校が海外研修用として、急ぎ用意した専用のサーコートである。
 そして、サーシャがサーコートに袖を通した、その時だった。
 ――コンコン。
 と、ドアがノックされる。続けて声が聞こえてきた。

「サーシャ? もう準備できてる?」

「アリシア? うん。丁度今、準備が出来たよ」

 サーシャは最後に机の上に置いてあったヘルムを手に抱えると、ドアを開けた。
 ドアの向こうには、親友であるアリシアがいた。
 絹糸のような栗色の髪と蒼い瞳を持つ彼女も、すでに制服に着替え終えていた。
 サーシャは二コリと笑みを浮かべて。

「おはようアリシア、おまたせ」

「ふふ、おはようサーシャ。じゃあ、甲板へ行きましょう!」

 そう告げて、サーシャ達は通路を進んだ。
 彼女達の部屋は船楼の四階。二人並んで階段を降りていくと、

「おっす。お前らももう起きてたのか」

「おはよう。エイシス。フラム」

 途中でエドワードとロックと合流した。普段の彼らよりも起きる時間が早いのは、エドワード達も到着が近付き、興奮しているためだろうか。

「ユーリィさんは一緒じゃないのか?」

「ユーリィちゃんは今着替え中だって。先に行って欲しいって」

「ああ、例の専用の服とやらか」

「アルフ君は? 一緒じゃないの?」

「部屋に寄った時にはいなかったんだよ。姐御と一緒に甲板にいんじゃねえか?」

 と、談笑しながら四人は甲板へ向かった。
 そして、やや肌寒い潮風が吹く甲板に辿り着いた。
 サーシャ達は少し身を震わせながら、船首に足を向ける。

「おお~ッ! あれがセラ大陸か!」

 サーコートで喉元を覆いつつ、エドワードが感嘆の声を上げた。
 果てなき海岸に、その奥に見える草原と巨大な森。
 四大陸の一つ。南方の大陸、セラの大地がそこに横たわっていた。
 遠目でありながらも、その雄大さには全員が息を呑む。

「……私達の住むグラム島も、島としては破格の大きさって言われているけど、やっぱり本物の大陸はスケールが違うわよね」

 初めて見る大陸の姿に、アリシアは感心した声で呟く。
 その時、後ろから声が聞こえてきた。

「ふふっ、お前達は大陸を見るのは初めてだったな。中々壮観なものだろう」

 そう告げて、サーシャ達の隣に一人の女性が並んだ。
 漆黒のレザースーツの上に、《七星》のみに許される、背中に《夜の女神》と七つの極星の紋章が描かれた純白のサーコートを纏うオトハ=タチバナである。

「教官は他の大陸にも行かれたことがおありで?」

 ロックが素朴な質問をする。
 対し、オトハはセラ大陸を見据えたまま腕を組み、

「東方のアロンには行ったことがある。あそこも相当なものだぞ。いつかお前達も行ってみるといい」

 そう答えて、オトハは微笑んだ。
 サーシャ達四人は目の前の光景に圧倒されながらも、こくんと頷いた。
 そして船は進む。そこそこ雲はあるが、天気は快晴。陸地が近いため、カモメの群れも盛んに飛び交っている。大陸は徐々に近付きつつあった。
 と、その時。

「……久しぶりだな。この光景も」

「うん。まさか再び見るとは思ってなかった」

 そう呟きながら、新たな人物達が甲板に現れた。
 声からしてアッシュとユーリィだ。大陸を見ていたサーシャ達は振り返る。
 そして――全員揃って目を丸くした。

「よう。おはよう」

「……おはよう。みんな」

 アッシュと、ユーリィがそれぞれ朝の挨拶をするが、サーシャ達は答えない。
 挨拶を返すのも忘れ、女性陣、男性陣に分かれて囁き合っている。
 まず女性陣の方だが――。

「(わ、わわわっ、せ、先生、すっごくカッコいいよっ!)」

「(う、うん。あれがミランシャさんの言ってた専用の服なのよね……)」

「(見たところ、あれは皇国の騎士服をベースにした儀礼服だな。……ふふっ、やはりクラインには戦士の姿がよく似合う……)」

 と、サーシャとアリシア、そしてオトハが、頬を朱に染めて言葉を交わす。
 今日のアッシュの服装はつなぎとは違うものになっていた。
 黒を基調にした儀礼服。オトハの指摘通り皇国の騎士服に似た様式であり、袖などには銀糸で刺繍が施されている。アッシュはその上に、オトハと同じ《七星》のサーコートを纏っていた。完全に騎士にしか見えない佇まいだ。
 続いて男性陣の方と言えば――。

「(お、おおおおッ! 何故だ! 何故、ここに写真機がないんだッ!)」

「(お、落ち着けエド! あっても師匠が撮らせてくれないぞ!?)」

 エドワードが鼻血を流さんばかりに興奮し、ロックが慌てて諫めていた。
 アッシュ同様、ユーリィも今日は普段と違う姿になっていた。
 肩の部分の袖がない白いドレス。法衣を思わせる服で長いスカートにはスリットも入っている。所々に金糸の刺繍が施されており、まさに巫女といった姿だった。
 ユーリィに惚れているエドワードが興奮するのも無理もない。
 そんな少年の視線に気付いたのか、ユーリィが心底嫌そうな顔をしてアッシュの後ろに隠れた。ギュッとコートの裾を掴んだまま離そうとしない。
 アッシュは苦笑を浮かべてユーリィの頭を撫でた。

「ったく。お前ら、じろじろ見んなよ。似合ってないのは分かってるし」

「い、いや、そんな事はないぞ! エマリアは勿論、お前もよく似合っている!」

 と、オトハが手をパタパタ振って言った。
 サーシャとアリシアも、コクコク相槌を打っている。と、

「うん。アタシもそう思うわ。やっぱりアシュ君には騎士服が似合うのよ」

「そうだね。それにしてもユーリィ様……なんて美しいんだ」

 新たに二つの声が会話に加わった。ハウル姉弟だ。どうやらこれで全員が甲板に集まったらしい。早速サーシャがハウル姉弟に挨拶をする。

「あっ、ミランシャさん。アルフ君。おはよう――」

 しかし、その台詞は途中で途切れてしまった。
 サーシャは呆然とハウル姉弟の姿を見つめていた。アリシアや、エドワード、ロックも同じようにポカンとしている。

「よう、おはようさん。ミランシャ。アルフ」

「……おはよう」

「ふん。随分と遅かったなハウル」

「少し寝坊しただけじゃない。オトハちゃんは小さい事をネチネチと」

「……姉さんの寝坊は結構酷いから小さい事とも思わないけど……」

 と、四人の騎士候補生以外は普通に会話をしている。
 その光景を前にして、一番早く我に返ったのはアリシアだった。

「ちょっと、ちょっと待って下さい!」

 思わず声を張り上げる。アッシュ達はアリシアに注目した。
 アリシアは一瞬たじろぐが、負けじと尋ねた。

「な、なんでミランシャさんやアルフが《七星》のサーコートを着てるんですか!?」

 その叫び声で、ようやくサーシャ達もハッと我に返る。
 ――そう。ミランシャ達、ハウル姉弟は二人揃って普段の黒い騎士服の上に《七星》のサーコートを纏っていたのだ。
 対し、ミランシャは小首を傾げた。

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「そう言えば、普通にスルーしていたよね」

 そう呟いて、アルフレッドは苦笑する。一方、アッシュ達は「ああ~、知っているものという感じでいたな」と、それぞれ気まずげな仕種を見せていた。

「ど、どういうことなんですか? 先生」

 今度はサーシャがアッシュに尋ねた。
 彼女の師はポリポリと頬をかくと、「いや、悪りい。言うの忘れてたよ」と告げてハウル姉弟に目配せする。ミランシャ達は、はははっと笑って頷いた。

「言い忘れてごめんね。アタシ達って《七星》なの」

「「「……はあ?」」」

 唖然とした声を上げる騎士候補生達。
 それに対し、まずアルフレッドがコホンと喉を鳴らし、

「改めて自己紹介を。僕の名はアルフレッド=ハウル。《七星》が第七座――《雷公》を所有している。二つ名は《穿輝神槍》と呼ばれているよ」

 続けて、ミランシャが腰に両手を当てると、

「アタシの名はミランシャ=ハウル。《七星》が第五座――《鳳火》を駆る者よ。そして二つ名は《蒼天公女》と呼ばれているわ」

 燃えるような赤い髪を風になびかせて、堂々と名乗りを上げる。
 そして、未だ状況が呑み込めないサーシャ達に、

「改めてよろしくね! みんな!」

 と告げて、彼女は親指を立てて笑うのだった。
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