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第4部
エピローグ
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ラスティアン宮殿の七階。騎士団長室――。
現在、そこには三人の人物がいた。
一人はこの部屋の主人。ソフィア=アレール騎士団長。
彼女はソファーに座って紅茶を楽しんでいた。その後ろには、ライアン=サウスエンド副団長が後ろ手に腕を組んで控えている。その表情はいつもの鉄面皮だ。
そして最後の一人は――。
「……とてもおいしい紅茶ですわ」
言って、笑みを浮かべる金色の髪の少女。
フェリシア=グレイシア第一皇女だ。
彼女はソフィアの向かいのソファーに座っていた。
「そう仰っていただけると、嬉しく思います。姫殿下」
と、ソフィアもまた笑みをこぼして答える。
――あの騒乱とした誕生祭から一週間が経っていた。
結果的に言えば、市民に軽負傷者はいても死者まではおらず、敵勢力も全員討伐、もしくは捕縛に成功した。完全な勝利だろう。
しかし、やはり戦闘に当たった騎士達からは少なからず戦死者が出た。
当然ながら誕生祭は中止。
この一週間は彼ら英霊の国葬と、損害を受けた地区の復興計画の立案。テロリストの尋問や皇都の地下の調査等やることが目白押しだった。
(はあ……五歳ぐらい一気に老けそうな毎日でしたね)
と、ソフィアは内心で溜息をつく。
そうして忙しい日々を送り、ようやく一段落ついたのだ。
そんな多忙な騎士団長を気遣って、フェリシアが声をかける。
「……随分とお疲れのご様子です。お体は大丈夫なのですか、ソフィア様」
「ふふっ、お心遣い感謝いたします。姫殿下」
と、ソフィアがそう答えた時だった。
――バンッ!
突如、騎士団長室のドアが勢いよく開かれた。
ソフィア達三人の視線が入口に集まる。
「団長! どういうことなの!」
そこに立っていたのは、赤毛の美女――ミランシャ=ハウルだった。
その美麗な顔は今、とてつもなく不機嫌そうであった。
対し、ソフィアは眉をしかめる。
「ミランシャちゃん。姫殿下の御前ですよ」
「あっ、ご、ごめんなさい。失礼しました姫殿下」
と、激昂しつつも謝罪するミランシャ。
――が、それも束の間。すぐにソフィアの元に詰め寄ると、
「どういうことなのよ団長! なんでアタシがちょっと地下調査に行ってる間に、アシュ君が帰っているの!」
それは、ほんの半日ほど前のこと。アッシュとユーリィ。オトハとサーシャ達四人の騎士候補生達は鉄甲船に乗り、帰路についた。
ミランシャは、そのことをついさっき知ったのである。
しかし、ソフィアはミランシャの怒りなどどこ吹く風で、
「あらあら。でも、今日出航するのは知っていたでしょう? だから、昨日の内にお別れ会を済ませたじゃないですか」
「こんな朝一に出航するなんて聞いてないわ! アルフは同行してアティス王国まで送るんでしょう! なんでアタシだけ置いてけぼりなの!? 同行するつもりだったのに!」
「それは……」
と、少し口ごもるソフィア。
彼女は後ろに立つライアンに目配せした。対し、壮年の騎士は嘆息する。
「ミランシャ=ハウル。君を同行から外したのには理由がある」
「……理由って? どういうことなの副団長」
眉根を寄せてそう尋ねるミランシャに、ライアンははっきり告げた。
「君が同行した場合、なんだかんだと理由をつけてクラインの所に一年ぐらい居座りそうな気がしたからだ」
「うちの騎士団、アッシュ君が抜けて結構痛手なのはミランシャちゃんも分かっているでしょう? これ以上《七星》が不在になるのはちょっと困るの」
と、ソフィアも言う。
思わずミランシャは唖然とした。
「じゃ、じゃあアルフどうなのよ! なんでアルフは同行してるの!」
「アルフレッド=ハウルは真面目な少年だ。名残惜しくは思っていても私情をはさむことはない。三日ほどアティス王国に滞在したら、すぐに帰還する予定だ」
と、淡々と告げるライアンに、ミランシャは言葉もなかった。
確かに、あの真面目な弟は、未練たらたらでも馬鹿正直に帰ってくるだろう。
ミランシャは地団駄を踏みたい気分だった。
「うう~、それでも……」
キュッと唇をかむ。また愛しい人が遠くへ行ってしまった。
しかも、警戒すべき女性達を引き連れて、だ。
「そ、そうだ! 今から《鳳火》で追えば――」
「時間からすると、すでにクライン達の船は大河を渡り切り、洋上に出ている頃だぞ。いかに《鳳火》でも間に合うまい」
ライアンの冷静な指摘に、ミランシャは涙目になる。
「まあ、今回は諦めなさい。アッシュ君にはいずれ騎士団に復帰してもらいたいとは思っています。うちの陰険な副団長も色々暗躍しているようですから」
「……陰険とは心外ですな、団長」
と、やり取りする上司二人を背に、ミランシャは走り出した。
たとえ無駄でも追わずにはいられなかったのだ。
ドアを開けたまま走り去って行ったミランシャを見つめて、フェリシアが問う。
「あの、ミランシャ様をお止めにならなくてもよろしいのですか?」
「問題ありません姫殿下。海岸まで行って途方に暮れるだけでしょう」
と、答えるライアンに、ソフィアも続く。
「……けど、若いとは羨ましいことです。行動的で」
「えっ、ソフィア様も充分お若いではないですか」
と、キョトンとした顔で告げるフェリシア。
途端、シンとした空気が団長室に訪れた。
ソフィアの表情は固まり、ライアンは石像のように佇んでいる。
そうして、誰も何も語らないまま――数秒後。
少し涙目になってソフィアは微笑んだ。
「……ひ、姫殿下ぁ」
――鳴呼、この子はなんていい子なんだろう。
不敬ながらも、心の底からそう思うソフィアであった。
◆
「う~、流石に少し寒いな。もう冬の季節か」
そこは海上。鉄甲船の船尾にて。
遠ざかるセラ大陸を見つめながら、アッシュは両手に息を吹きかけそう呟く。
「寒いのなら船室に入ればいいのに」
すると、不意に後ろから声を掛けられた。
振り向くと、そこには空色の髪の少女――ユーリィがいた。彼女はクライン工房のつなぎの上に赤いマフラーを巻いている。今のアッシュと同じ格好だ。
「まあ、この景色は当分見納めだしな」
と、寒さを堪えてアッシュは嘯く。
「……うん、確かに。なら、私も少し付き合う」
言って、ユーリィはアッシュの隣に立った。
アッシュはユーリィを一瞥してから、再び大陸に目を向けた。
「……今回は本当に色々あったな」
「うん。けど、皇女様と友達になれた」
「ああ、そうだな」
アッシュはユーリィの頭を撫でた。
空色の髪の少女は、青年を見上げて告げる。
「文通することになった」
「へえ~。そうなのか」
「今度は私の家に呼ぶと約束した」
「……は? えっ、ちょっと待てユーリィ。それって国賓だろ?」
「けど、約束した」
「う~ん。そっか。けどなあ……」
「……無理なの?」
と、ユーリィが少しだけ眉をハの字にする。
アッシュは、はあっと嘆息しつつも、
「うん、まあ、そうだな。その時になったらアリシアの親父さんでも通じて、アティス王国の王様と相談すっか」
「うん、分かった。ありがとう、アッシュ」
と、笑みを浮かべるユーリィに、アッシュは苦笑する。
そしてボリボリと頭をかき、
「けどよ、随分と長居しちまったな」
「うん。少し店の方が心配」
結局、一ヶ月以上も店を空けてしまった。流石に不安を感じる。
「はは、帰ったら誰かが工房を差し押さえしてたりしてな」
「……アッシュ。それ、あり得そうで怖い」
と、そんなことを話題にして二人は笑う。
「はははっ、まあ、冗談はさておき、帰ったら早速仕事だな。まずはお得意さんの挨拶回りかな。これからまた忙しくなるぞ」
「うん。私も頑張る」
そう返して、グッと両の拳を持ちあげるユーリィ。
そんな愛娘の頭をアッシュは再び撫でた。
「ああ。頑張ろうな、ユーリィ」
そうして、二人は自分達が生まれたセラ大陸を見つめた。
波をかき分け、鉄甲船は真直ぐ進む。
彼らの第二の故郷――アティス王国へと向かって。
第四部〈了〉
現在、そこには三人の人物がいた。
一人はこの部屋の主人。ソフィア=アレール騎士団長。
彼女はソファーに座って紅茶を楽しんでいた。その後ろには、ライアン=サウスエンド副団長が後ろ手に腕を組んで控えている。その表情はいつもの鉄面皮だ。
そして最後の一人は――。
「……とてもおいしい紅茶ですわ」
言って、笑みを浮かべる金色の髪の少女。
フェリシア=グレイシア第一皇女だ。
彼女はソフィアの向かいのソファーに座っていた。
「そう仰っていただけると、嬉しく思います。姫殿下」
と、ソフィアもまた笑みをこぼして答える。
――あの騒乱とした誕生祭から一週間が経っていた。
結果的に言えば、市民に軽負傷者はいても死者まではおらず、敵勢力も全員討伐、もしくは捕縛に成功した。完全な勝利だろう。
しかし、やはり戦闘に当たった騎士達からは少なからず戦死者が出た。
当然ながら誕生祭は中止。
この一週間は彼ら英霊の国葬と、損害を受けた地区の復興計画の立案。テロリストの尋問や皇都の地下の調査等やることが目白押しだった。
(はあ……五歳ぐらい一気に老けそうな毎日でしたね)
と、ソフィアは内心で溜息をつく。
そうして忙しい日々を送り、ようやく一段落ついたのだ。
そんな多忙な騎士団長を気遣って、フェリシアが声をかける。
「……随分とお疲れのご様子です。お体は大丈夫なのですか、ソフィア様」
「ふふっ、お心遣い感謝いたします。姫殿下」
と、ソフィアがそう答えた時だった。
――バンッ!
突如、騎士団長室のドアが勢いよく開かれた。
ソフィア達三人の視線が入口に集まる。
「団長! どういうことなの!」
そこに立っていたのは、赤毛の美女――ミランシャ=ハウルだった。
その美麗な顔は今、とてつもなく不機嫌そうであった。
対し、ソフィアは眉をしかめる。
「ミランシャちゃん。姫殿下の御前ですよ」
「あっ、ご、ごめんなさい。失礼しました姫殿下」
と、激昂しつつも謝罪するミランシャ。
――が、それも束の間。すぐにソフィアの元に詰め寄ると、
「どういうことなのよ団長! なんでアタシがちょっと地下調査に行ってる間に、アシュ君が帰っているの!」
それは、ほんの半日ほど前のこと。アッシュとユーリィ。オトハとサーシャ達四人の騎士候補生達は鉄甲船に乗り、帰路についた。
ミランシャは、そのことをついさっき知ったのである。
しかし、ソフィアはミランシャの怒りなどどこ吹く風で、
「あらあら。でも、今日出航するのは知っていたでしょう? だから、昨日の内にお別れ会を済ませたじゃないですか」
「こんな朝一に出航するなんて聞いてないわ! アルフは同行してアティス王国まで送るんでしょう! なんでアタシだけ置いてけぼりなの!? 同行するつもりだったのに!」
「それは……」
と、少し口ごもるソフィア。
彼女は後ろに立つライアンに目配せした。対し、壮年の騎士は嘆息する。
「ミランシャ=ハウル。君を同行から外したのには理由がある」
「……理由って? どういうことなの副団長」
眉根を寄せてそう尋ねるミランシャに、ライアンははっきり告げた。
「君が同行した場合、なんだかんだと理由をつけてクラインの所に一年ぐらい居座りそうな気がしたからだ」
「うちの騎士団、アッシュ君が抜けて結構痛手なのはミランシャちゃんも分かっているでしょう? これ以上《七星》が不在になるのはちょっと困るの」
と、ソフィアも言う。
思わずミランシャは唖然とした。
「じゃ、じゃあアルフどうなのよ! なんでアルフは同行してるの!」
「アルフレッド=ハウルは真面目な少年だ。名残惜しくは思っていても私情をはさむことはない。三日ほどアティス王国に滞在したら、すぐに帰還する予定だ」
と、淡々と告げるライアンに、ミランシャは言葉もなかった。
確かに、あの真面目な弟は、未練たらたらでも馬鹿正直に帰ってくるだろう。
ミランシャは地団駄を踏みたい気分だった。
「うう~、それでも……」
キュッと唇をかむ。また愛しい人が遠くへ行ってしまった。
しかも、警戒すべき女性達を引き連れて、だ。
「そ、そうだ! 今から《鳳火》で追えば――」
「時間からすると、すでにクライン達の船は大河を渡り切り、洋上に出ている頃だぞ。いかに《鳳火》でも間に合うまい」
ライアンの冷静な指摘に、ミランシャは涙目になる。
「まあ、今回は諦めなさい。アッシュ君にはいずれ騎士団に復帰してもらいたいとは思っています。うちの陰険な副団長も色々暗躍しているようですから」
「……陰険とは心外ですな、団長」
と、やり取りする上司二人を背に、ミランシャは走り出した。
たとえ無駄でも追わずにはいられなかったのだ。
ドアを開けたまま走り去って行ったミランシャを見つめて、フェリシアが問う。
「あの、ミランシャ様をお止めにならなくてもよろしいのですか?」
「問題ありません姫殿下。海岸まで行って途方に暮れるだけでしょう」
と、答えるライアンに、ソフィアも続く。
「……けど、若いとは羨ましいことです。行動的で」
「えっ、ソフィア様も充分お若いではないですか」
と、キョトンとした顔で告げるフェリシア。
途端、シンとした空気が団長室に訪れた。
ソフィアの表情は固まり、ライアンは石像のように佇んでいる。
そうして、誰も何も語らないまま――数秒後。
少し涙目になってソフィアは微笑んだ。
「……ひ、姫殿下ぁ」
――鳴呼、この子はなんていい子なんだろう。
不敬ながらも、心の底からそう思うソフィアであった。
◆
「う~、流石に少し寒いな。もう冬の季節か」
そこは海上。鉄甲船の船尾にて。
遠ざかるセラ大陸を見つめながら、アッシュは両手に息を吹きかけそう呟く。
「寒いのなら船室に入ればいいのに」
すると、不意に後ろから声を掛けられた。
振り向くと、そこには空色の髪の少女――ユーリィがいた。彼女はクライン工房のつなぎの上に赤いマフラーを巻いている。今のアッシュと同じ格好だ。
「まあ、この景色は当分見納めだしな」
と、寒さを堪えてアッシュは嘯く。
「……うん、確かに。なら、私も少し付き合う」
言って、ユーリィはアッシュの隣に立った。
アッシュはユーリィを一瞥してから、再び大陸に目を向けた。
「……今回は本当に色々あったな」
「うん。けど、皇女様と友達になれた」
「ああ、そうだな」
アッシュはユーリィの頭を撫でた。
空色の髪の少女は、青年を見上げて告げる。
「文通することになった」
「へえ~。そうなのか」
「今度は私の家に呼ぶと約束した」
「……は? えっ、ちょっと待てユーリィ。それって国賓だろ?」
「けど、約束した」
「う~ん。そっか。けどなあ……」
「……無理なの?」
と、ユーリィが少しだけ眉をハの字にする。
アッシュは、はあっと嘆息しつつも、
「うん、まあ、そうだな。その時になったらアリシアの親父さんでも通じて、アティス王国の王様と相談すっか」
「うん、分かった。ありがとう、アッシュ」
と、笑みを浮かべるユーリィに、アッシュは苦笑する。
そしてボリボリと頭をかき、
「けどよ、随分と長居しちまったな」
「うん。少し店の方が心配」
結局、一ヶ月以上も店を空けてしまった。流石に不安を感じる。
「はは、帰ったら誰かが工房を差し押さえしてたりしてな」
「……アッシュ。それ、あり得そうで怖い」
と、そんなことを話題にして二人は笑う。
「はははっ、まあ、冗談はさておき、帰ったら早速仕事だな。まずはお得意さんの挨拶回りかな。これからまた忙しくなるぞ」
「うん。私も頑張る」
そう返して、グッと両の拳を持ちあげるユーリィ。
そんな愛娘の頭をアッシュは再び撫でた。
「ああ。頑張ろうな、ユーリィ」
そうして、二人は自分達が生まれたセラ大陸を見つめた。
波をかき分け、鉄甲船は真直ぐ進む。
彼らの第二の故郷――アティス王国へと向かって。
第四部〈了〉
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