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第5部
第四章 ボーガン商会②
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デビット=ダランは、変わった特技を持つ男だった。
それは子供の頃から持っていた奇妙な特技。
簡潔に言えば、相手の本質を見ただけで感じ取れるのだ。
善人寄りなのか、悪人寄りなのか。
ウソをついているのか、真実を話しているのか。
そういった人間の虚実を勘という形で察することが出来るのである。
この特技は、デビットにかなりの恩恵を与えてくれた。
人付き合いにはまず問題はなかったし、友人や恋人にも恵まれた。
デビットは実に上手く人生を送っていたのだ。
まさに平穏なる人生。しかし、それでも失敗したなと思うこともある。
それは――今の仕事に関してだった。
「……はあ……。あの人に俺の特技がバレたのは明らかに失敗だよなあ」
デビットは深々と嘆息した。
彼は今、アティス王国・市街区にある建物の三階にいた。
大きなベッドが一つ、それと家具が少しばかりあるだけの質素な部屋。
そんな室内で、デビットは気付かれないように外を見張っていた。
「……やれやれ。なんて退屈な仕事だ」
窓辺の椅子に腰掛けたまま、愚痴をこぼす。
彼の視線の先。そこには六階建ての店舗が見える。
市街区においては珍しい煉瓦造りの巨大な建造物――ボーガン商会だ。
鎧機兵の製造・輸出を筆頭に、多岐に渡って事業を広げるボーガン商会。
第三騎士団所属、中級騎士デビット=ダランはその商会の監視任務を担っていた。
「まったく団長も無茶を言う」
肩を落として再び愚痴をこぼすデビット。
「『お前が怪しいと思った奴を片っ端から撮れ』って大雑把すぎんだよ」
言って、彼は自分の手元に視線を落とした。
その手には、望遠型の写真機がしっかりと握られている。
価値として鎧機兵の三分の一という途方もなく高価な品だ。
「……これ、壊したら笑えないだろうな」
そんなことを呟き、デビッドが苦笑を浮かべていたら、
――コンコン、コン。
間を開けて三回のノックが鳴った。
仲間同士で取り決めた特殊なノックだ。
(ん? 珍しいな……?)
今回の件は特殊任務だ。ここに仲間が来ることはほとんどない。
デビットは一瞬眉をひそめるが、
(ああ、そうか。そういやメシが切れ始めた頃か)
恐らく仲間が差し入れに来てくれたのだろう。
そう思い、すっとドアに近付き、同じ回数のノックで返す。と、
「……入るぞ」
小さくそう告げて、一人の男が部屋の中に入って来た。
デビッドは目を丸くした。
「だ、団長……?」
来訪者は彼の上官。ガハルド=エイシスだった。
今のデビットの恰好もそうなのだが、服装は第三騎士団の黄色い騎士服ではなく、ごく一般的な私服姿だ。その上に厚手のコートを羽織っている。
「……団長ご自身がいらっしゃったんですか?」
流石に驚きを隠せない。
「ああ、どうも気になってな」
そう返すと、ガハルドは手に持っていた小さな鞄をデビットに手渡した。
鞄の中には食料や飲料水などが入ってある。それらを確認してからデビットはガハルドに「ありがとうございます」と礼を述べた。
ガハルドは、窓辺に近付いてデビットに問う。
「それでどうだ? お前の『観察眼』で見て怪しい奴はいたか?」
それに対し、デビットは鞄をベッドの上に一旦置いた後、
「……ええ、そうですね。単刀直入に報告しますと、怪しい人物が三名います」
同じく窓辺まで移動して、真剣な面持ちで報告する。
「ここ数日、ボーガン商会に何度か足を運んでいる三人組の男達です。全員が黒服という逆に目立ってしまう服装にも関わらず、ごく自然に街に溶け込んでいるようでした。私見ですが、恐らく相当な訓練を受けている者達なのでしょう」
「……ほう」
ガハルドは壁に寄りかかって腕を組み、瞳をすうっと細めた。
デビットの観察眼に期待していたのは事実だが、こうも早く成果を上げるとは。
「流石だな。すでに写真も撮れたのか?」
「二名までは。ですが、最後の一人は……」
言って、言葉を詰まらせるデビット。
ガハルドは眉根を寄せた。
「チャンスがなかったのか?」
そう尋ねる上官に対し、デビットは少し躊躇いがちにかぶりを振った。
「いえ、チャンスはありました。ですが……どうしても撮れなかったんです」
「……撮れなかった?」
訝しげな表情で反芻するガハルド。
「これは俺の直感です。あの男を見た瞬間、何となく思ったんです。写真を撮ればこちらの存在に気付かれてしまう、と」
デビットは神妙な声でそう語る。
「……気付かれるだと? この建物からボーガン商会までの距離は、およそ五十セージルもあるんだぞ。それでも気付かれるというのか?」
対するガハルドの声は、まるで叱責するかのように鋭かった。
だが、それはデビットを責めている訳ではない。彼の能力はよく知っている。
ずば抜けた観察眼を持つデビット。
そんな部下が本能で危険を察したのだ。
その三人目はそれほどの相手なのだろう。
ガハルドの鋭い声は、その男を警戒するものだった。
「……どんな男なのだ?」
「黒服の上に灰色のコートを着た男です。年齢は四十代前半から半ば。身長は平均的ですが体格は良く、髪を後ろで束ねた総髪の人物でした」
監視対象の特徴を、訥々と報告するデビット。
「他の黒服二名の様子から、三人の首領格だと思われます。現時点で確認できているのはその三名だけですが、もしかしたら他にも仲間が……」
と、そこでデビットは報告を止めた。
今は鋭い眼光で窓の外を睨みつけている。
ただならぬ様子にガハルドも表情を鋭くして問う。
「どうしたダラン?」
「……団長。出てきました。あの男です」
デビットは壁に身体を隠して、そう告げた。
ガハルドも同じように壁を背にして、窓の外を見やる。
「……なるほど。あの男か」
視線の先はボーガン商会の正面入り口。
丁度今、そこから出て来たのは黒服の三人組だった。
遠目なので顔立ちなどの詳細までは確認できないが、中央を歩く男は、確かにデビットが挙げた特徴に一致する。
「……団長」
デビットが写真機を差しだして進言する。
「これをお使い下さい。望遠で確認できます」
「ああ、助かる」
そう返して、ガハルドは写真機を受け取った。
続けてデビットは、忠言も入れる。
「どうか写真はお控え下さい」
「ああ、分かっている。お前の観察眼を疑ってなどいないさ」
「ありがとうございま――えっ?」
窓の外を警戒しつつ感謝を述べようとしたデビットは不意に小さな声を上げた。
ガハルドの表情が鋭くなる。
「……どうしたダラン。何か異常があったのか」
そして緊張した声で問い質すと、
「だ、団長! あ、あれは!」
よほど動揺しているのか、我を忘れて窓の外を指差すデビット。
彼が指差しているのは、商会を出た三人組の男が向かった先だった。
ガハルドは眉を寄せた。
(……? 一体何が……?)
訝しげに思いつつも目を向けると、そこには――。
「…………な」
ガハルドは唖然とした声を上げた。
そして一瞬後、目を見開く。
「……な、なんだと!?」
明らかな動揺を見せる騎士団長は、ふるふると手を振るわせた。
「一体、どういうことなんだ、これは……」
「えっ、ちょ、だ、団長!? 写真機!?」
ガハルドの手からこぼれ落ちる写真機を、慌ててデビットがキャッチする。
危うく高価な写真機に傷がつくところだった。
自分のファインプレーに、デビットはふうっと息を吐く。
「……だ、団長ォ。これを壊したら洒落にならないんですから」
と、思わず苦言をこぼすが、彼の上官は聞いていない。
ガハルドは、ただ愕然として窓の外を見つめるだけだった。
それは子供の頃から持っていた奇妙な特技。
簡潔に言えば、相手の本質を見ただけで感じ取れるのだ。
善人寄りなのか、悪人寄りなのか。
ウソをついているのか、真実を話しているのか。
そういった人間の虚実を勘という形で察することが出来るのである。
この特技は、デビットにかなりの恩恵を与えてくれた。
人付き合いにはまず問題はなかったし、友人や恋人にも恵まれた。
デビットは実に上手く人生を送っていたのだ。
まさに平穏なる人生。しかし、それでも失敗したなと思うこともある。
それは――今の仕事に関してだった。
「……はあ……。あの人に俺の特技がバレたのは明らかに失敗だよなあ」
デビットは深々と嘆息した。
彼は今、アティス王国・市街区にある建物の三階にいた。
大きなベッドが一つ、それと家具が少しばかりあるだけの質素な部屋。
そんな室内で、デビットは気付かれないように外を見張っていた。
「……やれやれ。なんて退屈な仕事だ」
窓辺の椅子に腰掛けたまま、愚痴をこぼす。
彼の視線の先。そこには六階建ての店舗が見える。
市街区においては珍しい煉瓦造りの巨大な建造物――ボーガン商会だ。
鎧機兵の製造・輸出を筆頭に、多岐に渡って事業を広げるボーガン商会。
第三騎士団所属、中級騎士デビット=ダランはその商会の監視任務を担っていた。
「まったく団長も無茶を言う」
肩を落として再び愚痴をこぼすデビット。
「『お前が怪しいと思った奴を片っ端から撮れ』って大雑把すぎんだよ」
言って、彼は自分の手元に視線を落とした。
その手には、望遠型の写真機がしっかりと握られている。
価値として鎧機兵の三分の一という途方もなく高価な品だ。
「……これ、壊したら笑えないだろうな」
そんなことを呟き、デビッドが苦笑を浮かべていたら、
――コンコン、コン。
間を開けて三回のノックが鳴った。
仲間同士で取り決めた特殊なノックだ。
(ん? 珍しいな……?)
今回の件は特殊任務だ。ここに仲間が来ることはほとんどない。
デビットは一瞬眉をひそめるが、
(ああ、そうか。そういやメシが切れ始めた頃か)
恐らく仲間が差し入れに来てくれたのだろう。
そう思い、すっとドアに近付き、同じ回数のノックで返す。と、
「……入るぞ」
小さくそう告げて、一人の男が部屋の中に入って来た。
デビッドは目を丸くした。
「だ、団長……?」
来訪者は彼の上官。ガハルド=エイシスだった。
今のデビットの恰好もそうなのだが、服装は第三騎士団の黄色い騎士服ではなく、ごく一般的な私服姿だ。その上に厚手のコートを羽織っている。
「……団長ご自身がいらっしゃったんですか?」
流石に驚きを隠せない。
「ああ、どうも気になってな」
そう返すと、ガハルドは手に持っていた小さな鞄をデビットに手渡した。
鞄の中には食料や飲料水などが入ってある。それらを確認してからデビットはガハルドに「ありがとうございます」と礼を述べた。
ガハルドは、窓辺に近付いてデビットに問う。
「それでどうだ? お前の『観察眼』で見て怪しい奴はいたか?」
それに対し、デビットは鞄をベッドの上に一旦置いた後、
「……ええ、そうですね。単刀直入に報告しますと、怪しい人物が三名います」
同じく窓辺まで移動して、真剣な面持ちで報告する。
「ここ数日、ボーガン商会に何度か足を運んでいる三人組の男達です。全員が黒服という逆に目立ってしまう服装にも関わらず、ごく自然に街に溶け込んでいるようでした。私見ですが、恐らく相当な訓練を受けている者達なのでしょう」
「……ほう」
ガハルドは壁に寄りかかって腕を組み、瞳をすうっと細めた。
デビットの観察眼に期待していたのは事実だが、こうも早く成果を上げるとは。
「流石だな。すでに写真も撮れたのか?」
「二名までは。ですが、最後の一人は……」
言って、言葉を詰まらせるデビット。
ガハルドは眉根を寄せた。
「チャンスがなかったのか?」
そう尋ねる上官に対し、デビットは少し躊躇いがちにかぶりを振った。
「いえ、チャンスはありました。ですが……どうしても撮れなかったんです」
「……撮れなかった?」
訝しげな表情で反芻するガハルド。
「これは俺の直感です。あの男を見た瞬間、何となく思ったんです。写真を撮ればこちらの存在に気付かれてしまう、と」
デビットは神妙な声でそう語る。
「……気付かれるだと? この建物からボーガン商会までの距離は、およそ五十セージルもあるんだぞ。それでも気付かれるというのか?」
対するガハルドの声は、まるで叱責するかのように鋭かった。
だが、それはデビットを責めている訳ではない。彼の能力はよく知っている。
ずば抜けた観察眼を持つデビット。
そんな部下が本能で危険を察したのだ。
その三人目はそれほどの相手なのだろう。
ガハルドの鋭い声は、その男を警戒するものだった。
「……どんな男なのだ?」
「黒服の上に灰色のコートを着た男です。年齢は四十代前半から半ば。身長は平均的ですが体格は良く、髪を後ろで束ねた総髪の人物でした」
監視対象の特徴を、訥々と報告するデビット。
「他の黒服二名の様子から、三人の首領格だと思われます。現時点で確認できているのはその三名だけですが、もしかしたら他にも仲間が……」
と、そこでデビットは報告を止めた。
今は鋭い眼光で窓の外を睨みつけている。
ただならぬ様子にガハルドも表情を鋭くして問う。
「どうしたダラン?」
「……団長。出てきました。あの男です」
デビットは壁に身体を隠して、そう告げた。
ガハルドも同じように壁を背にして、窓の外を見やる。
「……なるほど。あの男か」
視線の先はボーガン商会の正面入り口。
丁度今、そこから出て来たのは黒服の三人組だった。
遠目なので顔立ちなどの詳細までは確認できないが、中央を歩く男は、確かにデビットが挙げた特徴に一致する。
「……団長」
デビットが写真機を差しだして進言する。
「これをお使い下さい。望遠で確認できます」
「ああ、助かる」
そう返して、ガハルドは写真機を受け取った。
続けてデビットは、忠言も入れる。
「どうか写真はお控え下さい」
「ああ、分かっている。お前の観察眼を疑ってなどいないさ」
「ありがとうございま――えっ?」
窓の外を警戒しつつ感謝を述べようとしたデビットは不意に小さな声を上げた。
ガハルドの表情が鋭くなる。
「……どうしたダラン。何か異常があったのか」
そして緊張した声で問い質すと、
「だ、団長! あ、あれは!」
よほど動揺しているのか、我を忘れて窓の外を指差すデビット。
彼が指差しているのは、商会を出た三人組の男が向かった先だった。
ガハルドは眉を寄せた。
(……? 一体何が……?)
訝しげに思いつつも目を向けると、そこには――。
「…………な」
ガハルドは唖然とした声を上げた。
そして一瞬後、目を見開く。
「……な、なんだと!?」
明らかな動揺を見せる騎士団長は、ふるふると手を振るわせた。
「一体、どういうことなんだ、これは……」
「えっ、ちょ、だ、団長!? 写真機!?」
ガハルドの手からこぼれ落ちる写真機を、慌ててデビットがキャッチする。
危うく高価な写真機に傷がつくところだった。
自分のファインプレーに、デビットはふうっと息を吐く。
「……だ、団長ォ。これを壊したら洒落にならないんですから」
と、思わず苦言をこぼすが、彼の上官は聞いていない。
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