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第4部

第八章 《星々》の乱舞③

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 大地を揺るがす鋼の剛腕。
 巨大な鎧機兵・《右剣》は石畳の一部を、ガコンと強引に引き剥がすと、

『――ぬうん!』

 悠然と立つ《金剛》めがけて投げつけた!

『はン! つまんねえ小細工してんじゃねえよ!』

 対し《金剛》は、巨大な右腕を横に振るって、石と土の塊を弾き飛ばす。
 一部の土塊は《金剛》を叩くが、重装甲の機体に損傷一つ負わせられない。
 ブライは皮肉気な笑みを浮かべて呟く。

『ったくよ。そんな攻撃、直撃してもきかねえぞ』

『そうか。ならばこれはどうだ!』

 だが、この程度が通じないのは《右剣》の操手も承知の上だったらしい。
 今の攻防の隙を突いて間合いを詰め、いつの間にか右手を振りかぶっていた。
 先程の投石は牽制。これが本命の一撃だ。
 しかし、目の前に巨大な手が迫ってきてもブライは動じない。

『けッ、何度やっても当たんねえよ、そんな大振り!』

 そう嘯き、《金剛》を間合いの外に後退させた。
 が、その瞬間だった。

『――なんだとッ!』

 ブライは初めて動揺を見せた。
 突如、敵機の右手から巨大な直刀が飛び出してきたのだ。
 手の甲を両断するように延びる刃だ。前腕部に内蔵していた隠し武器か。

『ふん! 侮ったな! 《クズ星》よ!』

 そう言って《右剣》の操手はニヤリを笑った。
 延びた直刀の分、間合いも広がっている。
 そしてこの距離ならば《金剛》は直撃を避けられない。

(――その命、もらったぞ!)

 まさに必殺の間合い。《右剣》の操手は勝利を確信した。
 唸りを上げる剛腕は、直刀を《金剛》の頭上へと振り下ろす!
 ――ズズウゥン……。
 響く轟音。《右剣》の直刀は砂煙を上げ、石畳ごと《金剛》を両断した。

『ふ、ふふ、ふははははははははは――ッ!! やりましたぞ、アサラス陛下! この私めが《クズ星》の一つを落としましたぞ!』

 勝利の雄たけびを上げる《右剣》の操手。
 ――が、

『おいおい。勝手に殺すんじゃねえよ』

『――ッ!?』

 不意に響いた声に《右剣》の操手は凍りついた。

『まあ、流石にひやっとしたがな』

 そう告げるのは、ブライの声だった。
 《右剣》の操手は目を見開いて、砂煙が晴れてきた直刀の周辺を凝視した。
 そして、その光景を目の当たりにして絶句する。

『ば、馬鹿な……そんな馬鹿な!?』

 ――《金剛》は無事だった。
 だが、回避した訳ではない。右前腕部を天に構えて直刀を受け止めた形だ。
 しかも、驚くべきことに、直刀は破壊されていたのだ。
 丁度、《金剛》と重なる部位だけが抉られるように砕け散っていた。
 それはすなわち、あまりの強度差に剣の方が耐え切れなかったということだ。

『な、何なんだ、その馬鹿げた強度は!? お前の機体は何で出来ているんだ!?』

 思わず叫び声を上げてしまう《右剣》の操手。
 対するブライは苦笑を浮かべた。

『オレの《金剛》の手甲は特別製でな。質量密度が桁違いなんだよ。なにせ片腕だけで鎧機兵の半分ぐらいの重量があんだぜ』

 と、そこで一拍置いてブライは皮肉気な顔で言葉を続ける。

『まっ、お前の言う通り、オレは硬いだけが取り柄だってことさ』

『く、くそッ!』

 その意趣返しの台詞に《右剣》の操手は舌打ちする。
 対照的に、ブライの方には余裕さえあった。

『……さて、と』

 そう呟いて《金剛》を動かすと、すでに半分以上刀身が欠けていた直刀を、バキンと完全にへし折った。そして呆然と立ち尽くす《右剣》に宣告する。

『んじゃあ、そろそろ終わらすぞ!』

 と叫ぶと同時に、《金剛》は駆け出した!
 地面を振動させる重装甲。まるで巨大な猛牛のような突進だ。

『くそおおおおお――ッ!』

 対する《右剣》は、突進してくる《金剛》を止めるべく左手を向けた。
 しかし、《金剛》は直前で《雷歩》で跳躍する。
 そして《右剣》の右肩に着地。《右剣》の巨体が重心を崩して膝を落とす。さらに《金剛》はそこから再び《雷歩》を使って遥か上空へと飛翔した。
 山吹色の機体が蒼い空に吸い込まれていく――。

『さて。オトハちゃんやサーシャちゃんといちゃつくために仕上げといくか』

 早くもバラ色の未来を想像し、ブライはムフフと笑う。
 だが、すぐに表情を真剣なものに改め、眼下の敵機を見据える。

『んじゃあ、行くぜ相棒!』

 ブライの雄たけびと同時に《金剛》が両腕の手甲を重ね合わせた。
 続けて空中で重心を反転。狙いは直下の鎧機兵だ。
 そして遂に《金剛》は飛翔の最高点に到達する。後は落下するだけだ。
 ――そう。真直ぐに、敵機の頭上へと。

『ははッ、ド派手に行くぜ!』

 そして最高の硬度を持つ鎧機兵は、両足から莫大な恒力を一気に噴出。自由落下を遥かに超える速度を以て突撃する!

『き、貴様、正気か!?』

 敵機の操手が青ざめる。あまりにも馬鹿げた特攻だ。
 一体どれだけ愛機の防御力に自信を持っているのだろうか。

(――くそッ!)

 思わず舌打ちする《右剣》の操手。
 しかし、避けようにも鈍重な《右剣》に逃げるだけの時間はなかった。

(こ、こんなことで……お許しを陛下ッ!)

 もはや勝敗は決した。《右剣》の操手は死を覚悟する。
 そして、せめてもの抵抗に絶叫を上げた。

『アサラス陛下! どうか御心のままにお進みを―――ッ!!』

 直後、《金剛》が衝突する。
 ――いや、正確に言えば、それは衝突ではなく貫通だった。
 山吹色の機体は巨大な鎧機兵の首筋辺りに激突すると、そのまま装甲に打ち砕き、機体内部に侵入する。が、それでもなお勢いは止まらず、射線上にあった操縦席を押し潰した後は腹部まで貫いて飛び出て、最後に地面に激突してようやく止まったのだ。
 そして巨大な鎧機兵に風穴を開けた《金剛》はむくりと立ち上がる。
 その操縦席の中では、ブライが額に手を当て呻いていた。

『……うへえ、頭が揺れて気持ち悪りい……。この技はド派手なのはいいが、使い心地は最悪――って、やべッ!』

 そこでブライは焦った。
 気付けば、背後の敵機がバチバチと全身から火花を散らしていたのだ。
 経験上こういう反応をする機体はヤバい。自爆する予兆だ。

『お、おい、お前ら逃げんぞ!?』

 と叫ぶなり、《金剛》は走り出した。
 それを見た味方の騎士達も慌てて逃げ始める。

『な、何やってんすか!? 隊長!?』

『もう少し穏便に始末できないのかよ! この色ボケ隊長!!』

『うっせえ! つうか色ボケって何だ! 後でぶん殴るからな、てめえ!』

 と、騒がしく逃げるブライ達。
 とは言え、その顔は全員切羽詰まっている。
 もう決着はついたのに、最後に爆発に巻き込まれては洒落にならない。

『うおおおおおおおおおおおお――全員逃げろおおォ!!』

 ブライの絶叫が広場に響き渡る。
 そして――十数秒後。
 皇都ディノスの四番地。
 憩いの場として有名なその広場にて、爆炎の華が咲いたのであった。



 
『……まったく。何やってるのよ。ブライの奴は』

 四番地の遥か上空。
 眼下で赤々と燃える炎を見据え、ミランシャは嘆息した。
 一番地に戻る途中、少しばかり気になったので上空で様子を窺っていたが、まさかあんな真似をするとは……。相変わらず考えなしの行動だった。

『まあ、あんな馬鹿なことするのはあいつぐらい……』

 と、呟こうとした時、ふと思い出す。

(……そう言えば、アシュ君の手紙で以前、サーシャちゃんが似たようなことをしたって書いてあったけど……)

 その事実に、思わず沈黙する。
 ……もしかすると、あの銀髪の少女はブライ並みに単純なのかもしれない。
 そして、彼女が想いを寄せる青年はそういう人間を好む傾向がある。
 ミランシャは一瞬考え込むが、すぐにかぶりを振った。
 考えても憂鬱になるだけだ。
 ともあれ、これで一つ決着がついたようだ。
 ミランシャは眼下の光景をもう一度見やり、苦笑する。
 確か出撃前、ミランシャに対し、あの茶髪の同胞は『また爆弾みたいに落とされるのか』などと嘆いていたが、この光景を前にすると――。

『ブライ。結局、あなたって爆弾みたいなものじゃない』

 ミランシャは皮肉気に笑って、四番地を後にするのだった。
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