クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
167 / 499
第6部

第一章 アティス王国の建国祭②

しおりを挟む
 アティス王国の王都ラズン。
 グラム島の北西の海岸沿いに位置するその城砦都市から真直ぐ街道を進み、少し離れた場所にある大森林。それが『ラフィルの森』だ。
 主に広葉樹で覆われたその森は、王都にも匹敵するほど広大で、狩り場や資源調達に重宝されているが、やはり森であることに変わりなく、その奥地には魔獣が潜んでいる危険な場所でもあった。

 そして、そんな危険な奥地にて――。
 現在、鎧を纏う二体の巨人が対峙していた。

 ズシン……と。
 重低音の足音を立て、間合いを測るのは無手の巨人。
 獅子のような白い鋼髪と、紅水晶のような四本角が特徴的な黒い巨人だ。
 全高は成人男性の約二倍。四本角を合わせるともう少し上で三セージル半ほど。前屈みの頭部と巨大な胸部、そして太い四肢と、背中からは竜のような尾が伸び、まるで鎧を纏った鬼のような姿をしている。
 これは『鎧機兵』と呼ばれる人間が搭乗して操る兵器だった。万物の素である星霊を吸収し、恒力に変換して動力にする機械仕掛けの巨人だ。

 この黒い機体の名は《朱天》と言った。
 そして、対峙するもう一体の巨人もまた鎧機兵だ。
 右手に刀と呼ばれる長剣を握りしめた紫紺色の機体である。
 その全身に纏う鎧は独特で、まるで四角い盾のような肩当てに、大きな円輪の飾りを額につけた兜。腰回りを覆う鎧装はスカートのように見える。
 胸部装甲には炎の紋章が描かれていた。

 この機体の名は《鬼刃》。
 深い森の中の広場にて、その二機が対峙していたのだ。
 じりじりと円を描いて間合いを測る二機。
 そして――先に仕掛けたのは《鬼刃》の方だった。
 全く音もなく、姿勢さえ変えずに紫紺の機体は間合いを詰めた。

 《黄道法》の構築系闘技――《天架》。

 宙空や地面に恒力のレールを構築し、その上を滑走する高速移動の闘技だ。《鬼刃》に搭乗する操手の得意技である。


『――ふっ!』


 《鬼刃》が女性の声で気迫を吐く。
 右手に握る刀が妖しい輝きを放ち、振り下ろされる――が、《朱天》は左腕の手甲を刀身の軌跡に沿うように動かして斬撃を凌いだ。
 火花が微かに散る中、今度は《朱天》が右の拳を繰り出した!
 大岩をも砕く鋼の正拳。
 しかし、その拳は《鬼刃》には触れることもなかった。
 紫紺の鎧機兵は、斬撃を凌がれた直後にはすでに後方へ回避していたからだ。
 《天架》には地を蹴るような予備動作はいらない。危険を察した刹那に間合いを外すことなど造作もなかった。
 ――が、《朱天》もその様子を黙って見ていた訳ではない。
 力強く大地を踏みしめたその直後、雷音が轟いた。
 同時に漆黒の巨体が霞むほどの速度で《朱天》が跳躍する。

 《黄道法》の放出系闘技――《雷歩》。

 足裏から噴出した恒力で一気に加速する闘技。これも高速移動の技だった。
 その技を以て《朱天》は瞬時に《鬼刃》に追いついた。
 そして再び拳を撃ち出す――が、それも空を切る。
 半円を描くように《鬼刃》が《天架》で移動したからだ。直線状にしか動けない《雷歩》とは違い、《天架》は円の動きも可能だった。
 そうして《朱天》の背後を取った《鬼刃》は刀――銘を「屠竜」と言う――をすっと脇に構え、強く踏み込み、横薙ぎに振るう!
 対する《朱天》は両手を地面につき、四足獣のような姿勢で斬撃を回避する――が、「屠竜」による斬撃は回避こそされたが、触れてもいないのに後方にある木々を横一文字に両断した。技ではない。ただの剣圧による結果だ。


『……相変わらずとんでもねえ刀だな』


 と、呟く《朱天》の操手。
 同時に漆黒の鎧機兵は四肢を使って後方に跳んだ。
 間合いを取り直した二機は、再び対峙する。
 そうして数秒間睨み合い――。
 二機の鎧機兵は、さらに激闘を繰り広げた。



        ◆



「わりいな、オト。今日は折角の有休だったのに」


 栗毛の馬に乗って王都へと続く街道を進む青年は、ふとそう告げた。
 年齢は二十二歳。鍛え上げたその体に着るのは白いつなぎ。
 セラ大陸では珍しい黒い瞳と、わずかに毛先だけが黒い白髪が特徴的な青年だ。
 アッシュ=クライン。
 彼こそが、サーシャとアリシアの二人が想いを寄せる青年であり、街外れに構える鎧機兵の工房――クライン工房の主人でもあった。


「本当はもっとのんびりしたかったんじゃねえのか?」

「いや、構わない。模擬戦は私にとっても有意義だからな」


 と、アッシュの問いに答えるのは、黒毛の馬に乗る美しい女性。
 紫紺色の短い髪と瞳と持ち、抜群のスタイルを誇る肢体には黒いレザースーツを纏っている。それに加え、凛とした顔にはスカーフのような白い眼帯が付けられていた。一応年齢はアッシュの一つ下になるのだが、やや低い身長も合わさり、十代後半にも見える女性だ。

 オトハ=タチバナ。
 アッシュの友人であり、本業は傭兵なのだが、現在はクライン工房に居候しつつ、騎士学校の臨時講師を務めている人物である。
 彼らは『ラフィルの森』の奥地で鎧機兵の模擬戦を行った、その帰りだった。


「しかし、お前と模擬戦をしたのは何年ぶりだ?」


 と、オトハが首を傾げて言う。


「そうだなあ……」


 アッシュも首を傾げて記憶を探った。


「こないだ実戦もどきをしたが、あれを別にすれば五年ぶりじゃねえか?」


 アッシュとオトハの付き合いはかなり長い。
 まだ十代だった頃を思い出しながら、アッシュは呟いた。
 それに対し、オトハもしみじみと頷く。


「そうだな。確かにそれぐらいか」

「ははっ、あの頃は俺の《朱天》にはまだ《朱焔つの》もなかったし、お前も『屠竜』を継承してなかったけどな。しかしまあ……」


 一拍置いて、アッシュは視線をオトハに向ける。


「相変わらず『屠竜』はおっかねえよな。何なんだよ、あのえげつない斬れ味は。ちょっとデタラメすぎんぞ」

「ふん。それは当然だ」


 言って、たゆんと大きな胸を反らすオトハ。


「我がタチバナ家に伝わる御神刀だぞ。かの《悪竜》の尾の骨を削り、造りだされたという最強の大太刀だ。斬れない物などないのさ」


 そこまで言い切るオトハに、アッシュは苦笑を浮かべた。
 が、不意に昔から抱いていた疑問が脳裏をよぎった。


「……なあ、オト」


 アッシュはついでに聞いてみることにした。


「ん? 何だクライン」

「実はそれ、ちょっと疑問があんだよ」


 そう前置きして、アッシュは言葉を続けた。


「《悪竜》の尾の骨を削ったっていう逸話。どうも胡散臭くねえか?」

「な、なんだと!」


 オトハは顔つきを険しくした。いかに友人――いや、密かにそれ以上の親愛を寄せる相手といえど聞き捨てならないことがある。


「クライン。それはどういう意味だ」


 少し険悪な声になったオトハに、アッシュは気まずげな表情を見せて、


「いや、だってさ。『屠竜』の刀身って、どう見てもだし」

「……えっ?」


 オトハは唖然とした。
 アッシュはポリポリと頬をかいて話を続ける。


「色も銀色だし、叩けば金属音もするし、あれは骨じゃねえだろ」

「…………」


 オトハは絶句していた。
 言われてみれば確かにそうだ。


「……えっ、だったら『屠竜』は何なのだ?」

「いや、俺に訊かれても。まあ、すっげえよく斬れる刀には違いないんだが」


 と、手綱を握り直しつつ、アッシュは言う。
 オトハはただ、ポカンと口を開けて唖然としていた。本物と信じていた家宝が、実は偽物かもしれないと告げられては、この顔も仕方がないかもしれない。
 アッシュは苦笑を浮かべながら、


「そんなに気にすんなよオト。もしかしたら伝説にある《悪竜》ってのは鋼鉄製だったのかもしんねえし」

「……それはもう生き物じゃないだろう」


 と、力なくツッコむオトハ。
 アッシュは少し困った顔をした。
 彼女が落胆しているのは明らかだった。言うべきことではなかったか。


(……仕方がねえな)


 アッシュは内心で違う話題を探し、


「なあ、オト」

「……何だ、クライン」


 心なしか肩を落としているオトハに、アッシュは告げる。


「ところでお前、建国祭って知ってっか?」

「……建国祭?」


 オトハは「今月の下旬辺りにある祭典だな」と、あごに手を当てながら呟く。
 彼女がその話を聞いたのは学校内であった。どうしてかオトハの教官室に男子生徒や同僚の男性教官。たまに数人の女生徒が訪れ、親切に教えてくれのだ。
 その時、一緒に回らないかと誘われたのだが、あまり人混みが好きではないオトハは彼らの誘いを丁重に断っていた。


「何やら騒がしいことになりそうだな。で、それがどうかしたのか?」


 と、オトハがアッシュに尋ね返すと、青年はあっけらかんとした表情で、


「いやなに。建国祭は結構珍しい露店も出るらしくてな。ユーリィと一緒に回る約束をしてんだが、三日もあるし、どっかで、二人で回らねえか?」

「…………えっ」


 キョトンと目を丸くし、小さな声をもらすオトハ。
 しばし彼女は沈黙した。パカパカと馬の蹄の音だけが街道に響く。
 そして――。


「ッ!? ッッ!?」


 オトハは弾かれるようにアッシュとは反対方向に顔を向けた。
 胸元に手を当てると、心臓がバクバクと鳴っていた。


(なっ? なななっ!? ど、どういうことだ!? い、いま私は、ク、クラインに誘われたのか!? ふ、二人で? そ、それって完全にデートでは……)


 カアアァ、と耳まで赤くなるオトハ。
 するとアッシュは首を傾げ、


「ん? 何だ? もう誰かと回る予定なのか?」


 と、尋ねてくる。
 オトハは再びアッシュの方へ振り向くとぶんぶんと首を振り、


「い、いや、そんな予定はないぞ! し、しかし、どうしたのだクライン? いきなり私を誘うなど……」


 流石に動揺を隠せずそう尋ねるオトハに、アッシュは苦笑した。


「う~ん。オトには普段からユーリィのことや今回の模擬戦とかで色々と世話になってるからな。いつかお礼をしようと思っていたんだ。折角の祭りだし、付き合ってくれんのなら何か珍しいもんでも贈ろうかなって思ってな」


 と、告げてくるアッシュ。
 どうも期待していた内容と違い、オトハは少しがっかりする。が、何にせよアッシュからの事実上のデートのお誘いだ。しかもプレゼントまでくれるらしい。
 オトハには断る理由などなかった。


「そ、そうか。中々殊勝な心がけじゃないか。なら私も付き合ってやろう」


 表面上はつっけんどんな様子でオトハは答える。
 そしてアッシュには見えない角度で、グッと拳を握りしめた。
 なんという幸運か。オトハは踊り出したい気分だった。


「ははっ、あんま高いもんは勘弁してくれよな」


 と、苦笑混じりに告げるアッシュに、


「ふふっ、それはお前のエスコート次第だな。クライン」


 高鳴る胸の内は隠しつつ、オトハは少女のように笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

異世界転移から始まるハーレム生活〜チートスキルを貰った俺は、妹と共に無双する〜

昼寝部
ファンタジー
 2XXX年、X月。  俺、水瀬アキトは戦争の絶えない地球で『戦場の悪魔』と呼ばれ、数多の戦で活躍していた。  そんな日々を過ごしていた俺は、ひょんなことから妹と一緒に異世界へ転移することになった。  その世界にはダンジョンが存在しており、ライトノベルなどで登場する世界観と類似していた。  俺たちはその世界で過ごすため女神様からチートスキルを貰い、冒険者となって異世界での生活を満喫することにした。  これは主人公の水瀬アキトと妹のカナデが異世界へ転移し、美少女たちに囲まれながら異世界で無双するお話し。

処理中です...