クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
185 / 499
第6部

第六章 復讐の鬼④

しおりを挟む
 際限なく湧きあがる大歓声。
 次々と生徒が校舎から駆け出し、人の集まるグラウンド。
 その中心に銀髪の少女と、純白の鎧機兵の姿がある。
 多くの級友に囲まれた彼女は、満面の笑みを浮かべていた。
 勝利に沸き、喜びが溢れ出ている光景だった。
 ――が、その光景を見つめて、眉をしかめる者もいた。


「くそ。なんてこった。俺の《四腕餓者》が……」


 ギリギリ、と歯も軋ませる。
 グラウンド近くにある雑木林の中。
 密かにサーシャ達の様子を窺っていた男が、そう呻く。
 彼が手塩をかけた四本腕の鎧機兵は、今や無残に破壊されていた。今回の計画のためにあの機体を捨て石にすることは了承している。破壊されることも覚悟していたが、ロクに性能も発揮できず、ああも一方的に潰されては苛立ちを隠せない。


「そう苛立つな」


 と、彼の仲間が声をかける。
 今この場には、四人の男が木々に身を潜めていた。


「これも想定の範囲内だろ。それより重要なのはここからだ。慎重に計画を――」

「……ほう。お前達にはまだ何か計画があるのか?」


 不意に響いた凛とした声に、男達は息を呑んだ。
 ――が、動揺も一瞬だけ。
 すぐさま顔つきを鋭くすると、全員がある方向に目を向けた。
 そこには黒いレザースーツの上に、赤いサーコートを着た女性が佇んでいた。
 小太刀を手に構えた、オトハ=タチバナである。
 男達はそれぞれが腰に差していた短剣を抜き放つ。そして全員が警戒し身構える中、男の一人が神妙そうに口を開いた。


「………貴様。どうしてここが分かった」

「ふん。元々はフラムを援護できそうな場所を探していたんだが……」


 オトハはグラウンドにいるサーシャ達の方を一瞥した後、男達を睨みつけ、


「まさか、先客がいるとはな」


 そう呟いて、皮肉気な笑みを見せた。
 しかし、よくよく考えれば、サーシャを援護できる場所ということは、ジラールを援護できる場所でもあるということだ。
 そこに、ジラールの仲間が潜んでいても不思議ではなかった。


「だが、これは都合がいいな」


 オトハは小太刀をすっと薙いだ。


「フラムの方はもう大丈夫だろう。後はここでお前達を捕えれば、今回の脱獄事件の黒幕の正体も分かるな」


 そう言って、オトハは一歩前に進み出た。
 全く隙のない女傭兵を前にして、男達に緊張が走った――その時だった。


「タ、タチバナ教官?」


 ――ガサガサ、と。
 草木の揺れる音と共に、不意にかけられた少女の声。
 オトハはほんの一瞬だけ息を呑んだが、声の主を一瞥してわずかに安堵した。
 いきなり林に現れたその少女は、オトハの知っている人物だった。


「気をつけろ。こいつらはジラールの仲間だ」


 オトハは少女に警告する。


「ここは私に任せろ。お前は教官か騎士を呼べ。分かったな。


 そう指示をする――が、そこでオトハはハッとした。
 自分が今言った台詞の中に、あり得ない名前があったことに気付いたのだ。
 何故ならリアナ=エーデルは、つい先程までジラールに人質にされていて……。


「――し、しまッ!」


 異常事態を察したオトハは即座にエーデルの方へ振り向いたがすでに遅かった。
 ――ドスッ、と。
 突如、右太もも辺りに走る激痛。レザースーツに包まれたオトハの足には、一本の矢が深々と突き刺さっていた。
 誰が放った矢なのか。それは確認するまでもない。
 ボウガンを構えたエーデルだった。
 少女は十代とは思えない老獪な笑みを浮かべていた。


「き、貴様……何者だ」


 オトハが矢を引き抜き、エーデルに問う。
 すると、その返答のつもりなのか、エーデルは自分の顔に触れた。
 そして――オトハは目を見開いた。
 いきなりエーデルの姿が変化し始めたのである。小柄だった体格は徐々に大きくなり、長かった髪は瞬く間に短くなる。さらに口元は男性のものに変貌し、最後には顔の上半分には無貌の仮面が浮かび上がった。
 そうして数秒後、そこにいたのはもはや少女ではなく、別人の男だった。
 オトハはその現象に――いや、その仮面に見覚えがあった。


「それは《サジャの仮面》か! では、貴様らはバロウス教の……ッ!」

「……ご名答だ。まあ、この仮面を見れば気付くのも当然か」


 と、仮面の男――ハン=ギシンが言う。
 オトハは歯噛みした。と、同時にガクンと膝をつく。


「く、くそ……や、やはり毒、を……」


 恐らくボウガンの矢に仕込んであったのだろう。
 強い眩暈と共に、全身の感覚が鈍る。視界も歪んできていた。
 すでに握力もなく、小太刀も地面に落としている。


「当然だ。お前のような化け物を捕縛するのなら、これぐらいの準備はするさ」

「捕、縛? 準備、だと?」


 今にも瞼を落としそうな眼差しでオトハは問う。


「ああ、そうさ」


 ハンはくつくつと笑う。


「わざわざあんなガキを使ったのも、標的を別人と思わせてお前の油断を誘うためだ。お前があの少女を守るためにここへ来ること自体が我々の罠だったのさ」

「……わ、な?」


 オトハはそう呻き、もう片方の膝も崩れ落ちた。
 両膝を地についても、どうにか倒れずにはいるが、今のオトハは意識をかろうじて繋ぎとめているような状態だった。
 男達は互いの顔を見合せて首肯する。怖ろしく手強いはずの女傭兵の覇気のない姿を見て、かの《天架麗人》を完全に無力化したと確信したのだ。
 そして彼らはオトハに近付くと、グイッと左右から彼女の両腕を持ち上げた。
 完全に脱力した彼女は、まるで十字架にかけられたように動けない。


「ふん。流石のお前も毒には勝てんか」


 ハンは仮面を外し、オトハにゆっくりと近付く。
 そしてオトハのあごを片手で掴み――。


「では、我々の隠れ家へ招待しようか。《天架麗人》よ」


 ニヤリと笑ってそう告げる。が、オトハはぐったりとして口も開けない。
 だが、それでも最後の力を振り絞ってハンを睨みつける。


「……ふん。あの男の娘だけあって闘志だけは失わんか」


 ハンはまるで独白のように、そう言い放つ。
 そして、その言葉を最後に。
 オトハの意識は、闇の中に落ちていった。



       ◆



「――ははっ。こいつは随分と騒がしいな」


 ユーリィを前に乗せ、愛馬で騎士学校に駆けつけたアッシュは、想像以上に騒がしい景観に思わず苦笑を浮かべた。
 目の前に広がるグラウンドは騎士や教官、生徒などで人だらけだった。
 ライザーからジラールの騎士学校襲撃の報を受けたのが、四十分ほど前。
 すでにジラールは逮捕し、サーシャも無事だと聞いてホッとしたアッシュとユーリィだったが、それでも不安はある。
 ゆえに今日はすぐさま店じまいし、こうして愛馬で駆けつけたのである。


「メットさんはどこにいるんだろ?」


 ユーリィが小首を傾げて呟く。と、


「おっ、あそこにいるぞ。グラウンドの中心」


 アッシュが指を差して教える。
 この人だかりでも騎乗しているおかげで、あっさり見つけられたのだ。
 アッシュは、まず近くの林まで移動すると、ユーリィを降ろし、木の幹に愛馬の手綱を括りつけた。それからユーリィの背中をそっと押す。
 ユーリィはキョトンと小首を傾げた。


「……? アッシュ?」

「ん。ユーリィは先にメットさんの所に行ってくれ。ジラールは捕えてもまだあの野郎の仲間がいるからな。俺はオトや騎士達に状況を聞いてから行くよ」


 アッシュにそう告げられ、ユーリィはこくんと頷いた。
 そして彼女は人混みに向かって走っていった。
 それを見送ったアッシュはまず近くの騎士にオトハの居場所を聞く事にした。
 現状を知るのなら、彼女に聞くのが一番だからだ。
 しかし、最初に出会った年配の騎士は居場所を知らないと答えた。
 アッシュは仕方がなく二人目の騎士を見つけて再度質問した。


「えっ? タチバナ殿ですか? 自分は見ていませんが……」

「……おう。そっか。ありがとう」


 二人目の騎士も外れだった。
 アッシュは、今度は生徒の方にも聞いてみたが、


「いや、知らないっすよ。そういや、今日は一度も教官を見てないっすね」

「……そうか。ありがとな」


 またしても外れ。その後も何人かの生徒や騎士。教官にも聞いてみるが、誰一人とてオトハの居場所を知る者はいなかった。


「……どういうことだよ」


 流石にアッシュは眉根を寄せた。これは明らかにおかしい。オトハが護衛対象であるサーシャを残して、どこかに消えたと言うのか。
 アッシュの知るオトハは、そんな無責任な人間ではない。
 しかし、実際、この場にオトハはいなかった。


(……オト。お前……)


 アッシュは再び眉根を寄せた。
 オトハが、ここで姿を消す意図が分からなかった。


「………オト」


 奇妙な困惑とわずかな不安を抱いて、アッシュは呟く。


「お前、一体どこに行ったんだよ……?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...