クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第5部

第一章 家がない!①

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 ――時節は冬。
 十二の暦における『十一の月』。その中旬。
 最南端にあるグラム島はとても温暖な島だ。しかし、すでに冬に入ったこの時期ともなると流石に少しばかり寒く、冷たい木枯らしも吹く。
 そんな野外にて、今三人の人物が呆然と立ち尽くしていた。
 場所はアティス王国・市街区の外れ。遠くには外壁の姿が見え、近くには街路樹が並ぶ道がある。農家と田畑に囲まれたのどかな場所だ。


「……なあ、これは一体どういうことだ?」


 その田園の一角。とある工房前の広場にて。
 漆黒のレザースーツを纏った美女はそう呟いた。
 年歳は二十一歳。紫紺色の髪と瞳を持ち、顔の右側をスカーフのような白い眼帯で覆った女性だ。抜群のプロポーションを持つ彼女の名はオトハ=タチバナ。
 本業は傭兵なのだが、訳あって今はこの国の騎士学校の臨時教官を務める彼女は、肩に荷物を担いだまま唖然としていた。


「……なんで?」


 そう呟いたのは、肩にかからない程度まで伸ばした空色の髪と、翡翠色の瞳が特徴的な少女――ユーリィ=エマリアだ。
 年齢は十四歳。白いつなぎを着た、綺麗な顔立ちの少女である。見た目的には十二歳程度に見える小柄な彼女は、荷物を手から落として呆然としていた。


「…………」


 そして最後の一人。
 もはや言葉さえ発せない彼は、白い髪と黒い瞳を持つ青年だった。
 年齢は二十二歳。痩身の身体に、ユーリィと同じデザインのつなぎを着た人物。
 ――アッシュ=クライン。
 眼前の工房――人が乗る巨人・鎧機兵を整備する工房の主人青年である。
 彼は愕然とした表情で棒立ちになっていた。


「ア、アッシュ……」「ク、クライン」


 ユーリィとオトハが、アッシュの顔を見つめて名前を呼ぶ。
 途端、アッシュはガクンッと両膝をついた。


「……な、なんだよ、これ……」


 そして呆然と呟く。


「……なんで、なんでこんなことになってんだ……?」


 アッシュは虚ろな眼差しで、かつての自分の『城』を見つめた。
 ――ここ一ヶ月半ほど。
 アッシュ達は、私用で工房を留守にしていた。
 祖国にて大きなごたごたがあり、その対応に追われたのだ。
 しかし、それも無事に解決し、ようやくアティス王国に戻って来たのだが……。


「なんでだ……ッ」


 ふるふると震え出すアッシュ。


「なんで、俺の工房が『立ち入り禁止』になってんだ!?」


 ――そう。久しぶりに見たクライン工房には、何故か『立ち入り禁止』の札が立てられていたのだ。しかも杭で工房を囲み、有刺鉄線まで取りつけられている徹底ぶりだ。
 全くもって訳が分からない状況であった。
 もはや呆然とするしかない三人。
 ――ヒュウウウゥ……。
 そして木枯らしが吹く中。
 彼らは閉鎖された工房の前で、いつまでも立ち尽くすのであった。



       ◆



「……そうか。じゃあ、未だに師匠達は宿屋生活なのか」


 アティス王国・王城区。
 騎士学校の一階にある講堂にて、その騎士候補生の少年は腕を組んで呟いた。
 若草色の髪を持つ大柄な少年――ロック=ハルトである。


「うん。もう一週間、ずっと市街区の宿屋で暮らしているの」


 そう返すのは、サーシャ=フラム。
 この国においては唯一である銀髪を持ち、琥珀色の瞳と、年齢離れした見事なプロポーションが魅力的な美しい少女だ。


「だから、ここんところ先生、全然かまってくれなくて……」


 と、愚痴もこぼす。サーシャはトレードマークでもある銀色のヘルムを自分が座る長机の上に置き、しょんぼりと頬杖をついていた。


「それは仕方がねえよ。そんな状況じゃ師匠も呑気に講習なんて出来ねえだろうし」


 と、落ち込むサーシャに声をかけたのは、ブラウンの髪を持つ小柄な少年――エドワード=オニキス。サーシャ、ロックと同じクラスの級友だ。


「……『仕方がない』じゃないわよ。もう一週間なのよ」


 そしてぶすっとした口調でエドワードに答えたのは、腰まである絹糸のような栗色の髪と蒼い瞳が印象的な、『綺麗』という呼称がよく似合うスレンダーな少女。
 サーシャの親友兼、幼馴染のアリシア=エイシスである。
 年齢はみな十七歳。サーシャは女性用のブレストプレートを、アリシアは蒼いサーコートを纏っていたが、全員が中央に赤の太いラインを引いた橙色の騎士候補生の制服を着ていた。彼らはこのアティス王国騎士学校の一回生だった。
 どうも最近この面子で行動する事が多く今も授業前に集まり談笑していたのだ。


「むむゥ……アッシュさん、本当にかまってくれないのよ。それどころかここ数日は顔さえも見れてないし。もうかなり深刻な状況なのよ。限界だわ」

「……うん。そうだね。ユーリィちゃんとは会ってるけど、先生とはまるで会えてないよね。……あうぅ、私もそろそろ限界だよ……」


 と、アリシアの愚痴めいた台詞に、サーシャも同意する。
 アッシュ達の想定外の現状はもちろん心配しているが、それとは別に二人ともかなり消耗していた。好きな人に全くかまってもらえなくて寂しいのだ。
 簡潔に言えば『アッシュ成分』枯渇状態である。


「……はあ、早く何とかしないと……」

「うん。このままだと死んじゃいそう……」


 と、対照的な美しさを持つ少女達は、共に溜息をついた。
 その様子を見て、エドワードは首を傾げた。


「……? なんで死ぬんだよ? 師匠達、まだ金にはかなり余裕があるだろ。いきなりそこまでヤバくはならねえだろ」

「アッシュさんのことじゃないわ。私達が死ぬのよ」

「うん。けど、多分オニキスには分からないことだから気にしないで」


 無下もない返答。エドワードはますます首を傾げるだけだ。


「一体どういう意味だよ? なあ、ロック……って、なんでお前ヘコんでんの?」

「……はあ……。エド。時々お前の鈍感さが羨ましいぞ」


 と、溜息混じりに返すロック。
 ロックはアリシアに密かな想いを寄せていた。
 だというのに、ああも分かりやすく「他に好きな人がいます」といった態度を取られると、落ち込まずにはいられなかった。


「……? まっいっか。けどよ、実際どういう状況なんだ? 師匠の工房ってなんで留守中にいきなり閉鎖されたんだよ」

「ああ、それね」


 エドワードの問いに、アリシアが答える。


「どうもね、アッシュさんの工房って建物自体はアッシュさんの物だけど、土地の方は借地らしいの。けど、留守中に地主が変わっちゃってね。今回の閉鎖って、その新しい地主の仕業らしいのよ」

「それは……地主といえど、かなり横暴だな」


 ロックが眉をしかめて呟く。
 土地を所有していると言っても、そこに他者が所有する建築物があるのならば、普通ここまで横暴な真似はしない。明らかにやりすぎだった。
 ロックの意見にアリシアもこくんと頷く。


「確かにね。それでうちの父親に聞いてみたんだけどさ」

「……ガハルドおじ様に?」


 サーシャが目を丸くした。ガハルドとはアリシアの父の名だ。
 そして、この国の治安維持を担う第三騎士団の団長を務める人物でもあった。


「うん。その新しい地主ってのが、また結構胡散臭い人物でね」


 注目の中、アリシアは告げる。


「よりにもよって、ボーガンらしいのよ」


 その台詞に、全員が目を見開いた。


「おいおい、ボーガンって……あのジラールと並ぶ成金のか?」


 と、エドワードが訝しげな眼差しで尋ねる。
 ――ボーガンとはこの国有数の富豪の名前だった。
 二十年ほど前にこの国に訪れ、商会を築き、その手腕で一財産を築いた人物だ。
 とある事件を起こしたせいで今や見る影もなく落ち目となったが、同じく一代で財を成したジラール家と並ぶ有名な成金であった。


「ええ、そのボーガンよ」


 アリシアは嘆息しつつ、言葉を続ける。


「正直、厄介な相手よ。うちの父親も眉をしかめていたわ」


 不機嫌そうな彼女の台詞に、全員が沈黙で返した。
 なにしろ、たった一代で莫大な財を築いた人物。
 ボーガンという人間が一筋縄ではいかないのは考えるまでもない。


「ボーガンか……。じゃあ、師匠が最近忙しいのはそいつと交渉しているからなのか?」


 腕を組んでそう尋ねるロックに答えたのは、サーシャだった。


「ううん。一応、ボーガン商会に毎日通っているらしいんだけど、肝心の会長が毎回留守で、ようやく今日アポが取れたってユーリィちゃんが言ってたよ」

「へえ~。じゃあ、今日、いよいよ交渉って訳か」


 と、エドワードが呟いた時だった。
 ――ガチャリ、と。
 講堂のドアが開いた。このクラスの担当教官がやって来たのだ。


「……っと、もう講習か。この話はまた後でだな」

「おう。そうだな」


 そう言って、ロックとエドワードは自分の席に着いた。


「ん。私達も講習に切り替えましょう」

「うん。そうだね」


 同じ長机。隣同士で座るアリシアとサーシャも姿勢を正した。
 それぞれ談笑していた他の騎士候補生達も同様に席に座り、気持ちを改める。
 シン――とした雰囲気が講堂内を包んだ。


「うむ。おはよう諸君」


 教壇に立つ教官は講堂内を見渡してから、満足げに朝の挨拶をする。
 そして本日最初の講習が始まった。
 カリカリ、という規則正しいチョークの音と、野太い教官の声が響く中、サーシャはふと窓の外に目をやった。


(……先生)


 木枯らしに揺れるグラウンド脇の街路樹を見つめて思う。
 今頃、アッシュはボーガンと交渉に入っているのだろうか。


(……頑張って下さいね。先生)


 サーシャは、心の中で師にエールを贈るのだった。
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