クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
182 / 499
第6部

第六章 復讐の鬼①

しおりを挟む
 木枯らしが吹きすさぶ冬の朝。
 白い息を吐き出しながら、リアナ=エーデルは走っていた。
 騎士学校の制服を身に纏い、長い髪を揺らす彼女の表情は真剣そのものだ。
 それも無理もない。
 リアナは現在、絶賛遅刻中なのだ。
 普段は優等生である彼女にしては珍しい失態だった。


「はあ、はあ」


 息が少し切れる。
 こんならしくもない寝坊をしたのも、が尾を引いているからだろう。


「……はあ、オトハさまぁ……」


 走りながらその時のことを思い出し、少し涙目になるリアナ。
 オトハ=タチバナ。
 今年の『六の月』から臨時講師として学校に赴任してきた外国の傭兵。
 尋常ではないほど厳しい教官だがその美しい容姿と圧倒的な実力から、わずか半年足らずで生徒に教官、男女さえ問わずに絶大な人気を持つようになった女性だ。
 もちろん、リアナも憧れていた。
 だからこそ、勇気を振り絞って建国祭に誘おうと思ったのだが……。


「ううゥ……あの反応はガチだ」


 リアナは絶望と言ってもいいような表情を浮かべた。
 あの時のオトハは本気で言っていた。憧れている人だからこそよく分かる。
 本当に建国祭をと回る気なのだ。
 結局、リアナは誘いの言葉さえ言えずに退散した。


「あうゥ……まさか、オトハさまに恋人がいたなんて」


 リアナはわずかに走る速度を落として嘆息した。
 そのことが、ずっと彼女を気落ちさせているのである。
 そうして寝付けない夜が続き、とうとう寝坊までしてしまったのだ。


「私の無遅刻無欠席がぁ……」


 そんな愚痴も零れるが、もう講習は始まっている時間だ。
 今はただ急ぐのみだった。
 リアナは走り続けた。そしてようやく騎士学校の校舎の姿が見えてくる。
 後は今走っている道の、壁沿いにある正門をくぐればいいだけだ。


(……遅刻は十分ぐらいかな。うう、教官大目にみてくれないかなあ)


 と、淡い願望を抱きつつ、速度を上げようとした時だった。
 不意にリアナの足が止まった。
 学校の敷地を覆う壁沿いの道。騎士学校の正門のすぐ近く。
 そこに、背を向けて佇む一人の少年がいたからだ。
 一瞬、彼女以外の遅刻者かと思ったが、服が制服ではない。市街区の住人が着るような目立たない一般的な物だ。しかし、その短く刈り込んだ赤い髪に、あまりにも既視感があったため、思わずリアナは足を止めたのだ。
 すると、リアナの荒い呼吸に気付いたのか、その赤毛の少年は振り向いた。
 リアナは大きく目を見開いた。


「あ、あなたは!? ジラール!?」

「……ほう。誰かと思えばエーデルか。久しぶりだな」


 と、赤毛の少年――アンディ=ジラールは皮肉気に笑った。


「ど、どうしてここに!?」


 リアナは驚愕を浮かべるが、すぐさま状況を察した。
 そして後方に跳び、腰の短剣に手を伸ばした。


「さてはサーシャを狙って来たのね……」


 かつての級友であり、脱獄犯であるこの男はサーシャを狙っている。
 そのことは、騎士学校の生徒ならば誰もが知っていた。
 そしてサーシャはリアナの友達だった。


「……そんな事させないわよ。あなたは今ここで捕える」


 リアナは面持ちを鋭くしてジラールを睨みつけた。
 現在、騎士学校には第三騎士団の騎士が数名待機している。ここで騒ぎを起こせばすぐにでも駆けつけてくれるだろう。
 リアナは自分の愛機を召喚する隙を窺っていた。
 が、それに対し、ジラールは侮蔑するような笑みを浮かべて。


「ふん。大して優秀でもないお前が僕を捕まえるとは大きく出たな。けど、残念だがそれは無理だ。むしろ、ここでお前と会えたのは都合良かったよ」

「……どういう意味よ」


 リアナが眉をしかめる。
 すると、ジラールは大仰に肩をすくめた。


「いや、僕といえど騎士団が待ち構える場所に乗り込むのは少々骨が折れる。だから誰かを通行証代わりにしようと思っていたんだ」

「……要は人質を探していたってこと? 相変わらず腐った性格だわ」


 リアナはそう吐き捨て、間合いを少しずつ外していく。
 この男に利用されるなど真っ平ごめんだった。


「ふん。警戒しようが無駄だ。そいつに決めたよ。


 ジラールの最後の台詞は、リアナに向けられたものではなかった。
 リアナはハッとして後ろを振り向くが、すでに遅かった。
 直後、首筋に鋭い痛みが走り、リアナの意識はそこで途絶えた。
 そして崩れ落ちる少女を、彼女の後ろに忍び寄っていた男が抱きとめる。
 それを見届けたジラールは、ふんと鼻を鳴らした。


「さあ、これで必要なものは揃ったな」


 そして赤毛の少年は、凄惨な笑みを見せて宣言する。


「待っていろよ、僕のサーシャ。今迎えに行くよ」



       ◆



「……随分と遅いわねぇ」


 と、長机に頬杖をつき、アリシアがポツリと呟く。


「うん。そうだね」


 隣に座るサーシャは苦笑を浮かべつつ、相槌を打った。
 その日、珍しく講習が遅れていた。
 普段だったらすでに講習が始まっている時間なのだが未だ教官はやってこない。
 恐らく朝の教官達の会議が遅れているのだ。これまでも稀にあったことだ。
 従来ならばこういう時、生徒達は教官が来るまで、各自自由におしゃべりにでも興じるのだが、今日はそうもいかない。
 何故なら、講堂の後ろに二人の騎士が待機しているからだ。
 第三騎士団に所属する彼らはサーシャの護衛。二人とも二十代前半とかなり若く、一人は女性であり、この騎士学校の卒業生でもあった。
 流石に先輩達の前では、生徒達も黙って席に座って待つしかなかった。


(あはは……みんな、ごめん)


 サーシャは頬を引きつらせて少し申し訳ない気分になる。
 生徒達はみんな暇を弄ばせていた。
 と、そんな時だった。
 ――ゴォンッッ!
 突如、グラウンドから鳴り響いた轟音に講堂にいた全員が息を呑んだ。


「――ッ! 何事だッ!」


 その異常に真っ先に反応したのは二人の騎士だ。
 彼らはすぐさま窓際に寄り、音のした方面を確認する。


「ッ! あれはッ!」


 そして再び息を呑んだ。
 一階の窓から見えるグラウンドには、三機の鎧機兵が対峙していた。
 その内二機は、剣と楯を持つ騎士型の機体。
 校舎内で学校の正門付近を警護していた第三騎士団の騎士達の鎧機兵だ。
 そしてその二機に対峙するのが――。


「……何だ? あの機体は……?」


 と呟き、女性騎士の一人が呻く。
 その鎧機兵は、あまりにも不気味な姿をしていた。
 全高は四セージルほど。二本角を生やした頭蓋骨のような頭部に、東方の異国の鎧を思わせる濁ったような深い紫色の外装。
 長い前腕部を持つ腕を四本も持つのが特徴的な、異様な機体だ。
 しかもその腕の一つ。左上側の腕には、一人の少女を握りしめていた。
 明らかに人質だ。そのため、騎士達も動けずにいるようだ。


「な、何あれ……」「鎧機兵だよな、あれ?」「お、おい! あの手に掴まってんのエーデルじゃねえか!?」


 騎士達に続き、サーシャ、アリシアも含めて生徒達が窓際に集まった。
 そして級友が捕まっていることを確認し、ざわつき始める。
 恐らく他のクラスもこの異常に気付き、グラウンドに注目していることだろう。
 と、その時、四本腕の機体が語り出した。


『ふん。邪魔をしないでもらおうか。第三騎士団』

「「「「―――ッ!」」」」


 その声を聞き、生徒達は凍りついた。
 この講堂にいるクラスの全員が知っている声だった。
 生徒全員が言葉もなく異形の機体を見つめた。


「ま、まさか……」


 そしてサーシャが、ごくりと喉を鳴らした時、


「ジラァ――――ルッ!!」


 エドワードが窓を開け、絶叫する。


「てめえッ! そこで待ってろッ! 俺と戦えッ!」

「ま、待て! エドッ! エーデルが捕まっているんだぞ!」


 慌ててロックが止めに入る。
 しかし、エドワードは完全に頭に血が上っており、体格で勝るロックを振り払いかねない勢いだった。周囲の男子生徒も慌ててエドワードを抑えにかかった。


「おい、エドワード! 落ち着けよ!」

「うっせえ! 離せよグレイ! ロック! お前らも離しやがれ!」


 男子生徒数人がかりで床に抑えつけられ、呻くエドワード。
 すると、その様子に気付いたジラールが目を細めた。


『……何だ? 今の声はオニキスか。相変わらず威勢だけはいいな』

「うっせえェ! てめえは俺がぶちのめす!」


 と、気炎を吐くエドワードを、ジラールは鼻で笑った。


『ふん。お前なんかにつきあうほど僕は暇じゃないんだ。それよりも』


 そこでジラールは、かつて自分がいた一階の講堂を見やり、


『サーシャ。そこにいるんだろう。出てこい。さもなければ――』


 ジラールの声に合わせ四本腕の鎧機兵が見せつけるようにリアナを前に出した。
 わずかに力を込めたのか、少女は「うう」と呻いた。


『殺さない程度にこの女の骨を折る。十分以内にここに来い』

「――くッ! リアナ!」


 反射的にサーシャは窓から飛び出そうとした。
 が、それを隣にいた女生徒が、サーシャの腕を掴んで止める。
 サーシャと仲の良いアザリン=ワイラーという名の少女だ。


「ダ、ダメだよ!? サーシャ! 挑発に乗っちゃダメ!」

「だ、だけど、リアナが!」


 アザリンの制止に、サーシャは泣き出しそうな顔を見せた。
 すると、そこにサーシャの幼馴染も止めに入った。


「アザリンの言う通りよ。冷静になってサーシャ」


 と、アリシアが言う。しかし、冷静になれと口にしながらも彼女の表情はかつてないほど強張っている。無理やり激情を抑えつけている顔だ。


「迂闊に動いてはダメよ。一旦落ち着いて作戦を考えましょう」


 自身の心も落ち着かせながら、アリシアはそう提案する。
 そして具合的な相談をしようとした時だった。


『教官及び、騎士どもに告げる。僕の邪魔をするなよ』


 ジラールが再び語り出した。


『いま僕の愛機、《四腕餓者》は《万天図》を起動させてある。新たに一機でも鎧機兵を召喚した場合、この女がただで済むと思うなよ』

「……が、あァ!?」


 リアナが激しく呻く。骨を折る寸前まで力を込められたのだ。


『な、何しやがる! てめえッ!』

『待てッ! 動くなッ! あの子が殺される!』


 激昂して跳びかかりかけた騎士の機体を、もう一機の騎士が止めた。
 口調と声からして、そこそこ年配と若い騎士のコンビのようだ。
 ジラールはその様子を一瞥して、ふんと鼻を鳴らす。
 それから再び一階の講堂の方へと目を向け、そこにいるはずの少女に告げる。


『サーシャよ』


 赤毛の少年は、ニタリと笑みを深めた。


『十分以内にここに来なければ、この女の骨を折ると僕は言った。だがな……』


 一拍置いて、《四腕餓者》は少女を高々と掲げた。
 気絶しているのか、リアナはぐったりとしている。
 そして、ジラールはおもちゃを自慢するように言い放つ。


『もし十五分経っても現れないようなら、この女を殺すからな』


 唐突に現れた敵の非情な宣告。
 アティス王国騎士学校は、静寂に包まれた――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

処理中です...